day111 海中の洞窟
「「あったー!」」
シアとレヴの嬉しそうな声が聞こえてくる。
2人の視線の先には黄色の珊瑚が見えた。
黄色の珊瑚がスライムがいる洞窟への目印だったはずだ。
スライムがいる洞窟と言うよりは、魔物が湧く洞窟だろうか。
銀の洞窟に魔物がいないのは、ネーレーイスが暮らしている内にいなくなったのか、それとも元から魔物がいない洞窟を選んだのか。
海中かつ洞窟に生息する魔物は、銀の洞窟以外の洞窟にいるのかもしれない。
辺りをきょろきょろと見渡すシアとレヴの姿に視線を移す。
確か黄色の珊瑚の近くにぽっかりと穴が開いているとかじゃなかったかな。
「こっちだよー」
「あれだよ」
指差した先の岩肌にぽっかりと開いた穴に向かって泳ぐ。
1人だったら怖くて入ろうとは思わなかったかもしれない。
ぐんぐんと泳いで進んで行くシアとレヴの後に続けば、銀の洞窟の時と同じように、海面へ出る事が出来た。
銀の洞窟の時は海面から洞窟内へ階段で上がる事ができたけれど、ここは整備なんてされていない。
ちゃぷちゃぷと泳いで、上がれそうな場所を探す。
「ここ高くなってるよー」
「ここから上がれるよ」
「ありがとう。そっちに行くね」
数時間ぶりの地面を踏みしめる。
どこからか吹いてきた風がふわりと髪を撫でた。
洞窟内には先の見えない細い空洞が幾つもあり、どこかに繋がっているようだ。
適当に進んでいたら迷うかもしれない。奥から水の音が聞こえる空洞もある。
「いやぁ……これは1人じゃ無理だったな。
連れてきて貰えて良かった」
「知らないと来られないよね。
俺もシアとレヴがいなかったら辿り着けなかったよ」
銀と金を探しに海の中へ潜ったとしても、銀の洞窟に辿り着けなかったんじゃないかと思う。
「あ、スライムいた!」
そう声を上げると同時に、幾つもある空洞の1つに一目散に駆けて行ったよしぷよさんの後を追う。
銀の洞窟と比べて整備がされていないのはもちろん、明かりもない。
夜に狩りをする為に夜目を取るプレイヤーは多いらしいので、よしぷよさんも夜目を取っているか夜目の利く種族なのだろう。
ちなみに、俺達はイリシア以外は夜目が利く種族なのだそうだ。
今回は起動したままのスライム型の魔道具……《魔伝宝石》が照明の代わりになっているけど、今度ランタンのような魔道具を作っても良いかもしれない。
「うーん……どいつにしようかな……」
ぽよんぽよんと飛び跳ね、攻撃を仕掛けてきている青色のスライム達を吟味するよしぷよさんの様子を窺う。
攻撃を受けているようだけど、大丈夫なのだろうか。
「……大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。倒しちゃったらテイムできないからさ。
こいつだってやつ選びたいんだよ」
その言葉に、よしぷよさんの周りを飛び回るスライム達の姿に目を移す。
俺には違いがあるようには見えないけど、スライムが好きな人からしたら違いがあるのだろう。
「あー……少し待ってて貰っても良いか?
なるべく急いで選ぶからさ……」
「大丈夫だよ。
俺達は素材がないか探してくるから、よしぷよさんはゆっくり選んでね」
「悪い。ありがと。見つけたら連絡する」
いそいそと空洞の入り口まで移動して、スライムを吟味するよしぷよさんの姿を眺める。
この先ずっと一緒に冒険する仲間なのだから、じっくり時間を掛けて選びたいだろう。
頭の上にいるスライムも青色のスライム達にじっと視線を向けているように見える。
「さて、俺達は素材集めだね。
何かあるかな?」
「ふむ。採掘で採れるもんは銀の洞窟とほとんど同じだろうな。
質は違うやもしれんが、それはリーノ達が集めとるんよな?」
「そうだね。今頃たくさん集めていると思うから、出来れば違う物が良いかな」
「鉱物以外はこの辺りには見当たらんな」
「んー……それじゃあ俺達も空洞の中に入ってみる?
あ、あそこの空洞、魔力が見当たらないから魔物いないのかも」
「おお、行ってみるか」
《魔伝宝石》で辺りを照らしながら細い空洞を進んで行く。
「あら? あれは何かしら? 光っている茸があるわ」
「わ、本当だ。綺麗だね。
《水縹茸》って名前みたいだよ」
「ほー……海の中にも光る茸があるんか」
「海の中以外にもあるの?」
「わしが住んどった山ん中にもあった。
ああいうもんは、暗い場所でしか育たん」
「暗い場所かぁ。鉱山とかにもあるかな?」
「さて。わしゃ住んどった山の事しかわからん。
《水縹茸》集めて良いか?」
「もちろんだよ」
この辺りには鉱物と《水縹茸》以外だと岩壁に貼り付いた苔……《薄花光苔》くらいしかないみたいだ。
奥に行けば違う素材も見つかるかもしれないけど、ここから見えるだけでも幾つも道が繋がっていて、そのそれぞれが入り組んでいるようなので、探索するのにどれだけ時間が掛かるか分からない。
何より迷子になりそうだ。探索しなければいけなくなった時は何か策を講じて来た方が良いだろう。
《水縹茸》は収納箱に、《薄花光苔》は素材を入れておく用に菖蒲さんに作って貰った瓶に集めていく。
「おお、なんぞこれ。塩だ。塩がある。
海の洞窟には塩があるんか」
「わ、これ《岩塩》なんだ? 宝石みたいだね。
料理で使えるのかな」
「使えるわよ。料理以外では……どうなのかしら?
《岩塩》って鉱物なのかしら? 食材なのかしら?」
「鉱物だったら他の生産スキルでも使えるのかな?
石工とか……細工はどうだろう? 宝石の代わりになったりするかな」
「錬金術では使えそうやの」
「銀の洞窟には《岩塩》はなかったと思うから、集めようか」
つるはしを取り出して、淡い桃色の岩肌に突き立てると、ゴロゴロと《岩塩》が落ちてきた。
いくつかはカヴォロのお土産にしよう。
大きめの収納箱を取り出して、《岩塩》も集めて行く。
《水縹茸》と《薄花光苔》と《岩塩》を集め続け、それぞれの収納箱と瓶がいっぱいになってもよしぷよさんからの連絡はない。
この機会にたくさん集めておこう。
いっぱいになった収納箱2つと瓶をアイテムボックスに入れて、新たに収納箱2つと瓶を取り出す。
ふと、ここから従魔念話でジオン達と話せるのだろうかと頭に浮かぶ。
この洞窟から銀の洞窟までの正確な距離は分からないけど、そんなに遠くはないと思う。
『ジオンー』
「お? なんぞ?」
「従魔念話ってスキルなのだそうよ。
少しコツがいるのだけれど、私達も話せるわ」
イリシアがネイヤに説明する姿を見つつ、ジオン達に呼びかける。
『……ライさん? 近くにいるんですか?』
『聞こえてた! ううん、今はまだスライムのいる洞窟にいるよ。
姿が全く見えない場所でも従魔念話できるんだね』
『そのようですね。そちらはここから遠いのですか?』
『うーん……泳いで十数分の距離だと思う』
あちらもたくさんの鉱石、宝石等の鉱物を集めているそうだ。
前回来た時程の量は生成されていないみたいだけど、他に集めに来る人もいないからかまだまだたくさん集められるとのことだ。
こちらには《岩塩》があったと言う事を伝えると、石工や細工でも使えると返事が来た。
ただ、石工ではそんなに使う頻度は高くないようで、板のように加工するくらいなのだそうだ。お肉なんかを焼く時に使えるらしい。
細工については、リーノはこれまでに使った事がないらしいけど、宝石の代わりとして使えるとのことだ。
『どれくらいでこっちにくるんだ?』
『どうかな。さすがに明日とかにはならないと思うけど』
皆と話しながら素材集めをして、2つ目の収納箱や瓶が半分以上埋まってもよしぷよさんからの連絡はない。
随分夢中になっているらしい。
迷子にならないように《岩塩》を目印代わりに置きつつ奥に進んで、素材を集めて行く。
奥の奥には魔物がいそうだ。うっすらともやが見えている。
大きさから見るに青色のスライムより少し強いくらいだろう。
素材集めをするだけだし、出会う程奥に行く必要はない。
「ライ君。《水縹茸》の箱がいっぱいになったわ」
「あ、本当だ。とりあえず2箱あれば暫くは大丈夫かな?」
「こんだけありゃ暫くいらんだろう」
「何が出来るの?」
「試してみんとわからんな。
状態異常の解除薬に使えそうだとは思う」
「へぇ~楽しみにしてるね」
頷いたネイヤは袂から《上級ハイマナポーション☆3》を取り出し、飲み干した。
俺がログアウトしている間にネイヤが作った物だ。
これまでに《上級ハイマナポーション》は露店でも街でも見かけていない。
植物だけで上級のポーション類を作るのは、現状プレイヤーが用意できる植物……つまり、カタログに載っている植物だ。それらだけでは厳しいと言っていた。
錬金術では植物以外も材料に出来るから作れるけど、調薬だといくつか材料が足りないとか。
「《岩塩》もいっぱいになったよ。
ネイヤ、《薄花光苔》はどう?」
「おお、たんまり集めたぞ」
「それじゃあ、そろそろ様子見に行こうか」
収納箱2つと瓶をアイテムボックスに入れて、ぽつんぽつんと目印代わりに置かれた《岩塩》を回収しつつ来た道を戻る。
「よしぷよさん、どう?」
よしぷよさんのいる空洞の入り口から声を掛ける。
「ライさん! 悪い、ちょっと手伝ってくれ!
見つけたんだけど、スライムの量が多くて」
「わ、本当だ」
離れた時よりも増えたスライムの数にぎょっとする。
スライム相手だと攻撃したくないのかもしれない、なんて思ったけど、そういう訳ではないらしい。
スライム達から繰り出される攻撃を避け、大剣を振るっているが、奥から次から次へとやってくるスライムに手間取っているようだ。
空洞の中に飛び込んで、スライムに刀を振るう。
「どの子?」
「俺の前にいるやつ!」
「了解。その子以外倒しちゃうね」
「悪い! 助かる!」
数は多いけど、なんとかなるだろう。
この辺りの魔物ならエルフの森に出る魔物より適正レベルは随分低いはずだ。
「【テイム】! 【テイム】!」
ちらりとよしぷよさんの前にいるスライムに視線を向ける。
HPはあと僅かだ。確かHPが低い方がテイムの成功がしやすいんじゃなかったかな。
よしぷよさんが狙うスライムに攻撃が当たらないように気を付けながら、俺とイリシア、ネイヤでスライムを倒して行く。
2人のレベルはまだ5だけど、プレイヤーのレベルに換算すると大体30くらいだ。
苦戦することなく危なげなくスライム達と戦う事が出来ているので、恐らくこの辺りは適正レベル30くらいか少し上かくらいじゃないかと思う。
いや、もちろん適正レベルが近いというのもあるのだろうけど、ネイヤが強過ぎる。
ジオンの作った薙刀とは言え、レベルが下がってしまっているのでステータスも低く攻撃力も低いけど、そんな事関係ないとばかりにばっさばっさと薙ぎ倒している。
さすがは極致。カンストだ。達人である。
イリシアが作ってくれた防具も装備しているので、防御力も高い……全て躱しているけれど。
あんな高い一本下駄でよくあれだけ動けるなと感心する。
ちなみに俺とジオンの下駄は以前カタログで交換した物で、ネイヤの下駄は召喚した時に履いていた物だ。
革靴なんかはイリシアが革細工で作れるけど、木を使う下駄は木工が必要なのだそうだ。
鼻緒は裁縫スキルで作れるそうなので取り換えられている。
「【テイム】、【テイム】、【テイム】、【テイム】……頼むってー!!
成功してくれって!!!」
粗方片付いてからよしぷよさんの様子を窺えば、今も尚テイムし続けていた。
テイムの成功率はここまで低いのかと驚く。
別にあのスライムがユニークと言う訳でもないし、強いスライムとかではないと思うのだけれど。
奥からやってくるスライムの相手をしつつ、よしぷよさんのテイム成功を待つ。
「【テイム】、【テイム】……っしゃ!!」
イリシアとネイヤのレベルが6になった頃、よしぷよさんから喜びの声が上がった。
ぷにょんぷにょんとよしぷよさんの足元で青色のスライムが跳ねている。
「はー……やっと成功した……」
「おめでとう、よしぷよさん」
「まじでありがと。ライさん達が手伝ってくれてなかったら何時間掛かってたか……はっ!
今何時!? げ、もうこんなに経ってんの!? 悪い!!」
「ううん、大丈夫だよ。俺達も素材たくさん集められたし、それに、今日はずっと素材集めの予定だったから。
助けになれたみたいで良かったよ」
「神じゃん……あ、この後は銀の洞窟? に、行くんだよな?」
「そうだね。他にここでやりたい事がないのなら」
「ない、ない! スライムゲットできたし、俺はもう充分!」
「そっか。それじゃあ、行こうか」
従魔念話で今から行くよとジオン達に伝えておく。
さて、次は銀の洞窟だ。素材集めもだけど、遺物を回収しなければ。