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day98 哀歌の森の精霊

「はー……やっとここまで来れたね」

「今日は秋夜君いないから、少し時間がかかったね」


前回だけかと思っていたけれど、テイムが成功する瞬間も見たいとログアウト中に言われたので、今日も兄ちゃんと一緒だ。

シアとレヴは今回もお留守番している。それと、フェルダも今回はお留守番だ。

今頃、イベントで使う魔道具の元になる鋳造品や石工品を作ってくれているだろう。


薬師の村から出発して約4時間。途中お昼ご飯を挟みつつ、哀歌の森の最奥を目指し歩いた。

今回は秋夜さんもいないし、シアとレヴ、フェルダがお留守番でいないので、対魔物で少し苦労した。

魔物が出ない場所に辿り着いてからは、足場の悪さに何度も転んだが、自分のレベルよりも適正レベルの高い魔物の相手をするよりは、足場が悪い方が楽ではある。


一度でテイムできなければ再度この道を進んでくることになるが、時間的に片手で足りるくらいしかチャンスはなさそうだ。

今日と明日で無理ならイベント後に再挑戦するしかない。


記憶が正しければ目の前の木々を抜けた先に霧が広がっていたはずだ。

葉を揺らす風に乗って、声が聞こえてくる。しかし、それはあの悲しい歌声ではない。

おやと思い、木々の隙間から様子を伺い、目を見開いた。


「エアさん!?」

「おや、ライ君。レンもきたんだね」


そこにはエアさんだけでなく、エルフの集落の皆がいた。

昨日、ハンマーで叩かれた時と同じかそれ以上の人数がいるように見える。

エアさん曰く、エルフの集落の人数は100人もいないと言っていたから、集落全員がここにいるのではないだろうか。


「どうしてここに……?」

「何も言わずにきてしまって申し訳ない。

 どうか、最後まで手伝わせて欲しい。

 いいや、私達は何もできないけれど、家族の笑顔が見たいんだ」

「でも……」

「堕ちた元亜人の前に私達が行くのは不安かい?」

「……うん。俺達は大丈夫だけど……」

「安心して。君達の邪魔にならないように、少しの時間稼ぎと逃げる手段は用意してある」

「んん……でも、うーん……1回で成功するとは思えないし……」

「うん、理解しているよ。けれど、今日だけ、この1回だけ、私達にも同行させて欲しい。

 決して誰一人欠かない事を約束するから」


力強く紡がれた言葉に、他の人達も頷いた。

皆の表情には恐れはなく、強い意志だけが浮かんでいる。

不安は残るけど、これ以上反対するのは憚られて、頷く。


「ん……うん、それなら……よろしくお願いします」

「私達の我儘を許してくれてありがとう、ライ君」


エアさんの言葉に笑顔で返す。

心や感情の大きさは優劣がつけられるものではないけど、先祖代々の願い、そして自分自身の願いを叶えたいという気持ちが、俺には想像できない程に大きい事は分かる。

その悲願が叶うかもしれないという機会に、危険だからという理由で俺が止める権利はないだろう。

最悪の場合……俺達が全員死に戻る前までに撤退出来たら良い。


「《迷宮の欠片》出しておかなきゃ」

「大丈夫だよ。行こう」


ぽつりと呟いた言葉にエアさんが答える。

これだけの人数のエルフがいて迷う事もないかと頷いて、全員で霧の中に入る。


鐘の音は聞こえてこない。やはりアイテムボックスの中に入っているだけでは効果がなさそうだ。

それでも、エアさんや他のエルフの皆が近くにいる為、迷うことなく目的地へと進むことが出来る。


前を歩く兄ちゃんとエアさんの後姿を見失わないように着いて行く。

たまにちらりと後ろに視線をやり、イーリックさんの姿があることを確認する。


「そんなに心配しなくても、私達が迷う事はない。

 私も昔、ここに来たことがある。鐘は鳴らさなかったが……」

「そうなんだ?」

「ああ、私達の曽祖父母が若く、祖父母がまだ小さな子供だった頃、彼女と過ごしていたそうだ。

 彼らは彼女の話をいつも楽しそうに、そして哀しそうに話していた。

 話を聞いたエルフのほとんどがこの森を訪れる」

「そっか……その頃はこの森に棲んでいたんだよね?」

「ああ、そうらしいな。この辺りも良い場所だ」


ふと、あの哀しい歌声が聞こえてこない事に気付いて、辺りを見渡す。

鐘に近づくにつれてどんどん大きくなり、色んな感情が混ざり合いガンガンと頭を反響していた声が一切聞こえてこない。

霧の中からでは堕ちた精霊さんの魔力を感知する事はできないけど、霧の外からは感知をすることが出来たので、いなくなっているわけではないはずだ。

いつも歌っているわけではないのだろうか。

確かに、あのお話では機織りをしている時に歌っていたという話だったけれど。


「出来れば俺達より前に出ないでね」

「迷惑をかけるね。さすがに目の前だと撤退は厳しそうだ」


鐘の元へ辿り着いた俺達は、ああでもないこうでもないと言い合いながら立ち位置を決めていく。

鐘を鳴らした後は同じ立ち位置のまま中に入ることが出来るので、前回鐘を鳴らして中に入った時の状況も話す。

逃げる術があるとは聞いているけど、やっぱり不安ではある。


「俺達は先頭だよね。兄ちゃんはどうする?」

「んー俺はエアの横にいようかな」

「助かるよ。申し訳ないけれど、時間稼ぎの為の術に取り掛かる少しの時間を稼いで欲しい」

「りょーかい。ま、盾になるくらいしかできないだろうけど」


今回も同じ場所に精霊さんがいるかはわからないけど、一番近くにエアさんやエルフの皆が移動しないのならそれで良い。

とは言え、エルフの皆全員を俺達で囲むのは無理なので、すぐに庇えるよう構えておくくらいしかできそうにないけれど。


一番楽なのは鐘をぐるりと囲んでしまう事だけど、その場合どこが狙われるかわからない。

先頭は俺とリーノとジオン。そしてすぐ後ろにエアさんと兄ちゃん。

そこから少し後ろに他のエルフの人達……が、いると思う。正直、霧でよく見えない。


聞こえてくる足音が止んだ頃、隣にいるジオンとリーノ、それからすぐ後ろにいる兄ちゃんとエアさんに視線を向ける。

頷いてくれた事を確認して、鐘から延びるロープに手を伸ばした。


カランコロンと鳴る鐘の音と共に、風が葉を揺らす音や遠くを流れている川の音、鳥の囀る声が消えていく。

聞こえてきていた全ての音が消え去ると、ぼとりぼとりと粘度の高い何かが落ちる音が聞こえてくる。

少しずつ酷い匂いが届くと同時に周囲の霧が晴れ、景色ががらりと変わった。


「森が……」


ぽつりとエアさんが呟いた。

焼け焦げた様に真っ黒に染まった木々や草花、土や岩が剥き出しになる地面に、エルフの人達が動揺しているのが分かる。


俺の2m程先にいる闇が、蹲るように体を小さくしている。

恐らくそうなのではないかと分かるだけで、瘴気を辺りに撒き散らし、ヘドロのような物体を落とすその闇が、本当に蹲っているのかは分からないのだけど。


ゆっくりと頭を上げ、こちらに視線を向けた事が分かる。

その瞬間、ぶわりと瘴気が広がった。こちらに敵意を向けた事が分かって、身構える。


「エアさん、準備はできてる?」

「ああ、もう大丈夫だ」


堕ちた精霊さんから視線を外さずに、エアさんに確認する。

エアさんの返事に頷いて、口を開く。


「【テイム・百鬼夜行】」


堕ちた精霊さんの姿に変化はない。でも、MPは減っているのでテイム可能だ。

テイム可能だろうと予想していたけど、改めて可能だと分かってほっとする。


今にも飛び掛かろうと動く闇から俺を守るように、リーノが俺の前に立つ。

リーノの後ろから堕ちた精霊さんの姿を目に映しながら、口を開く。


「テイ、ム……?」


再度スキルを使おうと動かした口は、最後まで動くことはなく、言いかけた言葉は空へ消えることとなった。

俺達に飛び掛かろうとしていた堕ちた精霊さんが、怯んだような様子を見せ、ずるりずるりと嫌な音を立てながら後退している。

俺の前にいるリーノの体に闇が纏わりつくこともなく、いつもの状態異常の羅列も並んでいない。


初めて見る状態に戸惑って、様子を伺う。

溢れ出ていた敵意も今は感じない。


『……ごめんなさい、ごめんなさい。あの日私が訪れなければ。

 あの日私が魔法を覚えようとしなければ。あの日私が帰りたいなんて言わなければ。

 私が、私が……あの日、貴方達に出会わなければ、良かった』


以前聞こえてきた歌声のようなしゃがれ声ではなく、弱弱しくも凛とした透き通った声が届く。

恐らく、エアさん達の姿を目にして、少しだけ意識を取り戻したのだろう。

リーノやシアとレヴの時のように、今なら会話が出来るかもしれない。


「助けにきたよ。皆が貴方を待ってる」

『私のせいで、私が、私が……!

 私が、だから、私の友人が、家族が、いなくなって』

「違うよ。貴方のせいじゃないよ。貴方の家族は無事だった。

 貴方が全ての呪いを受け止めたから、皆助かった」


この場にいる全員が俺に視線を向けている。

精霊さんの声は俺にしか聞こえていない。周りの皆には俺が一人で話しているように見えているだろう。


『私には、何も出来ない。何をしたって無駄で、出来なくて。

 どこにも行けない。私が、いなければ。

 出来損ないで、厄介者で、私は、誰からも。誰も、私なんて』

「違う!!! 皆、貴方を助けたいと思ってる!!!」


エアさんに視線を向ける。

俺の視線を受けたエアさんは困惑したような表情を浮かべた後、なるほどと小さく呟いて頷いた。


「……イリシアさん、私の顔に見覚えはないかい?

 祖父とよく似ているといわれるんだ」

「……! ええ、ええ! 私の顔にも見覚えはありませんか?

 曾祖母の若い頃に似ていると言われてました」

「僕達の声が聞こえますか? ずっと貴方に会いたかった。

 貴方を待っていました。僕はずっと貴方と話してみたいと思っていました」


エアさんの言葉に導かれるように、次々と言葉が投げかけられていく。

その言葉はどれも暖かく、皆待っていたと、会いたかったと告げていた。


聞こえているはずだ。

あの時のリーノには俺の声だけじゃなく、ジオンの声も聞こえていた。


『私は、私が……ああ、どうして。どうして、私の家族が。

 守りたかった、守れなかった……私には、出来ない、ごめんなさい』

「違う、違うよ。呪いはもう解けた。昨日、精霊女王に解いてもらった。

 だからもう、全部解決してるんだよ。もう、苦しまなくて良いんだよ」

『……呪いが、解けた……?』


漸く会話が成立した事に、口角が上がる。

ちゃんと聞こえていた。


「ここにいるエルフの皆は、ずっと貴方を待っていた。

 貴方と過ごした家族はもういないけれど、最後まで貴方に会いたいと願っていたんだよ」

『……貴方達、は……』

「貴方が守った家族の子孫だよ。皆貴方を迎えに来たんだ」


ゆらりゆらりと蠢く闇が、エルフの皆から俺に意識を向けた事が分かる。


「……俺は……部外者だけれど。

 俺達の仲間になって欲しいな。一緒に、冒険しようよ」


返事はない。

前に出て、堕ちた精霊さんの傍まで歩く。


「【テイム・百鬼夜行】」


ぼとりと大きな音を立てて、泥のようなヘドロのような何かが落ちた。

闇が晴れていく。


風に乗って、薄梅鼠色の長い髪がふわりと舞った。

こげ茶色の大きな瞳と目が合う。


わっと歓声が上がり、俺達の元へエルフの皆が集まって、よくやったと色んな人達にもみくちゃにされる。

囲まれた精霊さんは驚いて大きく目を見開いた後、花が咲くようにふわりと笑った。

ゆらゆらと揺れる濡れた瞳から、ぽろりと涙が零れる。


「こんなにも……こんなにも嬉しい日はないわ。私を助けてくれてありがとう。

 私を待っていてくれてありがとう。私を必要としてくれてありがとう。

 私にも出来ることがあると、教えてくれてありがとう」


次から次に溢れてくる涙と共に言葉が零れる。


「はじめまして。私はイリシア。

 私に出来ることは少ないけれど、きっと貴方の役に立ってみせるわ」

「俺は、ライ。これからよろしくね、イリシア。

 一緒に色んな事をしようね」

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