day83 レベル上げ
「ひぃいいい……! 死ぬ、死ぬ……!」
空気を切り裂くように、細く長い枝があちこちから飛んでくる。
まるで鞭のように縦横無尽に振り回されるそれは、びゅんびゅんと音を立てながら俺達に攻撃を仕掛けている。
夜の森に現れたのは『キラーツリー』。名前の通り、大きな木の魔物だ。
幹にはハロウィンの飾りにあるような、大きな目と大きな口がぽっかりと空いており、ぼんやりと赤色に光っている。
なんと、枝の攻撃だけでなく、あの大きな口から魔法まで吐き出してくる。
避けるだけで精一杯で、一向に近付けない。
兄ちゃんの姿を探せば、離れた場所で枝を避けながら魔力銃を撃つ姿が見えた。
さすがの兄ちゃんもキラーツリー相手には、ゼロ距離発射とはいかないみたいだ。
パーティーを組んでいるわけではないので、兄ちゃんが倒したキラーツリーの経験値が俺達に入ることは当然ない。逆も然りだ。
「ライ、後ろ」
「おわっ!? ごめん、フェルダ!」
ログインしてすぐ、朝食を取った俺達は、次の村に行ってみると言う兄ちゃんと別れ、集落の周りの森で早速狩りを始めた。
昼の魔物も俺達のレベルでは少々手こずったけど、倒すことはできた。
効率は……まぁ、悪くはなさそうだ。一番は岩山脈じゃないかと思うけど。
どれだけ経験値が入っているかはわからないので、断言はできない。
お陰様でレベルも1上がり、夕方になる前に夜の狩りに向けて一旦仮眠を取ろうとエルムさんの家に帰れば、ソファに座ってのんびりウィンドウを眺めている兄ちゃんが待っていた。
次の村に行って戻ってくるには早い時間だったので、驚いた。
順調に進んで、往復で徒歩8時間弱……走って行って、少し村を見て回ってから、走って戻ってきたらしい。
ちなみに、転移陣だけでなく、ギルドもあったそうだ。
これまで行った村には転移陣はあっても、ギルドはなかったので、次の村は大きな村なのかもしれない。
「ライ! うおっと!? あの、あれ! 魔除け使おうぜ!」
「! うん!」
魔石を買った翌日に作っておいた《魔除けの短剣》を取り出し、地面に突き刺すと、辺りにぶわりと光る壁が広がる。
光る壁にバシバシと蔓のような枝が当たる音は聞こえてくるけど、内側には入ってこれないようだ。
「ふぅ……どうしようか。避けるので精いっぱいだよ」
「俺、相性悪いかも。枝が細すぎて攻撃しにくいし、本体に近づくにも枝が邪魔」
「だったら、フェルダは本体まで飛ぶしかねぇな。手伝うぜ」
「ん、わかった。よろしく」
「俺とジオンで援護するよ。それに、避けつつ枝を攻撃できるようにならないと」
「そうですね。あとは、魔法弾で本体を攻撃ですかね」
「ボクたちももっと強くなる! よける!」
「ライくん、だめな時はびりびりの剣使っても良い?」
「うん、もちろん。危ない時は使ってね」
クラーケンにとどめを刺した《稲妻の短剣》だ。
とどめを刺した時に壊れてしまったので、新しく作ったものではあるけれど。
顔を見合わせて全員が頷いた事を確認してから《魔除けの短剣》を抜き取る。
光る壁が消えたと同時に襲い来る枝を潜り抜け、刀を振れば、スパッと音を立てて、枝を斬り落とす事ができた。
切れた枝が地面に落ちるより先にエフェクトと共に消える。
邪魔な枝は斬り落としてしまおう。
「「【呪痺】」」
2人が杖を構えて、本体に呪痺を放つ。
杖を使うようになってから、魔法の威力だけでなく、呪毒や呪痺の効果も上がっている気がする。
キラーツリーは初めて戦う相手なので以前と比べることはできないけれど、全く動けない程の麻痺とまではいかなくとも、明らかに動きが鈍くなっている。
「行くぜ!」
リーノが構えた盾に飛び移り、勢いよく高く飛び上がったフェルダがキラーツリー本体の元へ飛ぶ。
俺とジオンはフェルダの邪魔になりそうな枝に次々と刀を振るい、斬り落としていく。
呪痺で動きの鈍ったキラーツリーの枝を狙うのは難しくない。
ひゅっと空気を裂く音を立てて、空中にいるフェルダの顔を目掛けて伸びてきた枝を、フェルダが掴む。
さすがにノーダメージとはいかなかったようだけど、減ったHPは少ない。
フェルダは枝を握る手に力を入れて、引き寄せるように握った枝を引っ張り、本体の元へと降りた。
「【黒炎弾】」
ふと後ろから魔力を感じ、枝を斬り落としながら視線を向けると、もう1体キラーツリーが姿を現していた。
出し惜しんでいる場合じゃなさそうだと、黒炎弾を打てば、轟々と燃え盛る黒炎が静まると共に、キラーツリーはエフェクトと共に消えた。
長いクールタイムがあるので、次から次へと使えるわけではないし、早くレベルを上げるためにも使っていこう。
それに、黒炎弾のスキルレベルも上げたいし。きっと次に覚える黒炎属性のスキルは、範囲攻撃だ。
メリメリバキバキと音を立てながら、フェルダの鋭い爪がキラーツリーの体を抉り取った。凄い握力だ。
本体の目の前に行ってしまえば、枝の攻撃は飛んでこないらしい。キラーツリーの近くが一番安全なようだ。
大きな口から魔法は飛んでくるだろうけど、枝を避けるよりも楽に避けられそうだ。
「行こう!」
飛んでくる枝を斬り落としつつ、避けて潜りぬけて、キラーツリーの本体まで走る。
シアとレヴはリーノに任せておけば大丈夫だ。
「フェルダ!」
「ん、皆きたね。ここなら余裕」
「うん! 【連斬】!!」
全員で総攻撃だ。枝を斬り落とし続けたことでHPも大分減っている。
リーノとシアとレヴは、クールタイムがあるので一度魔法を使うと暫く攻撃ができないが、リーノは口から出てくる魔法を盾で逸らしてくれているし、シアとレヴも俺達の戦う姿をじっと見て戦い方を覚えようとしている。
「おし、【雷弾】!」
リーノの雷弾が本体に当たると共に、キラーツリーは倒れた。
恐らく火と雷は弱点だろう。鑑定では『弱点属性:あり』としか書かれていないけど。
離れた場所で戦っている兄ちゃんの魔力銃から赤色と黄色の魔力弾が飛んでいることからも、合っているはずだ。
「お疲れ様! なんとかなりそうだね!」
「2体以上になると厳しそうですが、幸い数は多くないようですし、大丈夫でしょう」
「2体出てきた時の事も決めとこうか。ライの黒炎弾が使える時は良いけど」
「うん。その時は黒炎弾で片方倒しちゃうね」
「んじゃ、フェルダ飛ばした後は、俺とジオン、シアとレヴで1体。
ライとフェルダでもう1体だな」
「ん、それが良いね。呪痺はこっち先でいい?」
「うん、大丈夫ー」
「ボクたち頑張るよ!」
呪痺や呪毒にはほとんどクールタイムがない。
何度も使用したからって効果が上がるわけでも、1回分以上の時間が追加されるわけでもないので、そうそう連続して使うこともないからだろう。
大量に敵が襲ってくるような場所では大活躍しそうだ。
今のところ、キラービーの大量発生以外でそんな場面はなかったけど。
それから、ネーレーイスが海を移動する時に、魔物相手に使うスキルだからなのだろう。
戦わなくても逃げられると言っていたことからしても、呪痺と泳ぎの技術で魔物とはあまり戦わずに移動していたんじゃないかと思う。
多分、俺の仲間になったことでスキルレベルが下り、呪毒だけになってしまったけど、その前は呪痺を使って移動していたんじゃないかな。
「3体以上になったらどうするの?」
「……頑張りましょう」
「なるほど……了解」
キラーツリーの魔力を感じて視線を向ける。新たなキラーツリーが現れた。
「よし! 頑張ろう!」
キラーツリーとの戦いは、辺りが明るくなり、キラーツリーが出現しなくなるまで続いた。
昨日からこれまでで、俺とシアとレヴ、フェルダは2、ジオンとリーノは1のレベルが上がっている。
ログアウトするまで狩りをするという兄ちゃんと別れて、俺達はエルムさんの家に帰ってきた。
普段からずっと狩りをしている人は凄い。俺はもうくたくただ。
「んあー疲れたなー!」
「皆お疲れ様。暫くはこんな日が続きそうだけど、大丈夫?」
「ええ、問題ありませんよ。
新たな仲間に会うためですからね」
「それに、祭りに向けて強くなっときたいしね」
「むー……アタシ達も魔法以外使えたらなー」
「杖……あ、フェルダくんの戦い方教えて!」
「お、良いな。格闘術か! 俺も俺も!」
杖や盾を持ちながら戦う方法として、フェルダの格闘術が良いと判断したようだ。
本来、シアとレヴ、それからリーノは、持っているスキルから考えるに、戦闘はあまりしていなかったのではないかと思う。
俺の為にもっと強くなりたいと考えてくれているみたいだ。有難いけど、少し申し訳なさもある。
「んー……教える分は良いけど。
シアとレヴは……前衛向きとは言えないね」
「ボク達じゃできない?」
「出来ないことはないよ。ただ……弓とかのが良いかもね。弓だと教えれる人いないけど。
あと、この辺の敵相手に教えるのはきついな。
ま、そんな焦んなくても良いんじゃない?」
「うん。皆もう、充分過ぎるくらい強いよ。
いつも助けてくれてありがとう」
「そうですね。それに、私とライさん以外の全員が肉弾戦となると……」
「……暑苦しいな?」
1体の魔物相手に4人が集まって肉弾戦をしかけているところを想像して、笑ってしまう。
そこに俺とジオンが刀で参戦するのか。
「あはは、それはそれで、見てみたいけど。ふふふふ」
「おしくらまんじゅうみたいになるねえ。
うーん……じゃあボクたちは、リーノくんに守ってもらわなくても良くなるように頑張る」
「うん。そしたらリーノくんは、もっと違うことができるね」
「おう! そうだな! 一緒に頑張ろうぜ!」
俺は本当に、仲間に恵まれていると思う。皆のお陰で毎日凄く楽しい。
それに、ここまで戦えるようになったのも、それから色んな事が出来るようになったのも、皆のお陰だ。
皆が今日の狩りの事を話す声に耳を傾けながら、戦利品の鑑定をしていく。
キラーツリーのドロップアイテムは《キラーツリーの木材》と《キラーツリーの樹皮》の2種類のようだ。
木工で使える素材なのかな。エルフの集落にはそう簡単にはこれないし、珍しい素材かもしれない。
空さん……は、兄ちゃんが渡すかな。だったら、ベルデさんに聞いてみよう。
光球作りの報酬で貰った《翡翠聖木の丸太》で杖を作って欲しいとお願いするときに持って行こう。
《キラーツリーの木材》は長さ30センチ程の加工された角材なのに比べて、《翡翠聖木の丸太》は長さは揃えてあるものの、樹皮のついた丸太だ。
長さは1mくらいありそうだ。直径は……20㎝くらいあるかな。これ1つでシアとレヴの杖何本分だろうか。
それが5個もあるのだから驚くしかない。
その上、融合と凝固両方を使って作った光球では釣り合わないからと、追加の報酬を後日渡すと言っていた。
俺が勝手にしたことだし充分過ぎる程に貰ったから大丈夫だと断ったけれど……駄目だった。
エルフの集落の長が報酬を出し惜しんだなんて思われるわけにはいかないなんて言ってたけど、思うわけがない。
「ライー。羊皮紙と羽ペン貸してくれねぇか?」
「良いよ」
アイテムボックスから鞄を取り出して、中に入った羊皮紙と羽ペンをリーノに手渡す。
「何をするの?」
「いつもはライがいねぇ間、大体生産してっからなー」
「なるほど……」
この前、光球に使う為の鉱石と宝石は採りに行ったけど、ほとんど残っていない。
集落を見て回るのも限界があるだろう。大きな集落ではないし。
「絵しりとりするんだよー」
「良いね、楽しそう。皆、絵は得意なの?」
「絵を描いた記憶がないんですよね……負け戦なのでは……?」
「そうかぁ? 俺も絵は描いたことないぜ?」
「あれだけ繊細な装飾をしているのですから、絵も描けますよ、きっと。
それにフェルダも陶器に絵を描いてましたし……」
「ま、それなりには描けると思うけど」
「アタシ達はどうかなー?」
「お絵かき……大好きだと思う!」
「おや……これは困りましたね」
ジオンの絵か……想像できないな。
さらりと描いてしまいそうな気もするけど……。
ジオンの言う通り、リーノとフェルダは絵が上手そうだ。
シアとレヴは、見た目から想像するのは、子供の描く微笑ましい絵だけど……どうだろう。実際の年齢を聞いたことはない。
クラーケンが出たのは凄く昔の事みたいだけど、シアとレヴはその当時の銀の洞窟で暮らしていたようだし。
だけど、言動が大人びてるとかもない。可愛らしい良い子達だ。
「ね、今から一緒に1回戦しない?
お昼ご飯まで少し時間があるし」
「お! 良いな! やろうぜ!」
「ライくんが1番ね」
「最初は『り』だよー」
結果は予想通り、リーノとフェルダは凄く上手で、シアとレヴは微笑ましい絵だった。
ジオンは……ジオンにも苦手な事があったようだ。