day116 運搬作業
「到着!」
テラ街へと続く門を潜り抜け、辺りを見渡す。
エルムさんが言っていたように、1軒1軒の土地が広い。
見渡す限り大きな畑や植林場が広がっている。
「おやおや、最近は異世界の旅人さんが増えたねぇ」
「こんにちは。何を作っているの?」
「うちはねぇ、これだよ」
そう言って、今しがた収穫したであろう茄子を見せてくれた。
つやつやとした大きな茄子だ。
「この辺は暖かいからねぇ。
奥の方だと違うもんも育ててるんだけどねぇ」
「場所によって気温が違うの?」
「そうだよ。奥の方は寒いからねぇ」
「へぇ~そっか。暖かい場所でも寒い場所でも、なんでも育つと思ってたよ」
「そうだねぇ。どこでも育つよ。
ただねぇ、暖かい場所で育てた方が美味しい茄子が育つからねぇ」
なるほど。季節関係なくどんな場所でも育つけど、品質に差が出るのだろう。
「あんた達も何か育てるのかい?」
「うん。色々育ててみようと思ってるんだけど……気温は考えてなかったな」
「本格的に農業を始めるなら場所も気を付けた方が良いけどねぇ。
大丈夫大丈夫。愛情が一番の肥料だからねぇ」
「それなら良かったよ」
「色々育てるなら、街の方の畑が良いねぇ」
「どこら辺なんだろう。この家なんだけど……」
アイテムボックスから物件情報を取り出して、お婆さんに見せる。
「うんうん、街の方だねぇ。過ごしやすい場所だよ」
「それは良かった。ギルドも近いかな?」
「そうさねぇ。そこから歩いて30分くらいかねぇ。
移動が大変なら馬車を使ったら良いよ」
「馬車……街の中でも使って良いの?」
「ああ、テラ街の人は馬を持ってる人が多いんだよ。
街の方に行くのは大変だからねぇ。役所かギルドで仲介して貰えるんだよ」
言われて道を見てみれば、随分広い道だと気付く。
馬車での移動を前提にして作られているのだろう。
30分くらいなら歩くけど、丁度馬も欲しいと思っていたところだ。
「ちょっと待ってな」
そう言って、お婆さんは家の中に入って行く。
周囲の景色を眺めながら待っていれば、小さな麻袋と羊皮紙を持って戻ってきた。
「これはねぇ、テラ街の地図だよ」
「わ、街ごとの地図もあるんだね」
「役所で貰えるよ。ギルドでも貰えるんだったかねぇ。
ここがねぇ、婆さんの家だよ」
役所とギルド、それから俺達の家の位置を教えて貰う。
俺が持っている地図は全体図なので街の中の細かい部分は分からない。
街の地図も詳細に描かれてはいないようだけど、道が描かれているからわかりやすい。
「ありがとう、お婆さん。
迷子にならずに済みそうだよ」
「この辺はねぇ、景色がほとんど変わらないからねぇ。
誰の畑か覚えてりゃ帰ってこれるけどねぇ」
「来たばっかりだから、畑で判断するのは難しそうだね」
「そうさねぇ。これあげようねぇ」
「えっ、ありがたいけど、俺達も役所で貰うから大丈夫だよ」
「大丈夫大丈夫。爺さんが何枚も持って帰ってくるから、たくさんあるんだよ」
「そういう事なら、ありがとう」
受け取った瞬間、ふわりと地図が消えてしまった。
地図スキルの効果でこれまでの全体マップに合体してしまったのだろうか。
アイテムボックスを確認してみると、予想通り1枚の地図になってしまっていた。
地図を取り出して見てみるも、先程フィールドで見た時と変わらない状態の地図だ。
詳細な街の地図がなくなってしまった。
「おやまぁ、珍しいスキルを持ってるんだねぇ。
ええと、たしか……そう。街をつついたら良いんだよ」
「つつく?」
首を傾げつつ、テラ街のある場所に指で触れてみれば、全体図がふわりと消えて、代わりにテラ街の地図が現れた。
試しに街の地図以外の場所に触れてみたら、全体図が現れる。
これは便利だ。他の街の地図も今度貰いに行こう。
「婆さんの話し相手になってくれてありがとうねぇ。
これ持って行きな。うちで採れた茄子だよ。
売り物にならない野菜なんだけどねぇ、じじばば2人じゃ食べきれなくてねぇ」
「わ、良いの? ありがとう!
ああでも、俺達料理は……あ、いや、今度バーベキューするから、その時に食べるね」
「あんた細っこいから、いっぱい食べな」
「う、うん……そうする……」
再度お礼を告げてお婆さんと別れ、貰った地図を見ながらギルドに向かう。
家に行くのはシアとレヴが来てからだ。
従魔召喚で今すぐ呼び出しても良いけど、何かしている途中だったら申し訳ない。
一度トーラス街の家に戻って、荷物を纏めて転移陣で一緒に来る予定だ。
お婆さんが言っていた通り、一面畑が広がっていてほとんど景色が変わらない。
よく見れば育てている野菜が違うけど、小道をふらふら進んでいたら迷子になりそうだ。
のどかな風景を楽しみつつ、皆で話しながら歩き続け、漸くギルドに辿り着く。
エルムさんが言っていた通り、中心地に辿り着くまでに商店等のお店が一切なかった。
買い物するのも一苦労だろう。
馬についても気になるけど、真っ直ぐに転移陣受付に向かい、トーラス街に移動する。
何度も歩いた道を進み、シアとレヴが待つ家に帰る。
「生産道具、1回でいけっかなー」
「うーん……最低2回は往復しなきゃかな」
アイテムボックス全部に詰め込んでも足りないだろう。
今の俺のアイテムスロットは35。
細かい生産道具は箱に纏めて入れているけど、素材もいくつか持って行くつもりなので厳しそうだ。
荷車もクランハウスにあるから今は使えない。
「「おかえりなさい!」」
「ただいま。お昼ご飯食べた?」
「食べたよー」
「あのね、まん丸な球作ったよ」
机の上にころころと鉄で作られた掌サイズの球が並んでいる。
状態異常を引き起こす魔道具を作る時に使ったものと同じ生産品だ。
対魔物にしか発動しない魔道具への調整はエルムさんに教えて貰ったので、今度纏めて魔道具にしてしまおう。
今ある分も描き変えなければ。
「ありがとう。またお金をたくさん貯めようと思ってたから、助かるよ」
「お休みおわりー?」
「うん、終わり」
「いっぱい作れるね!」
とは言え、状態異常を引き起こす魔道具が売れるのだろうか。
1回しか使えないし、ヌシのような強い相手ならともかく、普段の狩りではなかなか使わないと思うけれど。
まぁ、売れなかったら売れなかったで、俺達で使えば良いだけだ。
封印前の魔石はまだあるけど、集めに行かなきゃな。
「素材は後からで、先に生産道具を運ぼうか」
「そうですね。クランハウスに置いてある素材を確認してから、あちらに持ち込む素材を考えましょう」
頷いて早速準備に取り掛かる。
大きい物や重たい物を優先的にアイテムボックスに入れておこう。
軽い物なら手に持って運べる。……俺は無理かもしれないけど。
アイテムボックスの中身を鍵と物件情報が入った封筒以外全て取り出して、大きな机の上に置いておく。
つるはし、斧、釣り竿……それから空さんに貰った《楓食器セット》。
羽ペンと羊皮紙、ギルドカード、地図が入った鞄に、帰還石。
後はポーション類だ。運搬作業中にHPやMPが減る事はないだろう。
「ネイヤ、マナポーション足りそう?」
「おお、足りる」
ネイヤは数種類のマナポーションを袂に入れているので、歩くとかちゃかちゃとガラス瓶がぶつかる音が鳴る。
邪魔だと言っていたけど、鞄は鞄で邪魔になるらしい。
大きな瓶に入れて持ち歩く事も出来るそうだけど、イリシアチェックに引っかかった。
その服にはガラスの瓶は合わないとのことだ。
ネイヤは山伏のような服を着ているけど、イリシアの作ったそれらは随分派手だ。
白を基調とした色合いでもなく飾りや柄も多いので、修験で着る服ではないなと思う。
元々召喚石で来てくれた時も、白色の修験装束ではなかったけれど。
着物は黒で、襦袢は小豆茶色。恐らく髪の色に合わせたのだろう。
ネイヤは毛先が緩く跳ねている小豆茶色の髪だけど、右側に降りる前髪だけ黒色で、まるで嘴のように顎先程まで伸びている。
白の袴には、膝下辺りまで薄い黒色のグラデーションに白の柄が入っており、裾は脚絆で押さえられている。
金の柄が入った帯の上には、紅白の太い縄が帯締め代わりに巻かれている。
この服に合う容器と言えば……ほら貝……は、さすがに容器ではないので、瓢箪とかだろうか。
ちなみに、大きな容器に入れたポーションは、通常のポーション1瓶分以上を飲まなければ回復しないのだとか。
また、1度で1瓶分以上飲んでも1瓶分の回復量とクールタイムなのだそうだ。
飲み干しても容器は消えないので、邪魔になるし重いとのことで。
ネイヤのように常に飲む必要があるとかじゃない限りは入れ替える必要はないと言っていた。
「轆轤は手で持とうかな」
「ふむ。でしたら私も、炉は手で持ちますかね」
「いやいや、持てたとしても、それは重い道具だよ」
素材置き場に置いておいた生産道具を詰め込めるだけ詰め込んで、持てそうな物は手に持って外に出る。
俺は道具の入った《風の宝箱:小》を持った。軽い。
扉を閉めて、さて行こうかと顔を上げると、前方に秋夜さんとラセットブラウンの人達の姿が見えた。
そう言えばご近所さんだったな。
「ライ君じゃん。何? 引っ越し?」
「引っ越しではないけど、まぁ、似たような感じかな」
「へぇ。大変だねぇ」
「そうなんだよね。荷物が多くて、何度か往復しなきゃいけなさそうだよ」
「ふぅん……」
おやと思い、首を傾げる。今日は静かだ。
ちらりとクラメンの人達に視線を向ければ、むすりとした顔で視線を逸らされた。
なるほど……気まずいらしい。あの場面を見せられた俺も気まずいのだけれど。
「君達、手伝ってあげたら? ねぇ?」
秋夜さんの言葉にきょとりと目を瞬く。
「や、いや、秋夜さん……そ、それはぁ……ぐぅ……」
「嫌なの? 帳消しに出来ると思うけどねぇ」
「帳消し……ああ、別に気にしてないから、手伝いなんて……」
「だって。良かったねぇ。
あんだけ文句言ってたくせに、未だに大事に使ってる武器の事気にしてないって」
にんまりと笑う秋夜さんを見たクラメンは、ぐぬぬと唸り声を上げた。
ここぞとばかりにうきうきと弄り倒している。意地悪な人だ。
「……う……」
「なに? なんか言った?
全然聞こえないねぇ」
「……手伝う! 手伝います!!!」
「いや、大丈夫。そんな、手伝わせるなんて、申し訳ないし」
「はぁああ!? 手伝わせろや!」
「えぇ……」
「俺達の手伝いに不満があんのか!?」
「黙って指示出せや」
そんな強気に手伝いを申し出る事があるだろうか。
助かるけど、彼等に手伝って貰うのは後が怖い。
秋夜さんに視線を向けるも、愉快そうに笑うだけで、何の助け舟も出してくれそうにない。
「さっさと荷物出せ」
「これから狩りに行くってのに邪魔しやがって!
暇じゃねぇんだよ。どれ運ぶって!?」
「荷物まだ? 早く扉開けてくんない?
ねー秋夜さん! こいつ俺ら家に入れたくないってー!」
「あぁん!? 手伝ってやるって言ってんだからさっさと動けや」
半ば脅迫とも言える善意の押し売りは、俺が頷くまで続いた。
と言う事で、ラセットブラウンの人達が手伝ってくれるらしい。
秋夜さんは付いてくるだけだそうだ。まぁ、それはそうだろうと思っていたけれど。
お陰で一度で運び終わり、その上クランハウスに置いておいた素材や家具の運搬まで手伝ってくれた。
たくさんある素材の中で最低限の素材をテラ街に、残りは全てトーラス街に。
家具は全てテラ街の家だ。ネイヤが来る前にベルデさんから貰った家具なので、ネイヤの分はポイントで交換しなければ。
お手伝いのお礼を言うと、ぷりぷり怒りながら狩りに向かって行ってしまった。
本当に愉快な人達だと思う。もう少し態度を和らげてくれたらありがたいのだけれど。
とは言え、助かったのは確かだ。
予想よりも早く運搬作業が終わったので、今日と明日でゆっくりポイント交換ができそうだ。