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day8 はじめての転移陣

「あ、一気に4つもレベルが上がってる」

「おめでとうございます。私も3つ程上がったようです」

「さすがヌシだね。格上の相手だったってのはあるだろうけど。

 そろそろ行こうか。また出てきたらさすがに無理だし」

「一度ヌシを倒したらその後はこちらから攻撃しない限りは敵対しないそうですよ」

「そうなんだ?」

「はい。ですが、いつまでも寝ているわけにはいきませんし、行きましょうか」


ゆったりと体を起こし、立ち上がって周囲を見渡す。

辺りはすっかり夕日に染まっている。直に暗くなりそうだ。


ヴァイオレントラビットが最初にいた場所の先を見れば、離れた場所に山に挟まれた関所が見えた。

小さく息を吐いてから、関所へ向かう。

20時間以上起きていると睡眠不足となり疲労状態になるとはヘルプに書いていたが、もしかしたら隠し要素で疲労度があるのではないかと思う程に疲れている。

精神的なものだろうけれど。


「弐ノ国にようこそ。

 異世界の旅人だな?」


関所にいる兵士さんの言葉に首を縦に振って応える。


「弐ノ国は3つの街と、それからいくつかの村から成る国だ。

 壱ノ国の街へ帰る時や一度訪れた街へ行きたい時は転移陣を利用するといい」

「ああ、転移陣……一度訪れたら行き来できるんだっけ」

「そうだ。金はかかるがな。

 元は噴水広場にあったものだが、冒険者ギルドが出来てからはそちらに移動している」

「そうなんだ」

「この先……見てみろ、あっちだ。街があるだろう? 見えるか?」


兵士さんが指差す先を見れば、少し離れた場所に街が見える。


「うん。見えるよ。大きな街だね」

「そうだろうそうだろう。壱ノ国から訪れて一番最初に行く街、アリーズ街だ。

 ここからすぐだが、道中にはモンスターがいるから気を付けろよ。

 まぁ、ヌシを倒した君達なら問題はないだろうが」

「どうかな……満身創痍だから」

「ふむ。では走って行くといい。

 それに、急がなければ夜になってしまうぞ」

「それもそうだね。走って行くことにするよ。

 冒険者ギルドの位置ってわかりやすい?」

「ああ、冒険者ギルドに行くにはまず……」


俺の質問に兵士さんは細かく道を教えてくれた。

面倒見の良い人のようだ。


「ありがとう。お陰で迷わずに辿り着けそうだよ」

「ああ、良い旅を」

「ありがとう」


関所を抜けて街へ向かって走る。

ちらりと横目で辺りの様子を伺うと、あちこちに花が咲いており、その周囲には頭程の大きさの蜂がぶんぶんと飛び回っていた。

針に刺されるところを想像して、体がぶるりと震える。


少しだけ迂回しながら花の咲いていないところを選んで進んで行けば、蜂と戦闘することなく街の門へと辿り着くことができた。


「到着、と。色々探索したいとこではあるけれど、今日はもう疲れちゃったな」

「ええ、そうですね。宿を探しますか?」

「んー転移陣を使ってみたいから、はじまりの街へ帰ろうかな」

「なるほど。では、そうしましょう」


兵士さんに教えてもらった道を進んで行く。

レンガ造りの建物が多いはじまりの街と違い、アリーズ街は石造りの建物が並んでいて荘重な印象を受ける。

迷うことなく辿り着いた冒険者ギルドも石造りの立派な建物で、少し緊張しながら扉を潜り抜けた。


中ははじまりの街より広いが、雰囲気は変わらない。

肩の力を抜いて受付へ向かう。


「こんにちは。冒険者の登録は各街で必要かな?」

「いいえ。必要ありませんよ。

 ですが、受領した依頼の達成報告は、その依頼を受領した冒険者ギルドでしかできませんのでお気をつけください」

「了解。転移陣を使いたいのだけど」

「転移陣のご利用はどこに転移する場合でも、1回1人1,000CZです。

 貴方様の場合は2人分2,000CZですね」


序盤の今だと少し高く感じるけれど、この先どれだけ遠い場所でも1人1,000CZで行けるのはありがたい。

今日は疲れているから、それから試してみたいから転移陣を利用するが、アリーズ街とはじまりの街程度の距離なら利用せずに歩いて移動したって苦にはならない。


「転移陣はあちら、カウンターを背にして左奥、三日月の銀細工が飾られている扉の部屋にあります。

 転移陣受付は部屋の前にありますので、転移陣をご利用の際はそちらで受付をお願いします」


受付の女性が示した方向へ視線を向けると、銀細工はここからでは見えないけれど扉の横に受付が見える。


「ありがとう」


受付の女性にお礼を言って、転移陣受付へ向かう。


「こんにちは。転移陣の利用、2人です」

「はい、こんにちは! 2名様ご利用で2,000CZですね」


ウィンドウに2,000CZを入力する。


「確かに受け取りました。

 それでは中へどうぞ」


三日月の銀細工が飾られている扉を開ける。

狭い部屋だ。床一面に大きな魔法陣が描かれている。

壁に掛けられた松明がゆらゆらと揺らめき、なんとも怪しげな雰囲気を醸し出している。


「えーと……これが転移陣、かな?

 ジオン知ってる?」

「いえ、存在は知っていましたが、私も使ったことはないので……」

「まぁ、上に乗ったらいいのかな」


描かれた転移陣の中心に立つと、ウィンドウが現れた。

行先を指定できるようだが、現状ははじまりの街しか表示されていない。


ジオンが隣に立っていることを確認して、『転移』と書かれたアイコンに触れると、足元の転移陣が光り始めた。

その光は俺達を包み、そして、視界の全てが光に包まれる。

眩しさに目を細めて様子を伺っていると、徐々に光は収まっていき、やがて、消えた。

足元の転移陣の光も消えている。


「これで転移完了かな?」

「恐らく……」


数秒前となんら変わりのない辺りの景色に首を掲げる。

扉の外に出てみるしかないだろう。


扉を開き、様子を伺ってみれば、レンガの壁が見えた。

転移完了だ。ほっと息を吐いて部屋から出て扉を閉める。

依頼を達成しに行こう。


アリーズ街の冒険者ギルドではプレイヤーは見かけなかったが、こちらはプレイヤーでごった返している。

受付に並ぶ列に並んで、順番を待つ。


時間を確認してみると『CoUTime/day8/19:47 - RWTime/21:33』だ。

この時間なら宿で夕食は食べられそうだ。


ログアウトはどうしようかな。

昨日……RWTimeの昨日は、ゲーム内に約3日いて、2日ログアウトしていた。

あと1日くらいはこちらで過ごしたい気持ちはあるが、そうなると寝るのが遅くなってしまう。

日課の筋トレもしなければならいないし、朝は8時に起きて走りに行かなければならない。


不健康な生活をしていたらますます病弱な印象を持たれそうで睡眠時間を削ることに抵抗はあるが、1時間くらいなら削ってもいいかもしれない。

今は毎日8時間睡眠だけど、理想的な睡眠時間は7時間だと聞いたこともある。


今日は昨日と同じくらいにログアウトするとして、明日からは筋トレの時間を寝る前ではなく夜ご飯の前にしよう。

そうしたら、丸1日は無理だけど半日はログインしていられる。


そんなことを考えていると、順番が回ってきた。

受付の女性に依頼達成の報告をする。


「達成おめでとうございます」


ウィンドウに表示された報酬金3,800CZを確認して『達成』アイコンを押す。

所持金は38,147CZ。ポーションの分を考えると達成報酬だけではマイナスだ。


「戦利品はいかがいたしますか?

 ヴァイオレントラビットの素材は納品依頼もありますよ」

「んー……まだ鑑定してないから、今はやめとこうかな」

「承知いたしました。

 他にご用はございますか?」

「大丈夫だよ。ありがとう」


笑顔で応えて受付から離れ、宿へ向かう。

部屋を取って、食堂で夕食を取る。

相も変わらずシチューとパン。日替わりで変わったりはしないようだ。


食べ終わったらそのまま食堂で食休み。

グラスの水を飲みつつ、ヴァイオレントラビットの素材を鑑定していく。


「えーと……毛皮、爪、お肉、角……わ、お肉10個もあるよ」

「大きいからですかね?」

「そうかも。毛皮も3個あるし。

 角と爪は使う? お肉はともかく、ヌシの戦利品だし強い武器が作れそうだけど」

「そうですね。刀に使えるかはわかりませんが」

「一応取っておこう。

 毛皮とお肉は……あ、お肉は串焼きの人に聞いてみようかな」


とは言え、また会えるだろうか。

露店広場で露店を開いていればいいけど、食材不足のようだったし。


「串焼きの方でしたら、さっき2階に上がって行くのを見かけましたよ。

 同じ宿なんですね」

「……そうなの!? え? いつ?」

「私達が食堂に入った頃ですね」

「そうなんだ……俺、全然気付かなかったよ……」


夕食を取る前だったらここで待っていたらくるかもしれない。

でも、料理スキルを持っているだろうから自分で作った料理を食べる可能性は高い。

それに、何より待ち伏せをするのは気が引ける。


「そろそろ部屋に戻ろうか」


席を立ち、鍵に書かれた部屋番号を確認する。

2階だ。ストーカーのようになっている気がするが、もちろんそんなつもりは毛頭ない。


食堂を出て、階段へ向かう。

一段目に足を掛けた時、上から人が降りてくる気配がした。

頭を上げると、その人物と目が合う。


「……ストーカーじゃないからね」

「は?」


そこには串焼きのプレイヤーがいた。

噂をすればなんとやら、運が良かった。それだけだ。


「ううん、なんでもないよ……お肉10個あるんだけど、もう足りてたりする?」

「……いや、自分で狩りに行っていたが、あまり成果はない。

 取引してくれるか?」

「もちろん。ヴァイオレントラビットのお肉なんだけど、使える?」

「は?」


お世辞にも表情豊かとは言えない男性の目が見開かれる。


「えーと……使えない、かな?」

「いや……階段で話していたら邪魔になる。場所を変えよう」

「ああ、そうだね。食堂に行く?」

「……いや、俺の部屋にきてくれるか?」

「え? 部屋に行っていいの?」

「ああ。3人は狭いだろうが」

「それじゃあ、俺の部屋にくる? ツインだから狭くはないと思うし」


男性が頷くのを確認して、3人で部屋に向かう。

部屋に入り扉を閉めると男性が口を開いた。


「《ヴァイオレントラビットの肉》と言ったな? 倒したのか?」

「ぎりぎりだったけどね。お陰でくたくただよ」

「そうか……強いんだな。エリアボス……ヌシと呼ぶんだったか。

 ヌシを倒しているやつはまだほとんどいない」

「そうなんだ。まぁ、俺もジオンがいなかったら無理だったよ。

 無謀な挑戦だった自覚あるし」


ジオンがいてもぎりぎりだったのだ。

それに、弐ノ国で鉱石を取るという目標がなければこんなに急いでヌシ討伐を試すこともなかったと思う。


「あんた……悪い。名前聞いてなかったな」

「俺はライだよ。君は?」

「俺はカヴォロ。ちなみに、イタリア語でキャベツだ」

「キャベツ好きなの?」

「食べ物はなんでも好きだ」


数ある食べ物の中でキャベツを選んだのか……。


「それで、ライ。取引についてなんだが」

「ああ、うん」

「出来れば全部欲しいが、現状他に手に入れてるやつが極めて少ない希少な物だ。

 そもそも売っているところを見たことがないので相場がわからない」

「なるほど。俺もわからないや」

「ライには恩がある。なるべく高く買い取りたいが全財産で足りるかどうか……」

「恩……お肉のことなら気にしなくていいよ。

 それに全財産なんて受け取れないよ。他に必要な物だってあるでしょう?」

「それは、そうだが……」

「この先どうせみんな倒すんだから、希少でもなんでもなくなるよ」


一度しか戦えないならともかく、何度でも戦えるわけだし。

希少なのは今だけだろう。


「……明日、街での売却金額を聞いて、その倍を出す」

「同じでいいよ。カヴォロのことがなかったら街で売っていただろうし」

「だめだ。そういうわけにはいかない」

「そ、そう……それなら、それで。

 でも、俺明日はいないけど」

「そうか……では、次にログインした時、昼頃に露店にきてくれるか?」

「それは構わないけど、カヴォロの店は人気だから邪魔になるんじゃない?」

「ああ……まぁ、そう長くは続かないだろう。

 もし並んでいても直接俺のところにきてくれていい」

「いいのかな……」

「客じゃないんだから気にしなくていいだろ」


それはそうだけど、気になってしまう。

まぁ、カヴォロが良いって言うなら良いか。


「わかった。そうするよ」

「ああ。ありがとう。

 それじゃ、部屋まで押しかけて悪かったな」

「ううん。それじゃあまたね」

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