day102 準備期間2日目①
準備期間2日目の朝だ。
何もなかった昨日と比べて、たくさんのテーブルと椅子が並ぶ食堂をぐるりと見渡す。
起きてきた兵士さん達が、キッチンから届く美味しそうな匂いに反応しつつ、椅子に座ってそわそわと朝ご飯の完成を待っている。
俺達プレイヤーはログアウトしてしまえば良いので必要ないけど、ジオン達や兵士さん達のベッドは昨日の夜までにぎりぎり作り終えたらしい。
一生分の木工をしたとベルデさんはぐったりして言っていたが、生産で使う作業机や食堂のテーブル、椅子、それからベッドに、他にも俺の魔道具に使う木工品等々……本当に大変だっただろうし、感謝してもしきれない。
「ライ、手伝ってくれ」
「了解!」
手渡されたおたまを握って、コーンスープの入った大きな鍋の前に立つ。
昨日の夜も俺はスープ係だったので、慣れたものだ。……スープをお皿に盛るだけだから、慣れるも何もないけれど。
配膳場所にトレーとお皿を持った皆がずらりと並ぶ。
カヴォロと俺、ジオン、リーノ、それからシアとレヴが配膳係だ。
カヴォロはおかず、ジオンはデザート、リーノはサラダ、シアとレヴは焼きたてのパンをお皿に乗せている。
「おん? どした?
……野菜いらないって? 好き嫌いはだめだぜ!」
兵士さん達は俺達の言葉を理解しているけど、俺達は兵士さん達の言葉を理解することができない。
けど、ジェスチャーや表情で伝えようとしてくれるので、何を言っているかなんとなくわかる。
スープをお皿に注ぎながら、食堂の様子を見渡す。
冷めてしまうから待たなくて良いと言うカヴォロの言葉に従い、席に着いた人達から順に食べ始めている。
兵士さん達は兵士さん達同士、それから、種族毎に集まって座っているようだ。
けれど、仲が悪いわけではないようで、近くのテーブルにいる他の種族の兵士さん達とも何やら盛り上がっている。
何を話しているかわかるのなら、俺も混ざってみたかったけれど。
「後は俺達だけだな」
「これだけ人数がいると、こんな大きな鍋なのに余らないね」
「そうだな。シアとレヴがでかい寸胴を作ってくれたから良かったが、これまでの寸胴だったら一度では無理だっただろうな。
それと、ホットプレート……《焦熱板》も。フライパンでちまちま作らなくて済んだ」
「カヴォロの助けになれて良かったよ」
俺達の分をお皿に盛り、イリシアとフェルダ、ガヴィンさん、ヤカさんが食事をしているテーブルの隣、俺達が座るだろうと空けてくれていたテーブルの椅子に座る。
「お疲れ様。先に食べてるよ」
「うん、せっかくの焼きたてのパンだからね」
各テーブルに置かれたガラスのピッチャーから、グラスにアイスティーを注ぐ。
「いただきます!」
「どうぞ」
何から食べようか迷って、フォークをサラダに運ぶ。
野菜から食べた方が良いらしいけど、この世界では関係なさそうだ。
ふわふわのオムレツとベーコン、ウィンナー……材料はクリントさんの牧場で買ってきたものらしい。
シーザーサラダの野菜とお皿いっぱいに盛られたフルーツはぐんぐんさんが畑で育てたものだ。
焼きたてのクロワッサンはパリッとしていて、少し甘い。
「カヴォロ、凄く美味しいよ。
へへ、毎食カヴォロのご飯が食べられて幸せ」
「それは良かった。まぁ、よくある朝食セットだが」
「いくらでも食べれちゃいそうだよ」
「おかわりはない。明日は和食にしてみるか」
「和食! でも、材料がほとんどないんじゃなかったっけ?」
「少ないな。だが、酒と醤油、味噌は作れたから、なんとかなる」
「作ったの!?」
「大豆が手に入ったからな。豆腐も作ったぞ」
「明日はお味噌汁かな? この世界でお味噌汁食べるのは初めてだよ」
明日の朝ご飯も楽しみだ。
同盟クランがなければ、生か焼くかで食べていたんだろう。カヴォロがいて良かった。
夢中で食べ続け、デザートの果物をつまみつつ談笑していると、別のテーブルに座るシルトさんがゆるりと手を挙げて、立ち上がった。
「お楽しみのところ、失礼します。
皆さんの進捗の報告をお願いします。まずは、私から。
鎧を装備する兵士さん達の分は完成しています。盾はまだですが、今日中に完成できるかと」
兵士さん達の装備は鎧と服、両方を用意することになっている。
鎧はシルトさん、服はイリシアといわいさんで作る。
本人達に希望を聞いたそうだ。武器も同じく、希望を聞いたらしい。
「次、ベルデさん。お願いします」
「杖と弓は一切できてないっすね。
けど、家具とライさんの魔道具の分は出来たんで、今日は杖と弓作りますよ」
「なるほど。大丈夫そうですね。次はいわいさん、イリシアさん」
「兵士達の装備は出来ていますよ。
今日は僕達の装備を作る予定です」
「全員分の装備の完成は、夜になると思うわ。
けれど、間に合わないってことはないから安心してね」
「それは良かったです。楽しみにしていますね!
次は、菖蒲さん」
「えっと……食器は作り終わった、かな。
今日は、壊れた窓を作ろうかなって思ってる。それから……細工で使う素材も」
「ふむふむ。菖蒲さんも大丈夫そうですね。
次はみきさん、お願いします」
「大量生産中でっす! 回復系もばっちりだし、攻撃系もばっちりだよ~!
それと、ライさんに分けて貰った《朝露草》で、新しく何か出来そう!」
「《朝露草》……ですか? 初めて聞きましたね」
「うんー種貰ったから、僕が育てたよ~。
あ、僕の進捗はいるのかなぁ? 畑してるよー」
「料理、裁縫、調薬で使う材料は足りそうですか?」
「うん。ここだと凄く早く成長するから大丈夫だよー。
一応、皆が持ってきてくれた苗木も植えてるから、木材が足りない時も教えてね~」
伐採を覚えていないので、苗木を手に入れたことはない。
時間を見つけて、エルフの森で翡翠聖木の苗木を手に入れておけば良かったな。
「次はサクノさん、リーノさん」
「リーノさんは他の細工で忙しそうだから、俺がアクセサリー担当してるよ。
兵士さん達の装備は7割くらい出来てるから、アクセサリー終わったら、リーノさんのお手伝い!」
「リーノさん、お忙しそうですもんね……大丈夫そうですか?」
「おう! 大丈夫だぜ!
今日も装飾だなージオンの武器もまだ全部できてねぇし。
他の装備も出来次第装飾していくぜ」
武器、杖、弓、盾、鎧の装飾だけでなく、裁縫や革細工で使う部品や装飾を細工で作れるようだ。
なくても出来るけど、あったほうが良い装備、生産品が出来る。
「次はフェルダさんとガヴィンさん、お願いします」
「ん、修繕は粗方終わってる。何もなければ、後は強化だけ」
「何もなければ? 俺が壊さなければって言ってる?」
「そうは言ってないけど」
フェルダとガヴィンさんは、昨日からしょっちゅう言い争っている姿を見かける。
喧嘩と言うよりは、何か気に入らない事があったらしいガヴィンさんをフェルダが嗜めているって感じだけど。
「石工も大丈夫、と。カヴォロさんはどうですか?」
「……俺の進捗も必要なのか……?
まぁ……そうだな……明日用の強化料理は作っておく」
「よろしくお願いします。
ジオンさんはどうですか?」
「予定の8割は完成していますよ。
その中で、細工が終わっている物は半分くらいでしょうか」
「8割!? 早いんですね……! 武器も問題なし、ですね。
シアさんとレヴさんはどうでしょう?」
「アタシ達終わったよー!」
「なにしようかな?」
「な、なるほど……シアさんとレヴさんは作業終了……。
ふむ……ライさんの進捗は?」
「俺も終わってるんだよね。
皆の作業が落ち着いたら、罠を追加で作りたいとは思ってるけど」
「罠には……石工と木工、細工も必要なんですよね」
「そうだね。鋳造だけで作れる罠もあるから、それは先に作っちゃおうかな」
俺達はのんびり作業になりそうだ。
新しい魔道具を考えてみても良いかもしれない。
「あ、ねぇ、ヤカさん。状態異常になる魔道具って、俺でも作れる?」
「あー……出来るだろうけど……」
「もしかして、呪いと組み合わせる?」
「……まぁ、うん。そう、それ」
「なるほど……そっかぁ。ヤカさん、教えてくれないかな……?」
「えぇー……婆さんに怒られそうなんだけど……まぁ、罠みたいなもんか。
呪術を取得してなきゃ作れないから、罠の本渡してきたんだろうけど。
その時、呪術取得してたら、そっちの魔道具についての本渡してきたかもね」
その可能性はある……のかな?
確実に足止め出来るのは、状態異常を引き起こす魔道具だろうか。
ただ、エルムさんが使っていた凍結状態を引き起こす魔道具は単体だったし、罠の魔道具のほうが範囲は広そうだ。
「呪い……えっと……ライさんは呪術? を、取得しているんですか?」
「実は取得してるんだよね。使った事はないけど」
「そ、そうなんですか……期待してますね!」
「うん。頑張ってみるよ」
皆の作業が落ち着くまでは特にやる事がないかもしれないと考えていたけど、出来る事が増えた。
「俺らやることなーい!」
「そうなんだよねぇ。素材が足りなさそうな人いる?」
ジャスパーさんとみけねこさんの言葉に、シルトさんが思案するように視線を巡らせる。
「どれもあって困らないと思いますが……そうですね。
やはり、石工の素材でしょうか?」
「ん、そうだね。修繕で結構使ったし、強化の分は足りなくなるかも」
「じゃー俺ら、集めてくんねぇ」
「あ! 普通の銀と金がなくなりそう!
魔法鉱石は俺じゃ使えないからなぁ。
鉄でも出来るけど、銀と金のが良いみたいだし、出来れば集めてきてー!」
「はいはーい……や、どこにあるの?」
「えっとぉ……」
困ったように眉を下げたサクノさんの視線が俺に向く。
「海の中にあるよ。亜空間の中でも、弐ノ国の縮小版なら、あるんじゃないかなって思うけど」
「俺行きたーい! 水中呼吸のアクセ持ってるー!」
ジャスパーさんがシルトさんに向かってぶんぶんと手を振る。
「では、ジャスパーさんは金と銀……海の中のどこにあるんですか……?」
「ボク達も行く!」
「あ、でも、魔道具も作らなきゃだねー?」
「「うーん……」」
「大丈夫だよ。ヤカさんに教えて貰いながら、魔法陣描いておくから。
ジャスパーさんを案内してあげてね」
「「うん!」」
「海の中の事ならシアとレヴに任せておけば大丈夫だと思う。
ジャスパーさん、2人をよろしくお願いします」
「こちらこそーよろしくねぇ」
シアとレヴなら大丈夫だろうけど、万が一危ない状況になっても、高レベルのジャスパーさんと一緒なら安心だ。
普段なら俺とパーティーを組んでいなければ戦えない……らしいけど、今回の亜空間ではクラン全体で戦うので、パーティーを組んでなくてもテイムモンスターは戦えるそうだ。
本戦が始まった時、パーティーを組んでいないから戦えないなんて事にはならない。
「予定通りに進められそうですね。
明日の本戦については夜ご飯の時に話しましょう」
シルトさんの締めの言葉に頷いて、切り揃えられたオレンジに手を伸ばしていると、くいと俺のポンチョの裾が引かれた。
振り向けば近くに座っていた兵士さんが、俺に手を伸ばしていた。
「どうしたの?」
大きく手を動かす兵士さんの伝えたい事を探る。
「武器? あ、服も? うん、うん……戦う?」
尋ねつつ、兵士さんが頷いてくれた内容だけを拾って、言葉を繋げていく。
「装備が出来た人達から狩りに行きたい?」
「豁」隗」?」
満足そうに頷いた兵士さんに、頷き返すと、兵士さんの隣にいた他の兵士さんがくいと裾を引いた。
同じ行程を辿り、兵士さんの言葉を予想していく。
「荷物を運ぶ?」
「謇倶シ昴≧」
「……作る? あ、生産?」
こくこくと兵士さんが頷く。
その後に続いたジェスチャーから、何か生産の手伝いをさせて欲しいと伝えてくれていることが分かった。
生産スキルがあるわけではないみたいだから、素材を運んだり、完成品を運んだり、前に魔道具工房の依頼を受けた時のシアとレヴのような補佐をしたいということだろう。
「だ、そうだけど。どうかな、シルトさん」
「是非! お願いします! 重たい素材もありますから……。
それに、支えて貰ったほうが作りやすい時もありますし」
シルトさんの返事を聞いた兵士さん達は満足げな表情で頷いて、こちらの様子を伺っていた兵士さん達の元へと走って行った。
兵士さん達が頼もしい仲間であるということを再認識する。
明日の本戦に向けて、城内にいる全員で、2日目の作業開始だ。