day93 暗中模索
「あれ? ヤカさんお店は?」
ログインしてリビングへ向かう途中、ヤカさんの姿を見つけた。
何時から開いているお店なのかは知らないけど、恐らく開いている時間ではないだろうか。
「休んだ。特に来客の予定もなかったし。
魔道具職人のやつらは、基本家から出てこないし、店にくるやつのが少ないからね」
「俺達がいるから……?」
「気にしなくて良いよ。休む口実が出来て嬉しいね。まぁ、口実がなくても休んでるけど。
はい、林檎。食べる?」
「あ、いただきます」
ヤカさんに差し出された林檎を受け取って噛り付く。
どうやら俺がログインする前に皆でまた果物を採りに行ったようだ。
「役に立ちそうな本、出しといたよ。
皆もうリビングで読んでる」
「ありがとう、ヤカさん」
早速ヤカさんと共にリビングに向かえば、本を読みつつ、ヤカさんに借りたのであろう羽ペンと羊皮紙でメモを取っている皆の姿があった。
「おはよう、皆」
「おはようございます、ライさん」
「ライ、とんでもない呪いがいっぱいあるぜ!
エルムの婆さんの家にある本もとんでもない呪いばっかだったけどなー」
「あのね、息ができなくなっちゃうんだってー」
「ちょっとずつちょっとずつ苦しくなるみたいだよ」
ニコニコと笑うシアとレヴの表情と、話す内容の温度差が凄い。
「その辺は禁術だから、手を出すにしてもばれないようにやったが良いよ」
「き、禁術……そんな呪いを……」
「禁術と禁術を組み合わせて1つの呪いに出来たら、精霊の呪いにも対抗できるだろうから」
「昨日と一昨日ちょっと勉強しただけの俺が、新しい呪いなんて作れるとは思えないけど……」
皆がメモしてくれている羊皮紙を眺める。
エルムさんの家で見た本に書いてあった呪いには、死に至るような呪いがないわけではなかったけど、呪いにかけられてしまったら最後、死へまっしぐらみたいな呪いはなかった。
それと比べ、羊皮紙には、死へまっしぐらな呪いばかりがメモされている。おまけに苦しめる事に重点を置いた呪いばかりのようだ。
アイテムボックスから昨日纏めた羊皮紙を取り出して見比べていると、ヤカさんが横から羊皮紙を覗き込んで、へぇと呟いた。
「やるじゃん。所々足りない部分はあるけど、こんだけ分かってたら基礎は充分だよ。
後はまぁ、共通点が見つけ出せたら、簡単な呪いなら作れるんじゃない?」
「共通点があるの? 共通点がないかなって書き出してはみたけど、見つけられなくて……」
「一切見つけてない? あ、そうか。素材の事知らなきゃわかんないか」
「なるほど……使う素材の効能みたいなのが分かったら、共通点が見つかる?」
「そう。適当にその辺りの本も持ってくるよ」
リビングから出て行ったヤカさんの後姿を見送り、羊皮紙へと視線を戻す。
簡単な呪いが作れても、それでは精霊の呪いに対抗することは出来ない。
勉強して勉強して……それから禁術についても勉強して。そうやって漸く対抗できる呪いを作る事が出来る……かな。
何にせよ、イベントには間に合いそうにない。
「お祭りに間に合わなくても、精霊さんは助けたいな」
「ん、そだね。頑張らないと」
「うん、皆で呪いの達人になろう!」
「……俺達、とんでもない道を進んでない……?」
「たしかに」
呪いの達人なんてものになったら、人の道は外れているのではないだろうか。
「持ってきたよ」
「あ、ヤカさん! ありがとう!」
ヤカさんが数冊の本をテーブルの上に置く。
1冊を手に取り、中を流し見てみれば、そこには様々な素材について書かれていた。
どれもこれも黒魔術にでも使いそうな素材だ。
「こっちが解呪系ね。大体植物だけど、中には……ああ、ライなら手に入るか。
魔道具が必要な素材だったり、魔道具自体が必要な物も多い」
「そうなんだ……ってことは、やっぱり……」
「ノーコメントで」
やっぱり魔道具と組み合わせられるらしい。
解呪が組み合わせられるなら呪いも組み合わせられるだろう。
「お祭りが終わったらエルムさんに聞いてみるよ」
「そうして。余計な事言うなって怒られそうだから」
新たな羊皮紙と羽ペンを取り出して、メモを取りながら本を読み進めていく。
分からない事が出てきたらヤカさんに聞きつつ、その結果新たな本が追加されたり、されなかったり。
1枚、2枚と、ぎっしりと文字が書かれた羊皮紙が辺りに散らばっていく。
シアとレヴとリーノが途中、外に出て果物を取ってきてくれた。
三食連続果物だ。夜ご飯は街で食べようかな。
夜になってもここにある本を纏めきれてなかったら、夜ご飯も果物だ。
ふと、イベントまでの期間を数えてみる。
半日しかいない日と1日いない日を抜いたら、今日を入れて4日……4日!?
どうあがいても間に合わない。一度呪いと解呪の勉強は中断して、イベントに向けて準備するべきだろうか。
生産に使う素材や道具は家にあるから大丈夫だけど、どんな魔道具を作るかほとんど考えられていない。
シアとレヴが用意してくれた鋳造品を使った罠は作るとして……他は、どうしようかな。
っと、中断するにしても、今日は勉強に専念しよう。
止まっていた手を再び動かす。
「ライくん、ボクこの呪い知ってる」
「ん? どんな呪い?」
「えっとね、お水がなくなる呪いだよ」
「お水? あ! アタシも知ってる!
あのね、深い深いとこの、トゲトゲのお魚のトゲが使えるんだよー」
「んん? 素材の事まで知ってるの?」
「「うん!」」
これは、記憶がなくなる前のシアとレヴは、呪いに詳しかった……とまではいかなくても、普通の人が知らないような呪いについて知っていたということではないだろうか。
「……ネーレーイス、だっけ?
もしかして、呪言ってスキル、使える?」
「「うん!」」
「そういう大事な事は、早く言って……。
と言っても、呪言じゃ太刀打ちできないだろうけど……」
そう言ったヤカさんは、首の後ろを摩り、小さく唸り声をあげた。
本を読みながら様子を伺っていると、ゆらゆらと動いていたヤカさんの視線が止まった。
「ネーレーイス、か。海の種族の事はいまいちわからないけど。
呪いが得意な種族は、その種族しか使えない特別な呪いを持つ種族もいる。精霊の呪いみたいなやつね」
「ネーレーイスの呪いがあるかもしれないってこと?」
「そういうこと。ネーレーイスの呪いで精霊の呪いに対抗できるかは……見てみないとわかんないけど。
なかったとしても、海の中に棲む種族が知る呪いは、陸では知られていない。
この家にある本以上の呪いを知っている可能性はある。
ネーレーイスの集落って行ったことある?」
「うん、行ったことあるよ」
「それなら話は早いね。そこの集落で聞いてみたら良いよ」
「んん……行ったことがある銀の洞窟……トーラス街の近くの洞窟なんだけど……」
「あー……トーラス街か……なるほど……」
聞けたら良かったのだけれど、聞く相手がいない。
ネーレーイスの集落は他にもあるのだろうけど、トーラス街近くの銀の洞窟しか知らない。
「ライくん、本探しに行こう?」
「宝さがしだねー」
「えぇ……良いのかな」
それはつまり、瓦礫を掻き分けて探すということで……。
「少し借りるだけだよー」
「返したら大丈夫。ね、ライくん、いこ?」
「うぅん……シアとレヴがそう言うなら……」
2人は忘れてしまっているけど、あの洞窟の出身であるシアとレヴがそう言うなら、良いってことにしておこう……罪悪感は凄いけど。
「心当たりある?」
「「わかんない!」」
「そっかぁ」
ちらりと時間を確認する。もうすぐ夕方だ。
転移陣があるからすぐに行き来はできるけど、探す時間はあまりなさそうだ。
明日は半日しかいないし、次にログインした時かな。
「明々後日、行ってみようか」
「「うん!」」
やる事が追加されてしまった。
僅かでも前進出来ていると考えれば惜しくはないけど、イベントどうしよう。
「……ん? 来客の予定はなかったはずだけど……冷やかしか」
「どうしたの?」
「誰か店にきたみたい。ちょっと行ってくる」
家にいて分かるのだろうかと不思議に思いつつ、ヤカさんを見送る。
最後のページに目を通して、本を閉じる。
素材についてはある程度メモ出来たはずだ。皆のメモと一緒に纏め始めよう。
纏め始めて少し経った頃、玄関から扉の開く音が聞こえてきた。
もう帰ってきたようだ。時間にして10分も経っていない。
コツコツと響く足音は2人分。ヤカさんと……お客さんかな。
そう思って顔を向ければ、そこにはよく知った人物が困惑の表情を浮かべて立っていた。
「あれ? カヴォロ?」
「ライが言ってた友達だって分かったから連れてきた。
適当に座って」
「あ、ああ……」
俺の隣に腰かけたカヴォロから、じっと視線が飛んでくる。
「俺達は今、呪いの勉強をしてて……」
「呪いの勉強……? 今度は何をしてるんだ……?」
「話せば長くなるんだけど……あ、カヴォロはサポート枠だよね?」
「ああ、広めて欲しくないようだと話したら、サブマスにさせられた。
サポート枠の招待が終わったらすぐに戻してもらうが」
「サブマスはすぐ変えられるんだね」
「そうらしいな」
一度溜息を吐いて居住まいを正したカヴォロを見て、俺も手に握っていた羽ペンを離し、背筋を伸ばした。
「店でも言ったが……改めて。生産頑張る隊のサブマス……代理のカヴォロだ」
「僕はヤカ。ライに聞いてるとは思うけど、魔石屋をやってる」
「魔道具と看板には書かれていたが……」
「表は魔道具しか置いてないからね。まぁ、あんなゴミ、ほとんど売れないけど。
で? どうしたら良い?」
「ライ、どうしたら良いんだ?」
ガヴィンさんを招待した時の事を思い出しながら、カヴォロとヤカさんに説明する。
「種族……種族か。種族は……リッチだよ」
「リッチ? そうか。
住んでいる場所は……ここはどこなんだ?」
「……ああ、弐ノ国だね。地名みたいなのはないよ」
「弐ノ国……選択できないな。住居IDを教えて貰えるか?」
「店舗IDで良い? この家、IDないんだよね」
「そうなの?」
「手紙なんて届かないからね、ここ。違法建築とかではないんだけど」
店舗IDを聞いたカヴォロがウィンドウを操作する。
するするとウィンドウの上で指を動かしていたカヴォロの指が止まった。
「へぇ、これがウィンドウね」
「店舗IDで大丈夫だったようだな」
「承認で良いんだよね?」
ヤカさんの言葉に頷いて応える。
「祭りまでの短い間だが、よろしく頼む。
賑やかなやつが多いが……まぁ、悪いやつはいない」
「それはありがたいね。やかましいのはライで慣れてるから大丈夫だよ」
「俺そんなにうるさい……?」
「ふ、はは。冗談冗談」
6人もいるのだから、それなりには賑やかだとは思う。
「その……呪いの勉強とやらは、仲間が増えるかもしれないと言ってたやつか?」
「そうそう。呪いを解かなきゃいけなくて。
お祭りには間に合いそうにないんだけど……」
「そうか……近い内に全員で集まりたいんだが、都合は付くか?」
「んー……明日は、午前中なら大丈夫だけど。明々後日は予定があるね」
「明日の午前中で良い。ヤカはどうだ? 難しそうなら大丈夫だ」
「やったね、休も。行ける行ける」
「そ、そうか。場所は俺の店……トーラス街のレストランだ」
「それじゃ、明日ライと一緒に行くよ。ライ、今日も泊まって行きな」
「うん。あ、でも夜ご飯はどこか食べに行って良い?」
「ああ、さすがに果物だけじゃ飽きるか」
「飽きたわけじゃないんだけど、栄養が偏りそうで」
俺は別に構わないけど、ジオン達は大丈夫なのだろうかと不安になる。
そんなことを話していると、カヴォロがテーブルの上に土鍋を置いた。
「これを食べたら良い。寄せ鍋だ」
「良いの? やった! カヴォロのお鍋だ!」
「ヤカも良かったら食べてくれ」
「あー……僕、食事できないから、気持ちだけ貰っとく」
「そうなのか? なら、香りと見た目だけでも楽しんでくれ」
「拷問では……?」
言われてみれば、ヤカさんが何かを食べている場面は見ていない。
「ガヴィンには俺が聞きに行っておく」
「ありがとう、カヴォロ。助かるよ」
「こちらこそヤカを紹介してくれてありがとう。
明日は早めでも良いか?」
「俺は良いけど、ヤカさんはどう?」
「4時とかじゃないなら、まぁ。8時とかなら大丈夫」
「では、8時に。朝食は用意しておく。
飲み物は飲めるのか?」
「飲み物は飲むよ。果肉がごろごろしてんのは無理だけど」
「だったら、ヤカには飲み物を用意しておく……酒が良いか?」
「さすがに朝8時から酒は飲まないかな」