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day96 最後の準備

「……は? 遺物? いや、待って。宝典の事まで知ってんの?」

「あー……詳しくは知らないけど、遺物や宝典が秘匿されてるって事は知ってるよ」

「あーそう……隠して損した。

 で、この手紙、ね。ちゃんと全部持ってきた?」

「うん。遺物は壁の中にあるみたいだったから、持ってこれなかったけど……」


全てをアイテムボックスに入れて部屋から抜け出た俺達は、早速アクア街に向かい遅めの昼食を取って、ヤカさんに会いに来た。

店に入ってきた俺達の姿を見たヤカさんは、嬉々として店を閉じて、ヤカさんの家に案内してくれた。


「うちに隠しとくことは出来るけど……いや、ライが持ってたが良いね」

「でも俺、異世界の旅人だし……」

「だからこそってのもあるけど。ネーレーイスの集落の長が守っていた情報を、異世界人が持ってるなんて誰も思わないでしょ。

 それに、ネーレーイスの仲間がいるんだから、この先違うネーレーイスの集落に行くこともあるだろうし」

「なるほど……それまで預かってもらうってのは?」

「預かるのは良いけどね……正直、厄介事に巻き込まれそうで嫌だ」

「そ、そっか……それじゃあ俺の家に、置いておくよ」


お客さんが来ることもそんなにないし、2階の素材置き場の奥にでも置いておけば知られることはないだろう。

もしくは地下を増築して、鍵をかけて隠しておくか。


「俺も聞かなかったことにするから、ライも……まぁ、婆さんには話して良いと思うけど。

 内緒にしてなよ。どこから漏れるかわかんないから」

「うん、分かった。兄ちゃんにも話したらだめ?」

「あー兄貴いるんだっけ。

 まぁ、どんなやつか知らないから、ライが考えて」


兄ちゃんには話しても大丈夫だろう。誰よりも信頼出来る。


「で、ネーレーイスの呪いも見つかったって?」

「うん! これ!」


アイテムボックスから本を取り出して、テーブルの上に置く。

ヤカさんはそれを手に取り、頁を捲った。


「……これは駄目。これも……多分、駄目」


ヤカさんって実は呪い師さんだったりするのかな。

いやでも、呪術スキルは使えないって言ってたから違うか。


次々に頁を捲り、そこに書かれた呪いが精霊の呪いに対抗できるか判断していくヤカさんを眺める。

後半の頁で手を止めたヤカさんは、そっと本をテーブルの上に置くと、目を伏せた。


「……ふ、はは……馬鹿みたい。

 みんな、これを求めて魔物になったってのに。

 なんの興味もない僕が見つけるなんてさ」

「……魔物に……?」

「はは……あーあ……。

 ……これ。これなら対抗できるはずだよ」


トンと文字の上でヤカさんの指が踊る。

そこには『ネーレーイスの呪い:不死』と文字が並んでいた。


「不死……これは呪いなの?」

「呪いだよ。どれだけ苦しくても、体がぼろぼろになっても、死ねないんだから」

「そっか……」


呪いの事よりも、先程のヤカさんの発言が脳内を巡る。

不死を求めて魔物になった……つまり、魔物のリッチは亜人のリッチの成れの果てということだろうか。

この先出会う魔物のリッチには、ヤカさんの家族がいたりするのだろうか。


ぱらりぱらりとヤカさんの指が頁を捲り、最初のほうの頁まで戻る。


「ここ。ネーレーイスの呪いはネーレーイスなら誰でも使えるわけじゃないって書いてる。

 7つ目の呪言が使えるネーレーイスでなければ使えないらしい。

 シアとレヴは使える?」

「使えない、ね。つい最近3つ目の呪言を使えるようになったばかりだよ」

「そう……色々足りないけど、これだけ揃えば充分、脅迫材料にはなるんじゃない?」

「交渉材料! いや、まぁ、そうとも言うけど……」


解呪ではなく追い出す方法ではあるが、どちらにせよそれを行えば呪いは術者である精霊の王に返って行く。

誰かに返されるより、自分で解いた方が良いはずだ。


どれだけ酷い相手だとしても、出来ることなら俺は呪いを返したくない。

結局のところ俺は新たな仲間が欲しいだけで、精霊さんの事を知っているわけでも、一緒に過ごしたわけでもない。

精霊さんを慕っていたエルフの皆がそれをするというのなら止めないけれど、俺がそれをするのは違うと思う。


「なんとしても交渉を成立させないと」

「そうだね。決裂したらどれだけ時間が掛かるかわからない。

 おまけに上書きの術が成功する確率は限りなく0に近い」

「出来れば……返したくはないな」

「うん。返したらまた因果が巡る。そこで終わらせたが良い。

 その為には、相手に隙を見せるわけにはいかない」


現状は隙だらけだ。

シアとレヴにはまだ使うことの出来ない呪いな上、上書きの術についても学べていない。成功する確率も低い。


「シアとレヴが使えるって事にするしかないね。

 わざわざ聞いてくるとは思わないけど、7つの呪言はわかる?」

「うん、さっき見たよ。呪毒、呪痺、呪火、呪闇、呪狂、呪眠、呪石」

「上出来。シア、レヴ、覚えた?」

「うん!」

「覚えたよー」

「素材と手順もしっかり覚えて。

 シアとレヴが覚えられなくても、ライが覚えてたら良い」


その種族にしか使えない呪いだからか、手順や素材は他の例えば禁術と言われる呪いと比べると凄く少ない。

素材を揃えて、それらの素材に7つの呪言で呪いをかける。

一番覚えなきゃいけないのはこの部分だろう。どの素材にどの呪言をかけるか、そしてその順番も決まっている。

最後に対象者をしっかり頭に思い浮かべて呪文を唱えれば、それで呪いは終わりだ。


「なんだこれ。知らない素材ばっかだな」

「多分……持ってきた素材の中にあるとは思うけど……」

「ん、じゃあそれが使えるって言ったら良いね」

「わかった」

「上書きの手順と素材も覚えて。

 そっちの素材はまぁ……リッチの友達がいるって言って。精霊なら知ってるでしょ」

「ん……良いの?」

「良いよ別に。精霊にどう思われようと会うことないし」


呪術に関することでリッチの右に出る種族はいないってことなのだろうか。

きっとこの家にはたくさんの呪術の本があるのだろう。

不死を求めて様々な呪術、魔法を研究した種族。それがリッチなのだと思う。


「一番の問題は、俺が嘘が下手ってことだね」

「そこは頑張ってもらうしか……ああ、じゃあ、これ貸してあげる」


ヤカさんは、真っ黒な大きな宝石が付いたネックレスを、ローブのポケットから取り出して俺に見せた。


「これは、ネックレス?」

「リッチの当主が継ぐネックレス。

 1人しかいないから当主も何もないけどね」

「それって、家宝ってやつなんじゃ……」

「ただのネックレスだよ。返してくれたら良いから」

「えぇ……」


迷っていると、ヤカさんがひょいと俺の首にそのネックレスを掛けてしまった。

ちゃらりと音を立てて宝石が揺れる。


「はい、全部終わったら返してね」

「ありがとう……絶対に返すよ」

「ふは、そんな神妙に言わなくても心配してないって。

 それがあれば信憑性は増すと思う。

 後はもう1つ……待ってて」


リビングから出て行ったヤカさんを待つ間、『ネーレーイスの呪い:不死』の素材と手順を頭に入れていく。

聞きなれない素材の名前は、なかなか頭に入ってこない。


何度も単語を書き連ねて覚えるべきだろうかと頭を悩ませていると、ヤカさんがリビングに戻ってきた。


「これ、上書きの本ね。覚える事多いよ」

「頑張る」

「うん。それとこれ」


ごとりごとりと机の上に様々な色の小さな水晶玉が4つ並ぶ。


「これが暗黒。そして混乱、睡眠、石化。

 1度だけ状態異常を引き起こせる。シアとレヴに持たせて」

「呪言を使うような場面になった時に、これを使うってこと?」

「そういうこと。気付かれないようにね」

「これって……」

「魔道具だね。便利ではあるけど、作る人も欲しがる人もほとんどいない」

「ん……うん、ありがとう。使わなかったら返すね」

「まぁ、ライなら作れると思うけど、時間がないからね。

 すぐ行くつもりなんでしょ?」

「うん、明日行こうかなって思ってる」


現在の時刻は『CoUTime/day96/17:32』。

俺に残された時間は今日を抜いたら2日と半日。

今日は呪いと上書きの術を覚えて、明日は精霊の集落。

呪いを解いて貰えたら後はテイムし続けるだけだ。


「エルフの集落から行くんだよね?

 詳細な場所はわかってんの?」

「方向くらいしかわかってないね」

「だったら……集落の長に聞いたが良い。

 助けて欲しがってるなら、教えてくれるはず」

「うん、分かった。聞いてみる」

「その本持って行っていいから、今から行っておいで。

 いや、その前に、銀の洞窟から持ってきたもの、家に置いて行ったが良いね」

「良いの?」

「駄目なら言わない。ほら、急ぐよ」

「ありがとう、ヤカさん」


立ち上がり、外に出てアーチを潜る。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます! 本当に、本当にありがとう!」


魔石屋から飛び出てアクア街のギルドへ走る。

行き先はトーラス街。つくづく転移陣があって良かったと思う。


辿り着いたトーラス街のギルドからも急いで出て、家までの道を走る。

街の中を走り回るのは、カプリコーン街以来だ。


ばたばたと2階への階段を登り、素材置き場の奥に次々と本棚や棚、素材を出していく。

整理整頓は申し訳ないけれど、俺がいない間にジオン達にしてもらうことにした。


「よし! 次はエルフの集落!」


家から飛び出て、先程通ったばかりの道を引き返す。

転移陣受付のお姉さんが慌てている俺達に若干面食らっていた。


集落の中心にある鐘を前に、ほっと息を吐く。


「おや? ライ君?」

「あ! エアさん! エアさんに聞きたいことがあるんだ!」

「私に? ああ、構わないよ。

 ここからだと……私の家のほうが近いね。行こうか」


頷いて、エアさんの家に向かう。


「今日はエルムの家に泊まって行くのかい?」

「泊まっても良い?」

「ふふ、君達ならいつでも歓迎するよ。ああそうだ、1つ空き家があるんだ。

 君にあげよう。それなら、気兼ねなく来れるだろう?」

「えぇ……」

「おや? いらないかい?」

「さすがに家のプレゼントはちょっと……」

「そう……残念」


エアさんの家の扉を抜けて、リビングのソファに腰掛ける。


「さて……どうしたんだい? 私が知っていることなら良いのだけれど」

「……精霊の集落の場所を教えて欲しいんだ」


俺の言葉にエアさんは眉を顰めた。

続けて、初めてエルフの集落に訪れた日から今日までの旅路を話す。

銀の洞窟のあの部屋の事は伏せておいた。


「そう……君達は彼女の為にそんなにも動いてくれていたんだね。

 けれど……精霊の集落か……」

「エルムさんにも、それからヤカさんって人にも、呪いを貰わないようにって忠告は貰ってるよ。

 正直に言えば凄く怖いんだけど……それしか道がなくて」

「……東側の山の向こう、魔力が濃い森を目指して進んで。

 草も茎も花弁も、全てが真っ白な花を見つけたら、その花を辿った先に精霊の集落がある」

「魔力が濃いかどうか、俺には分からないんだけど……」


この集落も魔力が濃いはずだけど、何かを感じることはない。

魔力感知・百鬼夜行のスキルレベルが上がったら感じることが出来るようになるのだろうか。


「綺麗だと感じる方へ進んだら良いよ。それで辿り着くはずさ」

「なるほど……教えてくれてありがとう」


綺麗な森を目指して、白い花を辿って行く。

銀の洞窟に行くときの珊瑚のようなものだろうか。


「君にこれをあげよう。渡せていなかった依頼の追加報酬はこれで良いかい?」


エアさんは、透き通ったライトグリーンのつるりとした楕円形の宝石をテーブルの上に置いた。


「この石があれば受けた呪いを軽減できる。

 精霊の呪いともなれば無効にすることは出来ないけれど……もし呪いを受けてしまった時は使って」

「追加報酬は《迷宮の欠片》なんじゃ……」

「報酬というわけではないと伝えたと思っていたけれど……伝えてなかったかい?」

「んん……言ってたかも」

「大した物でもないし、気にせず受け取って欲しいな」

「凄い物だと思うけど……」

「そうかい? ふふ、嬉しいね。私が作ったんだ」

「エアさんが? 魔道具?」

「私は魔道具の事はわからないよ。これは錬金術で作ったものさ」

「錬金術……」

「錬金術の話をしても良いけれど……覚えなきゃいけない事があるのだろう?

 エルムなら面白おかしく悪意たっぷりに話してくれると思うから、色々終わった後に聞いてみたらどうかな」

「う、うん……そうしてみる」


有難く受け取って、アイテムボックスに入れておく。


右往左往したけれど、細い糸を手繰り寄せるように繋いだ道のゴールが見えてきた。

この道の先には精霊さんがいる。


明日は絶対に失敗できない。

その為には、『ネーレーイスの呪い:不死』と上書きの術を覚えなければ。

一言一句違わず、全て。

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