day106 クラン会議
「ここだ、この道だ」
「……もしかしてアレ?」
「そう。あの悪趣味な店がそうだ」
細い路地に入り、吊り下がった骸骨を目掛けて歩く。
扉の兎とじっと見つめ合い、扉に手を掛ける。
「お、開いているようだな。
おい! ヤカ! いるか!」
「そんな叫ばなくても、狭い店なんだから聞こえるよ。
何? 魔石の注文あったっけ?」
「ヤカさん、こんにちは」
「ああ……ライも一緒か。
……なるほどね。自慢しにきたわけね」
「君達は揃いも揃って。私をなんだと思っているんだい?
まぁ良い。ライ」
「ヤカさん、俺達のクランに入ってくれませんか?」
「クランねぇ……」
「なんだ? 君、まさか断るつもりか?」
「何も言ってないでしょ……せっかちな婆さんだよ。
ライのクランなら良いよ」
「ありがとう!」
本日3回目の招待ウィンドウを開き、早速操作する。
ヤカさんは住居IDじゃなくて、店舗IDだったはずだ。
カヴォロとの会話を思い出す。
「はい、承認」
『クラン『百鬼夜行』のサポート枠に『ヤカ』が参加しました』
「ヤカさん、これからもよろしくお願いします」
「うん、よろしく。
で、婆さんとガヴィンもサポート枠ってこと?」
「そう。連れてこられた」
「まさか僕も連れて行かれる?」
「一旦ここで終わりだな」
「それは良かった」
「これからここでクラン会議だ」
「クラン会議? ふぅん……店閉めよ」
良いのかなって思ったけど、喜んでいるようなので大丈夫なのだろう。
クランハウスの購入を視野に入れても良いかもしれない。
俺達だけだったら今のまま家で過ごしても何ら変わりはないけど、新たにサポート枠として加入してくれたのだから、ちゃんとしたクランの拠点を構えても良いのではないだろうか。
「さて……たまに全員で集まって何かを行う……という話だったが。
現実的に考えて月に1度はきついな。
私やガヴィンは仕事も多い。ヤカもこれで、案外忙しい」
「ただの仲介のようなものだけどね。
まぁ婆さんやガヴィン程は忙しくないよ」
「しかし、半年に一回は少ない」
「そもそも、俺達が集まって何するの? 飲み会?」
「それじゃいつもと変わらないじゃないか」
これまでもイベントの観戦やカヴォロのお披露目会で集まって飲み会……俺は飲まないけど。
飲み会はしているわけだし、クランの集まりでそれだと何の代り映えもしない。
狩りは……エルムさんやガヴィンさん、ヤカさんとパーティーは組めないみたいだし、ジオン達の誰かがお留守番しなくてはいけなくなる。
皆で何かを生産すると言うのは良さそうだけど、ヤカさんは魔石に封印する以外で生産は行わないようなので暇だろう。
皆であれこれと案を出し、頭を悩ませる。
「決まらんな。次回までに考えておく……と言う事にするか。
さて、次はいつ集まるかね」
「うーん……1ヶ月後とか3ヶ月後? もっと後が良い?」
俺達は『day106』のような言い方をするけれど、この世界の人達は違う。
この世界ならではの暦があったはずだ。普段使わないのでいまいち覚えていないけれど。
28日だったり31日だったりではなく、きっかり30日で1ヶ月らしい。
「ふむ、そうだな。最初は早い方が良い。1ヶ月後にしよう」
「了解。空けとく」
「僕も大丈夫」
「うん、1ヶ月後だね!」
覚えておかないと。スケジュール機能はないので、しっかりメモをしておこう。
「君、クランハウスを買う予定はあるのかね?」
「うん。買おうかなって考えてるところ。
あ、クランポイントの交換であるかもしれないから、見てみるね」
クランウィンドウからクランポイントの交換ウィンドウを開く。
こちらもカタログ化できるようだ。
早速カタログ化して、カウンターの上に広げる。
「ほう? クラン倉庫に金庫に……家具? ああ、なるほど。
君の……いや、私達のクランは今レベル何なんだ?」
「3だね」
「ふむ。そのレベルで交換が可能な物は……クラン倉庫とクラン金庫、クランルーム……。
よし、君。クラン金庫と交換しろ。金をしこたま詰め込んでやる」
「絶対に交換しないよ」
「……ならば、クラン倉庫だ。素材を……」
「交換しないよ。いや、その2つと交換するのは良いんだけど、詰め込んだらだめだよ」
「むぅ……そうだな。新たな発見というのは探求心を育む。
私が全て用意してしまうと、それだけ君の成長を止めることになるか……」
エルムさんは俺を甘やかしすぎだと思う。
ありがたいけど、申し訳ないので程々にお願いしたい。
「クランハウスはクランレベル5からか……クランレベル上げちゃおう。
場所は……」
「遠い街が良いけど。中間地点に出来るし」
なるほど。この世界の人達は遠くなれば遠くなる程転移陣代が高くなる。
恐らく、国が違うと尚更高くなるのではないだろうか。
一旦クランハウスがある街に1,000CZで移動して、目的の場所に行けば出費を抑えられる。
「えっと、皆弐ノ国だから……あ、ヤカさんは参ノ国になるのか」
「僕は遠出することなんてほとんどないから、どこでも良いよ」
「これからは作業に参加しても良いと言っていた覚えがあるのだが?」
「そんなにしょっちゅうないでしょ」
「遠い場所……あ、俺達が行けなくなっちゃうかも」
「そうか。君達はそうだったな。
不便なものだな。何故自分で買った家にすぐ行けないんだ」
「確かにね。トーラス街の家も、交換してから暫く行けなかったし。
ああでも、ここで交換できるのは参ノ国までみたい」
「む、こんなちんけな家なのか」
「ちんけ……これまでにポイントで交換できた一軒家よりも随分大きいよ。
それに、改築した後のうちより大きい」
基本的には数人以上で使う家なのだから、個人で交換できる家と比べると大きい家なのだろう。
個人ポイントで交換できる家は2,500ポイント……どうやら今回から2,500ポイント以上の家を交換できるようになっているようだけれど。
打ち上げの時にクリントさんと共にさらりと見ただけで詳しくは見ていない。
クランハウスは1万ものポイントが必要なので、2,500ポイントの家と比べると大きい。
それに、個人で物件を購入する金額と比べて2倍から3倍になってしまうらしいし、それくらいのポイントになってしまうのだろう。
「君達は今、どの街に行けるんだい?」
「はじまりの街から見て、アクア街までだね。
一応薬師の村も行ってるけど」
「ならば次のテラ街までを候補地にしておこうか。
しかしテラ街はなぁ……良い街だが、クランハウスを置くにはちと不便か」
「そうなの?」
「あそこは農業と林業の街だからな。
食事処や雑貨屋等の商店、ギルド、役所……そう言った公共施設が中心地にしかない。
その上1つ1つの土地が広いから、中心地までが遠いんだ」
「なるほど……買うとしても中心地から近い方が動きやすいってことだね」
「中心地に近ければ近い程高くなるから、交換できるクランハウスだと離れた場所になるんじゃない?」
なるほど。トーラス街の家と交換した時も、交換できる物件は限られていた覚えがある。
「それなら、アクア街にしようかな。
クランレベルを上げるのに2万とクランハウスで1万……まだ2万も残るね」
とりあえず、クランレベルは上げてしまおう。
『クランレベル解放』を選択し、数量を2にして交換する。
交換が完了すると共に、ピロンとクランレベルが3から5になった事を知らせる音が鳴った。
「5になったよ。クランハウスは引換券を持ってギルドに行かなきゃいけないんじゃないかな」
「ほう? ならば行くか。ほら、行くぞ」
「すぐ交換するね」
クランハウスと交換すると、《クランハウス購入チケット:10,000》がアイテムボックスに追加された。
「よし、行くぞ!」
「……僕も?」
「当たり前だ」
ギルドへと向かうエルムさんの背中を追って、俺達もギルドへ向かう。
受付に繋がる列へ並び、順番を待つ。
「そう言えば、君、ガヴィンはここの建築に関わっていたんじゃなかったかね」
「ああ……関わったって言っても、石像とか石柱とか、そういうのだけだけど」
「そうなの? へぇ~! もっとじっくり見てたら良かった」
「100年くらい前だったかな。ま、ギルドが出来たのは割と最近だから。
その時に少しだけね。兄貴気付かなかったの?」
「……まぁ、そうかなとは思ったけど。
暫く見てなかったから、確信は出来なかったよ」
そう言えば、兄ちゃんはβの頃はギルドがなかったと言っていた。
つまり、βの人達がこの世界に最初に来た時は、正式オープンより100年以上前ということなのだろうか。
はじまりの街の周りの魔物が違っていたり、βの頃は街の外にあった洞窟に街から行けるようになったりと言った変化は、年月が経ったからと言う事なのかもしれない。
「すみません、クランハウス購入チケットを使いたいのですが」
「ギルドカードを見せていただけますか?」
頷いて、アイテムボックスから取り出し手渡す。
「お預かりしますね。
クラン百鬼夜行、クランマスターのライ様ですね。
優勝おめでとうございます」
「ありがとう」
「どちらの街の物件と交換するかは決まってますか?」
「アクア街の物件でお願いします」
「でしたら……こちらからお選びください」
カウンターの上に広げられた、物件の情報が乗った数枚の羊皮紙や写真を眺める。
「どれにする?」
「全員で生産するなら広い部屋がある家のが良いんじゃない?」
「そうだね。それに泊まれる部屋も欲しいな。
人数分は……きついかな……」
「なるほどなるほど……中心部からは少し離れてしまいますが、一番大きな物件でしたらこちらですね」
「少しくらいは歩いて良いがね。
程良く近く程良く広い物件はないか?」
「そうですね……でしたらこちらでしょうか?」
「……これ、僕の店の近くだね」
「これだな。近いのであれば、出不精なこいつを引っ張ってこれるからな」
「言うと思った。まぁ、近いほうが楽だけど」
「ここで良い? 皆も」
皆の顔を見れば、大きく頷いてくれた。
「この物件をお願いします」
「はい、かしこまりました」
選んだ物件の情報が書かれた羊皮紙と俺のギルドカードを箱に入れて蓋を閉める。
箱の中でカチャリと鍵の落ちる音がするのを待てば、契約完了だ。
「ね、エルムさん。あれも魔道具?」
「そうだな。あれは……いや、長くなるからここで話すのはやめよう。
まぁ、転移陣を作っていた時に出来た副産物だな」
と言う事は、エルムさんとエルムさんの師匠の作品だ。
「それでは、クランハウスの説明をさせていただきますね」
基本的には個人で所有する住居と同じらしい。
ただ、住居者登録をする必要はなく、クランのメンバーは誰でも出入りできるそうだ。
クランメンバー以外が立ち入る場合は、クランマスターかサブマスターの許可が必要とのこと。
増築や改築は可能だけど、景観ルールがある為、出来ない場合もある。
その際、個人所有の住居の改築、増築と比べると高くなるそうだ。
また、各部屋にそれぞれのメンバーが鍵を掛ける事は可能だが、マスターはどこの部屋にも入ることが出来るそうだ。
正確には、合鍵をマスターに渡さなければ鍵が機能しないらしい。
プライバシーもあったもんじゃないなと思うけれど、人が増えると隠れて悪い事をする人なんかが出てきてしまうのかもしれない。
鍵は街の鍵屋さんで購入できるそうだ。合鍵も同じく。
ギルドカードと書類と鍵を受け取り、ついでにガヴィンさんとヤカさんのクランカードを作って貰ってから、受付から離れる。
2人は今貰ったばかりのクランカードをしげしげと眺めてからポケットに入れた。
「早速行ってみよう!」
ギルドから出て、早速クランハウスへ向かう。
ヤカさんのお店の近くなので、ほとんど来た時と同じ道だ。
大きな門のあるその家は、石張りの2階建ての家で、外から見ても分からないけれど地下もあるらしい。
塀の中にはヤシやココヤシ等の木や植物が観賞用に植えられている。
門から続く石畳の向こうの玄関横には、この街の伝統なのだろうか。石像が1つ置かれている。
その石像をガヴィンさんはじっと見つめていたかと思うと、ひょいと抱えた。
ギルドで貰った鍵を使って扉を開けて中に入ると、家具1つないがらんとした空間が広がっていた。
光球は設置されているようだ。今はまだ外からの明かりだけで充分明るいので、光は点けずにそのまま足を進める。
恐らくリビングであろう空間で足を止め、再度カタログを取り出し、皆で眺める。
家具だけで残り2万ポイントは使いきれそうにない。
「まずは椅子だね」