day78 堕ちた精霊
「前提として、精霊は必ず自然の力を持って生まれるんだ。
火の精霊や水の精霊、木の精霊といったようにね。
森で木の精霊が、火山で火の精霊が……けれど、湖で火の精霊が生まれることも珍しくはないそうだよ」
「必ずしもその属性に近い場所で生まれるってわけじゃないんだね」
「そう。そして、火の精霊は火を纏い、水の精霊は水を纏う。他の精霊もね。
もちろん、火の精霊は火の魔法が得意で、水の精霊は水の魔法が得意だ」
湖で火の精霊が生まれる事には驚いたが、それ以外は概ね精霊のイメージ通りだ。
「さて……それを踏まえて、話を始めようか」
エアさんは一度口を閉じると、俺達を一度見渡して、口を開いた。
とある森で大層可愛らしい女の子の精霊が生まれた。
しかし、彼女は自然の力を持たず、何も纏わず、どの魔法も持っていなかった。
自然の力を持たぬ彼女を、精霊達は忌み子として迫害し、故郷から追い出した。
彼女は故郷の森を追われ、歩き続けて、やがてエルフの森に辿り着いた。
エルフ達は魔法を持たない彼女に同情し、受け入れる。
中には魔法を持たない彼女に嫌悪感を示すエルフもいたが、どんな時でも笑顔を絶やさない彼女の明るさに、エルフ達は惹かれ、やがて彼女の事を嫌う人はいなくなった。
同情を向けていた人達も、嫌悪感を露わにしていた人達も、彼女の事が大好きになった。
魔法を覚えて見返してやろうと1人のエルフが言う。
魔法を覚えたら故郷に受け入れてもらえるかもしれないと彼女は喜んだ。
彼女はエルフ達と一緒に魔法の練習をするようになった。
魔法を習得するのは簡単な事じゃない。けれど彼女も、それからエルフ達も諦めなかった。
エルフ達にとって、彼女は種族を越えた家族であり、友人だった。
魔法の練習だけでなく、彼女と一緒に様々な時間を過ごした。
今日はお菓子作りをしよう。
今日は湖で釣りをしよう。
今日はみんなでお昼寝だ。
彼女は裁縫が得意だった。彼女が機を織る時間がエルフ達は好きだった。
心地よい機織りの音と一緒に、美しい歌声が聞こえてくる。
時折聞こえてくる悲しい歌声が嫌いだった。
楽器を弾いて、歌って、森で見つけた珍しい草花の事を話せば、彼女は笑った。
彼女がエルフの森に来てから、数えきれない程の長い年月が流れた。
彼女は遂に魔法を覚える。
木属性、風属性、光属性。エルフが得意な魔法だ。
彼女が故郷へ旅立つ日、エルフ達は涙を流しながら笑顔で見送った。
遊びにおいでと口々に告げ、彼女もまた、遊びに来ると告げて旅立った。
そうして、彼女は数百年ぶりに故郷へと足を踏み入れる。
しかし、精霊の長は彼女の言葉を聞き入れることはなかった。
返ってきた言葉は呪いの言葉。
お前にありもしない希望を持たせた者達を呪おう。森を呪おう。
彼女は走る。魔物に襲われ、傷だらけになっても彼女は走った。
辿り着いたエルフの森。
木々は枯れ、花は散り、エルフ達の力は失われていた。
エルフ達は言う。
精霊が憎い。許すことは出来ない。
けれど君は友人だ。家族だ。君の事は大好きなんだ。
だから悲しまないで。君の事を恨む者は1人もいない。
彼女は言う。
私には何もない。だから、私は友人の全ての呪いを受け入れられる。
私は家族の悲しみや憎しみ、苦しみの全てを受け入れられる。
私は強くない。それでも、貴方達と過ごした日々が、私の希望になる。
どうか、私を森の奥深くに閉じ込めてください。いつか、私の呪いが解ける日まで。
力を失うエルフ達では彼女を止めることは出来ない。
彼女は全ての呪い、悲しみ、憎しみ、苦しみを受け入れ、森の奥深くに消えた。
エルフ達は彼女の願いを叶え、森に魔法を掛けた。
彼女をこれ以上、悲しませないために。
ベッドの上に腰かけて、項垂れる。
初めて、堕ちた元亜人になってしまった経緯を聞いた。
シアとレヴの過去を想像したことはあったけど、実際に聞くのは違う。
どうしても気持ちがどんよりしてしまう。
そうか。堕ちた元亜人が仲間になるというのは、こういうことなのか。
「……自然の力を持たない……突然変異種だったのでしょうね」
「けっ。……姿……性質が少し違うってだけで、他はなんも変わんねぇのに」
ぽつりとリーノが呟いた。
「ま、堕ちた元亜人がいるってわかったんだし、行ってみようぜ」
「そう、だね……」
リーノも、シアとレヴも、様々な負の感情を抱えきれなくなって堕ちてしまったのだろう。
今は皆で冒険して、生産して、騒いだり笑ったり、楽しそうにしているけれど、過去には抱えきれなくなる程の出来事が起きている。
テイマーである俺が責任を持って幸せにしなければ。
「……よし! レベル上げ頑張らなきゃね!」
「仲間増えるー?」
「精霊さん?」
「そうですね。精霊は上位種族ですし、条件は満たされているのではないかと」
「上位種族は基本が強いからね。俺も龍人から変異した時、一気に上がったし」
「そうなの? ガヴィンさんはフェルダの事、格好良くて、強くて優しいって言ってたけど、それって龍人の頃の話だよね?」
「……ガヴィンがそんなこと言うわけない……」
「言ってたよ! 言って……言ってはなかったかも」
俺の兄ちゃんの話をして、ガヴィンさんのお兄さんはどんな人かと聞いたら、俺と同じだと答えていた。
言ってはない……言ってはないけど、俺と同じなら言ったと同じではないだろうか。
「ま、単純な力比べなら、あいつのが強かったんじゃない?
喧嘩っ早いし、すぐ手が出るし……俺の2倍以上ある石像投げてきたこともあったし」
「なんでそんなことに……?」
「気に入らない事があったんだろね」
俺はあの時、兄ちゃんが強いというのを、単純に戦闘能力の話で言ったけど、強さにも色々ある。
精神面が強いとか、体調を崩し難いといった体が強い人等、様々だ。
「ライ、俺も一緒に行っていい? パーティー組めなくても大丈夫だから」
「それは構わないけど……いくら兄ちゃんでも、多分死ぬと思うよ?
俺はもちろん死ぬ……と、思う。これまで死ななかった時ないし」
「うん。それも含めて、話で聞いただけだから、対面しておきたい。
この先、堕ちた元亜人じゃなくても、堕ちた魔物に会うことがあるかもしれないし」
「なるほど……うん、良いよ。一緒に行こう、兄ちゃん」
「物好きだなー。堕ちた魔物なんて、会ったら逃げるが鉄則だぜ?
ま、逃げる暇がありゃいいけどな!」
今のところ、俺がテイムできる相手、つまり☆4以上の人型ユニークにしか出会ったことがないけれど、これはただ単に運が良かっただけか、それともこの世界にはその条件の堕ちた元亜人しかいないのか。
この世界の皆に話を聞いている限り、後者はなさそうだけれど。
それに、堕ちた魔物についても、実際にジオンが過去に見た事があると言っていた覚えがある。
兄ちゃんの言う通り、この先会うこともあるかもしれない。そうなっても、倒せないだろうし、リーノのいう通り逃げる時間があれば逃げるしかなさそうだけれど。
そもそも、レベルが上がれば倒せるものなのだろうか。
エアさんによると、堕ちた元亜人や魔物が堕ちる前の状態に回復したなんて話はないようだ。
俺のようにテイムしたら回復するのかもしれないけれど、堕ちた元亜人や魔物をテイムしようとする人は……この世界のテイマーにはいないんじゃないかと思う。
俺達プレイヤーなら、テイムしてみようとする人はいそうではあるけれど。
堕ちた元亜人や魔物に会ったらテイム……が、必勝法なのではないだろうか。
それか、倒す方法ではなく、テイム以外の方法で回復させる方法を探したほうが良いかもしれない。
シアとレヴが、かくれんぼだけでなく、その後テイムする必要があったことからも、説得できれば良いというだけではなさそうだ。
こういうことはエルムさんと考えたほうが、何か良い案が出てくるかもしれない。
エルムさんは物知りだし、何より長生きのようなので、過去の色んな事例を知っているから、何かヒントになるようなことも知っている、もしくは閃く可能性がある。
「お祭りまで、あと……23日? 当日を抜いたら22日か」
「気付いた時には当日になっていそうですね」
「うん、そうだね。まだ、詳細も分かっていないし。
詳細が分かったら、やる事が増えそう」
全くすることがないなんてこともあるだろうけど、イベントしかり、レイド戦しかり、何か大きな事が起きる時は決まって生産祭りになる。
これから、レベルを上げて……兄ちゃんによれば、哀歌の森の敵はこれまでの傾向から考えると、恐らく適正レベルは55から60くらいではないかとのことだ。
これまでもそうしてきたように、適正レベルよりもレベルが低くても行くつもりだけど、平均レベルが50になるくらいにはレベル上げをしておいたほうがよさそうだ。
皆のレベルはプレイヤー換算だと……うん。俺があと9上がれば、皆も50には届かなくても、近いレベルにはなれるはずだ。
ジオンとリーノは恐らくプレイヤー換算で50を越えられると思う。
ここ数日狩りをしている感じ、1日1レベルか3日で2レベルくらいのペースで上がっているので、俺がレベル50になるには……10日以上かかるかな。
1日1レベルなら9日だけど、いくら適正レベルより上の場所で狩りをしているからって、仲間もいるしぽんぽん上がるとは思えない。
兄ちゃんが大体1日1レベル上がっているそうだけど、それは朝も夜も、1日のほとんどの時間を狩りをして過ごしているからだ。
レベル上げ、それから哀歌の森までの移動で……余裕を見て15日ってとこかな。
そしたらもう1週間しか残っていない。しかも、その内4日は丸一日いない。半日いない日も4日ある。
光球を作るのに1日……か、2日か。1日で出来たら良いけれど。
時間が足りない。イベントに間に合わせなくては。
「兄ちゃん達はお祭りに向けてしていることあるの?」
「狩りとか? 割といつも通りだよ。
メンバー数の上限が増えたら、クラメンを増やしてって感じかな」
「ちなみに今の人数は……」
「14人だね」
「って、ことは……クランレベル3かぁ。俺達も最近狩りしてたけど、1のままだよ」
「人数が多い上に、全員狩りばかりしてるからね」
「そっかぁ。俺達も早く2に上がらないかなぁ。
……まぁ、上がったところで、何も変わらないんだけど……」
メンバー数の上限が増えても誘う相手はいないし、クランルームが欲しいわけでもない。
でも、せっかくならレベルを上げたいという気持ちはある。
誘う相手……なんとか、勇気を振り絞って誘うことが出来る相手……つまり、それなりに話したことがある相手、かな。
カヴォロ以外を誘おうって考えたことがなかった。
他に誘えそうな相手は……よしぷよさんは、俺を誘ってくれたってことはあの時既にクランを組んでいたんだろう。
恐らくおもちさんも同じクランだと思う。
あとは……ソウム、とか? 話した内に入るのか、分からないけど。
でも、いきなり誘って迷惑じゃ、ないかな。大して仲良くない相手に誘われて入ってくれるかな。
それに、強そうな人だったし、もうクランに入ってるかもしれない。
でも、聞いてみるだけなら……聞いてみよう、かな? 仲良くなれるなら、なりたいし。
……会えるかな。いつも谷底にいるってわけじゃないだろうし、普段どこにいるんだろう。
「兄ちゃんは明日どうするの? 今日はここに泊まるんだよね?」
「うん、今日はここに泊まるよ。明日は集落を見て回ろうかな。
明日になれば動きやすくなるみたいだしね」
「ハンモックを受け取りに行ってる間はどうだった?」
「んー……可もなく不可もなく? 知らないエルフがいるなって感じではあったけど」
「仲間意識が強い人達なんだね」
俺達も明日は観光しようかな。
どれ程の光球を作る必要があるのかわからないし、明日はあまり時間がない。
魔法陣の用意だけはしておいて、実際に作るのは次にログインした時にしよう。
招待状はこの先も使えるそうだけど、転移陣はないみたいだし、次いつまた訪れるかわからない。
エアさんは、明日になれば集落の皆も歓迎してくれるようになると言っていたけど、歓迎……とまではいかなくても、仲良くなれたら良いな。