day87 エルフの森
木々の隙間から差し込む太陽の光が、きらきらと辺りの葉を照らしている。
空を飛ぶ水色の小鳥から視線を地面に戻し、小さな白い花をぶちりと抜いた。
「リーノ、後ろからきてます」
「おう! 大丈夫だぜ!」
昨日秋夜さんと別れた後は、返事用のレターセットを買って、銀行にお金を預けて、転移陣でエルフの集落に戻ってきた。
その後、起きてきた皆とアルダガさんからの手紙を読んで、早めの夜ご飯を取った後は兄ちゃんと狩りへと出掛けた。
ちなみにアルダガさんの手紙には、次のお祭りについての話と応援の言葉が並んでいた。
どうやらこの世界でも詳細は昨日の朝に発表されているようで、発表前に送られた手紙には観戦ができるのなら応援しに行くと書かれていた。
頑張らなくては。
「「【呪痺】」」
「次あいつ」
「「はーい!」」
日にち変わって4日後に次の村で待ち合わせであることは皆にも伝えておいた。それから兄ちゃんにも。
秋夜さんの言うようにイベントまで時間がない。
目標であるレベル50まで上がらないかもしれないけど、どの道適正レベルは50より10は高いと思われる場所だ。
ぱぱっと呪いを確認して、帰還石でさくっと帰ってしまおう。帰還石より先に死に戻る可能性は高いけれど。
問題は、その後解呪の方法が見つかるかどうかだけど……呪いさえわかれば、エルムさんに聞いたらわかるかもしれない。
フェルダ曰く、ある程度の呪いなら知っているだろうとのことだ。
とは言え、精霊の呪いだとしたら、エルムさんでも厳しいかもしれないとのことだ。
呪いにも色々あり、精霊が呪いをかけたからといって、絶対に精霊の呪いというわけではないらしい。
精霊の呪いは精霊にしか使えないけど、それ以外の誰でも使える呪いもある。誰でもというのは語弊があるかもしれないけど。
「ライ、集まってる?」
「それなりに?」
皆が戦ってくれている傍で俺が何をしているかと言うと、採取である。
昨日、兄ちゃんがグラーダさんを誘う為にトーラス街に行った時に、朝陽さん達とエルフの集落について話したそうだ。
空さんに報酬で貰った《翡翠聖木の丸太》を渡したら、この森にある素材について興味を持っていたそうで、一緒にくるかと提案したらしいのだけど、他にやる事があるからと断られてしまったらしい。
ということで、空さんが欲しがっているのなら集めるしかないと、採取系スキルを取っていない兄ちゃんの代わりに、俺が採取している。
この森には翡翠聖木や《グリーンクォーツ》といった、魔力の濃い場所でしか生成されないという素材がたくさんあると、エアさんが言っていた。
初日にやる事がなくて色んな草を引き抜いていた時以外で植物を集めた事がないので、何がこの森でしか取れない植物なのか分からず、手当たり次第に抜いている。
「兄ちゃん、空さんの代わりに素材集めることもあるんだと思ってた」
「βの時はしてたんだけど……だめだって言われてね。
素材集めてる時に攻撃されたら死ぬから」
「なるほど……でも兄ちゃんなら、素材集めてても気付きそうだけど」
「しゃがみ込んで草むしりしてたり、斧握ってたりしたら、さすがに反応遅れるよ」
それもそうかと頷いて、目に付いた草を抜く。
俺だって魔力感知で大体の敵の位置がわかっていたとしても、手に持つ草を離し、それから刀を抜いてとしている間で攻撃されてしまうだろう。
俺は一発くらいなら死ぬことはないと思うけど、兄ちゃんは死んでしまう。
「魔物の素材は渡してるけどね」
「皮たくさん落ちるもんね」
「そうだね。それに、空だけでも充分集められるから」
本当は木材も集めたかったけど、木材は伐採スキルがいるそうだ。
取ってもよかったけど、斧を持っていないので諦めた。
ぷちぷちと手当たり次第、目に付く花や草を抜いていると、ぽろりと小さな何かが地面に落ちた。
花がちぎれてしまっただろうかと見てみると、そこには見逃してしまいそうな程小さな粒が落ちていた。
鑑定してみるとそこには『朝露草の種』と表示されている。
「種ってこんな感じで手に入るの……?」
「種が出たの?」
「そうみたい」
「へぇ、良かったね。採取してるとたまに出てくるんだって。
農業スキルで育ててたら、収穫の時に手に入るらしいけど、フィールドではレアみたいだよ」
初めてこの世界に来た日には1つも出なかったから、採取スキルがないと種は出ないのだろう。
俺の運が物凄く悪かった可能性もあるけど。
「農業スキルって採取も一緒に覚えなきゃ収穫できないの?」
「農業スキルだけで良いみたいだね。
フィールドに生えてる植物も採取スキルなしで集められるらしいよ」
「へぇ~そうなんだ」
植物というと……今集めているような草花や、果物とかかな。あとは根菜とか?
採取で取れるサイズの石とか岩とか、あとは海の中の食材とかは取れないってことだろう。
「きのこは?」
「どうだろう。農業スキル取ってる人って、ほとんどいないから、詳しく知らないんだよな。
俺の知り合いにはいないね。空は、調薬で使う素材の為に覚えようか悩んでたかな」
「そっかぁ。じゃあこの種、使うかな?」
「どうかな。農業してる時間がないから悩んでたみたいだけど。
一応これまでに出た種は残してはいるみたい」
「そっか。調薬以外も覚えてるから、他の素材も集めなきゃだもんね」
自分で育てるより、他の素材と一緒にフィールドで集めたほうが良さそうだ。
それにしても、農業か。
次の街であるテラ街が農業をするにはおすすめだと言っていたけど、次の街にプレイヤーが集まりだしたら、農業スキルを取る人も増えるのだろうか。
街で売っている食材にも限りがあるみたいだし、料理する人達は取るのかもしれない。
あとは木工スキルを持っている人も取るかな? 農業と林業の街と言っていたし。
「林業スキルってあるの?」
「ないかな。ただ、木材は農業スキルだけでは集められないらしいよ。
伐採スキルも一緒に取らなきゃいけないみたい」
「へぇ。伐採スキルで木を集めてたら、苗木が取れたりする?」
「そうらしいね」
俺が農業を始めるかはわからないけど、この種は売らずに残しておこう。
空さんが始めるかもしれないし、カヴォロも始めるかもしれないし。
朝露草とやらが料理に使えるのかはわからないけど。
「わ、もうこんな時間か。
皆ー、お昼ご飯にしよー!」
「おや、もうそんな時間ですか」
《魔除けの短剣》を取り出して、地面に刺す。簡易安全地帯の完成だ。
今日のお昼ご飯は野菜炒めと木の実の入ったパン。
アイテムボックスがあると、本来お弁当箱や保存容器に詰めていないと外では食べないようなものでも、お皿で出して食べられる。
「そう言えば、ジオン。料理覚えたいって言ってなかった?」
「そうですね……しかし、必要に駆られないと後回しになってしまいますね」
「あー……たしかに。覚えられたら良いなーくらいだと、そうなるかも。
ジオンって師匠と暮らしてたんだよね? その時はどうしてたの?」
「師匠が作ってましたね。とは言え、師匠も料理は出来なかったので生か焼くかでしたね。
亡くなった後も生か焼くかで、適当に済ませてました。
そこまで食に興味があるわけでもありませんでしたし」
「……なるほど……」
意外とワイルドな一面もあるようだ。
「あー、俺も一緒一緒。
つっても、洞窟ん中にある食べ物なんて、水場の魚か、たまに出てくる魔物の肉くらいだったから、碌なもん食べてなかったなぁ」
「弐ノ国の洞窟?」
「んにゃ。あっこにいた時は食べなくても別に問題なかったからなぁ」
堕ちていたら食べなくて良いのか。そう言われるとそんな気がする。
完全に堕ちていたわけではないから話せていたのかなと思ってたけど、これまでの話を聞く限りどうやらそうではなかったらしい。
たまたま、鉱石を採る音で意識を取り戻したとかなのかな。
「フェルダは?」
「龍人の街にいた頃は外食。
出てってからは一緒だね。適当に焼いて食べてた」
「この世界の人って、生か焼くかが多いの?」
「まさか。俺達が雑過ぎるだけ。特にジオン」
「だな! ジオンは別に、そうするしかなかったってわけじゃなさそうだしなー」
なんというか、地雷すれすれの場所で会話をしている気がする。
ジオンはともかく、リーノとフェルダは、そうせざる得ない状況だったからそうしていただけなのだろう。
「シアとレヴは……?」
「「わかんない!」」
「そっかぁ……」
やっぱり地雷すれすれだ。
「うーん……でも確かに、カヴォロのレストランか他の店で食べるか買ってくるし、困る時ってなかなかないよね」
「そうですね。ライさんがいない間も、同じです。
ですが……次の祭りでは、困るかもしれません」
「あ、そうか。兵士さんのご飯もいるよね」
料理スキルかぁ。カヴォロと仲良くなっていなかったら取っていたかもしれないけど。
自分で作るならカヴォロのご飯を食べに行くし、取ろうとはなかなか思わない。
料理スキルだけでなく、下手に俺が作るより遥か上の品質を作る事ができる生産職の知り合いがいると、同じスキルを取ろうとは思えない。
生産職プレイヤーだともっと良い物を作ろうってなるのかもしれないけど、そこまでの情熱は俺にはない、かな?
いや、もし、同じスキルを取ったなら、負けたくないと思うかもしれないけど。取る前の問題だ。
「あ、ガヴィンさん料理できるかな?」
「さぁ……外食ばっかだと思うけど」
「そっか。さすがにガヴィンさんにお願いするのもね。
お祭りの前にたくさん用意しておけばいっか」
一流の石工職人さんに料理させていては宝の持ち腐れだ。
最悪、生か焼くかで対処しよう。
「料理スキルがなくても問題なく焼けるなら、今度バーベキューとかしたいよね」
「バーベキューでしたら、恐らく大丈夫だとは思いますよ」
「楽しそうだなぁ! やろうぜ!」
「「道具作るー!」」
「キャンプでもする?」
「キャンプ!良いね、今度キャンプしよう!」
お肉は狩りをしていたら手に入るし、玉ねぎなんかの野菜は街で探そう。
そう言えば、クリントさんの牧場でウィンナーが売っていたはずだ。
俺達で用意できない他のキャンプ用品も探さなきゃ。
安全地帯じゃなくても、魔物が出ない場所はある。キャンプに向いているかは別として、霧が出ている状態の迷いの森にもいなかった。
行くのにちょっと時間が掛かるし、道も険しいけど、前に石工の素材を集め歩いた場所も魔物は出なかった。
あの滝周辺はキャンプをするには良いかもしれない。
《魔除けの短剣》があればどこでも出来るけど……何も魔物に囲まれながらキャンプしなくても良いだろう。
「へぇ、楽しそうだね。俺も行って良い?」
「うん! あ、だったら、朝陽さん達も一緒に!」
「ん、聞いてみるよ。カヴォロも呼んだら?」
「それ、良いね! あれ? でも、生か焼くかの話じゃなかったっけ……?」
「はは、そうだね」
「ま、いっか。カヴォロに言っておかなきゃ」
料理スキルがなくてもバーベキューができるか試すのは、カヴォロがいても出来る。
それに、美味しい料理が食べられるならそのほうが良い。
『TO:カヴォロ FROM:ライ
今度キャンプしよう! バーベキューしよう!』
うきうきと心を躍らせながら、カヴォロにメッセージを送る。
『TO:ライ FROM:カヴォロ
よくわからないが、楽しみにしている
ところで、近い内に店に来れないか?』
『TO:カヴォロ FROM:ライ
詳しく決まったらまた連絡するね
明日のお昼でも良い? お昼は忙しいかな?』
『TO:ライ FROM:カヴォロ
明日の昼で構わない』
明日のお昼、覚えておかなきゃ。
生産のお願いかな? 店を開いていると色々必要な物が出てくるのだろう。
「明日のお昼、カヴォロのレストランに行くことになったよ」
「お! 何食うかなー!」
「アタシ、甘いのー」
「ボクも!」
お昼ご飯を食べながら、明日のお昼ご飯の話をする……ご飯の事ばかりだ。
「……カヴォロか。何か用事があるって?」
「それは言ってなかったけど……何かの注文かな?」
お皿が欲しいのならフェルダ、前回のようにカトラリーが欲しいならシアとレヴ、包丁が欲しいならジオン。
そしてコンロや冷蔵庫のような魔道具が欲しいなら俺だ。そしてその全てでリーノの細工が大活躍する。
カヴォロとはスキルの相性が良い。
「んー……そう。分かった」
「? うん。兄ちゃんも行くの?」
「行こうかな。美味しいご飯、食べたいし」
「うん! 楽しみだね!」
さて、午後も採取、それから狩りを頑張ろう。