day107.5 現実世界
「あ! 透さん来てる!」
「やっほー。約束してたチョコケーキ持ってきたぞ~」
「チョコケーキ! やった! ありがとう、夜ご飯の後食べるね!」
ログアウトしてリビングに向かうと、俺にモデリングを教えてくれているお兄さん……透さんと兄ちゃんがいた。
「何か問題があったの? バグ?」
「ふふふ……聞いてくれ来李。
……この後、結果発表がある」
「結果発表?」
「そう……第二次出荷抽選の結果発表だ……!」
「! そうなの!? わぁ、楽しみだね!」
「だからって夕飯時にうちに来る必要ないけどな」
「だって1人で見るの怖いじゃん。
一緒に見てくれよぉ……それに、友人コードくれた来李と見た方が、当選する気がする」
「そっちもなの? 友人コードの枠の発表って昨日だったよね?」
確かその話を聞いたのは準備期間後、本戦前のログアウト中だった気がする。
ゲーム内で過ごしているといまいち時間の感覚がわからなくなってしまう。
「そうらしいよ。やけに急かすから、うるさいなと思ってたけど……。
発表から締め切りまで24時間しかなかったんだって」
「うるさいは余計……俺ちゃんと言ったから!
今すぐしないと時間がないって! 言ったから!
朝から何回も電話したのに、出てくれたの夜だったし!」
「へぇ~気付かなかったら応募できないまま終わってたかもしれないね」
「そうそう。二次出荷の応募はとっくに締め切ってたしさ。
後は結果待つだけ~って、やってないゲームの公式のお知らせなんてしょっちゅう見ないじゃん。
気付けて良かったよ。両方応募してるんだから、どっちか当たってくんねぇかなぁ」
「両方外れたらβから4連敗だな。
俺は『ご用意できませんでした』だと思うけど」
「やめろやめろ。縁起でもない。
来李の友人コードだぞ? いけるいける」
「そんなご利益みたいなのはないと思うけど……」
そわそわとスマートフォンの時計を何度も確認する透さんの姿を眺める。
当選したら一緒に遊んでくれるかな。遊びたいな。
「そう言えば、兄ちゃんの友人コードは誰にあげたの?」
「ああ、瑞稀……」
兄ちゃんが名前を言うと同時に、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。
パタパタと玄関に向かうお母さんの足音が聞こえた後、瑞稀さんとお母さんの楽しそうな声が聞こえてきた。
「……あいつまできたのか……暇なやつらだな」
「まぁ、暇。お問い合わせメールはほぼ定型文だし、来李が発見したバグ以外に進行不能バグも出てないし」
「うっ……俺が浮かれてやっちゃったやつ……」
『Chronicle of Universe』の正式オープンの前日、兄ちゃん達が作ったゲームをデバッグも兼ねてプレイしていた時、明日からゲームだと思うと嬉しくて嬉しくて、近くにあったオブジェクトを手あたり次第投げ続けていたら、全てのオブジェクトが消し飛び、奈落に落ちた。
数時間投げていたので、普通はそんなに起きるような事でもないと思ったけど、どうやらそうじゃなかったらしく、兄ちゃんが正式オープンからログインできない事態に陥ってしまった。
「あのバグはほとんど透のせいだからね。オブジェクトが悪い。
俺がログイン出来なくなったのも透のせい」
「いーや、あれは蓮斗にも責任あるね! 俺だけじゃないね!」
「投げたオブジェクトの中には俺が作ったのもあったけど……」
「来李のは大丈夫だったよ。だから透が悪い」
「何? 何の話? 喧嘩?」
リビングへとやってきた瑞稀さんがきょとんとした顔をして、ソファに座る。
「瑞稀さんこんばんは」
「はい、こんばんは。ゲーム楽しんでる?」
「うん……色々あるけど、でも、凄く楽しいよ」
「良いなぁ。僕も早くやりたいよ。
あ、これお土産。来李好きだったよね」
「大福だ!」
「うん。後で食べな」
「……2人共、俺にはないの?」
「「なんで?」」
「……来李、俺にも分けてくれる?」
「うん! 一緒に食べよ」
透さんも瑞稀さんもそれからここにいない3人も、兄ちゃんとゲームを作っている人達は、歳が離れた俺の事を弟のように可愛がってくれている。
ゲームの中でもリアルでも、兄ちゃんの友達は良い人ばかりだ。
「透君と瑞稀君もご飯食べて行く~?」
「いただきます」
「久しぶりの手料理だー!」
「うふふ~若い子がいると楽しいわね~」
お母さんが楽しそうにキッチンへ向かうと同時に、ぶぶぶと2回ずつ、透さんと瑞稀さんのスマートフォンが揺れた。
「きた! きたきた!! 瑞稀、せーので開けよう」
「うん」
「開けるぞ?」
「うん。せーの」
「……厳正に抽選させていただいた結果……」
「誠に残念ですが落選となりました……」
「はは、2人共3連敗おめでとう」
「こいつ……そりゃお前は1発目で当たってるから余裕だよなぁ!?」
「腹立つわー。けど、まだチャンスはあるから。
透、次。友人枠」
「おう、行くぞ。せーの!」
がくりと肩を落とす瑞稀さんの横で、透さんがパチパチと何度も瞬きをしている。
何度も上から下にスワイプして、食い入るように画面を見る透さんの姿にもしやと注目する。
「あ、あ……あた……当たったぁ!!!」
「おめでとう透さん! やったね!」
「はぁ? お前、なんで……はぁ? 僕外れてんのになんでお前だけ当選してんの?
ずるくない? はー? 友達やめよ」
「やっぱ来李なんだよなぁ! 蓮斗じゃだめなんだよ。
こいつは人に運を分け与えるようなやつじゃねぇからなぁ」
「だから、僕も来李に貰いたかったのに。
なんであそこで負けるかなぁ」
「俺のエイム力に勝てるわけなくね? 天才の俺にさぁ」
どうやら、友人コード争奪戦はゲームで行われたらしい。
「調子乗ってんなお前。蓮斗、こいつボコボコにしてくんない?」
「嫌だけど? あと、この先友人枠があっても、あげないから」
「来李に貰うから良いですー。ねぇ、来李」
「うん! 良いよ! 次は当たると良いね」
「はーこの弟力よ。お兄ちゃんにだけは似ないでね。泣くよ」
「あはは。でも俺、兄ちゃんに似てるって言われたら嬉しい」
瑞稀さんが当選できなかったのは凄く残念だけど、透さんは当選できた。
もしかしたら一緒に遊んでくれるかもしれない。
ああでも、そうか。新しい人達が増えるのか。仲良くできたら良いんだけど……。
「他のやつらは……ああ、全員駄目だったか」
「なんだよー俺だけかよー?」
「ちょっと写真撮るわ。このむかつく顔グループに貼る」
「仕方ねぇなぁ。格好良く撮ってくれよー?」
「うっぜ。こいつ馬鹿になってんな」
「はは、今すぐ帰って欲しい。
それで、ログイン日はいつだって?」
「順次発送で……ログイン開始日は……来月の1日だってさ。
なげー! 早く遊びてぇー! 何しようかなぁ~。
蓮斗と来李はどんなことやってんの? 武器は?」
「おばさーん! 蓮斗がいじめまーす!
透と一緒にいじめてきまーす! 仲間外れにされてまーす!
追い出されたから、何か手伝うよー!」
「俺何もしてなくない?」
瑞稀さんは透さんと兄ちゃんに悪態を吐きながら、キッチンへ向かって行った。
お母さんの楽しそうな声が聞こえてくる。
カレンダーで日付を確認する。10日後に新しい人達が増えるみたいだ。
正式オープンから1ヶ月後に第二次出荷陣がログイン開始か。
この先も1ヶ月おきに増えていくのかはわからないけど。
あ、来週は登校日だ。全日制なら今夏休みだけど、通信制だとほとんど毎日が休みみたいなものだから夏休みもない。
前日ログアウトする時に、ジオン達にいつもより長く戻ってこれないと伝えておかないと。
夏休みが終わったら人が減ってしまうかもしれない。
「なぁなぁ蓮斗。当日どこで待ち合わせする?」
「待ち合わせ……? 俺がいる所に透は行けないよ」
「いや、アイテムちょうだい」
「なんで?」
「初心者にアイテム買い与えてくれないの?
普通友達が一緒のゲーム始めるってなったら、最低限装備とかアイテム渡さない?」
「最低限で良いなら最初から持ってるよ。
装備もあるし、ポーション、マナポーションもあるし、簡易食料もある」
「簡易食糧……」
あれは二度と食べたくない。
「はぁーやっぱこいつは駄目だ。
来李は来てくれる?」
「うん! 透さんに合った装備とアイテム、用意できると思うよ!」
「まじでー? やっぱ来李なんだよなぁ!」
「……来李の装備、ね……」
「妬むな妬むな。どうせお前は狩り街道まっしぐらで、どんどん進んでんだろ?
ってことは、アイテムも揃ってるってことじゃん。
俺が来李にアイテム買ってもらうくらいで妬むなよー」
「お前は何も分かってないね。
ま、仕方ないか。何も知らないわけだし」
「それな。なんで今プレイしてるやつらって情報全然落としてくんないの?
凄いとかやばいとかそんなんばっかじゃん。語彙力どした?」
「ログイン中にやり取りしてるし、リアルで細かく情報言う必要ないからじゃない?
情報サイト見ながらプレイ出来るわけでもないしね」
確かにそうだ。ログイン中に確認できるならともかく、確認できない事に労力は割かないのかもしれない。
俺なら情報サイトを作るよりもログインして遊ぶ。
「レベル上げくらいは付き合ってよ」
「夜なら良いよ」
「夜? ゲーム内の?」
「そう。昼と夜で出てくる敵が変わるんだよ。変わらない場所もあるけどね。
変わる場所なら、夜の方が少し強くなる」
「へー。ま、蓮斗は初心者用の狩り場で狩りするレベルじゃないだろうし、少しでも多く貰える敵のが良いか。
じゃあ、夜な。昼は来李に色々案内してもらお」
ちらりと兄ちゃんに視線を向けると、楽しそうに笑っていたので俺からは何も言わないでおく。
まぁ……壱ノ国の夜のモンスターだったら……うん。
「今どういうやつが強いって言われてんの?」
「どういう……まぁ、単純に、レベルが高いやつ?」
「俺、追い付ける?」
「さすがに高レベルプレイヤーに追い付くのは厳しいと思うけど。
常に狩りしてるようなやつらだから。
まぁ……高レベルプレイヤーじゃなければ、適正より高いとこで狩りしてたら追い付けるかもね」
「はぁーやっぱそうかぁ。
レベル上げつつ進むか、ばーっと連れて行って貰って狩りするか……悩むな」
「連れて行って貰う前提で話すなよ。まぁ良いけど」
「追い付けんのかねぇ……俺達不利じゃね? イベントとか」
「レベルはね。でも、次イベントがあるなら、第一陣と第二陣に大きな差が出ないようなイベントになると思うよ」
「なら良いけど。今までどんなイベントがあったん?」
「品評会、戦闘祭、狩猟祭。生産向けとPVP、それからパーティーでの狩猟数を競うイベントだね。
それから、昨日やってたのが、クラン戦。拠点防衛と拠点侵攻」
「へぇ~昨日やってたのか。そういやイベントあるって公式に書いてたな。どうだった?」
「負けたよ。3位」
「3位は負けた内に入んねぇよ。かー! やっぱお前やってんなぁ」
兄ちゃんの話をうきうきとした表情で聞く透さんの姿を見て、正式オープン前の日々を思い出す。
毎日兄ちゃんに色んな話を聞いて、今か今かとログイン開始日を待っていた。
「ただいまー」
「! お父さんだ!」
玄関からお父さんの歩く足音が聞こえてくる。
今日は早く帰ってこれたようだ。
がちゃりとリビングの扉が開き、お父さんが顔を出した。
「お父さんおかえりなさい!」
「ただいま。お、透きてたのか」
「おかえり父さん。瑞稀もきてるよ。今母さんの手伝いしてる」
「お邪魔してまーす。おじさん、社畜辞めたの?」
「相変わらず社畜だな。今日は一旦ひと段落したから帰ってきたんだ。
明日からまた忙しくなるから、今日くらいゆっくりしようかと」
「ふーん。おじさん何の仕事してんの?」
「リュウグウノツカイ」
「深海魚? やべーね。稼げる?」
「営業成績次第だな」
「おばさーん! おじさんの仕事リュウグウノツカイなんだって!」
「あらあら、お父さんお疲れ様。深海だと疲れるでしょう。ゆっくり休んでね」
「あ、おじさん。お邪魔してます」
「いらっしゃい、瑞稀。母さんの手伝いしてくれてありがとうな」
「おじさん社畜辞めたの?」
「辞めたい」
今日はいつもより賑やかだ。
お父さんも帰ってきたし、透さんと瑞稀さんもいるから楽しい夕食になるだろう。
「俺、筋トレしてくるね。
透さん、夜ご飯の時また話そうね」
「おー筋トレなぁ。ま、頑張れよー!」
「うん! 頑張る!」
筋トレして、お風呂に入って、ご飯を食べて……寝る準備をしたらログインだ。