day102 準備期間2日目④
フルーツがたくさん入ったヨーグルトを食べ終わり、お皿の片付け……と、言っても、集めたお皿をカヴォロが一旦アイテムボックスに入れるだけだけれど。
お皿を集めるのをお手伝いして、ガラスのピッチャーとグラスだけがテーブルの上に置かれた食堂に戻る。
全員が椅子に座った事を確認したシルトさんが、口を開く。
「2日間の準備期間、お疲れ様です。
予定していた生産は全て完遂。残すは本戦だけとなりました」
「一応確認しますけど、作業終わってないって人います?」
罠の設置はまだ一切していないけど、それはこれからの会議で設置場所を決めるので大丈夫だ。
全て完成させた罠は、ジオン達には見えるみたいだけど、俺達のクランのサポート枠であるガヴィンさんには見えないらしい。
ただ、なんとなくそこにあるとはわかるみたいだ。
設置場所が決まったら、俺とジオン達で全て設置する手筈となっている。
「いないみたいですね。それでは……本戦の作戦会議をしたいと思います!
本戦は明日の朝、10時から開始です。
ですので、朝食の事も考えて、最低でも9時半までにはこちらで集まりたいのですが……」
明日の9時半ということは……現実の時間だと19時30分だ。
ゲームをするようになってから、お母さんが『早めに夜ご飯を食べれば、自由時間が増えるのよ~』と言って、それまで7時からだった夕食の時間が、6時半に変わったので、俺は夕食の心配はないけれど、人によってはまだまだご飯を食べてる時間じゃないだろうか。
一応今日は休日だけど、仕事がある人なんかは、仕事が終わった後、本戦の途中から参加するって人もいるらしい。
生産頑張る隊の人達が普段何をしている人達なのかは知らないけど、とりあえず、9時半までには全員問題なくログインできるようだ。
カヴォロのことだって、この世界の中での事は知っているけど、現実世界で何をしているのかは知らない。
唯一知っている事と言えば、釣りをしたことがあって、船が操縦できるってことくらいだろうか。
聞かれたこともないし聞いて良いかわからないので、これまでに話したことはない。
「朝食は8時半から食べられるように用意しておくから、兵士の誰か……配膳を頼んで良いか?」
話を聞いていた兵士さん達が顔を見合わせて、何かを話した後、数人が手を上げた。
「助かる。それと強化料理だが、いつでも食堂で食べられるようにしておく。
持ち歩きやすく食べやすい物も用意しているから、状況を確認しつつ好きにしてくれ」
「強化料理って、1時間おきに食べたが良いんだっけ?
そんなに食べられるの? お腹いっぱいにならない?」
「腹がいっぱいな奴は、飴を食え。効果は低いが、ないよりましだろう」
みきさんの質問にカヴォロが答える。
クラーケンの時はお腹いっぱいになったりはしなかったけど、確かに1時間おきにご飯を食べるのは、お腹には優しくないかもしれない。
まぁ、クラーケンの時はずっと戦っていたし、ピザ1ピースくらいぺろりと食べられたけど。
「終了時間は21時……ここで確認なのですが、ライさん」
「ん?」
「目標は、優勝で良いんですよね?」
「え? そうなの?」
「あれ? 違うんですか?」
「正直に言うと、頑張れば上位に入るかなーくらいしか考えてなかったよ。
うーん……うん! 目指せ優勝だよね!」
目標を掲げるなら、優勝が良い。
武器、防具、アクセサリー、そしてお城の強化……これだけ準備が整っているのだから、優勝だって夢じゃないはずだ。
「はい! 目指せ優勝です!
優勝を目指すという事は当然、21時まで残る、という事になります」
「長期戦になるんで、皆さん気合入れてくださいね。
結果発表は21時30分からみたいですけど、30位以上なら迎えが来るらしいっす」
前回の狩猟祭とかのイベントの時のスタジアムで結果発表が行われるらしい。
応援に来てくれてる皆の為にも是非呼ばれたいものだ。
「終わってからの片付けの事とかもありますが……それよりも先に、私達の方針を決めましょうか。
クランによって方針は違うようですが……大体3つの方針のようです。
防衛に徹する、侵攻に徹する、そして、両方。この3つですね」
「こんだけ強化されてんだからさぁ、守ってるだけでも防衛ポイントと撤退ポイントで稼げそうだよねぇ?」
「ええ、そうですね。私達の拠点は終盤まで落とされることはないと、断言できます。
壁の穴も完全に修繕されていますし、壁を壊して入ることも無理でしょう。
フェルダさんとガヴィンさんの強化した城を壊すには時間がかかりますので、壊そうとしている間に攻撃されて終わりです」
クリスタルで別の拠点に転移した時のスタート地点は、城壁の門の前なのだそうだ。
城壁の門を完全に塞いでしまえば、城壁内に入ることはできないのではと思うけれど、門を塞ぐことはできないらしい。
最低1つは用意しなければいけないらしいお城の入り口も塞げない……が、こちらの場合は、この拠点を守るプレイヤーが簡単に出入りできるなら大丈夫らしい。
中からも外からも壊さなきゃ出入りできないとか、完全に壁にしてしまっているとか、辿り着けないような場所にあるとかだとアウトのようだ。
つまり、鍵を掛けたり、閂で閉じて城内に侵入されるまでの時間を稼ぐ事は可能だ。
鍵は持っていれば良いし、閂なら中から開けて貰えば簡単に入ることが出来る。
ちなみに、俺達の拠点に他のクランが侵攻して来た時は、シアとレヴが作ってくれた頑丈な閂で閉じる事になっている。
やはり、映画等で見るような、大きな丸太なんかで何度も叩いて開けるのだろうか。
「ですが……序盤から中盤に、侵攻してくるクランは恐らくほとんどいないと思います」
「そうっすね。一番がちがちに強化できてる自信ありますし。
他のクランもそれはわかってるでしょうから。
まぁ、どんな感じかなーってお試しでくる連中はいるかもしれないんで、気は抜かないでくださいね」
「そんな、観光みたいな感じで侵攻しにくる人達がいるの?」
「迷惑っすよね。ま、情け容赦なく、さくっとやっちゃってもらって」
「う、うん……了解」
敵情視察とかならまだしも、一番強化されていると自他共に認めている拠点に、お試しで行くことがあるだろうか。
クリスタルに触れた時に出た表示に『拠点検索』という文字があったけど、クラン名を入力して検索するのかな。
生産頑張る隊はクラーケンの時に作られたクランのようだし、クラン名が知れ渡っていそうだから、検索しやすいのかもしれない。
「優勝を目指すなら、防衛と侵攻の両方になりますね。
侵攻してくるクランがほとんどいないと言う事は、撤退ポイントで稼ぐ事ができません。
積極的に拠点を狙いに行くしかありません」
「防衛と侵攻で二手に別れた方が良いよね」
「ええ、そうですね。守りにしろ、攻撃にしろ、戦闘はジャスパーさんとみけねこさん。
そして、百鬼夜行の皆さんにお任せすることになると思います」
「おっけぇ~けどさぁ、俺未だに信じられないんだけど、まじでライってレベル50なの?」
「うん、50だよ」
「やー私も驚いた。てっきり同じくらいだと思ってたから。
でも、生産もしてるんだから、そりゃそうだよねぇ」
「足引っ張らないように、頑張るよ」
「やや、その心配は全くしてない。ライ君の場合、単純にステータスが違うってだけだから。
そうそう負ける事はないと思うよ」
「だねぇ。レベル差あってもライに暴れられたら、ふっつーに負ける」
そう、なのだろうか……あまり自信はない。
頑張ろうとは思っているけれど。
「高レベルの方がいるクランは避けつつ、無差別にクリスタルを狙っていきましょう!」
「ひゃー! シルトちゃん、過激!」
最前線プレイヤーと呼ばれる人達は65から75レベルくらいらしい。
兄ちゃんが74だと言っていたから、それくらいだろうとは思っていた。
テラ街周辺で狩りをしているプレイヤーが多いそうだ。さすがは最前線プレイヤー。いつの間にやら次の街にいる。
大体の人が岩山脈のヌシを倒してからテラ街に移動したらしい。
ちなみに、兄ちゃんはまだ倒せていない。種族特性で強くなっているし、ソロで挑んでいる為なかなか倒せないみたいだ。
一番多いレベル帯はトーラス街周辺かアクア街周辺で狩りをする40~55レベル辺りのプレイヤーだそうで、今回戦うクランのほとんどはそのレベル帯のプレイヤーが所属するクランだろうとのことだ。
その次に多いのが40以下のプレイヤーで、55以上の人達はそんなにいないらしい。
あまりログインが出来ていない人や色んな楽しみ方をしているプレイヤーがいるので、さすがにレベル1という人はいないらしいけど、生産職の人達以上にレベル上げをしていない人もいるみたいだ。
全体で見ると俺のレベルでも高いほうみたいだけど、大丈夫だろうか。
「避ける拠点は3つ……優勝候補と言われている方達ですね。
まず1つ目、鏡花水月とその同盟クラン……同盟クランについての情報はなしです。
強化は空さんと……どうやら、鍛冶職人さんがサポート枠として参加しているようなので、それなりにされていると思います」
グラーダさんが参加していることが知られているのか。
まぁ、兄ちゃん達なら、それが知られたからって、何も困らないのだろうけど。
「ライさん。同盟クランのこと、なんか聞いてたりします?」
「うーん……一緒の船だった人がクランマスターだとは聞いてるけど……ごめん、俺、覚えてなくて」
「同じ船? あーあいつかなぁ。β……あー……」
ジャスパーさんがジオン達とガヴィンさん、ヤカさんに視線を向けて困った顔で口を紡いだ。
そんなジャスパーさんの様子を見たみけねこさんが、口を開く。
「古参の高レベルが揃ってる感じかな。
私もだけど、古参の時から知り合いだから、結局よく一緒にいることになるんだよねぇ」
なるほど。β組という言葉ではジオン達には通じない。
ただ……兄ちゃん曰く、そういう言葉にはフィルターが掛っているかもしれないとの話だ。
例えば、NPCと言う言葉には『この世界の人』、プレイヤーには『異世界の旅人』とのフィルターが掛っているのではないかと言っていた。
俺は言葉に出す時にNPCやプレイヤーという言い方はしないようにしているので、本当にそうなのかはわからないけど。
β組だからって全員が全員、最前線プレイヤーというわけではない。
ただ、正式オープン組よりもスタートダッシュが出来たのは確かなので、最前線プレイヤーと呼ばれる人達にβ組が多いのも事実だ。
とは言え、現在最前線プレイヤーと呼ばれるβ組プレイヤーは、βの時から狩りばかりしていた人達らしいので、βだろうと正式オープンだろうと、最前線プレイヤーになっていただろうと思う。
「次に、秋夜さんと愉快な仲間達」
「ラセットブラウンっすね。ラセットブラウンは……まぁ、生産も強いんで、鏡花水月より強化されてるでしょうね」
言い得て妙だなと思う。
俺や兄ちゃん達に対してとても攻撃的な人達だけれど、愉快な人達ではある。
「最後に……すみません。クラン名はわからないのですが……主に、古参以外の高レベルの方が揃っているクランですね。
同盟クランも同じく、その方々です」
「基本的には高レベルの人達の拠点が要注意ってことっすね。
優勝狙うなら、最終的には戦うことになるっすけど」
「そうですね。ちなみにライさん、戦いたいクランはありますか?」
「鏡花水月!」
「なるほど……兄弟対決っすね」
「俺がって言うより、戦闘祭のリベンジがしたいからね」
あの時と比べるとジオンと兄ちゃんのレベル差が広がってしまっているけど、今回は1対1で戦うわけじゃない。
兄ちゃん以外にも強い人がたくさんいるから、全員で兄ちゃんに向かうなんてことはできないけど、勝てない事はないはずだ。
「攻撃は最大の防御とも言いますし、つまり、私達のクランの方針は、ガンガンいこうぜ! ですね!」
シルトさんの言葉に、兵士さんも含めたこの食堂にいる全員が、大きく頷く。
「うーん……防衛組と侵攻組を決める前に、兵士さん達の持ち場を決めた方が良さそうですね。
一度外に出て、予行練習をしてみましょう!」




