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day97 精霊女王①

ふわりと風が舞うと同時に、玉座にいた精霊女王の姿が消えた。


「っ!」


ぶわりと湧き上がった嫌な予感に後ろへ飛べば、ひゅっと風を切って、俺の目の前に杖が振り下ろされた。


「ほう、避けたか。運は良いらしい。

 魔法を使わずとも一瞬でけりを付けられると踏んでいたが、考えを改めなければならないようだね」


愉快そうに俺を見る精霊女王から距離を取り、手を翳す。


「【黒炎弾】」


最初から全力だ。出し惜しんで勝てる相手ではない。

俺の周辺を包む熱気に、妖精女王が目を見開いたことがわかる。


「はは、はははは! 貴様、鬼神か!

 気に入った、気に入ったよ! ああ、今すぐに貴様を宝石の中に閉じ込めてしまいたい!」


掌から放たれた黒炎弾は、精霊女王へと向かって行く。

すっと口角を上げた妖精女王は、杖をこんっと地面に打ち付けた。


「【風神弾】」

「! 風神……!」


強い風が吹き荒れると共に、風神弾が展開される。

精霊女王の目前まで迫っていた黒炎弾に風神弾がぶつかり、目も開けていられないような閃光が辺りに広がった。


「は……なん、で……」

「ふふ、はは、良い魔法だった。まさか私の風神弾と同等の威力を持つとはな」


最上級の属性同士の衝突によって、霧散してしまった黒炎弾に目を見開く。

黒炎弾が使えない。いや、相殺できないような場面で使えば希望はあるかもしれない。


刀を抜いて構える。まだ、負けていない。


「さて、始めようか」


そう言った精霊女王がこんっと杖を鳴らすと、精霊女王を囲むように大きな宝石が乗った台座が5つ現れた。

もう一度杖を鳴らすと、1つの台座に乗った宝石が強く緑色に光り始める。


「全ての宝石が光り輝いた時、それは貴様が呪いを受ける時だ」

「……その間に呪いを中断させる」

「はは、精々頑張ると良い。【風神柱】」


竜巻のような、いや、それ以上の何かが、風の柱となって俺の周りにいくつも吹き上がった。

まるでかまいたちのような風が俺の腕や足を切り裂いていく。

見る見るうちに減って行くHPに死を覚悟するも、後僅かと言うところでぴたりと風が止んだ。


慌ててクイックスロットから《中級ポーション》を取り出して、飲む。


「ふふ、まだ楽にはさせないよ」

「……っ!」

「もっと私を楽しませるんだ!

 さあ、私の可愛い精霊達よ、おいで」


風神柱とは違う風が辺りに巻き起こり、同時に精霊が3人現れた。


「あらあら! さっきの子よ!」

「まあ、何をしたのかしら。女王様がお怒りだわ」

「馬鹿な子だ。大人しく瞳を差し出していれば、こんなことにはならなかっただろうに」


精霊女王だけでなく精霊達の相手もしなければいけないらしい。

それも、ぎりぎり死なない程度で止められて、俺が慌てふためく姿を楽しむために。


「女王様、綺麗な青色の角は私が貰っても良いかしら?」

「好きにしなさい。従魔達に興味はない」

「ま、待って! やめて! ジオン達に手を出さないで!」


精霊女王の傍から、ジオン達の元へ走る。


「【風神龍】」


俺とジオン達の間に大きな風神の龍が湧き出る。初めて見る魔法だ。

風神龍は大きく口を開き、俺に向かって風を巻き起こしながら飛んできている。

あまりの大きさとその威圧感に体が動かない。避けなければと頭では分かっているのに。


「ライ!! 走れ!!!」


聞こえてきた声に、弾かれた様に体を動かし、風神龍から逃れるために走る。

いくらMNDが高いと言っても、あれを受けてしまえば一溜りもないだろう。


魔法なのだから、その内消えるはずだ。

風を巻き起こしながら、物凄い速さで迫ってくる風神龍から逃げ続ける。


「その龍は早いぞ。貴様に逃げ切れるかな?」

「っ……逃げ切れる!」


部屋内の柱や調度品に被害はあれど、巻き起こる風が他の誰かを傷付けていない事を見るに、風神龍は単体攻撃のようだ。

俺を追う風神龍から逃げ続ける。


「はっ、はぁ……」


走って走り続けて、漸く消えた風神龍に、深呼吸を繰り返す。

普段なら同じだけ走り続けたとしても、ここまで息が乱れる事はないのに。


息を整えながら、先程の声の主に視線を向ける。

そこには精霊達からジオン達を守るフェルダの姿があった。


「……フェルダ、どうして……」

「俺にはもう呪いはこれ以上入らないからね。

 すぐに目は覚めたんだけど、ご丁寧に色んな呪いをかけてくれたみたい」


なるほど黒龍の呪いだ。弱い呪い同士はいくつでも重なってしまうけど、強力な呪いは1つだけしか入らない。

強力な呪いを既に受けていると、その呪いよりも弱い呪いは少しずつ追い出されてしまうらしい。


「ジオン達は俺に任せて。連れて行かせない。

 ライは精霊女王を」

「うん! 任せたよ、フェルダ! 【従魔強化】!」


呪いのお陰なんて、言いたくはないのだけれど。

けれど、今回はそのお陰でフェルダが起きられた。

呪われるわけにも、ジオン達を連れて行かれるわけにもいかない。


「これはこれは……既に呪われた者がおったか。

 まあ、1人起きたからと言って、何が変わるでもない」


2つ目の宝石が光り輝く。あと3つだ。

光り輝く宝石に視線を向ける。あれを壊してしまえば、呪いの手順が中断出来ないだろうか。


地面を蹴り、宝石へ刀を振りかぶる。


「ふふ……愚かだな」


そんな俺を止める事なく、精霊女王は蕩けるような笑みを浮かべていた。

その様子に嫌な予感がして、振り降ろしていた刀を、ぎりぎりのところで止める。


「おや? 壊すのでは?」

「……やめとく。【強化】」


壊せないのか、それとも壊しても意味がないのか。

わからないけれど、あの宝石に手を出すのはやめた方が良いだろうと感じる。


本当は精霊女王と戦いたくなんてないのだけれど、そうも言っていられない。

術者である精霊女王を止めるしか、呪いを中断させる方法はなさそうだ。


精霊女王に向かって飛び掛かるように刀を振るう。

しかし、そう簡単に刀が届くはずもなく、精霊女王が持つ杖によって刀を止められてしまった。


「っ……【刃斬】!」


スキルを使っても結果は変わらず。

続けて何度も刀を振るうが、その全てを杖で受け止められてしまう。


また1つ、宝石が光り輝く。


「ほら、あと2つだぞ。その程度の攻撃で私が止められるとでも?」

「っ……! 思わない、けど……!」


視界に表示されたフェルダのHPが3分の1を切っている。

精霊女王から距離を取り、フェルダに従魔回復を使う。

スキルレベルが高いわけではないので、回復量はそう多くない。


「フェルダ!」


視線は精霊女王から外さずに、《中級ポーション》を取り出し、フェルダがいる方向へ投げる。


いつまた魔法が飛んでくるかわからない。

俺の黒炎弾のクールタイムはまだ回復していないけど、精霊女王の風神弾は同じクールタイムなのだろうか。

自然の力というのが、どれだけの力を持つのか。


フェルダのHPが回復したことをHPバーで確認して、安堵する。

ちゃんとフェルダの元に投げられていたようだ。

先日の後方と前衛の練習の成果だろうか。フェルダが台座の向こう側で動いているのが分かる。


「ふふ、威勢が良いな。よく動き回る。

 私は一歩も動いていないと言うのにな」


その言葉に、唇を噛み締める。

最初俺に杖を振り下ろした時から、精霊女王は一歩も動いていない。

台座が囲む中心で、一歩も動かずに俺の攻撃を杖で受け止め続けている。


「ほら、あと1つ。もう時間がないぞ」


刀を握る手にぐっと力が入る。

何度刀を振るっても、一太刀も浴びせる事が出来ない。


「なんてな」


心底愉快だと言う表情を浮かべて、精霊女王は床を杖で打った。

その瞬間、最後の宝石が光り輝く。


「いつでも完成させられる。なかなか悪くない余興だった」


ただ遊ばれていただけだと分かり、悔しさで歯を食いしばる。

止めることなんて最初から出来なかったんだ。

時間を伸ばすも縮めるも、精霊女王次第だった。


「……最低」

「ふ、はは、はははは! 言葉に気をつけろと言わなかったか?」


もう一度精霊女王が床を杖で打つと、5つの緑色に輝く光が、俺へと真っ直ぐに伸びた。

呪いから逃げられない事を悟った俺は、クイックスロットに登録しておいたエアさんから貰った宝石……《ライムタリスマン》を取り出して、ぎゅっと握り締める。


「ライ!!!」


『警告。『精霊の呪い:腐敗』を受けました。

 この呪いは解呪するまで継続します』


その瞬間、俺の体からぶわりと嫌な気配が辺りへと広がるのが分かった。

この呪いは、周囲にも害を及ぼす呪いだ。早くなんとかしないと、フェルダやジオン達も巻き込んでしまう。


《ライムタリスマン》を口に入れ、噛み砕く。

バキンと脳にも響く音を立てて砕けた《ライムタリスマン》を何度も噛み砕き、ざらざらとした破片が舌の上を撫でた事を確認してから、ごくりと飲み込む。


「っ……ぐ……」


痛みもなく、咽ることもないが、尖った欠片が喉を通って行く感覚に不快感を覚える。


全てが喉を通ると同時に、俺から広がる嫌な気配が、俺の中へと全て戻ってきた。

どうやら周囲には害を及ぼさなくなったようだ。


「……貴様、何をした」

「呪いの軽減……周囲に害を及ばさなくなっただけで、俺の腐敗は進むみたいだけど」


左の指先からじわじわと力が抜けていく。視線を向ければ、俺の手の甲が真っ黒に染まっていた。

黒くなるだけで良かった。自分の皮膚が腐る様を見ないで済んだ。


俺達はもう精霊の集落に足を踏み入れた。それはつまり、リスポーン地点はこの集落だという事だ。

《帰還石》で逃げても、死んでリスポーンしても、すぐに精霊女王に見つかるだろう。


「さて、いつまで動き回れるのだろうな」


玉座から俺の目の前まで移動した時と同じく、精霊女王が消えた。

ぶわりと後ろから魔力を感じ、振り向きざまに刀を薙ぎ払えば、こちらに振り下ろされていた杖を弾き返す事が出来た。


左手の指先からじわりじわりと広がる呪いは、今は左肩まで届いている。

思っている以上に呪いが広がるのが早い。

だらりと垂れ下がった左腕は、ぴくりとも動く気配がない。


リスポーンした後も動かないままなのだろうか。それとも、回復してまた腐り始めるのか。


「【風神龍】」


どうしたら切り抜けられるだろう。

向かってくる龍から逃げ回りながら、対抗策を考える。


精霊女王に呪いを解いて貰う事は諦めた。

なんとかして、全員を連れてここから出なければ。


けれど、そんな考えはすぐに絶望へと変わることとなった。


「……え……?」


がくんと、膝が折れる。

何かに躓いたわけじゃない。急に、力が抜けた。


「う、そ……足が……」

「左手からのみ広がると思っていたのか?

 それはそれは……随分お目出度い頭をしているようだ」


杖を鳴らす音と共に、今まさに俺を頭から飲み込もうとしていた龍が消え去った。

コツコツとヒールの音を鳴らしながら、精霊女王が俺の目の前までやってくる。


「私の可愛い精霊達、あの男をこちらに近付けないように」

「ええ、女王様。お任せくださいな」

「くそ……! ライ! 今行く!」

「フェルダ!」


きゃらきゃらと笑う精霊達の攻撃に阻まれるフェルダが、こちらへ手を伸ばした。

その手に右手を伸ばそうとして、動かなくなっている事に気付く。


「ああ、良いね。絶望に染まる色も綺麗だ」


そう言って、ゆっくりと俺の瞳に指を伸ばした。

瞼の上に触れた細い指にぐっと力が籠る。


「【光華龍】」

「【旋風龍】」


どこからか聞こえてきた2つの声に、精霊女王が弾かれた様に後ろへ飛んで、これまでで一番大きな音を立てて杖を床に打ち付けた。

その瞬間、精霊女王を目掛けて飛んできていた2つの龍が霧散する。


「……何故……何故、貴様がここにいる?

 貴様は昔、森と共に呪ったはずだ。また呪われにきたのか?」

「祖父の話かい? 私は呪いを受けた覚えはないよ」

「エアさん……!」

「ごめんね、ライ君。遅くなってごめん。

 私達の願い。そして先祖の悲願。受け継がれてきた願い。

 その全てをライ君に押し付け、高みの見物かと怒られてしまった」


こつりこつりと地面を叩く足音が2人分、背後から近付いてくる。

顔を向けようと体を動かすが、まるで体の動かし方を忘れてしまったかのように、力が入らない。


「ああ、そうだ。私達は何もしていない。ただ、願っていただけだ。

 だから、私達の願いを叶える為に、私達も動かなければいけない」

「ふ……はは、はははは! そうか、子孫か。あの集落の……!」

「耳障りだ。その口縫い付けられたくなければ、今すぐ黙れ。

 私は今、機嫌が悪い。何故か分かるか?」


もう1人の足音の持ち主の声に目を見開く。


「私の可愛い愛弟子を呪ったのはお前か?

 返答には気をつけろよ。堕とすぞ」

「……エルム、さん……?」

「ライ、遅くなってすまないね。

 石ころ1つ渡して精霊の集落に送り出した馬鹿の尻を叩くのに、時間が掛かったんだ」

「今回ばかりは何も言い返せないね。

 ライ君、後は私達に任せてくれ」

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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、滅ぼすべき存在だね。 腐敗の呪いは不死の呪いで上書きすれば良いだけなんだし、跳ね返って困るのは女王だけ。
[一言] ただ倒せば言う事聞いてくれそうな性格は してなさそうだ。 後はどうやって精神をへし折るかですな。
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