day88 顔合わせ
「どしたん? 集合だなんて……は!? なんで!?」
「ちょっと……邪魔ですよ、サクノ。扉で止まらないでください」
「いてて……もー。頭ぶつけたぁ」
机の下でぐっと手を握る。
大丈夫大丈夫。カヴォロの友達だし、シルトさんとベルデさんの友達だ。
「あ、菖蒲ちゃん!! ライさんがいる!!!」
「え? ライさん……?」
扉を潜り抜け店内に入る生産頑張る隊のクラメンの人達から、次々と視線が飛んでくる。
笑顔を顔に貼り付けながら、小さく会釈をする。
1、2、3……全部で8人のクランのようだ。
全員が中に入った事を確認したカヴォロが扉に近づき、かちゃりと鍵を掛けた。
「皆さん、集まっていただき、ありがとうございます。
今回は同盟を組んでいただけることになった、百鬼夜行の皆さんと顔合わせをしたいと思います」
「え? えぇええ!? うそでしょ!? ライさんが!?
そりゃ、カヴォちゃんがいるから、わんちゃんあるかなーって思ってたけど」
「レンさん達のとこだと思ってた……」
「血で血を洗うような戦いでしたが……私達の勝利です!」
「ただのじゃんけんだったろ……」
勝負は一回で決まった。
兄ちゃんがパー、カヴォロがチョキ。勝ったのはカヴォロだ。
俺の同盟クランは生産頑張る隊に決まった。
「ま、まさか……レンさん達とやりあったんですか……?」
「正直、生きた心地がしなかったっす」
「あんたもなかなか煽ってたけどな」
「これは勝てる! よっしゃ! 本戦もいける!」
「シルトさんやるぅ! お手柄だよー!」
皆仲が良さそうで、賑やかなクランだという事がわかる。
「まずは自己紹介ですね。
生産頑張る隊のクランマスター、シルトです。
得意なのは甲匠で、一応……盾部門は1位で、防具部門3位でした」
「俺がサブマス、ベルデっす。
木工で2位っすね。次、カヴォロさん」
「俺も自己紹介が必要なのか……?
あんた達よりよっぽど知ってるぞ」
「カヴォちゃんは料理部門1位! って、知ってるよね~。
私はみき! 調薬部門2位だよ」
調薬部門2位というと、《初級エリクシール》だったかな。
そう言えば……3位の人って、ラセットブラウンの人じゃなかったっけ。
ラセットブラウンも兄ちゃん達と同じく、戦闘職の人ばかりなのかと思っていたけど、違うのかもしれない。
「私は……菖蒲です。食器部門で、1位でした。
ガラス細工と、それと石工も少しだけ……陶芸しかしてないけど……」
「農業が好きなぐんぐんだよ。農業部門で1番のかぼちゃだったよ」
「僕はいわいです。縫物部門1位でした。得意なのは革細工と裁縫ですかね」
「俺はサクノ! 得意なのは、細工。アクセサリー部門1位!
キャベツさんが参加してなかったからだけどね~!」
本当に皆生産が得意な人ばかりだ。
顔と名前を頭の中で反復して、覚えていく。
みきさん、菖蒲さん、ぐんぐんさん、いわいさん、サクノさん。
「次はライさん達ですが……皆さん、この先の話は私達の中だけに留めてください。
私も詳しくは分かっていないのですが……理由は聞けばわかるはずです。
絶対に、誰にも言わないでください」
神妙な面持ちでそう言ったシルトさんの言葉に、クラメンの皆は疑問を浮かべつつも頷いた。
居心地の悪さを感じつつ、口を開く。
「百鬼夜行のクランマスター、ライです。
……得意な事……えっと、得意な事は、魔道具製造です」
カヴォロとシルトさん、ベルデさん以外の皆が息を呑んだのが分かる。
「ジオンと言います。私は鍛冶が得意です」
「リーノだぜ! 俺は採掘! それと細工だなー」
「シアだよー」
「レヴだよ」
「「鋳造が大好き!」」
「フェルダ。石工が得意……って、石工品って売りに出してなくない?」
「確かに。鋳造品も……あ、クラーケンの時のコンロで使ったか」
「いっぱい作ったねー」
全員の自己紹介が終わり、窺うように皆の姿にちろりと視線を動かせば、皆はまん丸に目を開いて俺達を見ていた。
「えっと……生産頑張る隊の人達と一緒なら、色んな強化に対応できるんじゃないかなって思う。
あ、出来ればキャベツさんって呼ぶのはやめて欲しいんだけど……キャベツさんはカヴォロだし……」
「辞めて欲しい理由はそこなのか?」
カヴォロの言葉を最後に、店内が静まり返る。
壁に掛けられた時計の秒針の音だけがカチコチと聞こえてくる。
沈黙に耐えられなかっただけで、ひょっとしたらそんなに時間は経っていないのかもしれないけど、永遠にも感じる時間を経て、漸く秒針以外の音が戻ってきた。
「う……そ、本当に? ライさんが……?」
「……か、カヴォちゃん!?
レンさんの知り合いって言ってたじゃん! もろ友達じゃん!」
「嘘は吐いてないが」
「レンさんの知り合いなのは本当だなぁ……」
「それはそうですが……ライさんが例の人……?
そう言えばみき、菖蒲の炉を……」
「やめてやめて……みきちゃんやめて、お願い」
「無理無理無理! さすがの私でもライさんに頼むとか無理!」
「いや、まだわかんない! 証拠! 証拠見せてくれるまでは信じない!
信じたくない! だって……本当だったらやばいって……暴動起きる……」
「ぼ、暴動……?」
「ライ、袋叩きだ」
「こわ……えっと、証拠か」
何を証拠にしたら良いんだろう。
「あ、じゃあ……えっと。誰か鉱石持ってない?」
当日は、魔法鉱石も使うことになる。
ジオンが作った武器やリーノが作ったアクセサリーなら、魔法鉱石を使わなくても強いだろうけど……俺の魔道具には使う。
それに、兄ちゃんや秋夜さんに勝ちたい。ここで手の内を晒さずに勝てる程、甘い相手ではない事は分かっている。
「私持ってますよ。鉄でも良いですか?」
「うん、大丈夫」
シルトさんから鉄を受け取る。
「……これは、カヴォロにも言ってなかったんだけど……黙ってて、ごめん」
「生産職なんてそんなもんだ」
「俺は生産職では……」
「それはそうだが。似たようなものだろう。
それに、大体予想は付いてる」
「そ、そうなの? それじゃあ……【熔解】」
どろりと鉄が溶けると同時に、皆がぎょっと目を丸くした。
黒炎弾でも良いけど……証拠というなら、出品したことがある属性が良いかな。
「ジオン、お願い」
「おや? わかりました。【氷晶弾】」
「ありがとう。【魔操】……【融合】」
ことりとテーブルの上に、薄らと青みがかった《氷晶鉄》が転がる。
「えっと……サクノさん。鑑定って持ってる?」
「も、持ってる……」
「これ、鑑定してみて?」
「……は……氷晶属性+2……?」
またしんと店内が静まり返る。
融合は生産職の人達にとって、信じられないスキルだと言うことはわかっている。
ジオンだって、最初に見た時は目を丸くしていた。
「……ヌシの素材で色が変わると知らない理由がわかりました……。
それに、付与スキルで色が変わらない事を知らなかった事も、ヌシの素材を使った装備を見たことがないって言っていた事も」
なるほど……そこから気付かれたのか。
確かに効果付与が付いた色の違う装備を持っているのに、知らないなんておかしいだろう。
「まだ信じたくないと言うなら、俺の包丁でも鑑定したら良い。
とんでもないぞ。持ってくるか?」
「……信じた! 信じました! うわぁあん」
「そ、そんなに俺ってこと信じたくなかったかな……」
「ライさんが悪いわけじゃないから……うぅ……シルトさんの馬鹿野郎……」
「すみません。勝利出来る道を選んじゃいました!」
「我々だけで隠しきれるかはわかりませんが……なんとしてでも隠すしかありませんね」
俺がそうだとばれることを、そこまで必死に隠す必要があるのだろうか。
袋叩きに合うとしても、それは結局俺だけだろうし。
……俺がわかっていない事がありそうだ。兄ちゃんが言わないって事は、俺は知らなくて良い事なのかな。
それに甘えて、何も知らないままで良いのだろうか。
「ライさん、この鉱石って、俺も細工で使えるんすか?」
「それが、使えないみたいなんだよね。試したことはないんだけど」
「そうなんすね。そりゃ良かった」
「あー……兄ちゃんは、誰でも扱えたら、装備が売れなくなるって言ってたけど……」
「そうっすね。他にも色々あるけど、まぁ、とんでもない値段になるっすよ。
皆この鉱石、高い金払って買うでしょうし」
「なるほど……」
兄ちゃんと、生産職であるベルデさんがそう言うなら、魔法鉱石は誰でも扱えないほうが良いのだろう。
やっぱりまだ、俺達しか扱えないということに、後ろめたさを感じるけど、受け入れなければ。
「……と、言う事で、今回同盟を組む事になった百鬼夜行の皆さんです。
皆さん、驚きの連続でお疲れでしょうが……現在の状況も話しておかないとですね」
「そっすね。キャパオーバーでしょうけど、頑張って」
「そう思うなら、日を改めてくれませんか……?」
「ライさんは忙しいんですよ! 私達の都合で振り回してはいけません!」
「いや……別に、構わないけど……」
「いえいえ、こういうのは早めに話しておいたほうが良いと思いますので。
まずはサポート枠。ちなみにライさんは……」
「あ、俺はもう頼んじゃった。石工職人さんなんだけど……。
石工出来る人、3人になっちゃったね」
「ガヴィンに頼んだのか? エルムは?」
「エルムさん、参加禁止なんだって」
「ああ……なるほど」
「ガヴィンさん? って人、カヴォロさんも知り合いなんすか?」
「そうだな」
「ガヴィンさんは、フェルダの弟だよ」
「弟!? そんなことがあるんですか!?」
「うん、俺にも兄ちゃんいるからね」
「そう言う事を言ってるわけではないです……」
いわいさんの言葉に頭を傾けて、なるほどと納得する。
この世界の人達……NPCに兄弟がいるのかとか、いたとして従魔になるのかとか、そういった色々だろう。
「でしたら、問題は私達ですね。
どうしましょう……カヴォロさん、見つかりました?」
「いや全く」
「俺、カヴォロはオーナーさんに頼むのかと思ってた」
「断られた」
「そうなの? それじゃあ、クリントさんのお父さん?」
「あの飲んだくれが何の役に立つんだ……?
店主には、もっと強いやつに頼めと言われた。心当たりあるか?」
「強い人かぁ……皆が戦ってる姿は見た事ないもんなぁ」
エルムさんを除外したら、やっぱりガヴィンさんだけど。
次点で……グラーダさん、かな。兄ちゃん達のクランに参加している。
イーリックさんも強そうだけど、難しいかな。イーリックさんだけでなくエルフの人達は誘っても断られそうだ。
「あ、基本属性を全部覚えてるっぽい知り合いなら、いるかも」
「そんなやつがいるのか?」
「うん……ヤカさんって言うんだけど。魔石屋さんでね」
「魔石屋……ライにとっても助かるんじゃないか?」
「それはそうだけど……でも、俺のクランならともかく、カヴォロのクランだしなぁ」
「いえ! 良ければ、お願いしてみてくれませんか!?
私達では、今から見つけることは難しいので……。
ギルドで頼んでも、きてくださるかは運次第のようですし……」
「そうなの? んー……分かった。聞いてみるよ」
元々作る魔道具が決まったら、魔石を頼もうと思っていたし、お店に聞きに行こう。
「断られたらごめんね」
「いえいえ! 私達のクランのサポート枠までお任せしてしまって申し訳ないです。
後は……メンバーの件ですかね。さすがにもうこれ以上増やすのは難しいですが……。
どうなるかはわかりませんが、この先増えるかもしれないと思っていていただければ」
「なるほど、了解。俺ももしかしたら、仲間が増えるかも」
「誰か勧誘する予定があるんですか?」
「勧誘というか、従魔だよ。イベントに間に合うか、ちょっと微妙ではあるんだけど」
「そうなんですか……!」
呪いの確認方法の問題は片付いたけど、解呪の問題が残っている。
それに、精霊の集落にも行かなきゃいけないし。
「ああでも、勧誘したいなーって人はいるかな……仲が良いってわけじゃないんだけど……」
「ライさんが? そんな相手いるんすか?」
「うん……手品師さんなんだけど……」
「……手品師? え、もしかして、ライさんの目の前で本当に手品したの!?」
「うん? うん、凄かったよ。魔法みたいだった。
さすがにクランに入ってるとは思うんだけど……」
「……入ってないかもしれないな……」
「そうかな? 誘ったら入ってくれるかな?」
「……入るんじゃないか?」
「そっか! 見かけたら、誘ってみる」
まずはやっぱり、谷底から探すべきなのだろうか。
「やる気出てきた! ありがとう、カヴォロ!」