day76 後方支援と前衛
「ふむ。やはりフェルダの種族特性が活かせていない分、随分時間が掛かりますね。
平地なので戦いやすくはありますが」
「竜種以外でも攻撃力上がってるんだろ?
けどやっぱ対竜種が比べ物にならねぇくらい上がってんだなー」
そもそも、龍種または竜種に対する攻撃力上昇とはどういうことなのだろうか。
龍人も龍種のような気がするけれど……あくまで魔物として出てくる龍が龍種なのかな。
敵対する亜人……フィールドにいるような魔物に亜人はいないと言うけれど、例えば龍人同士の領地争いとか、そういう状況になった時、フェルダに勝てる人はいるのだろうか。
だから呪われている……とか? でも、黒龍の呪いだって書いてたし、黒龍人……黒龍に呪われたから黒龍人になったのか、黒龍人になった後に呪われたのか。
「ね、フェルダ。黒龍の呪いってなに?」
「あー……黒龍を殺したから」
「な、るほど……」
倒したではなく、殺した、か。
この世界の人達は魔物を倒したとか、討伐とか、対魔物でも殺すという表現は使わないように感じる。
いや、俺達も使わないか。結局似た意味なんだろうけど、なかなか使うことはない。
龍人の村が半壊した出来事に関係があるのかな。
だとしたら……フェルダが話してくれるまでは聞かないほうが良いだろう。
200年もの間、その出来事が原因で姿を消していたようだし。
「ね、ライ。ちょっと試したいことがあるんだけど」
「なに?」
「後方支援と前衛に別れてやってみない?」
「ん? 遠距離と近距離ってこと?」
「じゃなくて。テイマーと従魔ってこと。
一応言っとくけど、ライが弱いとか、前衛に向いてないとかって話じゃないよ」
「いやぁ……ステータスも前衛向きじゃないし、ジオンの刀があるからなんとかなってるって自覚はあるよ」
「そりゃSTRはないかもだけど、ライは戦えてるよ。
いくらステータスが前衛向きだからって、戦えなきゃ意味ない」
「そう? へへ、嬉しいな。先生が良いからね」
「いえいえ、ライさんの努力の賜ですよ」
成長出来ているようで嬉しい。
ジオンやフェルダにはまだまだ届かないけど、これからも頑張ろう。
「それで、後方支援と前衛に別れるって?」
「うん。本来のテイマーは後方支援がほとんど。
だからこそ、対従魔のスキルがある。ライの持ってる従魔回復、従魔念話ね」
「ああ、確かに、そうだよね。他にも……対従魔のスキルあったと思う」
従魔回復を覚えた時、従魔念話はなかったはずだ。
つまり、仲間が増えたか、テイムスキルのレベルが上がったことでスキルも増えたのだろう。
「テイマースキルを覚えろって話じゃないよ。
例えば従魔回復。従魔回復にもMPは必要だしクールタイムもある。戦況を見極める必要がある」
「そうだね……回復したい時に出来ないっていうのは困るよね」
「ま、今のところそんなことになったことはないけど……この先どうなるかわからない」
「そうだよね。次のお祭りにしたって、何が起きるかわからないもんね」
「ん。で、正直なところ、ライは状況把握はそんなに得意じゃなさそうだなって思うんだけど、どう?」
「う……それは、そうかも」
従魔回復だって、目の前で攻撃を受けた人に使ってしまっているし、自分が戦っている時、みんなの動きに意識を向けられているかと言われると……出来ていない。目の前にいるならまだしも、クラーケンの時の秋夜さんのような事は出来ていない。
魔力感知を意識するようになってからは、多少、近くに魔物が来ているとかはわかるようになったけど。
「こんだけ個々が強いと、必要な場面もなかったんだろうけどね」
「そうだなー。正直、俺もあんま出来てねぇかも。
まぁ、誰かが気付くし、それ伝えてたから問題なかったし」
「ボク言われなきゃわかんない……」
「アタシ達ライ君見てるよー」
「私達ももっと成長できるってことですね」
話しながら、一旦近くの安全地帯へ移動する。
ひっきりなしに魔物がやってくるような、入れ食い状態というわけではないから、狩りをしながら話すことはできるけれど、新たな戦術となるとしっかり聞いたほうが良いはずだ。
テイマースキルを覚えろという話じゃないとフェルダは言っていたけれど、スキル一覧も確認しておきたい。
安全地帯に座り、ウィンドウを開いて、スキル一覧からテイマースキルを探す。
ずらりと並ぶ文字を飛ばしていくと、『従魔強化』と『従魔治療』の文字を見つけることができた。
その周辺に『???』と表示されているスキルも並んでいるので、この先も増えそうだ。
関係ないスキルの可能性もあるけれど。
「後方支援って言うと……やっぱり、皆にバフを切らさないとか、そういうのかな?
一応、従魔強化と従魔治療ってスキルが覚えられるみたいだけど」
「今回後方支援と前衛に別れるのは、あくまで状況把握の練習だからね。
後方支援の練習ってわけじゃないよ」
「そうですね。まずは、後方から私達を見ていただければ良いかと」
「見るだけで良いの?」
「うん。あと、隠密使って」
「了解。……やっぱり、スキル覚えるよ。
他のスキルだと使わないとかあるかもだけど、これは絶対に使うからね」
SPはどちらも15とちょっと多めだけど、テイマーなら覚えるべきスキルだと思う。
覚えてしまうまで、スキル詳細は見れないけど、強化はステータス強化だろうし、治療は……状態異常の回復だろう。
兄ちゃんの聖属性で治癒弾があったはずだ。あれは確か……毒状態の回復だったかな。
治療と治癒の差はなんだろう。麻痺と毒とか? 覚えてみたらわかるか。
早速SPを合計30消費して、従魔強化と従魔治療を覚える。
新たに追加されたスキルを確認すると、従魔強化と従魔治療が新たに追加されており、また、『従魔治療』の下に『従魔治癒』と表示されていた。
黒炎属性の黒炎弾、黒炎纏のように、従魔治癒のスキルレベルを上げると新たにスキルが増えていくようだ。
「貰ってるポーションあるし、従魔回復は頻繁にしなくて良いよ。
そこは見極めて。ま、そこまで危険な状態にはならないと思うけど」
「うん、分かった」
全員のHPにも気を配り、MPは……マナポーションを飲ませに行くのは現実的ではない気がする。
エリアルマナポーションのように砕けば回復するなら出来るけど、ポーション類は飲まなきゃ回復しない。
従魔回復のMP版が今後出てきたら良いのだけれど。
それから、従魔強化。全員に一気にかけられたら良いけど、使ってみないと分からない。
スキル説明には『従魔を強化する』としか書かれていないし。相変わらず不親切だ。
単体なら、まずはジオンか、フェルダか……肉弾戦のフェルダを先に強化したほうが良いのかな。
いや、それとも、壁になるリーノだろうか。
シアとレヴは水弾にしても呪言にしても、離れた場所から届くから、強化は最後でも大丈夫だろう。一番心配ではあるが。
「ボク達ライくんの近くにいるね」
「ん、そだね。シアとレヴはそのほうが良いかも」
「短剣の練習しても良いんじゃねぇか?」
「練習するならもう少しレベルの低い魔物が良いと思いますよ」
「あーそうだなぁ」
「今度練習連れて行ってー」
「ええ、そうしましょう。
それでは、行きましょうか」
「うん! しっかり見てる!」
安全地帯から出て、周囲を見渡す。
アクア街周辺はジャングルだ。狩猟祭の時のジャングルと似ているが、あの時程鬱蒼とはしておらず、広い空間も多い。
また、全部の敵が隠れているということもなく、数もあそこまでは多くない。
そして、アクア街周辺の敵はこれまでの狩場と違い、1種類だけじゃない。
例えばはじまりの街周辺なら、スライム、先に進めばホーンラビット、その先がポイズンラビットと出現していたが、同じ場所に2種類の魔物が出現したことはなかった。
『ウェネスス』、『ティグニス』、『ヴァンパイアラビット』……最後だけ英語だ。
兎系の魔物はラビットが必ず付くのだろうか。見た目は兎なんて可愛らしいものではないが。
ちなみに、ウェネススは熊のような、ティグニスは虎のような大きな魔物だ。
ヴァンパイアラビットも兎なんて大きさではなく、シアとレヴよりも少し大きい。
「【従魔強化】」
悩んだ末フェルダに向けて使った従魔強化は、薄紅色のオーラとなってフェルダの体を包んで消えた。
どうやら、1人ずつのようだ。クールタイムは凄く短い。頻繁に使うようなスキルでもないからだろうか。回復し次第順に使おう。
先陣を切ったのはフェルダだ。駆け出したフェルダは立ち上がり威嚇するウェネススの喉元を狙ってその鋭い爪を振るった。
さすがにあれ程大きな魔物となると掴み上げるなんてことは出来ないので、フェルダはそのまま地面を蹴り、ウェネススの頭に手を置くと、ウェネススの頭上を飛び越え後ろ側へと降りた。
それと同時か少し早いかのタイミングでジオンが刀を振るう。
っと、クールタイムが回復している。ジオンに従魔強化を使わないと。
ジオンを襲うウェネススの攻撃を、リーノが盾で弾き返すと、バランスを崩したウェネススが後ろによろめいた。
その瞬間、ジオンとリーノがウェネススから距離を取ったかと思えば、ウェネススの体が勢いよく倒れた。
巨体に隠れて見えなかったが、フェルダが後ろから蹴り上げたらしい。
ジオンとリーノは何故フェルダが蹴りで攻撃することがわかったのだろう。
「シア! レヴ!」
リーノが声を上げる。慌てて視線をリーノへ動かせば、生い茂る草からヴァンパイアラビットが飛び出してきていた。
フェルダに視線を向けていた為、気付けなかった。
「シア、レヴ、呪痺を」
「「【呪痺】」」
もっと視野を広く持たなければ。
あ、HPも確認して……っと、フェルダが毒状態になってる。
「【従魔治癒】」
これまでも皆が戦う姿は見ていたけど、戦いの最中で見るのと、じっくり見るのでは全然違う。
こうして皆が戦う姿を見ていると、普段俺がどれだけ皆に助けられていたかが分かる。
いつも俺に合わせて戦ってくれていたのだろう。
フェルダに投げ飛ばされたヴァンパイアラビットを、ウェネススと対峙しているジオンが刀で弾き返した。
シアとレヴよりも大きなヴァンパイアラビットをああも簡単にぽんぽんと宙に浮かせるなんて、2人共力持ちだ。もちろん、力だけではないのだろうけど。
「【雷弾】」
弾き返されて宙に浮くヴァンパイアラビットに雷弾が飛んで行く。
ふわりとエフェクトが舞い、ヴァンパイアラビットは地面に落ちることなく消えていった。
フェルダは投げ飛ばしたヴァンパイアラビットに見向きもせず、新たに現れたティグニスの相手を始めている。
今のもそうだ。お互いの位置や敵の位置を、いつの間に把握していたのだろう。
もしあの場に俺がいたら、フェルダはジオンに向かって投げ飛ばすなんてことはしなかったのではないかと思う。
軌道上に俺がいないのであれば、投げ飛ばしたかもしれないけど、いつもの俺の立ち位置を考えるに、軌道上にいただろう。
俺だったら、気付かなかった。あの場面で、弾き返す……ことは無理だけど、避けるなり追撃するなり出来ていたらもっと効率は上がる。
全員の戦い方、動きや癖、こういう時はこうするって事をもっと知る必要がある。
俺とジオンは長い間一緒に戦ってきたけど、最近仲間になったばかりのフェルダとジオンのほうが連携が取れていることが見て取れる。
あの2人が戦いに慣れているというのももちろんあるのだろうが、俺と出会うまで、盾を持ったことがなかったらしいリーノも、2人の動きを邪魔することなく、2人を攻撃から守っている。
リーノが盾を使うタイミングは、2人が避けない時。避けられないわけではないだろう。避ける時と避けない時を選んでいる。
「【従魔強化】」
気付いたら、最初に付けたフェルダのバフが消えていた。
まだ、シアとレヴに従魔強化を使っていなかったのに。クールタイムはとっくに回復していた。
クールタイムを頭の中で数えていたら気付けるだろうか。
「あ! 【従魔治癒】!」
ああ……ちっとも上手くいかない。後方支援って難しい。
もっと素早く、あちこちに意識を向けなければ。