day98 帰宅
「新たな仲間を祝してー……乾杯!」
帰り道に買ったグレープジュースと紅茶で乾杯する。
カヴォロのお店で買いたかったけど、今日は開いていないようで、窓から覗いた店内にもカヴォロの姿はなかった為諦めた。
あの後、帰還石を使って薬師の村に飛ぼうとした俺達は、借りていたらしいエルムさんのハンマーでついでとばかりに殴られて、エルフの集落に移動することになった。
宴を開こうとエアさんに提案されたけれど、お祭りの準備をしなきゃいけないからと泣く泣く断った。
物凄く参加したかったけれど、時間がない。
後日改めて開こうという提案には、一にも二にもなく頷いた。
ということで、今日はイベントの話をするべく家に帰ってきた。
ちなみに兄ちゃんとは、エルフの集落で別れた。狩りをするらしい。
最近はエルフの集落にいることが多いようだ。
これまでの話や、これからの話、そしてイベントまで時間がない事を話す。
明日は半日しかいないし、丸一日ログアウトしている日を挟んで、次の日がイベントだと言うと驚かれた。
「うぅん……あまりお役に立てないかもしれないわ。
戦闘が得意というわけでもないし、生産も……素材や道具が必要だもの」
「道具と素材は中でなんとかなると思うよ」
「そう? それじゃあ頑張ってみるわね。
素材さえ集まれば、皮細工は……難しいけれど、裁縫はなんとかなると思う」
ぐっと両手を握って、気合を入れるイリシアの姿を見たシアとレヴが、えいえいおーと両手を上げた。
そんな皆の姿に頬が緩む。
道具の事や同盟クランの話、そしてイベントの詳細について皆が話しているのを眺めながら、イリシアのステータスウィンドウを開く。
イリシア Lv1 ☆5ユニーク
種族:精霊
HP:250 MP:320
STR:19 INT:22
DEF:18 MND:21
DEX:31 AGI:20
『種族特性』
・蜃気楼
『種族スキル』
【裁縫】Lv☆
『戦闘スキル』
【杖術】Lv1
『魔法スキル』
【風属性】
【風弾】Lv1
【木属性】
【木弾】Lv1
【光属性】
【光弾】Lv1
『スキル』
【革細工】Lv1【農業】Lv1【採取】Lv1
ステータス自体は、同じ☆5ユニークであるフェルダがレベル1の時と比べると若干低い……と言っても、充分強いのだけれど。
俺のレベル1と比べると雲泥の差だ。恐らく、プレイヤーレベルに換算したら25くらいだと思う。
あのお話の通り、風属性と木属性、光属性を覚えているようだ。
そして生産スキルが4つもある。その上、裁縫スキルは尤だ。
いつだったか、アルダガさんが『後は防具とポーションが作れりゃ、冒険者やるのになんの不自由もねぇな』と言っていたことを思い出す。
このまま冒険を続けていたら、本当に達成できるのではないだろうか。
種族特性の『蜃気楼』の文字に触れると、『持ち得るものを持たず、持ち得ないものを持つ者』と表示された。
何も知らなかったら、どういうことかと頭を傾けただろうけど、嫌な説明文だと思う。
本来の精霊が持つ自然の力を持たなかった代わりに……恐らく、裁縫スキルの尤を持っているということなのだろう。
「杖術ってなに?」
「そうね……杖で、殴るのよ」
「なるほど」
曖昧に頷いて、イリシアが持つ杖を眺める。
特に装飾等はされていないシンプルで、イリシアの身長程もある大きな木の杖だ。
魔法を使う以外にも使い道があるらしい。
凄く綺麗で優しそうな見た目をしているイリシアが、魔物を杖で殴る姿は想像できないけれど。
「レベル上げも出来たら良かったんだけど……時間がないね。
んー……その杖は……何か、思い出の品だったりする?」
「これ? 思い出と言えば思い出なのかもしれないけれど……良い思い出じゃないわね。
精霊の集落に帰った時に、精霊女王に投げ渡されたのよ」
「……捨てて良い?」
「あら、あら、まあ。うふふ。女王はお嫌いかしら?」
「……嫌いというか……もう関わりたくない、かな。
あ、ごめん。イリシアは、違うよね」
「昔の私は、そうね。嫌いにはなれなかった。ずっと憧れていたわ。
けれど、今は違うわよ。私もライ君と同じ……もう、関わりたくないわ」
「俺達……精霊の集落を出禁になっちゃったんだけど……」
「まあ! ふふ、何をしたのかしら。
いいえ、違うわね。きっと彼女が癇癪を起こしたのよね。
良いのよ。私の居場所は精霊の集落ではないもの。私の居場所は、ここでしょう?」
「うん、うん! 俺、もっと頑張るね。
皆が俺と過ごせて良かったって思えるように頑張る」
本当は、少しだけ不安だった。
エアさんの集落で暮らしたいと言われたら、俺は快く頷いて送り出しただろうけど、やっぱり少し寂しい。
実際は、そんな様子は1つもなく、また会いに行くとエアさんに告げて、俺達と一緒に来てくれた。
「さて……お祭りの準備をしなきゃね」
「中に持ち込む物を整理しておく必要がありますね。
カヴォロさんのクランの皆さんで運んでくれるとの話でしたが……」
「んあー、俺、散らかしっぱなしだわ。
片付けなきゃなぁ。あ、でも、俺らの新しいアクセサリー作ったが良いよな。
中で作ると、今付けてる装備邪魔になるだろうし」
「あ、そうだね。それじゃあ、よろしくね」
金や銀が手に入ったら装備条件があるアクセサリーに変えようと話したのはいつだったか。
クラーケン戦より前だったか、銀の洞窟に行く前だったか。
銀の洞窟に行った後に作った時と比べて、皆のレベルも上がっている。
イベントの告知がきてから、生産をほとんどしていない。
エルフの集落でたくさん光球は作ったけれど。
強い武器を出品することでイベントで不利になるのではないか、なんて話したこともあったけど、結局オークションには1度だけしか出品していない。
「でしたら私も、刀を打ちましょう。
ライさんには装備条件50の刀、私に40の刀を」
「うん! レベル上げも頑張ったもんね」
次の刀はどんな刀になるだろうと思いを馳せていると、イリシアがそっと手を挙げた。
「革細工の練習をしたいのだけれど……」
「皮なら残ってるよ。使えるかな」
レベル上げを頑張っていた時の戦利品は、後で纏めて売るか依頼を達成しようと思っていたので全て残っている。
お肉は全てカヴォロに押し付けた。と、言うよりは、お店に行った時に、黙って置いてきた。
トーラス街周辺の魔物は皮を落とさなかったが、ワイバーンやアクア街周辺の魔物からは皮が落ちていた覚えがある。
「道具は……シア、レヴ。作れそう?」
「型があれば作れるよー」
「あるかな?」
「ないやつは俺が作るよ」
フェルダが仲間になってからは、鋳型の元となる道具や形はフェルダが石工で作ってくれている。
形が出来れば後はどうとでもなると言われて、なるほどと納得した。
「他はなんだろう……あ、糸とか?」
「ええ、そうね。けれど、縫わない物もないわけではないわ」
「んー……足りない分は街に探しに行こうか」
それか、カヴォロからいわいさんに聞いてもらおうかな。
革細工が得意だと言っていた覚えがある。
裁縫も得意なのだろうけど、どちらかと言えば革細工のほうが得意なのだそうだ。
2階の収納部屋へイリシアと共に向かいながら、部屋の説明をする。
「イリシアの寝室が用意できるまでは、俺の部屋で寝てね」
「あら……ライ君はどうするの?」
「俺はシアとレヴと一緒に寝るよ」
少し狭いかもしれないけど、2人となら一緒に寝られるだろう。
銀の洞窟から持ち帰ったアイテムの事もあるし、早めになんとかしなければ。
増築か購入か……悩ましい。
「あったあった」
俺がログアウトしている間に、銀の洞窟から持ち帰ったアイテムは一番奥に片付けてくれている。
本棚や棚の手前に大きな岩が置いてあるし、とりあえず隠すことはできている……と、思う。
我が家に来る人、または来る可能性がある人の中で、そこにある物に気付いてどうこうしようとする人はいないと思うけれど。
「どうかな? 使えそう?」
「ええ、使えるわ。裁縫と組み合わせるのに、今のスキルレベルでは、少し不安なの。
スキルレベルが上がれば良いのだけれど……ああ、でも、異世界の旅人さんの従魔は、上がりやすいんだったかしら」
「そうみたいだよ。イリシアの作る生産品、楽しみにしてるね」
前にフェルダが言っていたような、知識はあるけど体が追い付いていない状態なのだろう。
不便だなとは思うけど、元のまま従魔になったら、それこそプレイヤーじゃ太刀打ちできないような状態になるだろうから、仕方ないのかな。
いくつかの皮を手に取り、作業場へと戻ると、待ってましたと言わんばかりにシアとレヴが近付いてきた。
シアとレヴはイリシアにどんな道具が必要なのか楽しそうに聞いている。
俺も作業をしようと、本棚から魔道具製造に使う本を取り出して、作業机に並べていれば、コンコンと控えめなノックの音が鳴った。
「はーい。どちら様ー……あ、カヴォロ。それから、ベルデさんも」
「押し掛けて申し訳ないっす。えっと……」
「メッセージを送るか悩んだが、街にいるのを見かけたとベルデが言っていたから直接来た。
今、時間はあるか?」
「うん、大丈夫だよ。入って入って」
中に招き入れると、ベルデさんがぎょっとした顔をして、作業場を見渡した。
「うっわ……すげ……。俺、入っちゃってよかったんすか?」
「うん? 大丈夫だよ。お祭りでも同じ道具使うし……」
「あー、そっすよね。企業秘密も何もあったもんじゃないっすよねぇ」
「あはは、確かに。でも、生産頑張る隊の人達は、皆それぞれ得意分野が違うみたいだし大丈夫なんじゃない?」
「や、俺らはそうっすけど、ライさん達っすよ。
うちのクラメンのやつらに見せちゃって大丈夫っすか?」
「うーん……?」
皆に視線を向けると、皆はにっこりと笑った。
特に気にしていないようだ。
「あ! あのね、仲間が増えたんだ。2人にも紹介しておくね」
「そうか。間に合ったんだな」
「うん。さっき帰ってきたばかりだよ。
なんと、裁縫が得意な美人さんです!」
「あら、あら。ふふ、嬉しいわ。はじめまして、イリシアよ。
詳しくは聞いていないけれど、貴方がカヴォロ君と……同盟クランの方かしら?」
「ああ、俺はカヴォロ。祭りではよろしく頼む」
「ベルデっす。裁縫なら、いわいさんと一緒に作業する事になるんすかね」
「あ、革細工や裁縫の道具の事が聞きたいんだけど」
「だったら、呼びますか。暇そうにしてたんですぐ来ると思うっすよ」
そう言ったベルデさんはするするとウィンドウを操作して、顔を上げて頷いた。
「ちょっと、出ますね。カヴォロさんの店の前で待ってるそうなんで」
「何故俺の店の前を待ち合わせ場所にするんだ」
「近いし分かり易いからっすね。じゃ、いってきます」
パタリと閉まった扉を見てカヴォロが溜息を吐いた。
「それで、今日はどうしたの? 何かあった?」
「ああ……いくつか、俺達のアクセサリーを作ってくれないか?」
「うん、良いよ。いくつかって?」
「それが……俺達のクランにいるという話になっているのに、俺以外の誰も装備や魔道具を持っていないのはおかしいのではないか、と。
中に入ってからで良いのではないかと思ったんだが、それでは弱いそうだ」
「弱い……?」
「証拠として弱い、と。祭りの前に駄目押しが欲しいらしい」
「なるほど? うん、わかったよ。
リーノ、お願い出来る?」
「おー、良いぜ! つっても、全員に3つずつは、すぐには無理だなぁ」
「そこまでは望んでいない……と言うより、申し訳ないからやめてくれ」
「じゃ、先に作ってしまうか。ピアスで良いか?
あ、みけねことジャスパーだっけ? あの2人は生産メインってわけじゃねぇんだよな?」
「ああ、そうだな。最近は生産もやってるらしいが」
「んじゃ、武器も良いんじゃねぇか?」
「そうだね。元々中で用意する予定だったし、良いかも」
「ええ、そうですね。
装備条件や種類を教えていただけますか?」
最低でも1日1個、ログアウト前なんかに融合しておいた《黒炎玉鋼》はあるけど、刀以外の武器で使う鉄や銅には融合していない。
クールタイムも長いし、使用MPが多いのですぐにたくさん用意することは出来ないので、他の属性が融合された鉱石を使って貰おう。
全てを魔法鉱石で作って貰っても良いけど……売りに出している武器より遥かに強くなってしまうのはどうだろう。
いや、まぁ、俺とジオンはそれを使っているのだけれど。制作者は別だと思う。別で良いはずだ。
秋夜さんのデスサイズと同程度か少し上くらいなら良いだろう。
もう既にばれているのだし、俺の知らない内に俺であることを隠そうと動いてくれた人達だ。
誰かに言って回るとは思えない。
「よし、頑張ろう!」