day1 種族決定
一瞬、意識が遠のいて、次に気が付いた時には真っ白な場所にいた。
つい先ほどまで確かに感じていたヘッドギアによる重みも今は感じない。
指を動かしてみる。握って、開いて、また握る。
「はぁー……すごい……本当に、入ってこれた」
「こんにちは! 旅人様!」
「うわ!? え? どこ?」
突然の声に、握りしめた両方の手を見ていた視線を慌てて上げるも、そこには誰も見当たらない。
アナウンスだろうか?
「ここですよ~ここ! 貴方の頭の上です!」
「頭の上?」
言われるままに上を向けば、そこには人差し指サイズの小さな妖精が、ぱたぱたと揺れる透き通った羽から光る粉を振り撒きながらふわふわと飛んでいた。
「わー! 妖精だ!」
「はい! 私は旅人様が異世界へ渡るための準備をお手伝いさせていただく妖精です!
短い間にはなりますが、どうぞよろしくお願いしますね」
キャラクター作成時のサポートNPCのようだ。
公式HPによると、ゲーム内のNPCには『高性能学習型次世代AI』というものが搭載されているらしい。
まぁ、説明を読んでもよくわからなかったけれど。
まるで人間みたいに話せるなんかすごいAIって認識で間違ってないと思う。多分。
「よろしくね」
「はい! 早速ですが、貴方様のお名前を教えていただけますか?」
「えぇと……名前は考えてなかったなぁ。来李……は、本名だから、だめかな。それじゃあ、『ライ』で。カタカナでね」
「ライ様ですね! ありがとうございます! 私の事は妖精ちゃんとお呼びくださいね!」
「うん? うん。了解」
「準備の説明は必要ですか?」
「お願いします」
「はい! それでは、こちらをご覧ください!」
妖精ちゃんの言葉と共に、目の前にウィンドウが現れた。
そこには、俺の姿が表示されていて、他には名前や種族、職業と文字が並んでいる。
このウィンドウを操作しながら作成していくのだろう。
「まずは種族を選択していただきます。種族は<人間>、<ドワーフ>、<エルフ>、<猫族>、<犬族>の5の種族、それからランダムに選出された30の種族、合計35の種族からお選びいただけます」
ここまでは、兄ちゃんの言っていた通りかな。
俺がなりたい種族である鬼人は、絶対になれるわけではない。
キャラクター作成では、選べる種族や職業がランダムで選出されるため、運も重要になってくるとは聞いていた。
ただ、集めた情報の感じでは、出やすい種族ではあるようだ。
「種族の選出は5回まで可能ですが、一度決定すると変更することは出来ません。
また、転生することも可能ですが、その場合、旅人様方の世界で24時間の間転生することは出来ませんのでお気を付けください」
転生、つまり、キャラクターを一旦削除して作り直すということだろう。
5回の抽選の中で鬼人が出てくる確率がどれくらいなのかはわからないけど、もし出てこなかった時はどうしようかな。
どういう原理なのかはわからないが、ゲーム内では現実の5倍の速度で時間が進むらしい。
つまり、再作成ができるまでの間でゲーム内では5日も時間が進んでいることになる。
憧れがないわけではないけれど、トッププレイヤーを目指しているわけではないので、5日進んだからって特に問題はない。
でも、今日まで毎日楽しみにしていたわけだし、それがまた明日なんてのは嫌かなぁ。
「ランダムで選出される種族には、☆1から☆4のレア度が設定されております。どのレア度の種族を選んだ場合でもステータスの数値の合計値に差はありませんが、レア度の高い種族は強力な『種族特性』と『種族スキル』を有しています。
特に、☆3と☆4の種族は強力な種族特性と種族スキル有していますが、メリットだけではなく、デメリットもありますのでレア度が高ければ良いとは一概には言えません」
「どの程度のデメリットがあるの?」
「そうですね……うーん……ここだけの話なのですが」
「うん??」
ここだけの話とは、どういうことだろうか……?
お助けNPCとの間にここだけも何もないと思うのだけれど。
「本日、たくさんの旅人者様が異世界へと向かっておりますが、☆4の種族を選択した旅人様のほとんどが転生をしたと情報がきております。
そうそう選出されるものではないので、ごく僅かな人数の話ではありますが」
「☆3の人は転生してないの?」
「☆4の種族を選択した方に比べると各段に少ないようですね」
☆3より☆4のデメリットのほうが大きいようだ。
どんなデメリットかはわからないけど、すぐに削除しているところを見るあたり、序盤できついデメリットなのだろう。
「ここまでで、種族について何か質問はございますか? 詳しい情報はお話できないことも多いのですが、答えられる範囲内であれば答えますよ!」
「仮に☆3や☆4の種族が出た時はデメリットを知ることはできるの?」
「残念ながら、種族を選択した後、調整が終わるまでは、種族の詳細を確認することはできません。
他には何かございますか?」
「ううん。大丈夫」
「了解いたしました。それでは早速、種族の選出を行います。
ルーレット、スタート!」
妖精ちゃんの合図と共に、辺りに軽快な音楽が流れ始めたかと思うと、目の前にあるウィンドウでスロットが回り始めた。
ボタンを押して、3つの絵柄を合わせるあれである。
まさか、ランダムで選出される30回分、スロットを止め続けるのだろうかと思ったが、ピコーンという音と共にスロットは『決定!』という文字で止まり、種族がずらりと書かれた画面に切り替わった。
「選出が終わりました! いかがでしょうか?」
「んー……ない、なぁ」
「ライ様にはなりたい種族があるんですね! もう一度選出しますか?」
「お願いします」
「了解いたしました! それではぁ~ルーレットスタートです!」
ウィンドウが切り替わり、軽快な音楽と共にスロットが回り始める。
そして、ピコーンという音が鳴り、種族の書かれたウィンドウへと切り替わった。
「2回目の選出が終わりました! あ! ☆3の種族が出ていますよ! 凄く運が良いですよ!」
「どれどれ……吸血鬼、かぁ」
吸血鬼にむきむきなイメージはないなぁ。
どちらかと言えば青白くて病弱なイメージだけど、どうなんだろうか。
「うーん……」
「ちなみに、どの種族を狙ってらっしゃるんですか?」
「鬼人だよ」
「あれ? そうなんですか? てっきり☆3以上のレアな種族を狙っているのかと思いました」
「つまり鬼人は出やすいってことかな?」
「あー……あっはっは! 次の選出に移りますか?」
「うん。お願い」
AIに失言なんてものがあるのかはわからないけど、言ってはいけないことだったようだ。
おしゃべりな妖精ちゃんっていう設定なのかもしれないけど、もしかしたら『高性能学習型次世代AI』だからこその人間らしさなのかもしれない。
「3回目の選出が終わりました! うーん……鬼人は出ていないですねぇ」
「物欲センサーかなぁ……」
「鬼が好きなんですか? それとも、妖怪?」
「どっちでもないよ。ただ、むきむきになれそうだから」
「……むきむき……その見た目で……その見た目だからこそ……?」
「この見た目だからこそ、だよ。妖精ちゃん」
「ふぅむ……いえ、失礼しました! 次の選出を行いますか?」
「うん。よろしくー」
ピコーンという音が鳴り、ウィンドウが切り替わろうとしたその瞬間。
「うわわーーーー!!!!」
「わぁー!? な、なに? どうしたの?」
妖精ちゃんの叫び声に驚き、びくりと体が揺れてしまう。
何事だろうか。
「☆4ですよ! ☆4!! クローズドβから数えても両手で足りるくらいしか出ていない☆4ですよ! 私初めて見ました!!」
「え? クローズドβって、1万人いたんだよね? 正式オープンで今どれくらいキャラクター作成が終わっているのかはわからないけど……」
「あっあっー! なんでもありません! ありませんったら!」
「あぁ……うん。誰にも言いません」
「はい! 聞いてないことは言えませんからね!」
しかし、クローズドβの人達は正式オープンも参加できるが、当時のキャラクターやアイテムは引き継ぐことが出来ず、フレンド情報以外は真っ新な状態で再スタートになるそうだ。
そして、今日☆4の種族を選んだプレイヤーのほとんどが転生していると、妖精ちゃんのここだけの話で聞いた。
と、言うことは……現時点の☆4種族の人って片手で足りるんじゃないだろうか……?
希少価値には弱い。心が揺らいでしまう。だって日本人だもの。
ウィンドウに並ぶ文字を見る。
鬼人の文字は見つからない、が。
「あ、れ……? 鬼神?」
「はい! <鬼神>でございます! ちなみに、鬼神とも呼ばれています。どちらの呼び方も間違っていないのでお好きな呼び方で問題ありませんよ!」
「へぇ、そうなんだ。鬼人とはどう違うの? 鬼の神?」
「ライ様の世界ですと、荒々しい神という意味ですが、私共の世界ではあくまで鬼。鬼を統べる者とも呼ばれている、<鬼人>の上位種族ですよ!」
「上位種族……」
すぐに決定することはないだろうと、鬼神の文字に触れてみると『種族に<鬼神>を選択しますか?』と書かれたウィンドウが現れた。その文章の下には『決定』と『戻る』とも書かれている。
「とは言え、先程話した通り、大きなデメリットがあるのでおすすめはできません。
上位種族とは言いましたが、それはあくまで私共の世界での話。異世界の旅人様に種族の進化はありません。しかし、例えどの種族を選んでも、私共の世界のどの種族よりも強くなれる可能性を秘めております」
「努力次第?」
「はい! その通りでございます! それに、異世界での暮らしは人それぞれですから!」
強い種族特性と種族スキルを持つ代わりに大きなデメリットを持つ種族と、強い種族特性と種族スキルはないけれど自由に冒険できる種族。
どちらを選んでも、強くなろうとしなければ強くなれない。
俺が求めていた鬼人の上位種族。しかも☆4。
生きていけないなんてデメリットはさすがにないと信じたい。
それならば。
「それに、ライ様の希望はむき……」
「よし! 俺、鬼神にする!」
『決定』と書かれた文字に向かって手を伸ばす。
「ま、待ってください!」
「え? あ」
「あ! あぁ~!!」
妖精ちゃんの制止の声に伸ばしていた手を止めたものの、俺の指は『決定』と書かれた場所に触れてしまっていた。
ウィンドウには『種族が<鬼神>に決定しました』と表示されている。
「あぁ~……」
「えーと……だめだった?」
「いいえ、だめではないんです……ただ、その……うーん」
妖精ちゃんは首を傾けて、ちらりと俺を見ながら何かを考えこんでいる。
「いえ! 結果オーライということにしておきましょう!」
「えぇっと……うん?」
「ライ様にはきっとぴったりの種族ですよ!」
「そう? それなら良かった」
「はい! では、次の準備に取り掛かりましょう!」