day101 準備期間1日目①
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おはよう、シルトさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
約束通り、朝の9時に訪ねてきてくれた皆と、あれもこれもとアイテムをアイテムボックスに詰め込み、生産頑張る隊の人達が持ち込む素材を担当しているシルトさんとぐんぐんさん、サクノさんと家の近くの公園で落ち合った。
前回のイベント同様に、ギルドや公園、噴水広場等の街の至る所に亜空間に繋がるゲートが設置されている。
「まずは入りましょうか」
「うん、そうだね」
忘れ物は……ない、はずだ。持てるだけ持ってきている。
一度入ったらログアウト、ログイン以外は出来ないので、取りに戻ることが出来ない。
最悪忘れ物があっても、中で作れるだろうけど。
ぞろぞろとゲートを潜り抜ける。
ゲートを抜けると、目の前に石造のお城が建っていた。あれが俺達の守る城だろう。
ほぼ廃墟だと言っていたカヴォロの言葉通り、壁が崩れ、窓は割れて、あちこちが欠けている。
壊れた壁の穴は大きく、あちこちから中が見えている。
「立派なお城だけど……想像以上にボロボロだね」
ぐるりとお城を囲む高い城壁もあちこちが崩れてしまっている。
門から繋がる道の先、お城への入口へ登る階段も崩れてしまっていて、扉からお城に入る事は叶いそうにない。
今はとりあえず、階段下の崩れた壁から入るしかなさそうだ。
修繕と強化をしないと、どこからでも侵入されてしまうだろう。
これは、大変な作業になりそうだ。
「拠点内も確認してみましょうか」
シルトさんの言葉に頷いて、崩れた壁に向かう。
階段下に置かれている、まるで門番の様な2体の石像を横目に見つつ、城の中に入る。
中はがらんとしていて何もない。
壁にある松明がぼんやりと室内を照らしているだけで、少し薄暗い。
城内の階段は、所々欠けてはいるけど、使える状態だ。
外も中も、残骸は落ちていないので、片付ける必要がないのがせめてもの救いだろうか。
「フェルダ、どう?」
「やー……想像以上。持ってきた素材じゃ足りない。
ここまで酷いと建築スキルのが良いレベル。
ま、時間は掛かるけど、俺とガヴィンで修繕と強化は出来るよ」
「建築スキルか……」
建築スキルは木工スキルや石工スキルとは別だ。
結局その2つのスキルも必要みたいだけれど。
スキル一覧には表示されていなかったので、恐らく……大工さんに弟子入りとかしたら、覚えられるんじゃないかなと思う。
城内を手分けして散策していく。
たくさん部屋はあるのに、家具が一切ない。
なるほど。ベッドや机、椅子等の家具も作る必要があるらしい。
「これは……2日でなんとかなるのかなぁ」
「さて……ですが、やるしかありませんね」
頷いて、散策を続けようとした瞬間、辺りに悲鳴が響いた。
「うぎゃぁあああー!!!!」
この声は……サクノさんだ。
下から聞こえた、と思う。
慌てて悲鳴のした方へ向かって走る。
地下への階段を降りて行けば、サクノさんの姿を見つける事が出来た。
「サクノさん! 大丈夫!?」
「目が……たくさんの目がぁあ……!」
しゃがみ込んでいるサクノさんの前に出て、刀に手を伸ばし……なるほどと呟く。
ゴブリン、オーク、スケルトン……兵士さんだ。
「えっと……兵士さん、だよね?
おはようございます。今日はよろしくね」
味方なのだから意思の疎通が取れるはずだと、早速話しかけてみる。
俺の言葉に兵士さん達は頷いてくれた。こちらの話は分かるみたいだ。
「兵士……あああ! 兵士! びっくりしたぁ……!」
「あはは、確かにこれは、驚くかも」
「ふえー、まだときどきしてる。
でも、こんなに暗いのに、よくゴブリンだって……」
「俺、夜目が利くから、暗闇には強いよ」
「夜目スキル?」
「ううん。種族特性、なのかなぁ」
実際に暗いところでも問題なく見えているというのに、それについてステータス画面で確認することは出来ない。
種族特性に書かれていない特性だ。
ならば、書かれた種族特性は、その人にとって特に反映されている特性ということなのだろうか。
「どうかしたんすか!? 無事っすか!?」
「あ、ベルデさん。大丈夫だよ。
兵士さん達の姿に少し驚いただけから」
「兵士? ……ぅわ!? あー……なるほど……」
「最初はびっくりしちゃうよね。……ん?」
ぐいとオークの兵士さんに腕を引かれる。
首を傾げていると、そのままぐいぐいと引っ張られて、どこかへ連れて行かれる。
「わわ……」
「ライさん!? どちらへ!?」
「わかんない!」
引っ張られるまま付いて行く俺の後ろを、ジオン達とベルデさん、サクノさんが追ってきている。
地下から1階へ上がって、1階の最奥まで進んで行く。
最奥には立派な階段があった。
引かれながら長い階段を登ると、大きな扉の前に出た。
「ここ?」
オークの兵士さんが頷いたのを確認して、扉を開く。
ギィと大きな音を立てて開いた扉の向こうに置かれている物を見て、ここが拠点の中心だと分かった。
「わぁ……これが、クリスタル……」
高さ1m程もある真っ青なクリスタルが台座の上で光り輝いている。
思わずそっとクリスタルに手を伸ばす。
ひんやりとした表面に指先が触れると同時に、ウィンドウが開いた。
そこには『拠点指定』、『拠点検索』、『転移者名』と表示されている。
試しに『拠点検索』に触れてみるが、『現在は使用できません』と表示されて動かす事はできなかった。
なるほど、クリスタルを使って別の拠点に移動出来るらしい。
「案内してくれてありがとう」
そう告げると、満足げに頷いて、階段を降りて行ってしまった。
地下に戻ったのだろうか。
「ここに辿り着かれる前に追い返せたら良いけど」
「そうだね。この部屋まで来られると、厳しいかも」
最上階は3階。3階はクリスタルのあるこの部屋だけのようだ。
けれど、ここには1階からしか上がってこれない。
クリスタルまでの順路は、本来の入り口である2階から1階に向かい、最奥の階段から3階へ向かう必要があるらしい。
現在は1階の壁から侵入できてしまうので、すぐにここに辿り着けてしまうけれど。
「外の階段、見に行こうか」
本来の入り口である2階の扉へと向かい、建付けの悪い扉を開いて外へ出る。
途中で途切れてしまっている階段を上から眺める。
「どこから手を付けたら良いかわからないね」
「だね。ま、1階の壁直す前にはここ直さなきゃね」
「中に入れなくなっちゃうもんね」
階段を眺めていると、おおいと声が聞こえてくる。
視線を向けると、ヤカさんとガヴィンさんの姿が見えた。
「ヤカさん、ガヴィンさん! 今から行くー!」
城内に戻って、1階へ向かう。
穴の開いた壁から外に出て、城壁の門にいる2人の元へと走る。
「おはよう!」
「おはよ、今日はよろしく」
「荷物運ぶの手伝ってくれない?」
「もちろ……アイテムボックスから荷物出してないや。
俺持てない……皆、よろしく」
「ええ、お任せください」
「運ぶのは良いけどさー、どこに運ぶんだ?」
「とりあえず城内かな?」
石工の素材は嵩張るし重たいので、ここまで運んでくるのも大変だっただろう。
たくさんの荷物が乗った荷台が置いてある。荷台の横にも箱が置かれているようだ。
「兄貴も運んで」
「はいはい、運ぶ運ぶ」
ゴロゴロと押される荷台を追って、城内へと戻る。
「婆さんに話は聞いたよ。お疲れ様。
上手くいって良かったね」
「うん! あ、ネックレス、ありがとう。
凄く助かったよ。これがなかったら、上手くいかなかったと思う」
借りていたネックレスをアイテムボックスから取り出して、ヤカさんに手渡す。
ヤカさんは受け取ったネックレスの宝石をそっと撫でた後、ポケットの中に入れた。
「婆さんが無茶したって聞いたけど……ふは、相変わらず、破天荒な婆さんだよ」
「あはは……びっくりしたよ」
「ま、終わり良ければ総て良しってね」
その言葉に大きく頷く。
色々あったけど、イリシアが仲間になってくれた。万事解決だ。
「ライ、朝食にしよう。机も椅子もないが、まずは腹ごしらえだ。
朝食分は作って持ってきている」
「朝ご飯! 手伝うことある?」
「ああ……じゃあ、給仕を手伝ってくれ。
50人くらいいるからな」
地下に向かい、兵士さん達に朝ご飯を食べようと話す。
今日の朝ご飯はホットドッグだ。これならお皿がなくても食べられる。
「飲み物もあるにはあるが、コップがないからな。
悪いが、飲み物は少し待っていて欲しい。
その内菖蒲が作るだろう」
カヴォロはスケルトンの兵士さんにそう伝えて、ホットドッグを手渡した。
スケルトンもご飯を食べるのか……と、思いつつ、俺も手渡していく。
「夜には机も……多分出来ているとは思うが」
「出来てなくても、外で食べようよ。ピクニックみたいで楽しそう」
「ああ、そうだな」
全てを配り終え、現状の確認をしようと集まって床に座って、ホットドッグを食べ始める。
「食べながらで申し訳ありませんが、話させていただきますね。
まず、ライさん。私達の生産道具についてですが……」
「うん。素材もあるし、すぐに作り始められるよ」
「ありがとうございます。まさか全部の生産道具をライさん達に作っていただけるなんて……夢のようです。
本当に、ありがとうございます。大事にしますね」
「こちらこそ、色々ありがとう。少しでもお礼が出来たなら良かったよ」
「お礼だなんて、そんな……あ、えっと。お金の件なんですが……6倍で、どうで……」
「あ、ちょっと待って。お金の事は俺から話しても良い?」
「え? あ、はい。どうぞ」
シルトさんの言葉を遮った事に申し訳なさを感じつつ、口を開く。
「アクセサリーと武器のお金は貰ったけど……今食べてるご飯も、カヴォロはお金を取る気ないでしょう?
だから、この亜空間の中で作った物は、俺もお金を取らないよ」
「そ、それはさすがに……!
生産職が喉から手が出る程に欲しがるキャベツさんの生産道具ですよ!?」
「そうなの? それは知らなかったけど……でも、うん。
皆ここで作った物ってお金どうするの? 例えば、ポーションとか」
「んえ? えっと……お金を貰う気はないけど……」
「でしょでしょ。だから俺も、いらないよ。
気になるなら、この先スキルレベルが上がって、新しい生産道具にしたいなって時は、俺に頼んで欲しいな」
初めてカヴォロを丸め込んだ時と同じ手法だ。
「ですが……!」
「大丈夫。俺、お金に困ってないから!」
「いや、まぁ、そりゃそうでしょうけど……!」
「それに、俺達の荷物を運んでもらう為に、皆道具を持ってこれなかったんだから」
「はぁ……わかった。払わない」
「カヴォロさん!?」
「ライは頑固だから、こうなったら聞かない」
「今回は俺の勝ち」
「勝負だったのか……?」
この件については、皆とも話して決めた。
皆の努力への対価だから、俺の一存では決められないけど、皆もそのほうが良いと言ってくれた。
同じ拠点を守る仲間なのだから、精一杯助けるし、助けて貰えたら良い。
「んんん……わかりました。それでは次回から、お願いしますね。
絶対ですからね! 作って貰いますからね!?」
「うん、もちろんだよ」
「あ、でも、先日頂いたピアスと《魔除けの短剣》の分はお渡ししますね。
ピアスは6倍、《魔除けの短剣》は7倍で売れましたよ」
「7倍……!? 凄いね……すぐに売れたって聞いたけど……」
「ええ、そうなんですよ。1本は、ベルデさんが買ったんですけどね」
「やー……実は、価格決まる前だったんで6倍で買っちゃったんすけど……差額払いますね」
「いやいや、それでも高いけど、6倍で、大丈夫だよ」
「正直、私も買おうかと悩んだんですが……ベルデさんに貸してもらうことにしました」
隣で露店を開いている事も多いみたいだし、クラマスとサブマスで、凄く仲が良さそうだ。
「全部で、2,405,400CZですね」
「うっ……ありがとう。売ってくれて、助かったよ」
ログアウトする前に預けておいたお金がまた増えてしまった。
イベントが終わるまで、所持金の事は忘れておこう。
「いえいえ! うちの露店にあると知って、たくさん人がいらっしゃいましてね。
店で売ってた防具や盾も売れたんですよ。うはうはです」
「そっかぁ……シルトさんの助けになれたのなら良かったよ」
「最後の駄目押しも見事成功して、秘密のライさん大作戦もばっちりですよ!」
そう言えば、そんな作戦名だったな。
何とも言えない気持ちになりながら、曖昧に頷きつつ、ホットドッグにがぶりと噛みついた。