day103 クリスタル争奪戦③
「黒炎柱のクールタイム回復したぁ?」
「あと3分くらいで回復するよ」
「じゃあ次はちょっと強いとこ行こっか~。
ハンマーにしよ~」
ショートソードからハンマーに装備を変更したジャスパーさんの姿を眺める。
「色んな武器使うの楽しそうだね」
「ハンマー楽しーよ。ぽーんって吹き飛ばせるからね~」
「ぽーん……」
ジャスパーさんが味方で良かった。
敵だったらぽーんと吹き飛ばされて終わりだったんじゃないかと思う。
本戦開始から約2時間。これまでに破壊したクリスタルは最初の共闘の時も入れて7個だ。
2個目から6個目までは、うちの拠点から撤退した拠点を狙って、クリスタルを破壊した。
撤退した拠点を続けざまに狙っている途中……5個目を破壊した後くらいから、ぱたりと侵攻してくるクランがいなくなってしまったらしい。
6個目のクリスタルを破壊した後は、拠点検索でジャスパーさんが選んだ拠点へ行って、7個目のクリスタルを破壊してきて先程帰ってきたところだ。
今はまだぎりぎり1位だけど、すぐそばまで兄ちゃん達と秋夜さん達が迫ってきている。
時間が経てば経つ程、ボーナスポイントは増えていくけど、その分強い人が残っていくことになる。
今はぱたりとなくなってしまっているけれど、時間が経てば侵攻できる拠点が少なくなって、また侵攻してくるクランも増えるかもしれないし、撤退ポイントを稼ぐ事ができるかもしれない。
「んー……あ! ここにしよ! スライム戦隊~」
「スライム……そこってもしかして……」
「あ、ライ仲良いんだっけ?
スライム大好きぷにぷに君がクランマスターのクランだねー」
「よしぷよさん……!」
遂に知り合いの拠点だ。
あわあわしていると、ジャスパーさんがクリスタルのウィンドウから顔を上げて俺を見た。
「やだ?」
「ううん! あ、いや、良いか嫌かだったら嫌ではあるんだけど……大丈夫!」
「そっかぁ~じゃ、いこー!」
最終的には兄ちゃんや朝陽さん、ロゼさん、空さんと戦うことになるのだ。
少ない知り合いに当たることだってあるだろう。
そう言えば……一人で参加しているらしいソウムはどうしてるかな。
ソウムがいくら強いとは言っても、1人でクラン戦はきつそうだ。
するりとジャスパーさんの指が一点に触れると同時に、光が俺達を包む。
本日8回目の侵攻だ。
「あ」
「あ」
転移してすぐ、門の前を歩いていたよしぷよさんと目が合った。
いつも通り、緑色のスライムが頭に乗っている。
「あー……青色のスライムは?」
「へ? あ、ああ……水中の移動が、結構大変でまだ……」
「そっか……ごめん、よしぷよさん!」
弾かれた様に駆け出して、よしぷよさんの横を通り抜け、城壁内へ向かう。
「あはは~! ばいば~い!」
ふおんと後ろから風きり音が聞こえてくる。
「ごめんね! 今度一緒に青色のスライムのところ行こうね!」
「え、ちょ、まっ……あーーー!!!」
俺の横を冗談みたいに飛んで行ったよしぷよさんの姿に、思わず顔を顰める。見てるだけで痛い。
広場にいる全員がぽかんとした顔で、ぽーんと飛ばされたよしぷよさんの姿を見ている。
その中におもちさんの姿も見つけた。やっぱり一緒のクランだったようだ。
「【黒炎柱】」
黒炎柱を使うのは3回目だ。
前回使った時に魔力制御のスキルレベルが10になり、魔法を使う時の使用MPが15%減少するようになった。
それでも元が750も必要なので、638ものMPを使用するのだけれど。
今回のイベントでは、城壁の外での狩りであればレベルもスキルレベルも上がるけど、本戦中の侵攻と防衛ではスキルレベルのみしか上がらない。
黒炎柱が噴き出す広場に、追い打ちをかけるようにヤカさんが放った風柱が立ち昇る。
なんとか黒炎柱と風柱の猛攻を避け、俺に向かって来るプレイヤーに刀を構えると、黒炎柱と風柱の間からひょいと出てきたジャスパーさんのハンマーでぽーんと飛んで行ってしまった。
黒炎に飲み込まれるプレイヤーを見る度に、物凄く申し訳ない気持ちになる。
秋夜さんに悪役だなんて言ったけど、現在の俺達と秋夜さん、どちらの方が悪役だろうか。
全ての黒炎柱、風柱が消えた広場には、ほとんど人が残っていなかった。
残っている人達は全員膝をついて、動けなくなっている。
これ以上の戦闘は必要なさそうだ。クリスタル部屋に向かおう。
「【アルカナム】!!」
辺り一面に空から光が差し、ふわりふわりと真っ白な羽が舞う。
同時に、動けなくなっていた人達が全員回復して、起き上がった。
クリスタル部屋に向かう為に進めていた足を止めて、周囲に注意を配る。
「ライさん!!!」
声がしたほうに視線を向ければ、空高く飛ぶおもちさんを見つけた。
おもちさんの表情は逆光でよく見えないけれど、真っ直ぐに俺に視線を向けていることが分かる。
「ライさん!!! 私怒ってるんですよ!!!」
「えっ……ご、ごめんね? その……侵攻してきて……」
「そんなことはどうでも良いです!」
「うん?」
「同盟に誘おうとずっと探してたのに!
どこにもいない! どこに行ってたんですか!?」
「……えっと……」
「ライさんが仲間になったら……ライさんが仲間なら……寝てても勝てたのに!!!」
「今言うことじゃねぇんだよ馬鹿!!」
「同盟組んでる私達に対して失礼過ぎない!?」
「働け!!!」
「お前寝てばっかで何もしてないだろうが!!!」
俺が返事をするよりも先に、広場にいる人達から野次が飛ぶ。
どうしたら良いんだろうとジャスパーさんに視線を向けるが、ジャスパーさんもぽかんとしてその様子を見ている。
「いてて……あー……吹き飛ばされたお陰で命拾いした……。
すみません、ライさん。あいつほっといて良いんで」
真っ先に吹き飛ばされていたお陰で、黒炎柱と風柱の猛攻から逃れていたらしいよしぷよさんが、ゆったりとした足取りでこちらへと歩いてきた。
頭に乗っていたスライムは、今はよしぷよさんの腕の中に収まっている。
「うわ……ほとんど人残ってないじゃん。
回復すんのが遅いんだよ……」
「うるさいうるさーい! 回復しただけでもありがたいと思……ふぎゃ!?」
べたんっと派手な音を立てて、空からおもちさんが落ちてきた。
なんだったかな……あ、そうだ堕天だ。
恐らく種族スキルを使うと堕天して動けなくなるのだろう。
「……寝る。おやすみ」
「ここで寝たら邪魔になるから。転がすぞ」
よしぷよさんはごろごろとおもちさんを転がして、広場の隅の方に移動させると、また俺達の前に戻ってきた。
「ライさん。俺も聞きたい事があるんすよ」
「な、なんでしょう……?」
「本当に、行ってくれるんですか?」
「へ?」
「青色のスライム」
真面目な顔で放たれた言葉にぽかんと口を開ける。
「お前もいい加減にしろ!!! ぶっとばすぞ!!!」
「今クラン戦だってわかってる!? 見て!?
誰もいない! 全部で30人いたのに7人しかいないの見えてる!?
1人は寝てる! 兵士は全滅!! 後はクリスタル破壊されるだけ!!」
「うっせー!! どうせ破壊されるんだから少し話すくらい良いだろ!!」
「やべー! ライの友達変なやつしかいねぇ~!」
ジャスパーさんがけらけらと笑い始めた。
俺の友達に変な人はいない。
「えーと……うん、もちろんだよ。一緒に行こう」
「っしゃ! よろしく! フレンド登録しようぜ!」
「! うん!」
ピロンとフレンド申請を知らせるウィンドウが表示される。
承認を押して、フレンドリストを確認すると、よしぷよさんの名前が追加されていた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。……あー……それじゃ、やりますか」
にっと笑ったよしぷよさんが、剣を構える。
こんな空気の中で戦闘を再開するのは凄くやりにくいのだけれど……ここにきた目的はしっかり果たして帰らなければ。
「ジオン!」
「は、はい! 【氷晶弾】」
ジオンから放たれた氷晶弾がよしぷよさんに届くと同時に、よしぷよさんの横を抜けて、壊れた壁へ向かう。
城内には誰もいない。どうやら全員外に出ていたみたいだ。
そう言えば、よしぷよさんも門の外を歩いていた。
何かしていたのかもしれない。
誰もいないお陰で、すんなりとクリスタル部屋に辿り着くことが出来た。
「よっと!」
『クリスタルが破壊されました。
勝者は『生産頑張る隊&百鬼夜行』です。
破壊ポイントとボーナスポイントが追加されます』
「うーん……色んな事が起きるね」
「そうですね……」
《初級マナポーション》、《初級ハイマナポーション》、《中級ハイマナポーション》を取り出して全て飲み干す。
黒炎柱で使用したMPが全て回復した。
俺の今のMPは785。これだけMPがあると全MPからの割合で回復できるハイマナポーションのほうが断然回復量が多くなる。
黒炎弾にしても黒炎柱にしても、1回のスキル使用でMPのほとんどがなくなってしまうので、一定の回復量であるマナポーションでは回復が間に合わない。
マナポーションと比べるとハイマナポーションのほうが高いけど、MPが多いならハイマナポーションを1本買うより、同じ回復量分のマナポーションを数本買うほうが高い。
「ジオン、大丈夫? 疲れてない?」
「ええ、大丈夫ですよ」
色々あって時間が経ってしまっている。急いで帰って次の拠点に向かわないと。
階段を駆け降りて広場に向かえば、ジャスパーさんが楽しそうにハンマーを振り回し、ぽんぽんとプレイヤーをお手玉のように空に飛ばしていた。
「ジャスパーさーん!」
「はいはーい!」
門に向かって一直線に走る。
「よしぷよさん! 大丈夫!? また今度!」
「……あぃい……」
地面に倒れるよしぷよさんに声を掛けて、門の外に走る。
時間に追われていなければ、回復するなり肩を貸すなりして帰ったのだけれど。申し訳ない。
クリスタル部屋に置かれた机の上のバスケットから、一口サイズのカレーパンを1つ取って、口に放り込む。
「やっべ! 追い付かれてんじゃん! ゆっくり選んでる時間ない!
ここでいいや! ライ、ずっとダッシュね!!」
「了解!」
ただでさえ人が足りないのだから、無茶をしてでも多人数を相手にして勝たなければいけない。
深呼吸して気合を入れ直す。
大丈夫、大丈夫! 全部避けて全部当てたら勝てる!
転移した拠点の門の先に真っ直ぐ視線を向ける。
「あ、そうなったライは無敵だね~!」
「うん、頑張るよ!」
にっこり笑ったジャスパーさんが俺の背中を押す。
「暴れておいでー!」
「了解!」
刀を抜いて走る。後ろからジオンが付いてきているのが分かる。
目の前にいる全員を薙ぎ払うつもりで刀を振るい、魔力感知をしながら周囲に視線を走らせる。
「ジオン! あの人お願い!」
「お任せください」
秋夜さんもこんな感じで強さが見えているのだろうか。
一番大きなもやのプレイヤーをジオンに任せて、どんどん刀を振るっていく。
「【連斬】」
飛んできた魔法弾を避けて、ジオンに従魔強化を使う。
あちこちから繰り出される攻撃を躱し、攻撃を仕掛けていく。
これまでの拠点は1階の壁が修繕できていなかったから、穴から城内に入っていたけど、この拠点はしっかり塞がれている。
石工を覚えているプレイヤーがいるようだ。
2階の入口から中に入るしかないだろう……と、思ったけれど。
「全然だめ。ここ押したら、崩れるでしょ、これ」
ガヴィンさんの声が聞こえたかと思うと、ガラガラと何かが崩れる音がした。
視線を向けると、1階の壁が崩れてぽっかりと穴が開いている。
「こんなんなら、でかい岩置いて塞いだがまし」
ガヴィンさんは他の人が作った石工品に対しても厳しいらしい。
それだけ自分の仕事に誇りを持って取り組んでいるということだろう。
「職人魂……」
「違うから。他人の作品を扱き下ろす必要はないから」
何はともあれ、入口が出来た。
「ライー! 俺行ってくんねぇ~!」
「はーい!」
両手に剣を持ったジャスパーさんが、周囲のプレイヤーを蹴散らしながら、壁の中へ入って行った。
ジャスパーさんを追いかけさせないようにしなければ。
「ライさん!」
「うん!」
ジオンの近くにいるプレイヤーが持つ盾を踏み台にして、ジオンの刀に飛び乗る。
飛び上がると同時に、俺とジオンで着地点にいるプレイヤーに向かって刀を振るうと、ふわりと花びらが舞い、消えて行った。
すぐに体を起こし、壁の穴へ向かおうとするプレイヤーに刀を振るう。
気付いたプレイヤーが俺に体を向けて剣を構えた。
「【刃斬】!」
「【スラッシュ】!!」
力では勝てないので、攻撃を弾かれる前に後ろへ飛んで距離を取る。
重心を落として、プレイヤーの懐に入り、刀を横へ薙ぎ払う。
「【連斬】!」
ほぼ零距離から繰り出された攻撃に反応ができなかったようで、全ての攻撃が届く。
連斬の最後の攻撃が当たると同時に、ふわりと花びらが舞った。
『クリスタルが破壊されました。
勝者は拠点『生産頑張る隊&百鬼夜行』です。
破壊ポイントとボーナスポイントが追加されます』