day81 光球作り
「29、30、31……」
「ライくん、32個ー!」
「シア、レヴ、こちらの分を忘れてますよ」
「細工できたぜー!」
描いても描いても終わらない。200個まではまだまだ遠い。
繰り返し同じ魔法陣を描いているから、魔力だけを意識して何も考えずに描ける程に覚えてしまった。
その分、描くスピードは上がっているし、魔力を均一に保つことも、少し出来るようになってきた。
ちょっとでも集中力を切らすと一瞬で散ってしまうような、脆い魔力だけど。
「んあー……! さすがに手が疲れてきた」
「休憩にしよ。紅茶とクッキー買ってきたよ」
「わ、良いね。休憩にしよう!」
全員で机を囲んで、フェルダが買ってきてくれた紅茶とお菓子でおやつタイムだ。
兄ちゃんは迷宮の石があるという秘密の場所へ出掛けている。
「やっぱり、今日中には終わりそうにないね」
「最初より早くなってるけど、無理だろね」
「だよねぇ。明日も光球作りだなぁ」
もぐもぐと口を動かして、木の実の入った香ばしいクッキーを食べる。
疲れた体に甘いものが染みる。
「ライさん、集落の方にお話を聞いたのですが、ここから4時間程進めば村があるそうです」
「そうなの? あ、地図出すね」
机の上に地図を広げて皆で覗き込む。
「この辺りに村があるとか」
アクア街から東側に、エルフの集落から北側に進んで交差する場所に村があるそうだ。
村から更に東側に進むとテラ街、北側に進めば哀歌の森とのことで。
「次の村には、転移陣あるかな?」
「さて……そこまではわかりませんね。
村の場所は知っていても、訪れたことはないそうですので……」
「なるほど。街から距離があるから、ありそうだけど」
アクア街からテラ街に行く途中の中間地点の村のようだから、恐らくあるだろう。
トーラス街の家をずっと空けているのは少々不安がある。
泥棒とか侵入者とかの心配ではなく、手紙がきてるかもしれないし。
それから、エルフの集落には銀行がないのでお金もちょっと不安……っと思ったけど、そう言えば、オークションに出品していたんだった。
期間も過ぎていることだし、後で確認しておこう。
ジオン達の所持金も心許なくなってきたようだし、丁度良い。纏めて渡しておこう。
光球作りが終わったら、アクア街に戻ろうと思っていたけど、次の村に行くほうが近いし、哀歌の森に行きやすくなるなら、村に行ったほうが良さそうだ。
転移陣がなかったら、結局アクア街まで歩いて戻ることになるけれど。
「問題は今のレベルで村まで辿り着けるかだね。
迷いの森では魔物も出なかったし……レベル上げが出来ないから」
「迷宮の石の効果がない状態……今の俺らの状態だな!
今の状態なら、集落の周りの森に魔物出るんだってよ」
「へぇ~! そうなんだ? 古の技術って凄いね」
迷いの森から亜空間に来たみたいだ。でも、同じ森だとエアさんは言っていたし、あの霧だらけの森が変化した……いや、この集落と周囲の森が霧だらけの森に変化しているように見えているだけなのかな。
一定以上は近付けないようになっていて、そのラインの外をぐるぐる迷い続けるのかもしれない。
ラインの内側には魔物もいるし、エルフの皆が棲んでいる……とか、かな?
でも、そうだとしたら、鐘を鳴らした後、集落の中心にいたのは少し謎だ。やはり古の技術凄い。
「狩りできそうかな?」
「ライさんが帰られた後、レンさんが狩りに行ったそうですが、恐らく大丈夫だろうとおっしゃってましたよ」
「兄ちゃん、俺が帰った後に狩りまでしてたんだ……。
大丈夫そうなら、暫くはここに滞在して、レベル上げしようか。
一応、エアさんに聞いてからのほうが良いよね」
いくら光球作りのお手伝いをしたからと言って、いつまでも滞在するとなると許可は必要だろう。
迷惑をかけるつもりはないけれど、あくまで、ただのお客さんだ。
「それから……エルフの集落の東側にある山の向こうには行かないほうが良いと言われましたね」
「東側……地図じゃわかりにくいね。この辺りに山があるのかな?」
「ええ、そうですね。一応集落からも高い山が連なっているのが見えました」
「道が険しい? 敵が強い?」
「それもあるのでしょうが……」
ジオンが言いにくそうに口を閉じる。
そんなジオンの姿を見たフェルダが口を開いた。
「……多分、件の精霊の集落がある」
「なるほど……哀歌の森の近くなのかと思ってたけど……」
「自分が参ノ国のどの辺りにいたか、はっきりと知ってるわけじゃねぇから、違うかもだけど。
哀歌の森の北にある洞窟内に、別の種族の集落……ノッカーの集落がある、はず。
だとしたら、俺の知る限り、近くに精霊の集落はなかったぜ」
「北の洞窟……」
「聞いた限りは、そこだと思う。
洞窟のある岩山の向こうはすげー寒いって言ってたから」
リーノの故郷があるという場所を指でなぞる。
堕ちた精霊の話を聞いて、そして、その話を聞いたリーノの反応とこれまでの発言から、この集落には近付かないほうが良いと感じている。
恐らくリーノも、堕ちた精霊と似た境遇だったのではないかと思うからだ。
「どうする? 殴り込みに行く?」
……どっちをだろうか。
この先仲間になるかもしれない精霊さんの故郷なのか、リーノの故郷なのか。
いや、リーノはまだそうと決まったわけではないし、本人が話したくなるまで、待とうって思っているから、殴り込みに行くのは時期尚早だ。多分。
「触らぬ神……精霊に祟りなし、だよ。触れずにいよう。怖いし」
「呪いはどうすんだ?」
「なるほど……呪いか……。
呪いが解ける日って言うのが、堕ちた元亜人から回復するってことだったり……」
「ないんじゃない? 語り継がれていく内に脚色されたって可能性はあるけど。
長生きな種族だから語り継がれた世代はそう多くないはず」
何年前の話かはわからないけど、例えばエルフが100年……いや、エルムさんの話を聞いている限り、もっと長生きしてそうだ。
300年生きるとして、5代先だけで1,500年。確かに、そんな遠い祖先の話ではないのかもしれない。
語り継がれた世代が多くなればなるほど、伝言ゲームのように話が変わってしまうだろうけど、少なければほとんど変わらないだろう。
「呪いの詳細はわかりませんが、エルフの集落は自然に溢れています。
哀歌の森も、ギルドの職員によると調薬で使えるキノコが群生してるという話ですし、森もエルフの皆さんも呪いを受けているようには見受けられませんね」
「呪った術者……今回は、精霊の王? が、既に死んでる可能性がないわけではないけど……。
精霊は、自然の力さえあれば生きていけるような種族だから、死んでるとは考えにくい」
「良い人になってたりはー?」
「呪いやめるよってならない?」
「本人じゃなくて周りに呪いを与えるようなやつが改心するとは思えねぇけどなぁ」
「ま、呪いが解けたからって、堕ちる前に回復するわけじゃないから、長い年月の中で解けてる可能性もないわけではない」
そうだったら良いけど、解けてなかった時が困る。
今回もテイムが成功するまで何度も挑戦するつもりだけど、成功した時に周りの森が呪われたり、この集落の皆が呪われたなんてことになるのだけは避けたい。
「ってことは……テイムする前に、解呪するしかない……?」
「……堕ちた元亜人を解呪してる暇なんかあるか? 無理じゃねぇか……?」
「解呪する方法は、2つかな。精霊の王に呪いを解くように頼むか、呪いを返すか」
「呪いを返したらどうなるの?」
「そりゃ……ま、精霊の集落は滅ぶだろね。
頼んで解いてもらうなら、術者本人に影響はあれど、集落が滅ぶまではいかない」
俺が呪いを返したら、一つの集落が滅ぶなんて、俺には耐えられない。
因果応報、人を呪わば穴二つ、と言えばそうなんだろうけど、だからって、そんな重荷は抱えきれない。
それに、哀歌の森の精霊さんもそんなこと望んでいないだろう。
「精霊の集落に行こう」
「……何が起きるかわかりません。交渉材料を増やしておきましょう」
「交渉材料?」
「はい。呪いを返す方法を探しましょう」
「それは……交渉材料ではなく、脅迫材料では……?」
呪いを解かなければ、呪いを返すと脅すということだ。
「そうとも言いますね。何にせよ呪いを解かない事には、彼女を助けることはできません。
彼女を助けないという選択肢はないのでしょう?」
「うん……ない」
「でしたら、最悪の場合、呪いを返すことになるかもしれません。
既に呪いが解けているなら、精霊の集落に行く必要も、返す方法を探す必要もありませんが……」
「何よりも先に、呪いを確認しなきゃいけないってことだね」
「そだね。それに、返す方法を探すなら、どんな呪いか見とかないと」
「どんな呪いかって、ぱっと見てわかるものなの?
のんびり見てる時間はないと思うけど……」
「……呪いに詳しい方がいらっしゃれば良いのですが……」
「婆さんなら……」
「無理無理。堕ちた元亜人の目の前までエルムさんを連れて行くなんて無理だよ」
死んでしまう。どれだけ呪いに詳しくても、この世界の人には頼めない。
となると……プレイヤーに頼むしかないけど……呪いに詳しいプレイヤーなんて、心当たりがない。
「鑑定で見れたりしないかな?」
「余程高ければ? けど、呪いを生業にしてる人でもないと見えないかも」
「ボク達、呪えるよ」
「分かるかなー?」
「シアとレヴが鑑定覚えたら見えるようにならねぇか?」
「見えるとしても、鑑定を覚えるまでにどれ程の時間を要するか……」
「魔力感知だとどうかな?」
「これまで、シアとレヴが呪言使った後、見えてた?」
「さっぱり。魔力が見えても呪いまではわかんないよね」
皆で頭を傾ける。
とにかく、何の呪いがかけられているかが分かれば良いだけだ。
鑑定のレベルを上げる……呪いが分かるレベルがどれくらいなのか。
現状、魔物を鑑定しても雑な情報しか出てこない。
「……あー……」
頭に浮かんだ名前に顔を顰める。
頼み事なんてしたら何を言われるかわからない。確実に余計な一言は飛んできそうだ。
でも、俺も頼みを聞いたことはある……まぁ、お金貰ってるし、頼み事というよりはただの取引だけど。
唸り声をあげて、大きく溜息を吐く。
「俺達の鑑定とは違う、何かが見えている秋夜さんなら、見えるかもしれない」
あの時の会話を思い出す。
どう種族が見えるのか聞いた時、秋夜さんは『鑑定と似たようなもんなんじゃないの』と答えていた。
よく考えてみれば、秋夜さんは鑑定をβの頃に使ったことがあるはずだ。
鑑定を取らない人はまずいないという話だし、秋夜さんならスキルレベルも高かっただろう。
鑑定のレベルが上がったら分かるようになるかという俺の言葉には『さぁ』としか答えてなかったし。
はぐらかされていたようだ。
隠しているのか、説明が面倒くさかったのかはわからないけれど。多分、後者だと思う。
生命力はともかく、弱点や種族なんかは、鑑定のスキルレベルが上がれば秋夜さんのように見えるのかと思っていたけど、そうじゃないのかもしれない。
「呪いが何かまでは見えなくても、俺達じゃ見えない事が見えるかもしれないし、頼んでみるよ」
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干す。
秋夜さんを探さなければ。
暫くは弐ノ国の岩山脈で狩りをすると言っていたから、トーラス街にはいる……のかな。
俺が堕ちた元亜人しかテイムできないって話は、クラーケンの頭の上で話したから知っているだろう。
ほとんど寝ていたから聞いてなかった可能性はある。
呪いを確認しに行く時は、兄ちゃんと一緒じゃなくて良いかな。
2人が揃っても別に喧嘩が始まるとかではないけれど。
「さて、やる事も決まったし、作業再開しないとね」
「おう! んじゃ、俺も細工だな!」
兄ちゃんに出かける前に凝固してもらった光属性が付与された宝石はまだたくさんある。
それから、リーノの雷弾を融合した鉱石も。
この2種類があれば、この家の光球には届かないけれど、それなりの物は作れているはずだ。
テストでは特に問題はなかった。寿命がどうなるかは、予想できないけど。
「あと……えーと……170個くらい? 頑張ろう!」
これだけ大量に作る機会はなかなかないし、スキルレベルを上げるチャンスだ。
ギルドで受ける生産依頼のように、スキルレベルが上がりやすくなっているのかわからないけど、200個も作ったらスキルレベルは最低でも2は上がると思う。
それ以上に上がるようだったら、ギルドの生産依頼と同じ扱いになってると考えて良さそうだ。




