day8 リベンジマッチ
「う~ん、美味しい!」
「ええ、凄く美味しいですね。チーズが濃厚で、ですがしつこいというわけでもなく」
「トマトソースとの相性抜群だね」
昼食はジオンおすすめだというレストランでピザを食べることになった。
1枚で2~3人分はあると店員さんに言われたので、1枚をジオンと2人で食べている。
値段は1,200CZ。所持金に余裕があるので、お金のことはある程度気にしないで美味しいものが食べられる。
「ごちそうさま。さて、今日はヴァイオレントラビットにリベンジだよ」
「はい。頑張りましょう」
「まずはポーションを買いに行こうか」
小さな鐘のある扉を開けて外に出ると、肩につくかつかないかの雀色の髪を紐で緩く縛るプレイヤーが、店のメニューが書かれた看板を眺めていた。
からんと鳴った鐘の音に反応して視線をこちらに向けたプレイヤーと目が合う。
「あれ? 串焼きの露店の人だよね」
「……あぁ、あんたたちか。
あんた達のお陰で儲かった。ありがとう」
「うん? うん、今、串焼きが人気みたいだね。
君の店に行列ができてたのを見かけたよ。君の作る串焼きは美味しいからね」
「……そうか」
灰色の瞳が俺とジオンに向けられて、逸らされる。
気を悪くさせてしまっただろうかと焦るが、どうやら考え事をしているようだ。
「なぁ、肉持ってないか?」
「お肉?」
「ああ。あんた達、刀持ってるってことは狩りに出てるんだろう?
モンスターが落とす肉が料理に使えるんだ」
あの串焼きのお肉はモンスターのお肉だったのか。
まぁ、美味しいなら別になんでもいいけれど。
「ごめんね。全部売ってしまったから、持ってないよ。
食材が足りてないの?」
「ああ、街にはほとんど食材が売ってなくてな。
街で売ってる料理の食材は街に存在してるはずだが……。
恐らく、街の住人分を確保した残りが俺達向けに出されてるんだろうな」
「なるほどね」
ゲームとは言え妙に現実的なところがあるからありえそうだ。
料理の材料を探す必要がなかったので、現状街で何が売っているかはさっぱりわからない。
まぁ、料理の材料以外もどこで何が売ってるか全然知らないのだけれど。
料理スキルを持ってる人は他にもいるわけだし、取り合いになりそうだ。
「悪かったな、突然」
「ううん。また買いに行くね」
串焼きのプレイヤーと別れた後は武器屋へ向かう。
辿り着いた武器屋の扉を開けてカウンターの店主さんに話しかける。
「店主さん、ポーション買いに来たよ」
「お、きたな。いくつ必要だ?」
「うーん……どれくらいかな……リベンジしに行くんだけれど」
俺の言葉に店主さんは目を細めた。
「リベンジだと? まさかヴァイオレントラビットか?」
「うん。レベルも多少は上がったし」
「そのようだが……うーむ」
店主さんは唸りながら俺とジオンを見た。
「はぁ……それなら、街で売ってるポーションよか露店広場で探したほうが良いぞ。
街で売ってるポーションは出来が良くねぇんだ。
異世界の旅人の作ったやつなら出来が良いのもあるだろうからな」
「出来が良いと回復量が違う?」
「ああ、そうだ。俺のとこで買ってくのを不思議に思っていたが……まさか知らなかったとはな」
「露店でポーションが売ってるのは知ってたけど、違いがあるのは知らなかったな」
「お前さん鑑定持ってんだから使って見りゃいいだろ」
「買ったものならともかく、買う前のものを鑑定して良いものなの?」
「良いに決まってんだろ。
善人ばっかじゃねぇんだから、一種の自衛だ」
疑っているようで申し訳ないけれど、スキルレベルも上がるしこれからは鑑定するようにしよう。
「そっか。わかった。
それじゃあ露店広場に行ってみるね」
「あ、待て待て。これ、持ってけ。昨日言ってたやつだ」
差し出された封筒を受け取る。
「紹介状だね?」
「そんな大げさなもんじゃねぇけどな。
トーラス街で鍛冶師やってる俺によく似た顔したごついやつが兄貴だ」
「店主さんよりごついんだ……うん。わかった。ありがとう」
「おう。まぁ……リベンジ頑張ってこいよ」
お礼を言って武器屋から出てギルドに行き、一応ヴァイオレントラビットの討伐依頼を受けておく。
達成報酬は3,800CZだ。期限がないので今日だめでも問題はない。
露店広場に行き、露店に並べられたポーションを鑑定しつつ見比べていく。
《初心者用ポーション》だけでなく《初級ポーション》を売っている露店もちらほらあった。
手持ちの武器屋で買った《初心者用ポーション》は☆1。並んでいるのは☆2と☆3だ。
☆の数と回復量を見比べて、恐らく☆が1つ上がる毎に回復量が5増えるのではないかと予想する。
《初級ポーション》の回復量は《初心者用ポーション》より多いが作るのが難しいのかあまり量はない。
どうせなら1つの露店でまとめて買いたいのだけれど。
そのほうが、何回も緊張しなくて済むし。
顔を上げて辺りを見渡していると、露店を開く褐色肌の男性プレイヤーと目が合った。
目が合った男性はにこりと笑うと俺に手招きをする。
不思議に思いながら男性の露店へと近付く。
「よ! 詳しくは聞いてねぇがレンと連絡取ってくれたんだって?
ロゼから聞いたぜ。あ、俺は朝陽な。
βの頃レンとロゼ……それからあと1人いるが、一緒にパーティ組んでたんだ」
「そうなんだ? 俺はライ。よろしくね、朝陽さん」
「おう、よろしく! ところで、ポーション、探してんだろ?」
朝陽さんはにこりと笑って露店に並ぶ商品の上で両手を広げる。
そこには、これまでのどの露店よりも多いポーションが並んでいた。
☆3の《初心者用ポーション》はもちろん、☆2の《初級ポーション》もたくさんある。
「すごいね。朝陽さんが作ったの?」
「いーや、俺はただの代理。ここにあるのはもう1人のパーティのやつが作ったんだ。
どれが必要だ?」
「こんなにたくさん作れるなんて凄いね。
☆3の《初心者用ポーション》と☆2の《初級ポーション》が欲しいんだけど」
「《初心者用ポーション》は1つ350CZで《初級ポーション》は450CZだな。
いくつ持ってく?」
「じゃあ、《初心者用ポーション》を10個と《初級ポーション》を5個。大丈夫かな?」
「大丈夫だぜ。合計は……5,750CZだな!」
取引ウィンドウにお金を入力する。
所持金は36,347CZになった。
「毎度あり! 狩り頑張ってな!」
「ありがとう」
朝陽さんの露店から離れようとしたところでふと、兄ちゃんからの言伝を思い出した。
そういえば、ロゼさんに伝えることがあったんだった。
朝陽さんに言っておけば伝わるだろう。
「ああ、そうだ。
先に行ってていいって言ってたよ。すぐに追いつくからって」
「はぁー? ったく、だから先行っとこうって言ったのに。
追いつけないくらい先に進んどくから後悔しろっつっといてくれる?」
「はは。了解。伝えておくね」
今度こそ露店を離れてフィールドへ向かう。
買ったポーションで足りると良いんだけれど。
無駄に使うわけにもいかないし、思ってた以上に街でのんびりしていたから、ヴァイオレントラビットの出現場所までは走って向かうことにした。
道を阻むモンスターだけジオンに倒してもらいながらどんどん進んで行く。
「……よし」
見覚えのある巨体が視界に入ったところで、俺達は立ち止まる。
「作戦は?」
「前回と一緒です。いえ……一緒ではありませんね。
後ろを向いている時に一緒に奇襲をかけます」
前回の俺は手の届く距離にいただけだ。
でも、今回は違う。一緒に戦う。
「そこからは……」
「倒れるまで斬り続ける、だね?」
「ええ、その通りです」
刀を鞘から抜き、ぐっと握り締める。
ジオンは鞘から抜く時にそのままモンスターを斬ることができるので抜いてはいない。
俺もいつかできるようになったらいいと思う。
ポーションをジオンに渡し、2人ヴァイオレントラビットの様子を伺う。
俺達に背を向けたところで、俺とジオンは走り寄る。
「【刃斬】!!」
「【氷晶魔刃斬】!!」
ヴァイオレントラビットの背中に向けて同時にスキルを放つ。
重なった斬撃音に少し遅れて、ヴァイオレントラビットが咆哮を上げて振り向いた。
ここまでは前回と同じだ。
俺に向かって落ちてくる腕を避けながらヴァイオレントラビットの横に走る。
ジオンは反対側だ。
スキルのクールタイムが経過するまではひたすら斬るしかない。
使ったことがないスキルだからどういうものかはわからないが……。
「【連斬】!」
右上から左下へ、そしてそのままの勢いで今度は左下から右上へと向かい斬り付ける。
所謂、袈裟斬りからの逆袈裟斬りだ。
手応えのある斬撃音が辺りに響く。今はそれを喜んでいる余裕はない。
続けざまに攻撃を仕掛けていく。
一振り、二振り、三振り。
攻撃の気配を感じてすぐにヴァイオレントラビットから距離を取る。
一度体を地面に伏せたかと思うとそのまま高く飛び上がった。
HPは少しは増えたとは言え、あの攻撃に耐えられるとは思えない。
何より、2回も潰されるのはごめんである。
周囲に広がる影から走って抜け出し、着地地点から離れる。
地響きを辺りに轟かせながら着地したヴァイオレントラビットに更に攻撃を仕掛けていく。
斬って、避けて、離れて、斬って。
それの繰り返しだ。
「っ……!」
「ライさん!!」
「大丈夫! 続けて!!」
爪が肩を掠っていく。
掠っただけなのに、約半分のHPが持って行かれてしまった。
すぐに離れてポーションを飲む。
HPが多いジオンならともかく、俺は全て避けるくらいしないと死んでしまいそうだ。
HPが回復したのを確認してから、ヴァイオレントラビットへ再度駆け寄り、攻撃を続けていく。
「……【連斬】!!」
どれ程の時間攻撃を続けただろうか。
長い時間を掛けて、ようやくヴァイオレントラビットのHPが残り4分の1を切った頃、ヴァイオレントラビットが咆哮をあげた。
「っ……ライさん! 一旦離れましょう!」
「わかった!」
最初にあげた咆哮とは比べ物にならない、まるで雷のような咆哮をあげるヴァイオレントラビットからジオンと共に離れて、減ったHPを回復するために、お互いにポーションを飲む。
「ポーションは残っていますか?」
「初級が1つだけ。ジオンは?」
「初心者用が2つです。お返ししますね」
「でも……わかった。ありがとう」
俺が死んだら共倒れなのだ。
ジオンの言葉に頷いてポーションを受け取る。
辺りに響いていた咆哮がぴたりと止んだ。
俺達は刀を握り直し、構えて次の行動に備える。
俺達の姿を捉えたヴァイオレットラビットは、唸り声を一度上げて、猛スピードで突進してくる。
その軌道から逃げるも、そのスピードは凄まじく、間に合いそうにない。
ブラックボアの突進は避けられるが、この巨体を避けるのは至難の業だ。
ここまでか、と頭に諦めが過った瞬間、ジオンの手が俺を強い力で突き飛ばした。
バランスを崩した体が弾かれたようにヴァイオレントラビットの軌道から外れる。
「ジオン!!!!」
吹き飛ばされたジオンのHPはみるみる内に減っていき、あと僅かというところで止まった。
慌てて駆け寄り、《初級ポーション》を飲ませる。
《初級ポーション》とは言え、ジオンのHPだと全体の4分の1程度までしか回復していない。
「……ありがとう、ございます」
立ち上がったジオンの体がぐらりと揺れる。
「ジオン! 逃げよう!」
「……いえ……大丈夫です。あと、ちょっとですから」
「でも……!」
「HPがこれだけ、減っているなら……憤怒が使えます」
ジオンの種族スキルだ。
これまでに使っているところは一度も見たことがないのでどういったものかはわからない。
「それを使ったら、大丈夫、なんだね?」
「恐らく……」
「使ったら死ぬとかじゃない?」
「ふふ……自爆とかではないですよ。火事場の馬鹿力ってやつです。
使ったことがないので、不安ですが……もし駄目だった時は」
「わかった。一緒に散ろう」
ジオンは一度目を見開いた後、小さく笑った。
「【憤怒】」
ジオンの体から揺らめく青白い炎が溢れ出る。
ひやりとする冷気が辺りに充満する。
「ライさん、行きますよ!」
「うん!」
ヴァイオレントラビットに駆け寄る。
突進してくるのであれば正面にいなければいい。
「【氷晶魔刃斬】!」
刃先が触れた箇所がパキパキと音を立てて凍っていく。
思わず綺麗だと見惚れてしまうが、すぐに頭を振って刀を握り直す。
視界に表示されたジオンのHPがこれ以上減らないことを祈りながら、ジオンから離れて反対側へと回り込んだ。
「【刃斬】!」
縦に横にと刀を振るっていく。
避け損なった爪が頬を掠めていった。
薄皮一枚が傷付く程度のはずなのに、まるで頬を平手打ちされたかのような衝撃が襲う。
僅かに残ったHPに安堵しながら、ポーションを飲む。
攻撃パターンが増えただけでなく、攻撃力も上がっているのだろう。
残るポーションは《初心者用ポーション》1つだけ。
もっと買っておけば良かったと後悔しても遅い。
これ以上攻撃を受けるわけにはいかない。
繰り出される攻撃を必死に避けては隙を見つけて斬っていく。
無我夢中で刀を振るい続ける。
あと少し。あと少しだ。
「【連斬】!!!」
「【氷晶魔刃斬】!!!!」
ヴァイオレントラビットが唸り声をあげた。
ぐらりぐらりと揺れた体が地面へと倒れ、やがて光るエフェクトと共に消えていく。
「……は……倒、した?」
「……そう、みたいですね?」
俺達は大きく溜息を吐いてその場にごろりと転がる。
ここはセーフティゾーンではないけど、近くにモンスターは見当たらない。
エリアボスの出現ポイントだからだろう。
「やはり、早かったですかねぇ……」
「そうだね。無茶したかも。
……でも、やっぱり、ジオンがいたから大丈夫だったね」