day76 魔石取引
「この辺だと思うんだけど……」
色んなお店が立ち並ぶ道で、きょろきょろと辺りを見渡す。
エルムさんは一風変わった店と言っていたけれど、海の街に良く似合う外観のお店しか見当たらない。
「……ライ、あっちに変な店あるけど」
「変な店?」
「蛙が飛び出てる」
細い路地へ入って行くフェルダの後を追えば、フェルダの言う通り、今にもこちらに飛び掛かってきそうな大きな蛙の彫刻が、壁に飾られているお店があった。
立派な大蛇の彫刻が柱に巻き付き、軒先にぶらぶらと骸骨が釣り下がっている。
「……ここ、でしょうか?」
「そうなんじゃないかな……?」
木造メインで作られたトロピカルな建造物か、遺跡のような建造物が多い中、随分趣の違うお店だ。
看板には『魔道具』とだけ書かれている。
「魔道具……入ってみようか」
魔石だけでなく、魔道具も売っているのだろうか。看板から見るに魔道具のほうがメインのようにも思える。
何はともあれ、入ってみなければ分からないと扉の前に立てば、扉に掛けられた兎の彫刻と目が合った。
開けにくさを感じながらノブを回せば、ギィと不気味な音を立てて扉が開いた。
「こんにちは~……」
「……へぇ。珍しい客。
街で売ってるような魔道具は売ってないよ」
「どんな魔道具が売ってるの?」
辺りには所狭しと小さな物から大きな物まで、様々な魔道具……恐らく魔道具であろう物が並んでいる。
カウンターの中に座っていた店主さんは、億劫そうに立ち上がると、1つの木でできた小さな魚を手に取った。
「水の中に入れたら泳ぐ魚」
「インテリアに良さそうだね」
「……暗い場所で叫び声をあげる人形」
「肝試しに使えそうだね」
「……月夜に踊る妖精」
「ロマンチックだね」
「……なに、あんた。何しに来たの?」
「魔石を買いに来たんだけど」
「だったら最初からそう言って。
ここにある魔道具は、魔道具職人共がふざけて作って押し付けてきたゴミしかないんだよ」
「色んな魔道具があるんだね」
魔道具と言うよりは、おもちゃに近いのかな。
魔道具職人さん達の遊び心が感じられる。
「あんた、魔道具製造スキル持ってんの?
持ってるから来たんだろうけど、異世界の旅人でしょ?
師匠は誰? 言える?」
「師匠はエルムさん……えっと、弐ノ国のカプリコーン街に住んでて、エルフで……」
「あ? はぁ!? 本当、そういうのは最初に言うべきでしょ。
ゴミ押し付けるとこだったじゃん……はぁ……。
はいはい、婆さんの弟子ね。聞いた聞いた」
「ご、ごめんなさい……」
「で? 何が必要?
基本属性なら、すぐに用意できるけど」
基本属性と言うと、スキル一覧で覚えられる属性のこと……ってことで良いのかな?
火、水、風、木、雷、光、闇、聖……だったはずだ。
「進化属性は……必要なら言って。
いくつかは置いてあるけど、時間貰えれば用意できる属性もあるよ」
「俺、あんまり属性について詳しくないんだけど、光属性の進化属性って何?」
「彩光、閃光、光華、光芒……彩光ならあるけど、閃光以上は時間貰っても無理。
それと、光属性と水属性で氷属性にも特殊進化するね」
店内には魔道具が置かれているだけで、魔石は1つも見当たらない。
別の場所に置いてあるのだろうか。どんな魔石があるのか見てみたかったな。
「《風魔石》と……《彩光魔石》……かな?」
「風属性は……カットした魔石ある?」
「カットした魔石は持ってきてるよ」
アイテムボックスから魔石を取り出して、カウンターに並べる。
いくつくらい封印してもらえるものなのだろうか。
「へぇ。腕の良い細工職人がいるみたいじゃん。
魔石自体は弐ノ国で取れる……言っちゃなんだけど、そんなに品質の良い物じゃないのに、カットで品質が上がってる」
さすがリーノだ。早く新しい研磨機を用意しなくては。
そうしたら、もっと品質の良い魔石を用意できるようになるはずだ。
「《彩光魔石》は5個しかないかな。それ以上なら時間貰う。1個75,000CZ。
風属性の封印は……品質によるけど、どれくらいが欲しい?」
「3か4が良いんだけど、出来る?」
「当然。それじゃ、4にしとこうか。1個……35,000CZ。
珍しい属性持ってんなら、交換でも良いけど」
思っていたより、高い。買取額の3倍ではないのは確かだ。
でも、確かに買取額だと進化属性なんかはほとんど考慮されていないみたいだし、買取額の設定が気に食わないと言っていたエルムさんの姿が頭に浮かぶ。
お金は……足りないわけではないけど、たくさんは買えないかな。
「《氷晶魔石》を持ってきてるんだけど、これでも良い?」
「氷晶? そんなの持ってんの? ああ……あんた雪鬼?
ここらでは見かけないから、てっきりただの鬼人かと思った」
「ジオンが氷鬼だよ。氷鬼は氷属性に進化しやすいとかあるの?」
「氷鬼? 従魔のほうが? 封印してんのはあんただよね? ……まぁ、いっか。
進化も何も、雪国生まれの種族は、生まれた時から氷属性ってやつが多いんだよ」
「なるほど。雪国の人にとって氷属性は基本属性みたいなものなのか。
ジオンもそうなの? 雪国出身ではないみたいだけど……」
「ええ、そうですね。光属性と水属性、どちらも持っていないでしょう?」
「進化しても、元の属性は残るんだ?」
「特殊進化だとそうですね。ちなみに、魔刀術等だと刀術は残りませんが、魔法は残りますよ」
「属性が2つあったら、どっちの魔刀術になるの?」
「さて……」
魔法属性のスキルと刀術スキルのレベルが上がれば魔刀術になるそうだ。他の剣術や大剣術も同じだろう。
どれだけスキルレベルが上がったら魔刀術になるかはわからないけど、例えば火属性と水属性の両方を持っていて、それぞれが同じだけ上がった時、火魔刀術になるのか水魔刀術になるのか……。
俺にしてもジオンにしても、魔法属性が1つしかないのでわからない。
「魔法の進化のことはそれなりに知ってるけど、武器の事はわかんない。
そもそも、そんな2個も3個も魔法属性持ってるやつのが稀だし」
「……でも、店主さんも、属性色々持ってるってことだよね?」
「基本属性はね。スキルレベルは高くない。
だからこそ、こうして魔石屋やってんだけど」
「全部研究して覚えたの?」
「あー……そういう家系? と言っても今は僕だけだけど。
ま、魔道具職人には2個以上持ってるやつもいないわけじゃないね。
ただ、そういうやつは大体長生き」
長生きだとそれだけ長い時間、魔法属性の勉強が出来るということだろう。
「《氷晶魔石》の品質は?」
「3だよ」
「だったら、《氷晶魔石》2個と品質3の《彩光魔石》3個交換。
品質4の《風魔石》なら、《氷晶魔石》1個で3個かな」
「じゃあ、4個出すから、《彩光魔石》3個と《風魔石》6個お願いします」
「あいよ。じゃ、封印してくるから、待ってて。
《彩光魔石》も持ってくる。作業場の中、覗かないでね」
「の、覗いたら……いなくなったり、とんでもない事が起きたりする?」
「はぁ? 何それ。散らかってるから見られたくないだけだよ。
まぁ、店内も散らかってるけど」
昔話や神話によくあるあれかと思った。
さすがに、お店の作業場を覗いたりはしない……お店じゃなくても、用もないのに許可なく作業場を覗いたりはしないけれど。
カウンターの中にある扉の中に入って行った店主さんを待つこと十数分、がちゃりと扉が開き、魔石を持った店主さんが戻ってきた。
覗くなと言われると覗きたくなる気持ちが……少しだけわかったような気がする。
「はい。《風魔石》6個と《彩光魔石》3個ね。一応確認して」
「あ、俺もこれ。《氷晶魔石》4個。確認お願いします」
カウンターの上に並ぶ使われなかった魔石をアイテムボックスに戻して、《氷晶魔石》を4個取り出して、並べる。
1つずつ手に取り確認している店主さんと共に、俺も店主さんが用意してくれた魔石を確認していく。
とは言え、鑑定で出てくる表示以上のことはわからないのだけれど。
店主さんやエルムさんのようにカットのこととか、魔石自体のことは俺にはわからない。
「問題ない?」
「うん、多分。よくわからないけど」
「ま、こういうのは慣れだから。余程鑑定のレベルが高いならともかく、わかんないこともある。
こっちも問題ないよ。別にいくつか売ってくれない? 交換より安くなるけど」
「それはまぁ、そういうものだと思うから良いけど……寧ろ、交換だと高くなるの?」
「高くなるっていうか、等価? この店で売る時と同じ金額で交換してる。
買取でもそうすると、売り上げなくなっちゃうし」
「交換でも、買取額と同じで良いと思うけど……」
「交換できる属性持ってる人のが少ないし、それに、優遇しといたほうが、後から頼み事しやすいし」
「頼み事?」
「注文あった時とか。封印してもらいたいから」
確かに珍しい属性なら交換すると言っていたし、基本属性だと交換は受け付けてないのだろう。
そして、珍しい属性を持っている相手には、今後封印をお願いしたいと。
「《氷晶魔石》の注文来た時、頼んで良い?
魔石はこっちで出すし、報酬も出すから。あー……婆さんに怒られる?」
「構わないよ。封印の練習にもなるし」
「やった。ありがと。あんた……名前は?」
「ライだよ。店主さんは?」
「僕はヤカ。ライ、ね……ん? あー……知り合いに……レ、レ……?
レイ……レン? そんな名前のやついる?」
「え!? うん、兄ちゃんがレンだけど……」
「はいはい。見た事ある気がしてたけど、なるほど。
狩猟祭、見たよ。凄い魔法使ってたから覚えてる。
IDある? 婆さん経由のが良い?」
「大丈夫、IDあるよ。遅くても届いて2日以内には気付くと思うけど」
「充分。この店のIDも教えとく。注文ある時は手紙で言ってくれたら、用意しとくよ。
封印も魔石送ってくれたら用意できるし」
「ありがとう。今度からはそうするね。
《氷晶魔石》いくつ売ったら良い?」
「いくつでも。あるだけくれたらありがたいけど」
全部で10個持ってきたから、残りは6個だ。
カットした魔石もあるし、この場で封印することも出来るけれど。
「6個あるよ。もっと欲しいなら封印するけど……」
「いや、6個で充分。1個50,000CZでどう?」
「うん、大丈夫」
そもそも買取額以外の、職人さん達での取引金額はよくわかっていないし、交渉自体得意ではない。
先程聞いた《彩光魔石》の値段を考えるに……うん、売上を詮索するのはやめよう。
「全部で30万CZね。ありがと」
「こちらこそ。まさか魔石を買いに来てお金が増えるなんて思ってなかったよ」
「普通はね。ライは特別。ま、そうじゃなくても、婆さんの弟子ってだけでそれなりに優遇するけど」
「エルムさんには頭が上がらないな」
「そりゃそうでしょ……だって婆さんだよ?
よく弟子なんかになれたね」
「運が良かったよ。あ、でも興味を持って貰えたのは皆のお陰だね」
俺が融合ができることが分かって、魔道具製造スキルを覚えてみないかと言われたのは確かだけど、その前に、料理や鍛冶、細工のことで興味を持ってくれたんだと思うので、運だけでは……ないかな?
まぁ……ジオンとリーノが仲間になってくれたことは運が良かったに違いないし、カヴォロとの出会いも、運が良かったと言われたらそうなのだけれど。
「ちなみに、なんの属性を封印できんの?」
「えーと……こ……」
「こ?」
「……氷晶以外だと、雷、水、闇だね」
「狩猟祭で最後に使ってたやつは?
あの威力なら灼熱か紅蓮……いや、鬼人だから黒炎か」
「えっと……紅蓮? 火の進化って、炎、火炎、灼熱、黒炎じゃなかった?」
「鬼人ならね。それ以外は紅蓮」
この世界に入ってきた1日目、ジオンが話していたことを思い出す。
黒炎属性は鬼人が火属性を極めた先だと言っていたはずだ。
「種族によって進化が変わることもあるんだ……なるほど。知らなかったよ」
「僕も本で読んだだけだから、それが真実かはわかんないけど。
そもそも火炎ならともかく灼熱属性持ってるやつすら珍しいからね。
それで、灼熱だか黒炎だかは封印できないの?」
「やー……実はエルムさんに、《黒炎魔石》は渡したらダメだって言われてて……2回も」
「なるほど……黒炎か。ま、確かに知られたら面倒か。うん、了解。
氷晶属性を封印してくれる取引先が増えただけでも万々歳ってことで、黒炎属性のことは忘れるよ。婆さんが怖いしね」