day76 魔法使い
『船旅は楽しめたようだね。何よりだ。
アクア街には魔石を売る店があるので、行ってみると良い。君には必要な場面も多くなるだろう。
店主は変わり者の男だが、悪いやつではない。
店の場所を教えておく。一風変わった店構えの店を探せば見つかるはずだ。』
便箋には、少しだけ右上がりの美しい文字が綴られている。
エルムさんの書く文字は、エルムさんの描く魔法陣に似ていると思う。
繊細で、綺麗で、最初から最後まで一度の乱れも見つからない。
「リーノ、風の魔石手に入りそうだよ」
「お! ってことは、研磨機が新しく出来るのか?」
「うん。アクア街に魔石屋さんがあるみたい」
『珍しい属性でなければ、カットした魔石を持って行けばその場で封印してくれる。
リーノのカットした魔石より質の良い魔石なんてそうそうないから、持って行くと良い。
ああ、そうだ。珍しい属性の魔石を欲しがっているだろうが、黒炎魔石は売らないように。
氷晶魔石ならまぁ、いくつか渡しても問題はない。が、君の好きにしなさい。黒炎魔石は駄目だ』
黒炎魔石は売らないようにしよう。色んな魔道具職人さんから封印魔石を買って、売っているお店だろうか。
魔石を持ち込めばその場で封印もしてくれるようだし、店主さんも魔道具製造スキルを持つ魔道具職人さんなのかな。
『さて、君の質問について答えよう。
私の出身ではないが、参ノ国のエルフの集落の長とは長い付き合いだ。
君の話をしたら、是非会いたいと言っていた。招待状を同封しておくから失くさないように。
街の魔道具の修繕を手伝わされるだろうが……まぁ、良い訓練にはなる』
「ライさん、クリントさんからも牛乳が届いてましたよ。
勝手ながら、冷蔵便でしたので、開封して冷蔵庫へ入れております」
「ありがとう、ジオン。俺がいない間の荷物は、皆が確認してくれて大丈夫だよ」
お礼のお手紙を書いておかなきゃ。
何か送れるものがあればよかったけど、今のところ珍しい物は見つけていない。
「ライくん牛乳飲んでいい?」
「もちろん。俺も飲もうかな」
「アタシ入れてくるねー!」
「ありがとう、シア」
『それからハイエルフでも可能かについては、正直に言えばわからない。
私も長い事生きているが、ハイエルフなんてレン以外に1人しか見たことがないからな。
試しに、迷いの森にレンを1人で放ってみたらどうだ?』
放つって……動物じゃないんだから。
『パーティーの話についても、わからん。そもそも私達の認識ではパーティーの人数に明確な制限はない。
冒険者は大体3人から5人で組んでいることが多いようだが。
何にせよ、招待状があれば、同行者も含め集落への立ち入りが許可されるので心配しなくて良い』
兄ちゃんも一緒にエルフの集落に行けそうだ。
招待状を送ってくれたエルムさんには感謝してもしきれない。
エルムさんにもお礼の手紙を書かなければ。
封筒に同封されている招待状を取り出し、開いてみるが、何が書かれているのかさっぱりわからない。
文字というよりは絵……魔法陣に似ている気がする。迷わなくなるための魔道具のようなものなのだろうか。
失くさないように、アイテムボックスに入れておこう。
「今日は、アクア街周辺で狩りをしようか」
「岩山脈と敵の強さはあまり変わらないというお話でしたっけ?」
「うん、そうみたいだよ」
空を飛ぶ敵はいないようだし、岩山脈は足場も岩でぼこぼこしているので、アクア街周辺のほうが戦いやすいだろう。
とは言え、フェルダがいるので、岩山脈のほうが効率は上じゃないかと思う。
さて、俺がいない間に作ってくれた装備をオークションに出品しておかなければ。
35の武器が3本に、25のアクセサリーが4個だ。もう1本あるけれど……。
「そう言えば、素材付与どうだった?」
「ええ、糊が必要だというリーノの考えは正しかったようです。
ただ……凄く時間がかかりますね。慣れたらもう少し、時間短縮できそうですが」
「ってことは、百発百中成功?」
「3本しか作ってませんが、今のところはそうですね」
「あ、この武器、素材付与だったんだ。言われてみれば、3種類付与効果あるね」
「はい。魔法鉱石と魔法宝石、それからワイバーンの素材で素材付与したものです。
素材付与は素材の数が増えれば増える程、成功が……いえ、糊付けが難しくなりそうです。
魔金属が手に入るようになれば、もっと楽に糊付けできるのかもしれません」
「魔金属? そう言えば、最初の頃ににジオンが言ってたね」
「はい。魔物から手に入る鉱石なんですが、魔金属と一緒に素材付与をすると成功しやすくなると聞いたことがあります。
恐らく糊の役割になるのではないかと。付与は成功率の低さから敬遠されているので、あまり詳しくは話されていないのですが」
「魔金属は手に入りにくいの?」
「この辺りでは、そうかもしれません。肆ノ国では多くはないですが手に入っていましたよ。
私も扱ったことはあるのですが、付与の為に使ったことはないですね」
全てをオークションに出品した頃、コンコンとノックの音が響いた。
兄ちゃんなら扉を開けるだろうし、誰だろうか。
「はーい……って、秋夜さん?」
「おはよ。デスサイズ、出来た?」
「よくわかったね。出来てるよ」
「まー、君がいない間に作るんじゃないかって思って」
「その通りだよ」
秋夜さんを中に招き入れ、リーノの作業机の傍に置かれているデスサイズの元へ向かう。
前回のデスサイズ同様、それはもう厨二心擽られるデザインとなっている。
鉄と銀、どちらも銀色だし、そんなに見た目は変わらないんじゃないかと思っていたけれど、それは間違った知識だったようだ。
銀で装飾されたデスサイズは、禍々しいのにどこか神秘的で、一見アンバランスなその2つが、相反することなく美しさを醸し出している。
何より、今回もユニーク武器である。
2人にとって、ユニーク武器かそれ以外かは、相手を知っているかどうかで変わるのは本当らしい。
俺が見たいと言った物もそこに含まれるようだけれど。
「スキル使えそう? あ、見て良いよ」
「んー……うん、使える。君達がいなきゃ、スキルが使えなかったと思うと、ぞっとするねぇ」
「今はそうかもだけど、この先俺達じゃなくても使えるデスサイズが出てくるよ」
「まーそうかもねぇ。数値も教えてくれない?
いちいちオークションページで確認すんの面倒だからさぁ」
「えっと……攻撃力が124、黒炎属性が10、睡眠が7。装備条件はSTRが46でINTが9だよ」
「……出てくる日いつになるかねぇ……。
ライ君の武器って、なんで装備条件にINTがあるの?」
「属性が付与されてるからじゃないかって話にはなってるけど」
「ふぅん? 付与じゃINT増えなくない?」
「企業秘密です」
「あっそ。まー、いいや。いくら? 7倍で良い?」
「7倍……結構高くなるけど、良い?
買取額は99,700CZだから……697,900CZ」
「別に良いよ。他にお金使うこともないしねぇ」
「クランハウスとか、そういうので使わないの?」
「なんで僕が全額払わなきゃいけないの」
「あ、そっか。皆で払うのか……」
取引ウィンドウを開いてデスサイズを取引する。
魔石でどれくらいお金を使うか分からないから、銀行に預けるのは後にしよう。
「じゃ、デスサイズありがとうねぇ。狩り頑張って」
「毎度ありー!」
「魔石も持ったし、手紙も送ったし、お昼ご飯とポーションも買った……準備ばっちりだね」
「今日はコテージ?」
「良いね、そうしよっか。だったら、夕方になる前にコテージに戻りたいな」
「夜はー?」
「戦う?」
「うーん……強さによるかなぁ……戦えたら良いけど」
「やってみようぜ! 何事も挑戦ってな!」
ロゼさんの露店から離れて露店広場を歩く。今日も露店広場は賑やかだ。
カヴォロが露店を開かなくなったので、この先露店広場にくる機会は減りそうだ。
「やぁやぁ、そこの鬼のお兄さん! 手品見て行かない?」
「……俺?」
「そう!」
突然目の前に現れたプレイヤーに驚く。
どういう原理なのか、プレイヤーの周りをくるくるとトランプが舞っている。
驚いて言葉を詰まらせていると、手持ち無沙汰になったのか、両手でトランプをパラパラとまるでアコーディオンのように行ったり来たりさせ始めた。
「あれ? ライ、露店広場にきてたんだ?」
「あ、兄ちゃん。うん、ポーション買いにきたんだ」
「そっか。……どうかした?」
「手品、見せてくれるんだって」
「ふ……はは、なるほど……そっかそっか。良いね。
俺も見て良い?」
「ぅぇ……へ!? あ! もちろん! エルフのお兄さんも見て行って?
さて、それじゃあ、始めようか!」
両手を行き来していたトランプが、ふわりと浮かび、絵柄を下に向けて俺達の周りを回り始めた。
「今、トランプの絵柄は見えてないよね?」
「うん、見えてないよ」
「おーけー! もちろん僕にも見えていない。
それじゃあ、そうだな……1枚ずつ好きなトランプを手に取って?」
頷いて、俺達の周りを回るトランプから1つ、トランプを手に取る。
「僕に見せないように、確認してみて?」
スペードの8だ。一緒に見ているジオン達にも見せる。
兄ちゃんの手札はクローバーのKだ。
「確認できた? それじゃあ、トランプから手を離して?」
言われた通りに手を離すと、その場でふわりとトランプが浮いた。
「1・2・3!」
お兄さんの合図と共にぽんっという音がして、トランプが燃え始めた。
灰になってしまったトランプをお兄さんは掌で受け止めて、ぎゅっと手を握ると、すぐにその手を開いた。
そこには、灰どころか、汚れ一つ見つからない。
「ああ、なくなってしまった、困ったな。
花に変えようと思ってたのに……ねぇ、誰か、紙を持っていない?」
「えっと……羊皮紙ならあるけど」
「良いね! 2枚貰っても良いかな?」
頷いて、肩から提げていた鞄から2枚の羊皮紙を取り出して手渡す。
お兄さんは羊皮紙を受け取ると、にっこりと笑って、それを両手に1枚ずつ持った。
「よく見てて、花が咲くよ。1・2・3!」
ぽんっと音を立てて、羊皮紙が小さな可愛らしい花へと変わる。
「それじゃあ、この花を鬼のお兄さんに、こっちをエルフのお兄さんに差し上げよう!
そうだな……エルフのお兄さんは双子の坊やの胸ポケットに、鬼のお兄さんは双子のお嬢ちゃんのお腹のポケットに差してあげて?」
言われた通りに、シアのポケットに花を差そうとすると、中に何かが入っている事が分かる。
まさかと思い、取り出してみれば、そこにはスペードの8と描かれたトランプが入っていた。
兄ちゃんに視線を向けると、同じくレヴのポケットからクローバーのKのトランプが出てきたようだ。
「おや? 燃えてしまったトランプが見つかったみたいだね。
君達が選んだトランプは、それかな?」
「うん! スペードの8! いつの間に?」
「僕は魔法使いだからね、このくらい朝飯前さ!
なんて、ね……不思議な力も働いてるけど、手品だから。種も仕掛けもあるんだけど」
「凄いな……これが、手品スキルか」
「手品スキル……?」
そんなスキルまであるのか。
スキル一覧では見かけなかったから、何か条件が必要なスキルなのだろうけど。
「はいこれ、羊皮紙。返すね」
「わ……凄いね」
「ありがとう。練習した甲斐があったよ」
色んな人がいるんだなぁと改めて思う。
「手品凄かったよ。本当に魔法みたいだった。
また、機会があったら見せて欲しいな」
「えっ……あ、うん。いつでも、見たいときは言って」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」
「ふ……ごめんね。俺のとこいっぱいだから、誘ってあげられない」
「!? 知って……? だ、大丈夫。ありがとう」
「? それじゃあ、またね」
トランプマジック以外もあるのかな。また見せて貰える時が楽しみだ。
「凄かったね~俺も手品スキル使えるようにならないかな」
「どうかな。彼、職業が手品師みたいだから」
「手品師? そんな職業もあるんだね」
「色々あるよね。ライはこれから狩り?」
「うん。今日はアクア街周辺で狩りしようと思ってるよ。
あ、そうだ兄ちゃん。招待状貰えたよ」
「へぇ、良いね。行く時は教えてよ」
「うん! もちろん!」
よし、アクア街に向かおう。
どんなお店かな。風の魔石はもちろん、他にも珍しい魔石が売ってたら良いな。
そうだ、魔除けの短剣用に光の魔石も欲しい。
光の魔石は4個残っているけど、この先の事を考えると品質の高い光の魔石が欲しい。
今ある分は、ワイバーンまでの魔除けの短剣にして、オークションに出品しよう。
出品しないのかってロゼさんも言っていたし。
「今日も頑張ろう!」