day103 打ち上げ
「カヴォロ、ライ、それからジオン達も。
よくきたな。優勝おめでとう」
片付けを終えて、カヴォロや皆と共にカプリコーン街のレストランに訪れると、朗らかに笑う店主さんが迎えてくれた。
店内を見渡してみれば、お披露目会の時と同じ人達が集まっていることが分かる。
兄ちゃん達は先に到着していたみたいで、集まった人達と談笑している姿が見えた。
「……魔石屋を営んでいるヤカ……だな?
婆さんからも話は聞いている。
ここにいる全員が君の活躍を見ていたから、来てくれて嬉しいよ」
「そう言ってくれるとありがたいけど。
部外者が当日に突然来ちゃってごめんね」
「店主。ヤカに何か飲み物を……酒が良いか?」
「そうだね。今日はお酒にしようかな」
「だ、そうだ。俺もいくつか酒を持ってきている」
「そうか。助かる。飲兵衛が多いからな」
カヴォロからお酒を受け取った店主さんは、カウンターの中へ向かって行った。
カヴォロも店主さんの後を追い、カウンターの中に入ると、俺達の飲み物を用意してくれた。
用意してくれたジュースを受け取り、ぐいと3分の1ほど飲み干す。
「はーなんか帰ってきたって感じするなー」
「あはは、そうだね。なんだか、終わっちゃったんだなって実感するね。
イリシアの事、皆に紹介しないと」
「うふふ。仲良くなれるかしら」
基本的にいつも俺の傍にいるジオンと、初対面の相手ばかりなイリシア以外の皆は、思い思いの場所へ向かって行った。
俺も皆と話しに行こう。
「ラーイ!」
店内を見渡していると、俺を呼ぶ見知った声が聞こえてきた。
「朝陽さん! ロゼさん! お疲れ様!」
「お疲れ! やりやがったな!
レンが負けるとはなあ」
「へへ、ジオンがいたからね。
そう言えば、最初に共闘した時以来、朝陽さん達とは会わなかったね」
「お疲れ様。私と朝陽は侵攻してたからね」
「知り合いと戦うのって凄く躊躇するから、会わなくて良かったよ」
「兄貴倒しといてそれ言う?」
「兄ちゃんとはただの兄弟喧嘩だからね」
「派手な兄弟喧嘩だな……まっ、優勝おめでと。
にしても、これから面倒くせぇことになるなあ」
「袋叩き?」
「おん? あー……そういやそんなこと言ってたな。
そうじゃなくて……あー……レンに聞いてくれ。
俺が言うと、デコピンされっから」
「きっと、一番最初に加担したのは私なのよね。
うちの露店で売らないかと提案したのは私だったわけだし。
私が話すべきなのかもしれないけれど、レンに任せるわ」
「だな! レンも同じ目に遭った事あるわけだし、一番の理解者だぜ」
俺の一番の理解者が兄ちゃんであることは間違いない。
6つ歳が離れていることもあって、俺から見た兄ちゃんはずっと大人だった。
兄ちゃんが今の俺と同じ年だった時、俺は小学生だったし、兄ちゃんが成人した時だって中学生だ。
今の自分とあの頃の兄ちゃんが同じ年だったなんて信じられない。
兄ちゃんには、小さなことから大きなことまで、どうでも良い話から悩みまで、なんでも話してきた。
今回のイベントで初めて兄ちゃんに内緒事を作ったかもしれない。
それも、近い内に話してしまうつもりだけれど。
後で……と言っても、この後ログアウトしたら寝るだけだし、明日になるかな。兄ちゃんと話してみなければ。
とりあえず今は、打ち上げを楽しもう。
「あー負けた! くっそう……鍛冶ばっかやってて鈍ったか?」
「いやぁ……兄貴が戦ってんの久しぶりに見たなぁ。
異世界の旅人の従魔に競り合ってただけ凄いって」
「フェルダは新入りのほうみてぇだし、いけるかと思ったんだけどなぁ」
「普段から冒険してる相手じゃ厳しいだろ」
アルダガさんとグラーダさん、アイゼンさんの声に、視線を向ける。
どうやらカウンターでお酒を飲んでいるようだ。
「アルダガさん、グラーダさん、アイゼンさん、こんばんは」
「お、ライ! 久しぶりだな!
優勝おめでとう。楽しませてもらったぜ」
「ま、俺も楽しかったわ。お疲れ。
……あー……負けた……」
「これは暫く言い続けそうだな……。
ライ、優勝おめでとう。乾杯」
「ありがとう! 乾杯!」
掲げられたグラスに、手に持ったグラスをカチンとぶつける。
「グラーダさん、兄ちゃん達の拠点、楽しかった?」
「まぁ……忙しかったからよくわかんねぇが。悪いやつはいなかったな。
俺と空は忙しかったけどよ、他はどいつもこいつも暇そうにしてたぜ」
「空さんとグラーダさんしか生産できる人いなかったみたいんだもんね。
兄ちゃんも一応出来るけど……」
「あー……銃工はなぁ。魔力銃は俺らの世界でも使うやつは珍しい。
魔封銃か銃ならまぁ……いや、どっちも聞かねぇな」
魔力銃は少し使ってみたいけど、黒炎属性以外覚えられないし、黒炎属性が魔力銃スキルになってしまうのは困る。
様々な武器で戦うジャスパーさんを見て、魔法銃スキルじゃなくとも、何か他にも戦闘系のスキルを取得してみたい気持ちが出てきた。
兄ちゃんや秋夜さんと違って、戦闘系のスキルが取得できないわけじゃないのはありがたい。
「片付けしてたせいで、最後も見れてねぇんだよな。
聞いただけで、実際にどうだったかは見てない」
「あ、そうなんだ? 終了までほとんど時間なかったもんね」
「こいつらに話は聞かせてもらったけどよ、見てみない事にはさっぱりわからねぇや」
「今回も、後から見返したり、そういうの出来ないみたいだもんね。
俺も他の拠点がどんな感じだったかとか、見てみたかったな」
「だよなぁ。スタジアムで流してた映像、ギルドに頼んだら残ってたりしねぇかなぁ」
「さてね。こういうでかい祭りになると融通が利かない連中だからな」
「そりゃそうだ。ま、残ってたとしても『朧雲』の管轄だろう」
「朧雲?」
3人の話す内容に首を傾げる。
「ああ、異世界の旅人は知らねぇのか。
俺らもよくは知らねぇが……ギルドや役所よりもっと上の……組織なのかなんなのか」
「創造神って言うやつもいるな。
俺らがスキルを扱えるのは、古の時代に朧雲から授かったからだって言い伝えられている。
真実かどうかはわからねぇが……古の時代からいるらしい」
「今回の祭りのようなでかい催しは、朧雲からの下命でギルドが指揮を執っているそうだ。
ま、俺らみたいな一般人じゃ、指示を受けることはおろか、会うこともない。
どんなやつらなのか、どんな事をしているやつらなのかはさっぱりわからん」
『Chronicle of Universe』を作っている運営のこの世界での姿なのだろうか。
確かに創造神だ。GMとも言う。謎の組織のような扱いみたいだけれど。
となると……妖精ちゃんは朧雲に属しているのかもしれない。
「私も聞いたことはありますね。
ですが……普段はあまり思い出さないんですよね」
「そうなんだ?」
「あまり馴染みのない存在なので、なかなか頭に浮かばないんでしょうね。
エルムさんのような功績を残す方でしたら、もしかしたら私達より詳しく知っているのかもしれませんが」
「なるほど」
そもそも転移陣なんてゲームの中でも重要な物……システム……この辺りは詳しく考えると、エルムさんとエルムさんの師匠が転移陣を作るまでの思い出が夢になってしまいそうだ。
転移陣を作ったのはエルムさんと師匠。それがこの世界の認識で、常識。それで良い。
「おおい、ライ!」
「うん? あ! クリントさん!」
「優勝おめでとう! 狩猟祭から二連覇だな。
次の祭りも期待してるぜ」
「あはは、三連覇は厳しそうだなぁ。
今回は生産面で強くなれたけど、純粋な戦闘だけのお祭りとかだと厳しいよね」
「そうか? ライ強かったぜ?」
「へへ、ありがとう。でも、まだまだ頑張らなきゃ。
俺1人じゃ兄ちゃんに勝てないからね」
それに、秋夜さんにも勝てない。ジャスパーさんやみけねこさんにも勝てないだろう。
装備でレベル差を埋めているとは言え、相手が何も装備していないのならともかく、相手だって装備をしているのでやっぱり強い。
まぁこれは、ステータスだけの話なので、戦闘技術ももちろん磨かなければいけないのだけれど。
「そういや、クランポイントと個人ポイントだっけ?
あれは何に交換する予定なんだ?」
「うーん……種かなって思ってるよ」
「種? 農業するのか?」
「イリシア……あ、俺の新しい仲間なんだけど……」
「はじめまして、イリシアよ」
「俺はクリント。あっちでカヴォロに絡んでんのが俺の親父。
んで、シアとレヴと一緒にいるのがお袋だ」
「うふふ、仲が良いのね。
あら? シアちゃんとレヴ君が食べているのは何かしら?」
「デザートかな? 甘い物だと思うよ」
「あら、あら。私も食べてくるわね」
「行ってらっしゃい」
シアとレヴ、クリントさんのお母さんの元へ向かったイリシアを見送る。
「イリシアが、裁縫スキルと農業スキルを持っていてね。
裁縫で色々使うみたいだから、テラ街で畑付きの家を買おうかなって」
「へぇ、テラ街か。農業するには持って来いの街だな。
種……種か。交換できる種や苗はどんなやつなんだ?」
「どうだろう? あ、ちょっと待って」
カタログ化したらクリントさんも見れるはずだ。
ウィンドウを開いて、新たに追加されている個人ポイントの交換ウィンドウを開き、カタログ化の文字に触れる。
ぽんっと現れたカタログを開いて、農業に関するアイテムのページを探す。
「へー、色々交換できるんだな」
「凄いよね。クランポイントはまた違うみたい。
これは、個人ポイントの交換リストだよ。
んー……あったあった。農業系はここかな」
農業用の道具や種、苗が並ぶページをクリントさんと一緒に覗き込む。
「トマトやら茄子やらの食材の種はともかく、調薬やら裁縫に使える種は最低限って感じだな」
「そうなの? 俺、あんまり詳しくなくて」
「俺もそんな知ってるわけじゃないけどな。
園芸屋の友達が……あ、今度紹介しようか?」
「本格的に農業始めるってわけじゃないけど、良いのかな?」
「大丈夫大丈夫。家庭菜園から本格的な畑まで何でも対応……って本人は言ってたけど。
それこそテラ街に住んでるやつだから、取引しやすいと思うぞ」
「是非! お願いします!」
「おう。今度店の場所、手紙で送っとく」
「ありがとう! あ、いつも美味しい牛乳送ってくれてありがとう。
俺も何か送りたいんだけど……珍しい物がなかなか見つからなくて」
「はは、良いって良いって。
うちの牛を自慢しようと送ってるだけだからさ」
我が家の冷蔵庫にはいつも牛乳が常備されている。
シアとレヴが特に好んで飲んでいて、俺がいない間に瓶が空になっていたこともあった。
「ライー! こっちにきてくれ」
「お、呼んでるぞ。
サポート枠で参加できなかった事に随分お怒りのようだし、機嫌取った方が良いんじゃないか?
……あの人怒らせたままにすんのは怖そうだ」
「あはは。うん、それじゃあ、また後で」
エルムさんの元へ向かえば、ヤカさんの姿もあった。
知り合いなのは知っていたし、ヤカさんの店を教えてくれたのはエルムさんだけど、2人が並んでいる姿を見るのは初めてだ。
「ライ! 優勝おめでとう!
私はライが優勝すると信じていたよ!」
「ありがとうエルムさん。良い所を見せられて良かったよ」
「罠もしっかり作動していたし、それに、他にも君、色々作ったようだな?
うーむ……ゆっくり話を聞きたいところだが……まずは、お疲れ様。さすが私の弟子だな。
……そう言えば、君。ヤカ」
「……なに?」
「君、ライに呪術用の魔法陣を教えたな?」
「……まぁ……」
「ぬぅ……私が教えようと思っていたのに!
何故師匠でもない君が教えてしまうんだ!」
「言うと思った……仕方ないでしょ。
まぁ、ほとんど話してないから、後は婆さんが教えてやってよ」
「当然さ。ライ、描いた魔法陣はあるかい?」
「家に置いてきちゃったよ。今度持って行くね」
「ああ。その時に本も渡そう」
「やった! ありがとう!」
これでまた色んな魔道具が作れるようになる。
俺は知らない事ばかりだ。この世界にどんな魔道具、道具があるのか。素材のことだって。
図書館に行って色んなことを調べてみようかな。
「そのー……ライ。聞きたい事がある」
「なに?」
「祭りが終わった後、今回のサポート枠のような枠が出来ると……ギルドの連中が言っていたような気がするのだが」
「そうみたいだね。いつなのかは分からないけど、この世界の人をクランに誘えるようになるのかな?」
「ああ、ああ。そう、それだ。
……それで……君は……」
「エルムさん、良かったら俺達のクランに入ってください」
「! ああ! もちろんさ!!
言質は取ったからな!? 出来るようになったら、すぐに教えてくれ!」
「あはは。うん、もちろんだよ。よろしくね」
お祭りは終わってしまったけど、この先も楽しみな事ばかりだ。