day102 準備期間2日目②
「ライさん、今良いですか?」
「うん、大丈夫だよ。どうかした?」
「黒炎属性の付いた鉄を用意していただけませんか?」
「もちろん。それじゃあ、融合してみるね」
ジオンの言葉に頷いて、《鉄》を受け取り、作業机の上に置く。
準備期間中もクールタイムが回復し次第、黒炎弾を融合してきたけれど、あまり量はできていない。
火傷や耐火が付与されたものはまだ残っているだろうけど、黒炎属性が付与されたものは武器や魔道具に使ってなくなってしまったようだ。
「【熔解】」
ぶわりと広がった《鉄》から、作業机の端に並べられた数種類の瓶に視線を移動する。
初級、中級のマナポーション、ハイマナポーションだ。
みきさんがふらりと現れる度に追加されるマナポーション類は、融合する時のお供として有難く使わせて貰っている。
MPを確認して、1本を手に取り、飲み干す。
「【黒炎弾】」
黒炎弾の展開と同時に、ピロンと音が鳴った。
黒炎弾のスキルレベルが上がったようだ。
「【魔操】……【融合】」
机の上に溶けて広がる《鉄》に黒炎弾を融合すると、薄らと赤黒色がかった《黒炎鉄》がころりと転がった。
《黒炎鉄》は一旦そのままに、ステータスを開いてスキルの確認をする。
黒炎弾が使えるようになるまで随分時間が掛かったけど、ほぼ毎日最低1回は融合のために使用していたこともあって、漸くレベル10になった。
「あ! 黒炎柱が使えるようになったよ!」
「本当ですか!? おめでとうございます!
良い時に使えるようになりましたね!」
「うん! これで本戦でも使えるよ!
でも……MPが750も必要だよ……」
俺の今のMPは785だ。魔力制御で使用MPは675になるけど、一回しか使えない事に変わりはない。
ここぞという時に使うしかなさそうだ。それは、黒炎弾も同じだけど。
高レベルの人達が揃ったクランに攻め入られた時に使おうかな。
精霊女王が使っていた風神柱から予想するに、とんでもない火柱があちこちから噴き出すのだろう。
溶岩が噴き出すみたいになるかもしれない。
「黒炎柱がどれ程の魔法になるか、楽しみですね」
「うん! それに、ジオンの氷晶柱も楽しみ。
狩りでは使ってなかったからね」
「斬ったほうが早いと思ってしまうんですよね」
普段刀メインであまり魔法は使わないジオンだけど、つい先日氷晶柱が使えるようになった。
魔法だけでなく刀術のスキルもジオンはほとんど使わない。
通常攻撃であれだけダメージを稼げるのだから、スキルを使わなくても良いのだろう。
これで、俺とジオン、それからヤカさんで範囲魔法を使って防衛することができるようになった。
ガヴィンさんはどうだろうか……ガヴィンさんもフェルダと同じく、ほとんど魔法は使わず肉弾戦のような気がするけど。
ジャスパーさんとみけねこさんは……どうかな? 使えるかもしれない。
「【鑑定】……黒炎属性+5! 違うのじゃなくて良かったよ」
「ふふ、ありがとうございます。
先程おっしゃていたダガーを作りますね」
「うん、よろしくね。魔法陣も用意できてるよ」
笑顔で頷いて炉へと向かうジオンの背中を見送る。
以前作った《稲妻の短剣》の黒炎バージョンを作る予定だ。
ちなみにヤカさん曰く、《稲妻の短剣》やこれから作る黒炎属性の短剣では状態異常は引き起こせないらしい。
単純に、一撃必殺の短剣だそうだ。魔法を一点に集中して爆発させるようなものらしい。
状態異常を引き起こす魔道具については、火傷や麻痺、冷気等の状態異常の効果付与がされた魔法鉱石があるので、普通に作るより楽に作れるみたいだ。
今はまだ、魔法陣を描いている段階だけれど。
「ライ、それ形違う。もうちょっと、こう」
「ん……こう?」
「そうそう。本持ってきときゃ良かった」
「予定になかった魔道具だから……教えてくれてありがとう」
呪術と組み合わせた魔道具を作るには、普段使うシンボル等と違う、別のシンボルや記号等を使わなければいけないらしい。
それらについての本は、図書館や本屋さんには置いていないようだけど、禁止されているとか、秘匿されているとかではないみたいで、伝手さえあれば比較的簡単に手に入れる事が出来るそうだ。
とは言え、魔道具職人さんでこれらを学ぶ人は少ないらしい。
呪術スキルがなければ魔法陣を描いても起動しない為、さらりと学ぶことはあっても扱う人はあまりいないようだ。
俺は基礎を書き纏めたと同時に、呪術スキルの取得条件を達成できたけど、この世界の人達は違う。
「帰ったら、婆さんに話してみて。
過保護な婆さんなら頼まなくても本をくれると思うよ。
僕が本を渡しても良いけど、師匠がいるのに僕が渡すのもね」
「エルムさんには本当にお世話になりっぱなしだよ。
師匠と弟子ってこんな感じなのかな?」
「まさか。人によるでしょ。婆さんは特別構いたがりだと思うけど。
まぁ、最初で最後の弟子だから、構いたくて仕方ないんでしょ」
「最後かはわからないんじゃ……」
「わかるよ。弟子が出来たってだけでも、天変地異の前触れかと思ったから。
まぁ、ライ程魔道具製造に向いてる人もなかなかいないか」
「向いてるかな?」
「そんだけ生産できる仲間がいて、向いてないわけないでしょ。
まぁ、それは後付けで、一番はライの魔力の性質だけど」
「魔力の性質……生産の時に調整できてるかどうかってこと?」
「いや、元々の性質。量とかもだけど、本人の性質みたいなもん。
んー……例えば、悪さばっかしてるようなやつは、魔力が濁ってたり」
「へぇ~! そうなんだ?
濁ってたら、魔道具製造には向かないの?」
「向かないっていうか、そもそも取得できない。
素質がない人は魔道具製造スキルを取得出来ないって聞いたことない?」
「うん。エルムさんが最初に言ってた思う。
それって、俺達、異世界の旅人もなのかな?」
「あー……異世界人だとどうなんだろ。わかんない。
僕達だと魔力は多ければ多い程、そして綺麗であれば綺麗である程、素質があるって言われてるね。
まぁ、魔力の性質だけじゃないけど」
元々の魔力の性質か。魔力のある世界だとそういうのも大事ってのは、なんとなくわかるけど。
自分の魔力がどういうものか、さっぱりわからない。
プレイヤーの魔力の性質に差はあるのだろうか。
ああでも、種族で生命力に差があるようだから、魔力も種族で差があったりするのかな。
「……どうかな? ちゃんと描けてる?」
「んー……うん、大丈夫だと思う」
完成した魔法陣を眺める。
元となる生産品はなんでも良いそうだ。
エルムさんは小さな箱だったけど、ヤカさんから貰ったのは水晶玉だった事からも、元となる生産品に決まりがなさそうな事は分かる。
1つで単体にしか効果はなく、また、効果や効果時間なんかも魔道具の品質によって異なるようだ。
1度使えば壊れてしまうし、コストが高いので、こういうイベントの時じゃないとなかなか使えそうにない。
「ライさーん、相談なんすけど」
次の魔法陣を描いているとベルデさんがやってきた。
「どうしたの?」
「イリシアさんの杖なんすけど、付与スキルと素材付与したが良いっすか?
何付くかわかんないし、失敗したら勿体ないかなって思って」
「お任せするよ。リーノに細工で魔法鉱石……を、使って貰ったら、効果付与付くからね」
「っすよねぇ。翡翠聖木使って兵士の杖作ったんすけど、とんでもない性能の杖出来たっすよ。
いつも通り作ったのに、魔法攻撃力が全然違う」
「ああ、兄ちゃんも言ってたよ。1.5倍から2倍になってるって」
「そうっすそうっす。そう言えば、レンさんって自分で魔力銃作ってるんでしたっけ」
「うん。全然売ってないから、自分で作ることにしたって。
ああでも……今は結構売ってるみたいだよね?」
露店広場に行った時に見かけた覚えがある。
「あー……そうっすね。レンさんに影響されて、魔力銃使う人増えましたから。
あと、あわよくばレンさんが買いに来てくれないかっていう下心もあるみたいすけど」
「そうなんだ? んー……」
兄ちゃんは買いに行かないんじゃないかな。
兄ちゃん自身の銃工スキルはそこまで高いわけではないけど、魔法鉱石と魔法宝石が使える。
それに、これまでの魔力銃は全てリーノに細工してもらっているし、これからもそうしていくだろう。
「うーん……兄ちゃんの魔力銃、リーノに細工してもらってるから、露店で売ってる装備は買わないんじゃないかなぁ」
「あー……自分で作れて、細工もして貰えるんなら、買う必要ないっすよねぇ。
それに、翡翠聖木もっすけど、良い素材持ってるでしょうし」
翡翠聖木は特別強い装備が出来るようだけど、それ以外でも適正レベルが高い場所で採れる素材を使って作った装備のほうが強い。
最前線プレイヤーである兄ちゃんが手に入れる素材なのだから、多少スキルレベルが低くても、露店で売られているものと変わらない性能、もしくは上の性能の装備が作れるだろう。
兄ちゃんの場合、魔法鉱石と魔法宝石があるから、そこから更に強い魔力銃が出来ている。
「素材付与も付与スキルも、もう少し使い勝手が良けりゃ良いんすけど。
シルトさんに付与スキルのコツ教えて貰ったんすけど、いまいちわかんなくて」
「うーん……正解かは分かってないんだけど……。
あ、自分の力で答えに辿り着きたいとか、そういう感じなら言わないよ」
「え!? 何かあるんすか!? 聞きたいっす聞きたいっす!」
前にリーノが糊が必要なんじゃないかと話していた時の事を話す。
付与スキルは持っていないので、試したのは素材付与だけだけど。
「魔力で糊……最近、魔力ってのがちょっと話題になってるんすよね」
「そうなの?」
「あー……どっかのクランのサポート枠の人が、生産に必要だって話してたらしくて」
「そうなんだね。俺もよく聞くよ。
俺の魔道具製造スキルもだけど、他の生産スキルでも、魔力の制御とか調整とか、凄く大事みたい」
ついさっきも魔力の話を聞いたばかりだ。
「目に見えたら分かり易いんすけどねぇ」
「俺の種族特性が反映された魔力感知だと分かるけど……普通の魔力感知だとどうなのかな。
でも、とっかかりはイメージで案外なんとかなるよ」
「イメージ……」
「浮かせたいとか、消したいとか……見えてないと難しいのは確かだけどね」
「けど、その方法で百発百中、素材付与出来たってことっすよね?」
「うん……3本だけだけど」
「使う素材の量が多くなると、その分糊付けが難しくなる、か。
成功したらその分効果付与の数値は高くなるんすよね?」
「そうみたい。ジオンは、3つまで試したみたいだけど」
ワイバーンの素材を1本目に1つ、2本目に2つ、3本目に3つ使って試してみたそうだ。
1つの素材につき、大体1か2の効果付与が付いていたように思う。
「聞いた俺が言うのもおかしいけど、糊付けの話。
生産職連中なら確実に黙ってる話っすよ、それ」
「俺、生産職の人って、カヴォロと空さんと……それから生産頑張る隊の人達くらいしか知り合いいないからね。
暗黙の了解があるってのは知ってるんだけど」
「あー……ピンと来ない感じすか?
まぁ、ライさんの場合、隠すべきとこはそれじゃないっすもんねぇ」
「うん。それに、素材付与と付与スキルは、ないならないで大丈夫だから……」
「そうっすよね。魔法鉱石があれば必要ないっちゃ必要ないっすもんね」
「生産メインってわけでもないから、競合とか……商売敵みたいなのを意識したこともなくて。
それで強い装備が増えるなら、そっちの方が良いかなって」
とは言え、今聞いた話をベルデさんが黙っておこうと思うなら、それはそれで構わない。
あくまで俺がそうしたいだけで、他の人にまでそうして欲しいというわけじゃない。
「んー……うし、ちょっと試してみるっす。
シルトさんのふわっとした説明よかよっぽど分かり易いですし。
あ、双子ちゃん達が持って帰ってきてくれたでかい宝石、使って良いすか?」
「うん、もちろん。共用の素材置き場に置いてもらってるから、いくらでも」
個人で使う素材以外は、一纏めに共用の素材置き場に置かれている。
魔法鉱石はともかく、話していない魔法宝石はリーノの傍にある《風の宝箱》にしか入っていない。
魔法宝石について話す時は、従魔念話を使ってこっそりと話している。持っててよかった従魔念話。
リーノと一緒に細工しているサクノさんは何か気付いているかもしれないけど、それについて言及はされていない。
自身の作業スペースへと戻って行ったベルデさんを見送り、手元に視線を戻す。
俺も魔法陣を完成させなければ。