day103 クリスタル争奪戦⑦
「よぉ、ライ。一カ月ぶりか?」
「……グラーダさん。そうだね、お披露目会ぶりだよ」
門の先で俺達を待ち構えていたのは、大きな斧を担いだグラーダさんだった。
グラーダさんの後ろに兵士さん達、更に後ろにプレイヤーの姿が見える。
「前回の祭りは観戦できてねぇし、今回は観戦してやると思ってたんだけどよ。
いや、まさか、俺が参加することになるとは思ってもなかったぜ」
ジャスパーさんとみけねこさんから、知り合いかと問うような視線を向けられる。
頷いて、視線だけで先に行って欲しいと伝えれば、2人はグラーダさんの横を抜けて兵士さん達の元へと向かって行った。
そんな2人にグラーダさんはちらりと視線を動かしたが、また俺へと視線を戻す。
「カヴォロはきてねぇみたいだな」
「お城にいるよ」
「そうか。ライはこの後、カプリコーン街のレストランに行くのか?」
「一応、行く予定だよ。グラーダさんは?」
「俺も行くぜ。ライのお陰で、この年になって友達ができたからなぁ」
ガヴィンさんとヤカさんのレベルを考えるに、グラーダさんも俺達よりずっとレベルが高そうだ。
それに、大きな斧を持つグラーダさんを相手するのは、俺では力で押し負けるだろう。
「そんじゃ、お互い、良い土産話を持って行くとしようや」
「うん! 負けないよ!
でも……グラーダさんの相手は、俺じゃ無理かな。
……フェルダ、お願い!」
「ん、了解」
今俺達の中で一番STRが高いのは57のジオンで、その次が52のフェルダだ。
ジオンとフェルダのレベル差は20くらいあるけど、STRの差は5しかない。
STRが高いであろうグラーダさんとの戦いはフェルダに任せよう。
「それじゃあグラーダさん、また後で!」
先に行ったジャスパーさんとみけねこさんの後を追って、兵士さん達の元へ走る。
「【氷晶柱】」
辺りに冷気が漂い、氷晶の柱が立ち昇る。
湧き出た氷晶の柱から、キラキラと光るたくさんの氷の結晶が辺りに吹き荒れている。
ジオンの魔法だからある程度は大丈夫のようだけど、やっぱり寒い。
「ライー! 兵士は俺とシア、レヴ、イリシアに任せてくれ!」
「がんばるよー!」
「ライくんもがんばってね!」
「ライ君に追い付けるように頑張るわね」
「ありがとう!」
リーノの手が上から下へと振り下ろされると同時に、リーノの周りを飛んでいる剣の内3本が近くの兵士さん達に向かって飛んで行った。
リーノとシアとレヴには、魔法以外の攻撃手段が呪言以外ないけど、魔道具があるので大丈夫だろう。
「【光弾】……あら、だめよ」
放たれた光弾から逃れようと動く兵士さんを見たイリシアが杖を動かすと、真っ直ぐに進んでいた光弾が杖の動きに合わせて動き、兵士さんに命中する。
そんなこともできるのかと感心していると、杖を握る持ち手の位置を変えて、今しがた光弾が命中した兵士さんに向けて振り抜いた。
なるほど、杖術。意外と豪快に戦うらしい。
リーノとシアとレヴ、イリシアが戦う姿を横目で見つつ、先に戦ってくれていたジャスパーさんとみけねこさんの元へ走る。
「ジャスパーさん! みけねこさん! 行こう!」
「はいはーい! えい!」
「ばっか!! だから、私達がいるところで使わないでって言ってるでしょ!」
真っ白に染まった視界に映る魔力のもやを避けて進む。
遠くからバリバリと雷が落ちるような轟音が聞こえてきた。
シアとレヴの《稲妻の短剣》だろう。
光が晴れて色が戻ってきた世界に一度瞬きをして、周囲の様子を探る。
《煌星》の効果が続いている間に兵士さん達の元からプレイヤー達のいる場所まで来れたようだ。
近くにはジオンとガヴィンさん、ヤカさん、ジャスパーさんとみけねこさんもいる。
プレイヤーの数は恐らく20人弱。ここにいない人は侵攻に行っているのだろう。
ここに来る前に俺達の拠点に来てたのはラセットブラウン&ローアンバーの人達だったし、その後特に連絡もきていないから、俺達の拠点に侵攻しているわけではなさそうだ。
「【黒炎柱】」
「今度は遠慮しないんで良いんだよね?」
「うん、全力!」
こくりと頷いたヤカさんが、杖を前に掲げる。
「【風柱】、【木柱】、【光柱】、【闇柱】」
黒炎柱の隙間を埋めるようにヤカさんの魔法柱が立ち昇る。
「ほとんど練習できてないから、不安だけど……当たったらごめんね」
「大丈夫ですよ。私の事は気にせず、ライさんが思うままに戦ってください」
「ありがとう」
俺の周りに飛ぶ剣も、罠の魔道具と同じく使用者以外は敵味方関係なく攻撃してしまうみたいだ。
試したわけじゃないけど恐らくそうだろうとヤカさんが言っていた。
全てがそうというわけではないみたいだけど、攻撃性のある魔道具は基本的にそうらしい。
リーノのように手を振りかざしたほうがやり易いのだろうけど、片手は刀で埋まっている。
空いている手も出来れば空けておきたいので、意識だけで飛ばせないだろうか。
俺の周りに飛ぶ剣の魔力が魔力感知ではっきりと感じられるようになるまで集中して、はっきりと認識できたら、次に魔法柱の向こうにあるプレイヤーの魔力のもやを探す。
見つけたプレイヤーのもやに向かって、剣の魔力が飛んで行くよう意識してみれば、真っ直ぐと剣が黒炎柱に飛び込んで行った。
剣の魔力がプレイヤーのもやを切り裂き、こちらへと戻ってくる。
「んんん……魔法柱でよく見えないけど、当たった、のかな?」
「斬撃音が聞こえていましたし、恐らく命中しているかと」
ジオンの言葉ににんまりと笑って、魔法柱の奥のもやに次々と剣を飛ばして行く。
7本の剣を別々の場所へ飛ばすのは、凄く集中しなければ飛んで行くことさえもしてくれないけど、3本くらいまでなら刀を振るいながらでも出来そうだ。
黒炎柱の黒炎の噴火が、少しずつ収まって行く。
逃げ道がない程に5種類の魔法柱が立ち昇っていたので、避ける事は難しかったのだろう。
20人程いたプレイヤーが半分程まで減っている。とは言え、半分だ。
俺と同レベル帯の人達がいる拠点だったら壊滅状態にまで追い込んでいた黒炎柱も、最前線プレイヤーの集まる拠点では同じようにはならない。
ここからが、本番だ。今いなくなった人達は10分後には戻ってきてしまう。
その間に今残る10人の最前線プレイヤーの相手をして、クリスタル部屋に辿り着く事は難しいだろう。
「ライ、きたね」
「兄ちゃん大丈夫だったの!?
あれだけの魔法柱があったのに……? あ、そっか……」
空さんだって魔道具を作れるのだ。俺が作る魔道具は空さんにだって作れるだろう。
防御壁が出来る魔道具だって用意できるはずだ。
「防御系の魔道具?」
「そういうのもあるの?
残念ながら、空は家庭用魔道具以外は得意じゃないみたいでね」
違ったらしい。
「城の中にいたから、収まってから出てきただけだよ」
「なるほど」
パリンと瓶の割れる音が聞こえると同時に、ガソリンの端から炎が燃え盛るように、辺りに炎が走る。
《火炎爆薬》だ。音がしたほうへ視線を向けると、そこには空さんの姿があった。
広がった薬が燃え尽きるまでの継続時間はあまり長くないようで、炎はすぐに収まっていく。
チリと肌が焼けるような感覚を覚えてHPバーを確認すると、少しだけHPが削れていた。
想像よりもダメージが少ない……もしかして、俺には火や炎系の魔法や攻撃が効きにくいのだろうか。
暑さに強いだけじゃないのかもしれない。
はっとしてジオンのHPを確認してみると、俺の倍以上のHPが削られていた。
《火炎爆薬》とジオンの相性は最悪のようだ。
「【従魔回復】……ジオン、大丈夫?」
「少し、きついですが……大丈夫です」
兄ちゃんにリベンジしたくても、《火炎爆薬》を使われてしまえば厳しい戦いになるだろう。
こちらへと向かってきているプレイヤーに剣を飛ばして、距離を取りつつマナポーションを飲む。
のんびりMPを回復する暇はないので、隙を見つけて回復するしかない。
「ジオンの仇は俺が取る! ジオンは他の人達をお願いね!」
「ええ、お任せください」
頷いたジオンに更にじっと視線を送る。
そんな俺の視線に気付いたジオンは、暫し思案した後再度頷いた。
「兄ちゃん! 兄弟喧嘩しよう!」
「はは、良いよ。後で仲直りしてくれるならね」
俺の言葉に笑った兄ちゃんは、俺に向けて次々と魔力弾を放った。
赤色、水色、緑色……様々な色の魔力弾が飛んでくる。
「ぎゃー! 兄ちゃん容赦ない!」
「そう?」
近くには他のプレイヤーもいる為、大きく避ける事が難しい。
次々にくる魔力弾をなんとか避けるが、数発当たってしまった。
ここで倒れるわけにはいかない。倒れてしまえば20分戻ってくることができなくなる。
その間に終わってしまうかもしれない。
周囲に飛ぶ7本の剣を全て兄ちゃんに向かって飛ばし、その間にポーションとマナポーションを追加で飲む。
黒炎柱を使った分のMPも回復できた。
「この剣も魔道具?」
「うん! 【刃斬】」
戻ってきた剣を再度兄ちゃんに飛ばしつつ、兄ちゃんとの距離を詰めてスキルを使う。
残念ながら全ての攻撃を避けられてしまったが、予想していたので気にせず更に兄ちゃんとの距離を詰めていく。
が、距離を詰めればその分兄ちゃんは離れて行ってしまう。
「離れたところからの魔力弾じゃ俺は倒せないよ、兄ちゃん」
「黒炎弾使うつもりだろう? さすがに零距離発射されたら避けられないからね」
「ばれてた」
辺りから斬撃音や打撃音等の様々な攻撃音が聞こえてきている。
兵士さん達と戦ってくれているリーノ達もまだ倒れていない。
剣を飛ばし、刀を振るって、兄ちゃんとの距離を詰めながら、ちらりと視線をお城の壁へ向ける。
穴は木造の壁で塞がれているようだ。斧がないので壊す事はできそうにない。
あったとしても、壁を壊している暇はないけれど。
お城の中からリスポーンしたプレイヤーが戻ってきている様子が見えた。
この拠点に来た時と同じだけの人数に戻ったというわけではなく、これまでの間に倒れた人達もいるので人数は減っている。
とは言え、このままでは倒しては戻ってきてを繰り返している内に時間が来てしまいそうだ。
「その剣、厄介だな」
「へへ、終わったら話すね」
「最近のライは内緒ばかりだったから、楽しみだよ」
少しずつ、兄ちゃんの魔力弾の速度に目が慣れてきた。
試しに、飛んできた魔力弾を刀で切り裂いてみれば、風船が割れるかの様に赤色の魔力弾が霧散する。
「やるね」
「俺も驚いた」
こういう避け方もあるのか。
盾で受け止める事が出来るのだから、刀で切り裂く事もできなくはないのだろう。
でも、魔法弾だと大きいから難しいかもしれない。
「普通の刀では出来ないよ。逸らすことはできるけど。
多分……付与されている属性のお陰かな」
「なるほど……魔法は魔法で相殺、か」
良い事を聞いた。ジオンも魔法を斬ることができるのだろう。
これまでにそれをしている姿を見た事はないけれど。
俺の周りを飛ぶ剣の魔力が少なくなってきている事が分かる。
あと数回飛ばしたら尽きてしまうだろう。
次々と飛んでくる魔力弾全てから逃れる事はさすがに出来ず、直撃はなんとか避けているもののじわじわと削れていくHPを隙を見つけて回復しつつ、距離を詰めようと動く。
戦闘祭の時のジオンと同じだ。
「「ライくーん!」」
「シア! レヴ! 兵士さん達は?」
「あのね、リーノくんとイリシアちゃんが戦ってるよ」
「ボクたちはライくんのとこに行って良いってー」
「そっか……シア、レヴ! 兄ちゃんに呪痺!」
「「はーい! 【呪痺】」」
シアとレヴの登場に苦笑していた兄ちゃんに向かって呪痺を放つ。
今のスキルレベルではプレイヤーを完全な麻痺にすることは出来ないだろうけど、動きを鈍らせることは出来るはずだ。
予想通り動きを鈍らせる事には成功したけど、兄ちゃんはすぐに銃口を自分に向けて、魔力銃の引き金を引いた。
「呪痺対策はしてあるよ」
「……んふふ。兄ちゃんの負け。
ジオン!」
「はい!」
『最後はよろしく』という意味を籠めて向けた視線を正しく理解してくれていたジオンは、動き回る俺と兄ちゃんから一定の距離を保ったまま他のプレイヤーと戦っていた。
傍に来たジオンが袂から《麻痺の鉄球》を取り出し、兄ちゃんに向かって投げる。
兄ちゃんの足元に投げられた鉄球が弾けるように光を放ち、兄ちゃんを包んだ。
呪術と組み合わせた《麻痺の鉄球》は呪痺よりも効果が高い。
その上、魔力銃のクールタイムがいくら短いとは言え、続けざまの麻痺を回復できる程の短さではないだろう。
「ジオンの勝ち!」
「負けたよ」
小さく笑った兄ちゃんに、ジオンの刀が届く。
俺1人では勝てないけど、俺には仲間がいる。
1対1でのリベンジは果たせていないけど……この後、クリスタルを破壊して兄ちゃん達に勝てたら、リベンジ達成と言う事で良いだろう。