day76 カヴォロ・秋夜・レン
「それでは……クラン会議を始めたいと思います!
場所を提供してくれたカヴォロさんに感謝を!」
カウンターの中から、テーブル席に座るクランのメンバーを眺める。
いつの間にやら1人増えていたらしい。そう言えば、チャットが動いてた気がする。
「聞いたよベルちゃん。ライさんが、杖買ってくれたんだって?」
「そうなんすよ。お陰で売り上げアップっす」
「いいなぁ~うちにも買いにきてくれないかなぁ」
「品評会で入賞できてからはお客さん増えましたけど、ライさんが買って行ってくれると箔が付きますからね」
俺からしたら、災害のようなものだったが、生産職の連中にとっては金のなる木のようなものらしい。
俺もこうして金に困ることなく、レストランを経営できているのだから、分からないことはない。
「カヴォロさん、景気はどうっすか?」
「暇で良いぞ。ライはよく来るが……それと、さっきスライムもきたな」
「でしたら、また忙しくなるでしょうね」
「そっすねー。彼、なんだかんだ人望あるから」
スライムの分も食事を頼んでいたようだが、結局あのスライムがどうやって食べたのかは見れていない。
口はどこにあるんだろう。なくなっていたし、食べたんだろうが。
「あ、シルトちゃん、キャベツさんどうなったの?
クラン入ってくれそう?」
「えーと……そうですね……あ! カヴォロさん、ごめんなさい。
私てっきり、誘うのが無理なんだと思ってたんです」
「いや……俺も言葉が足りなかった。悪い」
「ふむ……既にクラン加入済みですか」
俺の調理器具にキャベツモチーフが彫ってあったからって、キャベツさんと呼ぶのはいかがなものだろうか。
シルトの事は嫌いではないが、ネーミングセンスに関してはどうかと思う。
「そっか……残念……」
「カヴォロはどこで出会ったんです?」
「レンの知り合いだ」
「カヴォちゃん、いつも濁すよね~」
「そのあだ名はやめろ」
「ねぇねぇカヴォちゃん。炉を頼めないかなぁ? 菖蒲ちゃんのガラス細工用の!」
「えっ、私……!? どうしてみきちゃんが私の炉をキャベツさんに頼むの……!?」
「いらない? 欲しくない?」
「ほ、欲しいけど……でも、炉はこれまでに出品されたことないから……」
「菖蒲は石工スキルも持っているのですから、ご自身で作ってみてはどうですか?」
「炉は作れても……魔道具にはできないから……それに、食器メインで作ってるから……」
「空さんに頼んでみるとか?」
「……捕まえられるかなぁ」
「街の魔道具職人に頼めば、魔道具にしてくれるらしいですよ」
「魔道具職人ってどこにいるんすか?」
「クラーケンの防衛戦の時はいらっしゃっていたそうですが……」
「参加してないからわかんないよ~……」
ライは基本的に、頼まれない限りは今知っている物か自分が必要な物以外は作ろうとしないようだ。
コンロを出品している時もあったが、最近は出品されていない。練習だったのだろうか。
それはテイムモンスターである彼等も同じようだ。
装備条件が上のレベルの武器を作っていなかったのが良い例だろう。
「どのような方なのでしょうね……僕、会ったことありますか?」
「あんたの交友関係を俺が把握してると思うのか……?」
「うーん……この話やめないっすか?
なーんか、知らないほうが良い気がするんすよねぇ」
「そうですね……私もそう思います」
「うん? 何かあった?」
「そういうわけじゃないっすけど」
「2人がそう言うのであれば、やめましょうか」
「ま、そうだねー。隠す理由があるのを暴くのはやめよっか」
「うちのクランにはこないってことで、この話は終わりですね」
シルトとベルデに視線を向ける。
俺の視線に気づいた2人は、小さく頷いて見せた。
どうやらライと話して、何かに気付いたらしい。
秋夜のように、気付いたやつは他にもいるのかもしれないが、面倒なことになりそうだと黙っているのだろう。
掲示板でももしかして、なんて話が出ていたが、今はその噂も完全に消えている。
最近は作業場ではなく家で生産していることもあり、街以外での目撃証言が少ないライは、適正レベルの高い場所で狩りをしているのだろうと思われている。
それから秋夜が、わざわざ遠回しな言い方を人前でするのも理由の1つだろう。
本人にその自覚がないのが困りものだ。ライはどうやら掲示板は一切見ていないらしい。
確かに、あれだけ自分の名前が上がっているなんて知ったら、ライは委縮してしまいそうではある。
本人は有名プレイヤーに憧れがあるとは言っていたが……本当にそう望んでいるのだろうか。
◇
「秋夜さん、一緒に狩り行きましょうよ」
「嫌」
クランハウス買ったの失敗だったかなぁ。
だらだらするのに良いから買ったけど、僕がいるとわかればどこからともなく沸いて出る。
「秋夜さん、俺らの武器も作ってもらってくださいよ~!」
「考えとくよ」
「もう! イベントのためですよ!」
「自分で探して頼みなよ」
ソファーに寝転がりながら、ウィンドウを開く。
新しい武器、出てるな。
作ってるのはテイムモンスターの氷鬼みたいだけど、何かをしてるのは恐らくライ君だ。
種族スキル……かな。ライ君が種族スキルを使っているところは見たことがない。
黒炎属性は違うようだし。仮に種族スキルだとしても、僕に種族スキルが3つあることから、他にもスキルがあるはずだ。
そう言えば、あの日……『5は付けて欲しい』とか言ってたっけ。
ライ君のテイムモンスターが付ける付与を変えられる? 数値まで?
「ヒントだけでも教えてくださいよぉ……」
「少し考えたらわかるでしょ」
「……もしかして……あいつっすか!?」
「誰?」
「あのスカしたやつっすよ!」
「はぁ……? ああ、お兄ちゃんね。頼んできたら?」
「ぜってー嫌っす! はっ! 秋夜さん、あいつに頼んだんすか!?」
「さぁねぇ」
そう言えば……お兄ちゃんが持ってた魔力銃も、同じ気配だった。
僕のデスサイズより濃い。ライ君や氷鬼が持つ武器に近い気配だ。
「んー……」
ボス級モンスターの素材みたいなやつを使ってるってことかねぇ。
ってことは、鉱石自体に仕掛けがあるのかな。魔法鉱石って言葉も出ていた覚えがあるし。
INTがないと装備できないみたいだし、属性を増やしてもらうのは無理か。デバフならいけんのかね。
売りに出される武器やアクセサリーの付与は、氷晶属性、雷属性。それから、麻痺や睡眠等のデバフ系。
恐らく水属性の武器も作れるんだろうけど、それを作らないのは……テイムモンスターがそうしているのかな。
「秋夜さん! クラン入れて欲しいってやつがいるんですけど、どうしますか?」
「物好きだねぇ……君らの好きにしていいよ。申請きたら承認しとくから」
「わかりました! 審査しときます!」
「はいはい。任せたよ」
大きなあくびが出る。
本当に面倒臭いな、この種族特性。怠い。
「あ、そうだ。君、鉱石欲しいって言ってたよねぇ。
倉庫に入れといたから、好きに使って」
「まじですか!? ありがとうございます!」
「秋夜さん、いつも俺らが欲しいアイテム集めてくれますけど……や! 嬉しいし有難いんですよ!?
でも、秋夜さんの狩りの邪魔になるなら、俺ら自分で集めるんで、言ってくださいよ」
「種族特性がなけりゃ、わざわざ君らの素材集めたりしないよ。
休憩してる時に適当に集めてるだけ。
僕の心配より、レベル上げしてきなよ。僕より弱いんだからさぁ」
今すぐ、狩りに行ってくれないかな。
だらだらしてるだけなんだから、一緒にいる必要もないだろうに。
「秋夜さーん! あいつのレストラン、見つけましたよ!」
「あいつ? ああ、カヴォロ君ね」
「テイクアウトしてきたんで、食べてください!」
「……君達は僕のなんなの? 従者かなにか?
まー……せっかく買ってきてくれたんだし、貰うけどさぁ」
「いつも色々世話してもらってるんで、お礼ですよ!」
「はぁ……あーもう。君達、狩りに行ってきなよ。
一番レベル上がった人と今度一緒に狩り行ってあげるからさぁ」
「! 行ってきます!!」
「約束ですからね!?」
「俺が一番になってやりますから!」
「一緒に狩りしてたら同じだけ上がるんじゃね?」
「全員同じだけレベル上がったら、全員で行けるな!? そうするか!」
「バカ言わないで。3人までね」
◇
「え? 手品師の人、本当に手品したの?」
「凄かったよ」
「良いな。私も見たい」
「友達いねぇっつってたわりに、行動力あんなぁ」
「んー……手品してる時とそれ以外では、違う人みたいだったかな」
「うん? ああ……別人になりきると話せることってあるわよね」
「それ以外でも、全く話せないってわけではなさそうだったけど」
来李と少し似ていると思う。仲良くなれそうだと思うけど、残念ながら今回は手品だけで終わってしまった。
来李も慣れていない相手には、俺や父さんの真似をして話すきらいがある。その俺や父さんも外面ではあるけれど。
本来の来李は、甘えたがりで素直で、頑固者。好奇心旺盛で、気まぐれ……ま、可愛い弟だ。
本人は自分の事をお喋りだと思っているようだけど、実はそんなに口数は多くない。家族に対しては別だ。
緊張しているのもあるのだろうが、恐らく頭の中で色々考えていて、それを話したつもりになっているのではないかと、俺は思っている。
その結果、クールな印象を持たれているようだ。
「ライ君、今のところ誰も誘ってないみたいだけど……って、そもそも、ライ君ってカヴォロ君以外に誰かと仲良かったっけ?」
「んあー? 俺らだろ? それから、最近は生産頑張る隊のやつと話してんじゃなかったか?」
「あとスライムの人」
「……他は? 俺らが知らないだけで、誰かと話してんじゃねぇの?」
「いないね。この世界の人達とは仲良いけど」
「そうねぇ……クランに誘えたら、一気に大所帯だったんだろうけど……」
「誘えなくて良かった。エルムさんが入ったら終わり」
「ああ……そりゃ無理だな……レイド戦の終了時間早めちゃうような人だぜ?」
「どうなってるのかしらね……そういうフラグ?
エルムさん……魔道具職人さんと交流があれば、とか?」
「分からないけど、何かしらフラグを踏んでたんだろうね」
レイド戦程の大きなフラグはともかく、小さなフラグを踏むこと自体は珍しくない。
最近もアクア街行きの船でユニークモンスターに襲われたと聞いた。
確か……1人のプレイヤーが、前日に水中呼吸のアクセを装備して、海で泳いでたら何か呪いを貰ったという話だったかな。
「自分とテイムモンスターだけのクランが良いとか、そういうのじゃないのよね?」
「違うね」
「だったら、手品師の彼の何がだめだったのかしら。仲の良さ?」
「そもそも彼、クランに入れて欲しいなんて一言も言ってなかったよ」
「そりゃ無理だわ……突然手品するのは出来てそれは言えないのかよ……」
「相変わらず私達とはフレンド登録したくないみたいだし……」
「登録したくないとかじゃなくて、忘れてるだけだよ」
「フレンド登録を? 忘れるか?」
「んー……ま、朝陽が登録しようって言ったら喜ぶよ」
来李はとことん自分に自信がない。自分じゃ無理だと思ってしまうらしい。
そして、それを考えてしまわないように頭の片隅に持って行く。防衛本能ってやつかな。
掲示板のことだって知ってるはずなのに、思い出すこともないようだ。
原因は……同級生。と言っても、来李が件の噂現場に出くわしたのは小学生の時なのだけれど。
確かにあの頃の来李はとにかく可愛くて、女の子みたいだった。
同級生の子達は、だから嫌いとか、そういう意味で話していたわけじゃないみたいだけど……ま、来李を苦しめている原因を擁護する気はない。
今の来李は、中性的な顔立ちではあるのだろうけれど、女顔ではない。
細身ではあるが、身長も170㎝を超えている。頼りないと思う人もいないはずだ。
そんなことないと家族が言っても、気を使わせていると思ってしまうらしい。
筋肉があれば自信が出るなんて言ってるけど……正直、むきむきな来李なんて見たくない。
驚く程筋肉が付きにくいみたいだし、心配する必要はなさそうだけど。
最近は、少しずつ良い方向に変わって行ってるんじゃないかなと思う。
相変わらず、知らない人と話す時は緊張してるみたいだけど。