day88 鏡花水月VS生産頑張る隊
カランコロンと音を鳴らしながら、扉が開く。
中の様子を伺えば、そこにはカヴォロ、それからシルトさんとベルデさんの姿もあった。
他にお客さんの姿はない。
「ライ、早かったな。今日はまだ開いていないから、好きに過ごしてくれ」
「あ、そうなの? 兄ちゃんもくるって言ってたけど」
「そうか。構わない」
「構うっすよ、カヴォロさん!」
「そうですよ! レンさんが相手じゃ敵いません!」
「残念だったな」
「他人事じゃないっすからね!?」
促された席にジオン達と座りながら、3人の姿を眺める。
カヴォロが生産頑張る隊の人と話している姿は初めて見た。
「それで、何か欲しい……」
そこまで言いかけて、止める。
シルトさんとベルデさんがいるのなら、生産のお願いではなさそうだ。
カウンターの中にいるカヴォロに視線を向けると、カヴォロは頷いてグレープジュースを人数分持ってきてくれた。
飲み物の催促ではなかったのだけれど。
美味しいグレープジュースを飲んでいると、カランコロンと音が鳴る。
振り向けばそこには兄ちゃんと朝陽さん、ロゼさん、空さんの姿があった。
「ごめんね。準備中みたいだったけど、入らせてもらったよ」
「ああ、何か食べて行け」
「ありがとう、カヴォロ君。でも、それは後にしましょうか」
ロゼさんがにこりと笑ってそう言った。
カヴォロは頷いて、兄ちゃん達にも椅子に座るように促す。
兄ちゃん達が座った事を確認したカヴォロは、兄ちゃん達の前にもグレープジュースを置いて、またカウンターの中へ入って行った。
「ロゼさん、空さん、朝陽さん、こんにちは」
「ええ、ライ君。こんにちは。お披露目会ぶりね」
「よ! 最近はレンと一緒にいるんだって?」
「うん、一緒にエルフの集落にいるよ。
あ、空さん、素材使えそうなのあった?」
「ありがとう。あんなにたくさん。凄く嬉しい」
「良かった。空さんに喜んで貰えて俺も嬉しいよ」
昨日集めた植物は兄ちゃんから空さんへ無事渡ったようだ。
頑張った甲斐があった。
「ほらー……どうするんすか……揃い踏みっすよ……」
「き、緊張しますね……話せるでしょうか……」
シルトさんとベルデさんは、兄ちゃん達を見て委縮してしまっているようだ。
なるほど……有名人だとこういうことが……でも、シルトさんとベルデさんだって、品評会の上位者だし、有名人なのではないだろうか。
それに、クラーケン戦の時も、シルトさんが鉱石の受付をしていたという話だったし。
「あ! ベルデさん、お願いがあるんだった!」
「へ!? 俺っすか!?」
「そう、杖を作って欲しくて」
「……え? 俺? 空さんじゃなく?」
「前に……あー……」
口を閉じる。さすがにこれを空さんの前で言うのは憚られる。
ベルデさんに頼んでいる時点で同じかもしれないけど……。
「今なら、空さんの杖や弓にも負けません!」
「わー!! あんた何言ってんすか!
俺は、言ってませんからね!? 口が裂けてもそんな事言わないっすよ!」
「良い。その通りだから」
空さんは全く気にしていない様子で、グレープジュースをストローで飲みながら、そう言った。
元々家具が売れないからと言う理由で作っていたようだし、そこまでの思い入れはないのかもしれない。
「あー……とりあえず……その話は後で聞くんで……」
「うん? 分かった。また後で」
カウンターの中にいたカヴォロが出てきて、シルトさんの隣に腰かけると、シルトさん達と兄ちゃん達の間にピリッとした空気が流れた。
これから何が始まるのだろうと、そんな2組の様子を伺う。
なんとなく、口を挟めない雰囲気だ。
「弟君」
最初に口を開いたのは、空さんだった。
これだけ人がいる場所で、空さんから話すなんて珍しい。
「同盟組もう」
「空さんに誘われるなんて嬉しいな。うん、もちろ……」
「ま、待ってください! ライさん!
私達、生産頑張る隊と組みましょう!」
なるほど。カヴォロに呼び出されたのは同盟の事だったのか。
ガヴィンさんがサポート枠に参加してくれた事とか、呪いの事とか、それから採取、バーベキューの事で、すっかり頭から抜けていた。
自分の頭のぽんこつ具合に頭を抱えたくなる。
「あんたらのクランに入られんのは困るんだよな。
うちのクラン……鏡花水月に譲って貰えるか?」
「いいえ、譲りません!
ライさんには、生産頑張る隊と同盟を組んでもらいます!」
「……うん!? も、もしかして、俺、取り合いになってる……?」
まさかそんなことが起きるなんて思っていなかったから、頭の中がパニックだ。
兄ちゃん達のクランならともかく、俺だ。人数も多いわけじゃない。
そりゃ、生産面は強いけど……兄ちゃん達は知っていても、シルトさんとベルデさんは知らないはずだ。カヴォロが話すとも思えないし。
「ど、どうしよう、兄ちゃん……」
「はは、俺に聞くの? 俺達と組んだら良いと思うよ」
「……カヴォロ……」
「やめろ。俺に振るな」
ガヴィンさんのこともあるし、今回はカヴォロか兄ちゃんに頼もうとは考えていたけれど。
でも、やっぱりよしぷよさんともこの機会に仲良くなりたいしと、結局答えが出ないまま、すぽーんとどこかに飛んで行っていた。
こんな大事な事が飛んでいくなんて。自分の事とは言え、どん引きである。
「こっちにはカヴォロさんがいますからね!
ライさんだってカヴォロさんと一緒に参加したいはずです!」
「そうねぇ……確かに、カヴォロ君は強敵だけど……。
この世界でライ君が一番最初に話したプレ……異世界の旅人は、私よ!」
確かにそうだった。凄く緊張したことを覚えている。
碌に顔が見れなくて、ぴこぴこと動く猫耳ばかりを見ていた。
その時は兄ちゃんの知り合いとは思ってもいなかったな。
「カヴォロ君はその次よ!」
「順番が関係あるのか……?」
正確には、ロゼさんとカヴォロの間に、ギルドの場所を教えてくれたプレイヤーがいたと思う。
話したと言って良いのかわからないけど。
「最近話すようになったばっかの2人より、仲の良い相手が4人もいるんだぜ?
だったらライも、俺達と参加したいはずだ!」
「一緒に観戦した。打ち上げも。お披露目会も」
「お披露目会の主催は俺なんだが……」
「ぐ……確かに私達は、皆さんと違ってフレンド登録もできていないような仲ですが……」
「……俺、カヴォロと兄ちゃんしかフレンド登録してないけど……」
「あ、ライ。余計な事言うんじゃねぇって!」
「へぇ~……結局、兄貴の友達ってだけなんすね。
兄貴の友達と直接の友達じゃ全然違うっすよ!」
煽る煽る……。なんだろうこれは。鏡花水月VS生産頑張る隊だ。
カヴォロは面倒臭そうな顔をしている。
所々突っ込みを入れているが、あまり効果はないようだ。
「忘れんじゃねぇぞ? 兄本人がいるんだからな!
こいつらの仲の良さは、わかってんだろ?」
「兄弟仲が良いのは良い事ですが、イベントまで一緒に参加しなくても良いと思います!
ライさんが友達と一緒に参加するのを止める権利はありません!」
「確かにそうだけど、ね。レンとライ君が一緒に参加するところが見たいって人は多いのよね」
「知ってんだろ? 恨み買いたいのか?」
「それは……」
前回のイベントの時も言っていた気がする。
ああでも、前回の狩猟祭で優勝した2人が、また一緒に組むって言うのは、熱い展開なのだろうか。
「……言っとくけど、俺らだって何も知らずに言ってるわけじゃないっすよ」
「あら、どういうことかしら?」
「キャベツさんの話です。私達も最近、分かりました」
「……キャベツ……?」
シルトさんは机に置かれたフォークを手に取り、キャベツさんという単語に疑問を浮かべている朝陽さん達に見せた。
「このフォークを作った、ライさんのことです!」
「え!? あれ!?」
「言っておくが、俺じゃないからな。ライが迂闊だったんだ」
「お、俺かぁ……」
隠し事が下手なのは自覚しているけど、そんなボロを出してしまっただろうか。
出したんだろうなぁ。
「兄ちゃん、ばれたみたい」
「はは……そうみたいだね。困ったな。
まぁでも……知ってるなら尚更、引いてくれないかな?
君達のクランで、ライを隠せるとは思えない」
「そうでもないっすよ。俺達のクラン、生産職しかいないんで。
誰がそうなんてわかんないっすよ」
「……何の話?」
「次のクラン戦で、ライ君が付与武器や魔道具を出品している人物だってバレちゃうって話よ」
「……なるほど……」
考えてなかったけど、拠点の強化をするのだから、俺達が生産が出来ることはわかるだろう。
観戦できるのは本戦だけとは言え、拠点が強化されていることは分かる。
刀やアクセサリーだけなら、数値が発表されるわけでもないだろうし誤魔化せるかもしれないけど、魔道具はアウトだ。
現状、空さんと俺くらいしか魔道具を作れるプレイヤーはいないと兄ちゃんも言っていたし。
「ついにこの時が……覚悟を決めるしか……」
「まぁまぁ、まだバレると決まったわけじゃないのよ。
さすがに私達のクランの人達には話さなきゃいけないけど……それでもそれ以上に伝わらないようにはできるわ」
「元々俺らの知り合いのβ組だって噂されてっからな。
うちのクランならその両方が満たされる。全員β組だからな」
「つまり、朝陽さんのクランの人の誰かってことは分かるけど、それ以上は分からないって事?」
「そういう事。ライだって、隠しておきたいだろ?」
「うーん……確かに、何言われるんだろうって怖いけど。
朝陽さん達に迷惑を掛けてまで隠してもらうのは……」
「気にすんなって! 面倒な事になるからなぁ。
それに、あいつらだって、聞けば隠そうって言うと思うぜ?」
「面倒な事……ばれたら、袋叩きにあったりする……?」
「……そう思ってたら良いと思うわ」
それは怖い。隠しておこう。
「うちのクランでも、生産職しかいないので隠せます。
β組かどうかなんて、信憑性もない噂ですし、ロゼさん達の知り合いという点は……誰がそうなのかわかりませんから」
「貴方達、クランに入っている事を理由に断られてたって話が広がってるわよね」
「そっすね。でも、それはそっちも一緒っすよね。
クランにはいないって話が広まってるんすから」
知らない話が飛び交うので、当事者であるはずの俺が口を挟む事ができない。
皆が俺の事を心配してくれているんだろうという事は分かる。
「弟君、同盟組もう」
「空さんにお願いされてことわ」
「待ってください! 空さんを使うのは卑怯ですよ!
カヴォロさん、お願いします!」
「はぁ……」
カヴォロは大きな溜息を吐いた。
「ライ、一緒に参加しよう」
「カヴォロ……! うん! 俺、カヴォロと一緒に参加したい!」
「ああ、なら……」
「だぁあーー!! 待て待て! レンと参加したくないのか!?」
「兄ちゃんは、ジオンのリベンジがあるから……」
「使えないわね……道理で静かだと思ったわ。
ねぇ、お願い。ライ君、私達と組みましょう?」
「ぐ……」
女性からのお願いを断るわけには……。
昔から女性には優しくするようにと言われて育ってきた。
「……もう、じゃんけんで決めたら?」
ぽつりとフェルダが呟いた言葉に、ぴたりと皆が固まる。
「……そうしてください……俺じゃ決められないよ……」
カヴォロに一緒に参加しようって言われて、空さんとロゼさんにお願いされて、もう俺には決められない。
両方と組めたら良いのに。
「誰がじゃんけん強いかしら……」
「レンじゃね? 運良いし」
「どうかな。全員でじゃんけんしてみようか」
「ん。じゃん、けん」
「ぽん! ……レンだな」
余程動体視力があるとかでなければ、基本的には運勝負だろう。
……兄ちゃんなら余程の動体視力がありそうだと言う事は、考えないようにしよう。
「ここは、クラマスである私が……!」
「あんたこういうの外しそうっすよね」
「うぅ……自覚はあります……。
では、カヴォロさんお願いします」
「俺も別に強いとかないが……じゃんけんだぞ……?」
「いや、ここはカヴォロさんっすよ。カヴォロさんしかないっす。
カヴォロさんならライさんを勝ち取れるって信じてるんで」
「そんな期待をされてもな……負けても恨むなよ」
溜息を吐いたカヴォロが前に出る。
「1回勝負ね。あいこは仕切り直し」
「ああ、分かった」
シルトさんとベルデさん、それから朝陽さん、ロゼさん、空さんが固唾を飲んで2人の姿を見守る。
俺達はと言うと、そんな皆を困惑を浮かべた表情で見ることしかできない。
どちらに決まっても、申し訳ない。
「じゃん、けん……ぽん!」