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day97 精霊女王②

「たった2人加わったからといって戦況が変わるとでも?」

「2人? 本当にそう思うのかい?」


エアさんの言葉に、精霊女王が気配を探るように視線を動かした。


「……虫が湧いているな。可愛い精霊達、外へ」

「はい、女王様」


風が舞い、フェルダを囲んでいた精霊達が消える。


「集落のエルフ全員の願いだ。ならば、全員が動く」


部屋に向かってくる足音が聞こえてくる。


「エア様!」

「外の様子は?」

「均衡していますが、皆無事です」


外にエルフの集落の皆がいるのだろう。

今は無事のようだけど、誰一人として欠けて欲しくない。

リスポーンできる俺と違い、エルムさんとエアさん、それからエルフの集落の皆も、倒されたら二度と会うことは出来ない。


「……ライ君!? 大丈夫か!?」

「イーリックさん……大丈夫……ではないかも……」

「なんてことを……精霊とは、こんなにも……」

「違うよ……精霊さんは違う」

「……そうだな。彼女は、違う。

 エア様、《ライムタリスマン》は」

「ライ君は使った後みたいだから、従魔の皆に」

「はい、わかりました」


イーリックさんはジオン達に駆け寄り、《ライムタリスマン》を砕いてから、皆の口に含ませた。

ゆっくりとジオン達の瞼が上がっていく様子を見て、安堵の息を漏らす。


肺に呪いが回ってきたのだろうか。少しずつ、息苦しくなってきた。

体にはもう、ほとんど力が入らない。

なんの抵抗もできずに倒れる体をジオンが支えてくれた。


「ライさん……!」

「……ジオン。大丈夫?」

「ええ、ええ……大丈夫です。私は大丈夫ですが……!」

「ライ……そんな……」

「ライくん……ライくん……」

「いたい? くるしい?」

「大丈夫、大丈夫……なんとか、なるよ……」


ジオンに続いてリーノ、シア、レヴが俺に駆け寄ってくる。

全員俺の様子に悲痛に顔を歪ませている。動けない俺では慰める事も出来ない。


「すまないね、エルム。任せたよ」

「ああ、なんとかやってみるさ」

「……エルムさん、エアさんも……危なくなったら、逃げてね」

「その時は君も一緒だ。【旋風弾】」


エルムさんは旋風弾を放つと同時に走り、精霊女王の目の前まで詰め寄った。

放った旋風弾が精霊女王によって消失すると同時に、エルムさんが手を前へ出す。


「【炎龍】、【閃光龍】」


光り輝く龍と炎の龍が絡み合う様に精霊女王に放たれる。


「忌々しい。その程度の魔法が私に効くとでも思うのか?」


精霊女王は風となって、エルムさんの目の前から消える。

それを見越していたのか、2つの龍をそのままにエルムさんは床を蹴った。

エルムさんが移動した先に現れた精霊女王は、楽しそうに笑う。


「なかなかやるじゃないか。気に入った」


精霊女王はエルムさんに杖を振り下ろすが、エルムさんはその杖を避けて精霊女王へ蹴りを繰り出した。

その攻撃は避けられてしまったが、遅れてやってきた2つの龍が精霊女王に迫る。


「【風神柱】」


2つの龍を風神柱で相殺した精霊女王の頬に向かって、エルムさんの拳が飛ぶ。

精霊女王はその拳を冷えた目で一瞥し、最低限の動作でそれを避けた。


「エルフ如きが私の顔を狙おうとは、不敬にも程があるな」

「はっ。精霊如きが何を言う」


魔法も素手も、両方強いと言っていたガヴィンさんの言葉を思い出す。

この先エルムさんと戦う事になったら、確実に負けそうだ。


「……ぅっ……ぐ……」

「ライさん? ……ライさん!!!」


ずきんと一瞬心臓が激痛が走ったかと思うと、すっと痛みが引いた。

その瞬間、目の前が真っ黒になり、意識が途絶える。


「……はっ……」


すぐに意識を取り戻し、辺りを見れば、何一つ変わらない光景が広がっていた。

どうやらここがリスポーン地点らしい。いや、敵対エリアだからなのだろうか。


「……ごめん、死んだ」

「え!? 今俺ら瀕死になったのか……?」

「……一瞬、意識がなくなりましたね」

「ライくん、黒いのなくなってる!」

「もう大丈夫?」

「あ、本当だ。あー……でも、また」


どうやらリスポーンする度にまた呪いが始まるらしい。

解呪するまでは腐って死んでを繰り返す体になってしまった。

このままでは、上書きどころか、イベントもままならない。


「ライ! 無事か!? 無事だな!?

 君が異世界の旅人で良かったと、今日ほど思った事はない!」


振り下ろされた杖をいなしたエルムさんが、ポケットから掌サイズの小さな箱を取り出す。

エルムさんはその箱を床に叩き付けるように投げると、精霊女王から離れた。

その瞬間、箱からジオンの氷晶纏で纏う霧のオーラと良く似た霧が噴き出し、精霊女王を包んだ。

パキパキと音を立て、精霊女王の足元が凍っていく。


「貴様何を……!」

「魔道具も知らんとはとんだ世間知らずだな。

 自分達こそが至高の存在と、人を見下し思い上がる阿呆共には良い勉強になったろう」

「阿呆だと……? 貴様、私を阿呆と言ったか?

 はは! はははは!! 余程死にたいらしい!!」


精霊女王の体を拘束していた氷がバキンと砕け散った。


「少し遊んでやれば調子に乗りおって。

 もう良い。死ね」


精霊女王の怒りと呼応するように大気が震え、部屋の中の様々な調度品や壁、柱にピシリピシリと亀裂が走る。

先程までの風神弾や風神柱、風神龍とは違う暴風が部屋に吹き荒れ、かまいたちのように俺達の体を裂いて行く。


「っ……しまったな。怒らせ過ぎたか」

「エルムのほうが余程阿呆だよ。何をやってるんだい」

「いやはや……ここまで煽り耐性がないとは恐れ入ったよ」


そう言ったエルムさんの顔には焦りが滲んでいる。

魔法もそれから呪いも、精霊女王にとっては遊んでいるだけだったのだろう。

自然そのものであると言うことは、天災さえも引き起こせる。


「エア! まだ準備はできんのか!?

 いつまで時間を稼がせるつもりだ! このままでは全滅だ!」

「エルムのせいでね。あと少しだよ」

「どれだけ時間が掛かるんだ! 使えんな!」


呆れを浮かべたエアさんは、小瓶をエルムさんに投げた。

受け取ったエルムさんは中に入った液体を飲み干す。


「ごめんね、ライ君。

 君達にも渡したいのだけれど、私達を優先するよ」

「ん……うん。俺達は、大丈夫」


恐らくポーションなのだろう。

ジオン達には本当に申し訳ないけれど、俺達は何度でも復活できるので大丈夫だ。


「ふふ……何か企んでいるようだが、無駄だ」

「言ってろ。時間を稼ぐ程度、私にも出来る。

 出来ればこれは使いたくはなかったがね……ライ、ヤカに借りた物を貸してくれ」

「ん……うん」


俺が頷くと同時に、首元に掛かっていたネックレス、それからシアとレヴのポケットに潜ませていた水晶玉が4つ、ふわりと宙に浮いた。

ふよふよと浮かんだそれらは、エルムさんの元まで移動していく。


「……エルム。考え直す気はないのかい?

 私はやはり……反対だ」

「なぁに。怒らせた責任は私が取るさ」


そう言ったエルムさんは、俺に視線を向けて微笑んだ。


「君が助けてくれるだろう? ライ」


その瞬間、エルムさんの周囲にいくつも魔道具が現れた。

エルムさんの周りを囲む様に浮かぶ魔道具が、1つずつ起動していく。

最後に、4つの水晶とヤカさんのネックレスがそこに加わると、ぶわりと黒い霧が噴き出した。


噴き出した霧によって、魔道具が全て真っ黒に染まっていく。

その闇や魔道具の禍々しさに覚えがあった俺は、立ち上がろうと体に力を入れる。

が、呪いが広がるのが早過ぎる。もう既に足まで腐敗が広がっていた。


「エルムさん、待って!!!」


禍々しさが増していく霧の中心で、エルムさんは真っ直ぐに精霊女王を見据えていた。


「貴様……! 貴様何をするつもりだ!!」


初めて精霊女王の顔が焦りに歪む。

その表情を見たエルムさんはにやりと笑って、闇を操作するように手を動かした。

禍々しい闇が幾本ものリボンのように変化していく。

やがて全ての闇が変化すると、精霊女王へと向かい、体に巻き付き始めた。


「ぐっ……なんだこれは……! 今すぐこれを止めないか!

 やめろ……やめろおおおお!!!」


精霊女王に巻き付く闇からぼとりぼとりと黒いヘドロのような何かが落ちる。


「はは……精霊女王にも利くとは……さすが師匠だ……」


精霊女王は体を折り、苦しさから逃れようとしているのかがりがりと頭を掻き毟った。

髪の隙間から見えたエルムさんを睨み付ける目には、憎悪だけが映っている。


「まあ、このネックレスのお陰か……後でヤカに、謝らなければな……」


ぐしゃりとエルムさんが膝をついた。

肩で息をして、辛そうに顔を歪めている。


「ふ、ざけるなよ……! エルフ如きが……! ふざけるなあああ!」


ブチブチと派手な音を立て、闇の帯が切り裂かれた。

はらりと地面に落ちた帯は1つの闇へと戻り、そして。


心臓に走る激痛と共にぷつんと意識が途切れる。


「……エルムさん!!!」


意識が戻った俺は、真っ直ぐにエルムさんの元へと走る。


「ライ!! くるな!!!」


あの闇もヘドロのような何かも、堕ちた元亜人のそれとそっくりだ。

あれは誰かを堕とすような、そういう魔道具なのではないか。

そしてそれが今、エルムさんに返ってきている。

呪いなのだろうか。呪いなのであれば、俺には効かないはずだ。


エルムさんを突き飛ばし、迫りくる闇を全て受ける。


その瞬間、憎悪や哀傷、怨嗟等の様々な負の感情が濁流のように頭の中へ流れ込んできた。

耳を塞いでも止むことのないたくさんの悲鳴や怒号、絶叫が頭の中に響く。

締め付けるような喉の痛みに、俺が叫び声をあげている事に気付いたが、頭の中に響く数々の絶叫のどれが自分の声なのか分からない。


『異世界の旅人の堕落を確認しました。

 堕罪への変換を開始します』


そんなアナウンスと共に、俺の意識はまた途切れた。


『変換が完了しました。

 新たに『特性』及び、特性に『堕罪』が追加されました』


「ライ!!!」


目を開いて最初に見たのは、絶望に顔を歪めたエルムさんだった。


「エルムさん……無茶するなぁ」

「君に言われたくない!

 堕ちると分かっていて飛び込んでくる馬鹿がいるか!」

「ええ……エルムさんがそれを言うの……?」

「はいはい。2人共、一旦そこまでにして。エルムへの文句は後で」


エアさんはそう言って、蹲り頭を抱えている精霊女王の姿に目を向けた。

あの声や感情が後を引いているのだろうか。

俺は2回目のアナウンスが聞こえた瞬間から、まるで空白ができたかのように、あの時の濁流を思い出せなくなっていた。

それが酷く辛く苦しかった事は思い出せるのに、何を見て何を聞いたかは浮かんでこない。


「ここまで弱っているのなら、必要ないかもしれないけれど。

 念には念を入れておかないとね。危険な相手だ」


エアさんが、精霊女王の周りをぐるりと歩きながら、コツリコツリと小さな宝石を落としていく。

その宝石はつるりとしていて、《ライムタリスマン》によく似た宝石だ。


最後にエアさんが杖を床に打ち付けると、精霊女王の周囲を囲んでいた宝石がふわりと消え、代わりに部屋の壁や床から幾本もの光の柱が現れた。

交差したたくさんの光の柱が、じわりじわりと縮小し、精霊女王を囲んで行く。

まるで鳥籠の中に閉じ込められたかのようだ。


縮小が終わると、中にいる精霊女王が目を見開いて苦しそうに藻掻き始めた。

見ていられなくて顔を背けると、エルムさんにぐいと顔を戻される。


「この檻は、入れられた者への怨恨や憎悪が具現化する檻だ。

 1人2人から少し恨まれている程度では何も起きない。余程恨みを買わんとこうはならん。

 私もあちこちから恨みは買っているがね。私が入れられたら……まぁ、腹が痛くなる程度だろうな」


藻掻き叫ぶ精霊女王の姿に、先程までの余裕は欠片も残っていない。

どれだけの恨みを買って、どれだけの苦しみなのか。


エアさんの杖が床を打つと、精霊女王がぐしゃりと頽れた。


「さて……精霊女王。最後の取引をしよう」

「……解けば良いのだろう! 解いてやるさ!」


俺を睨み付けた精霊女王は、傍に落ちていた杖を握って、何かを呟く。

その瞬間、体に広がっていた黒が全て消えた。

呪いが解呪されたことが分かり、ほっと息を吐く。


「……全く……甘い男だよ」

「彼女が望まないだろうからね。

 それに、ライ君だって望んでいないだろう?」


その言葉に、精霊女王の姿を伺えば、解呪の影響が出ていない事がわかった。

ハッピーエンドとは言えないかもしれないけど、呪いも解けたし、誰も欠けていないのだから、それで良い。


「……彼女……イリシアさんの呪いは」

「解いた! 充分だろう! これ以上私の矜持を傷付けるな!!」

「ここまでされてそれだけの口が利けるとは……呆れて物が言えないな。

 これだから精霊の王ってやつは嫌いなんだ」

「今すぐここから去れ! 次に顔を見せた時は、猶予も与えず殺してやる。

 貴様達はこの先、全ての精霊の集落に立ち入る事は出来ないと思っておくが良い」


真っ直ぐに俺を見て放たれた言葉に、頷く。


「俺だって、二度とこんなとこきたくない」

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― 新着の感想 ―
[一言] あとはテイムするだけ。 心配なのは堕罪。これは祝福の力とかで治すしかないのかな?
[一言] 流石に難易度高いと言ってもクリア出来ない 作りにはしないものな。 ライでなければクリアできなかっただろうけど。 ただいらん属性が付いてしまったな、今後が 心配ですよ。
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