day97 1日の終わり
「うわ……びっくりした……」
捨て台詞のような言葉を残してすぐ、辺りの風景ががらりと変わった。
そこは、精霊の集落に招かれる前にいた白い花が咲く場所で、どうやら精霊女王に全員纏めて追い出されたらしい事が分かる。
外で精霊達と戦っていたのであろうエルフの集落の皆も、面食らった顔をしている。
「ふむ。皆無事のようだね。良かった」
「エア様もご無事のようで」
「ああ、全て解決した。いや……あと1つ残っているか」
エルフの皆は傷付いているものの、重傷者はいないようだ。
恐らく外で精霊達と戦いながら、あの檻を発動するための準備もしていたのだろう。
「さて、帰るか」
「うん……正直、帰り道を考えるとうんざりするね」
「はは。帰りの心配はしなくて良い」
にんまり笑ったエルムさんは、1人のエルフのお姉さんに視線を向ける。
お姉さんは、困惑したような表情を浮かべ、持っていた鞄からハンマーのようなものを取り出して、エルムさんに手渡した。
「少し痛いぞ」
そう言って、俺に向かってハンマーを振りかぶる。
ぎょっとして後ずさるも、時すでに遅し。がんっと頭にハンマーのヘッドが落とされた。
「ぎゃっ」
衝撃に目を閉じ、恐る恐る目を開けば、見覚えのある場所にいた。
エルフの集落の中心の広場だ。
「なんと……」
「いってぇ!」
ぽんっと目の前に困ったように眉を寄せるジオンが現れた。次に、頭を抑えるリーノ。
泣きそうになっているシアとレヴ。呆れ顔のフェルダが現れる。
その後もエルフの皆が様々な反応をしながら、次々に現れた。
以前教会を行き来した時に使った魔道具のような、転移陣を完成させるまでに出来た魔道具なのだろう。
「すぐに帰ってこられるとは言え、これはないね」
「エアさん、おかえりなさい」
肩を竦めたエアさんが、大きく溜息を吐いた。
「いたた……これはいかんな。自分で自分をハンマーで殴ることになるとは」
「他になかったのかい?」
「これだけの人数となるとな。ないことはないがね。嵩張るからな」
「はぁ……。ライ君、明日は哀歌の森に行くのかい?」
「ん、うん。そのつもりだよ」
「ふむ。何時から?」
「えっと……? 10時半くらい……?」
「ここから歩いて行くのかい?」
「ううん。薬師の村から行くつもりだよ。
精霊さんの元に辿り着くのは……お昼過ぎになりそうかなぁ」
頭の中でログインする時間から朝ご飯、それと移動時間を計算する。
「そう。では君達、お疲れ様。また明日。
怪我が酷い者は無理はしないように」
エアさんの言葉に頷いたエルフの皆は、俺達に手を振って各々の家へと帰って行った。
「さて、エルムの家に行こうか」
「君も帰れ。何故来るんだ」
「おや? 文句は後でと言わなかったかい?」
エルムさんはばつの悪そうな顔をして、家への道を歩き始めた。
そんなエルムさんの様子に俺達は首を掲げつつ、後を追う。
エルムさんの家のリビングに辿り着いた俺達は、ソファに体を沈めた。
べしゃりと体の力が抜けていく。
「ああ~……疲れたぁ……。もうこんな目にはあいたくないよ」
「そうですね……肝が冷えました」
「ライ、大丈夫なのか?」
「呪いはなくなったし、大丈夫だよ」
「そっちじゃなくて……いや、そっちもだけどさー。
堕ちたんじゃねぇのか?」
「ああ……なんか、堕罪? って特性がついちゃったみたい」
そう言って、ステータスウィンドウを開く。
そこには新たに『特性』という項目が追加され、『堕罪』の文字が書かれていた。
文字に触れ、詳細を確認する。
『負の感情が昂った時、周囲の全てが堕罪に染まる。
堕罪は死と眠りによって終息する』
わかるようなわからないような……。
怒りとか悲しみとか、そういう感情が昂った時に、堕ちた元亜人の様になってしまうとか、そういうのだろうか。
周囲の全て……敵も味方も関係なく攻撃してしまう事になるのかな。
「堕罪? 初めて聞いたな」
「うーん……異世界の旅人だと堕ちることはないんじゃないかな。
だから、その代わりに……嫌な事があった時とかに暴走するのかも」
恐らく元亜人に飛び掛かられた時の、あの状態異常の羅列を撒き散らすのではなかろうか。
想像してぶるりと震える。爆弾を抱え込んでしまった。
「嫌なこと?」
「悲しいことー?」
「多分ね。皆と楽しく過ごしていたら、気にしなくて良いんじゃないかなぁ」
昂りというのがどれ程の感情の揺れなのかはわからないけど、堕ちる程の昂りなのではないかと思う。
そこまで感情が揺れる事もそうそうないだろう。
「ほら。エルムが余計な事をするから」
「うっ……しかしな……さすがに精霊女王ともなると、ああでもしないと時間稼ぎなんて……」
「凍る魔道具でも出来ていたと思うけれど」
「すぐに壊されたではないか。いや、何度も言うがね。
嵩張る物が多いんだ。持ち運ぶにはちと骨が折れる」
「あの魔道具は……って、お祭り前に魔道具の事は聞けないのか……。
相手を堕とすような魔道具? 呪い?」
「まぁ、そうだな。呪いのようなものではあるが、呪いではない」
呪いではないのか。だからこそ特性が追加されたのだろうけど。
「似た呪いもあるらしいけれどね。禁術中の禁術と言われている。
全く……そんなものを持っているだなんて、信じられないよ。ましてや使うだなんて」
「師匠がな……いや、まぁ、出来れば黙っていてくれ……」
「当たり前だよ。共犯者にされてしまったのだから」
禁術中の禁術……それもそうかと納得する。
自分の意思や感情とは関係なく、堕ちてしまうのだから。
「……すまなかったな、ライ」
「大丈夫だよ。堕ちちゃったわけじゃないからね。
それに、助けてって言ってたのは、異世界の旅人だったら堕ちないだろうって話だったんでしょう?」
「いや……その……最悪堕ちてしまっても、ライの従魔となって、祭りに参加できるのではないかと……」
「嘘でしょ。お祭りの為にそんな体張る……?
そりゃエルムさん強いし……ああでも、突然変異種……」
「私は突然変異種だからな。あまり吹聴したい話でもないが」
「え、そうなの?」
「エルフでもなければ気付かんだろうな。
少し性質が違うだけの些細な差だ。森から力を得られないのさ」
「それは……大丈夫なの?」
「それがないと死ぬというわけじゃない。
他のエルフと比べると、体力や魔力は劣っているがね」
「そうは言うけれどね。それらを補って尚余り有る力を努力で手に入れている。
おまけに、普通のエルフでは持ち得ない技術や知識を持っているのだから、敵わない」
「気味が悪いな。なんだ急に」
「褒めたらこれだもの。嫌になるね」
まさかそんな思惑があったとは考えもしなかった。
エルムさんにあんな思いをさせるわけにはいかないので、先にそれを伝えられていたとしても、俺は同じ場面で飛び込んでいただろう。
いや、その前に止めている。
「ライ君がこれ以上文句を言わないのであれば、私が言うわけには……いや、後でゆっくり話すとしようか」
「君の話は長くなるから断る」
「子供みたいなことを言わないでくれるかい?
……いや、まあ、エルムのお陰ではあるのだけれどね」
「そうだろう? あれがなければ、こうもすんなりと事は運んでいないはずだ」
「開き直らないで。次はないよ」
「分かっている。……ああ、ネックレスを返しておかなければな」
ポケットに入れていたらしいヤカさんのネックレスを受け取る。
他の魔道具はシアとレヴが渡した4つの水晶も含めて、全てなくなっていた覚えがあるけれど、ネックレスは無事だったようだ。
ヤカさんのネックレスが無事だったことにほっとする。
「君からも謝っておいてくれ」
「うん、わかった。このネックレスって、何か特別な力があるの?」
「リッチの当主が継ぐというこのネックレスには、魔に関する力を上昇する効果がある。
魔力や呪いの効果、呪いの耐性等だな。魔道具の効果も上がると言われている」
「そんな凄いネックレスだったんだ……」
「魔道具を使うにも魔力は必要だ。MPとは別だぞ。
あの魔道具を起動するにはとんでもない量の魔力が必要だ」
「魔道具を使うのにも魔力がいるの?
これまでに意識したことはなかったけど」
「まぁ、その辺にある魔道具に使用する魔力なんて微々たる量さ。赤子でも使える。
精霊の女王が相手ともなると、魔力だけでなく魔道具の効果も引き上げねば、通用しない。
そこで、このネックレスだ。このネックレスを貸したと聞いて、思い付いた」
ヤカさんはただのネックレスだと言っていたし、大切な物だろうとは思っていたけど、そんな効果があったとは知らなかった。
それに、どうやらエルムさんは俺が精霊の集落に行くことをヤカさんに聞いて、駆け付けてくれたようだ。
たくさんの人に助けて貰って、漸くゴール間近まで来れた。
「その子もとんでもない物を貸したね。随分気に入られているようだ。
君に渡した《ライムタリスマン》だけでは、周囲への害を全て軽減することは出来ない。
それもそのネックレスを着けていたお陰だよ」
「そっかぁ~……借りられて良かったよ。何かお礼をしないと」
「それで恩を着せるような男ではないがね。
まぁ……黒炎の魔石を1つ渡してやれば喜ぶだろうよ。商売関係なく妙に魔石が好きな男だからな」
「そうなんだ……うん。お祭りの時に渡しておくよ」
「ああ、そうしてやれ。……くそ。あいつは参加できるのに、何故私は参加できないんだ?
あの坊主だってライと参加すると言うのに」
俺と一緒に参加したいと思ってくれているのは凄く嬉しいけど、堕ちてまで参加しようとするのはやめて欲しい。
仮にそうなったとしても、禁止は禁止なのではないかと思うけど。
「こうなったら長いから、私は帰ろうかな」
「今日は助けにきてくれて本当にありがとう」
「いいや、お礼を言うのはこちらのほうだよ。私達の願いがもうすぐ叶うのだから。
それじゃあライ君。また明日」
「うん? うん、また明日……?」
俺の返事に微笑んだエアさんは、帰って行った。
また明日と言う言葉に首を傾げつつ、エルムさんに視線を向ける。
「エルムさんはこの後どうするの?」
「カプリコーン街に帰るさ。君達はどうするんだい?」
「俺達もトーラス街に帰るつもりだよ」
3回も死んでしまったので、デスペナルティでお金が減ってしまっている。
30万程あった所持金が4万弱まで減ってしまった。
エルフの集落に来る前に預けてきたら良かったな。
「それでは帰るとしようか」
頷いて立ち上がる。
エルムさんの家から出て、集落の中心にある鐘の前に移動する。
「今回も彼等と共に応援する予定だ。
祭りの後時間があるなら、店主の店に来ると良い」
「うん! その時はカヴォロと一緒に行くね」
鐘の前で別れて、俺達はトーラス街に飛ぶ。
家で買っておいた夜ご飯を食べよう。
帰り道、ピロンと通知音が鳴った。
カヴォロからメッセージが届いたようだ。
生産頑張る隊の人達が考えてくれた魔道具のメッセージだろう。
ガチャリと扉を開けて、帰ってきた我が家に僅かに残っていた緊張の糸が解けた。
アイテムボックスから夜ご飯を取り出して、今日の思い出話に花を咲かせながら皆で夜ご飯を食べる。
終わりよければ全て良し。ちょっと妙な特性は追加されたけど、常に発動しているような特性じゃないので問題はない。
食べ終わってからカヴォロのメッセージを確認して、そこに並ぶ文字を眺める。
「防御の魔道具、飛ぶ武器……? 透明になれる魔道具、回復ポイント……」
ずらりと並んだ提案の文字を追い、出来そうな物と出来なさそうな物を分けていく。
飛ぶ武器はよくわからないけど、相手に向かって飛んでいく武器なら弓で良い気もする。
透明になれる魔道具は俺には無理そうだ。
「回復ポイントか……毒が出てくる罠を元に考えたら出来るかな」
ログアウト予定時間まであまり時間はないけど、その間に魔法陣と必要な素材を少しでも考えておかなければ。
カヴォロに可能であろう魔道具について返信をして、ウィンドウを閉じる。
なんとしても明日、それからその次の日の半日で、精霊さんを仲間にしたい。
出来ればさくっとテイムに成功して、魔道具を考える時間を確保したいけど……明日の俺の運がとんでもなく良い事を祈ろう。