day6 交流
「兄ちゃんおはよう」
「ああ……おはよ。走りに行ってたの?」
「うん。兄ちゃんあんまり寝てないの?」
ダイニングに出てきて気怠げに椅子に座った兄ちゃんに、牛乳を飲みながら問う。
声が少し掠れているから起きたばかりなんだろう。
空になったグラスをシンクに置き、ケトルに水を入れスイッチを押して、棚からインスタントコーヒーを取り出す。
「いつもより2時間遅い程度だよ。
来李は……23時頃に戻って筋トレしてたっけ」
「うん。お風呂入った後だったから汗かかないように軽くだけどね」
「毎日頑張るねぇ……」
ふわぁと欠伸をして頬杖をついた兄ちゃんを見て、疲れてるなぁと思いながら、マグカップにコーヒーの粉を適当にざらざらと入れる。
ぼこぼこと音を立て始めたケトルのランプが消えるのを待ってからマグカップにお湯を注ぐと、ふわりとコーヒーの香りが辺りに漂う。
香りは好きなんだけど、味は苦くて飲めない。
子供舌ってやつなんだろうか。まぁ、子供なんだけれど。
マグカップとそれからついでに冷蔵庫からバナナを取り出して兄ちゃんの前に置き、正面の椅子に座る。
「ありがと。
……なんでバナナ?」
「朝ご飯だよ。
兄ちゃんいつも食べないけど、疲れてるみたいだから。
それに、この前バナナとコーヒーは相性が良いって見たよ」
「へぇ、そうなんだ。どう良いの?」
「なんか色々書いてたけど……あ、美肌効果とか」
俺の言葉に兄ちゃんは小さく笑った。
「美肌、ね。はは。ま、ありがと」
「男だって美肌のほうが魅力的だと思う。
ボディビルダーの人とかも顔つやつやしてるし。
まぁ、兄ちゃん肌綺麗だけどさ」
「ボディビルダーのつやつやはまた違うと思うけど」
くすくすと笑いながらコーヒーを飲む兄ちゃんの姿は大人の男って感じがして凄く様になっている。
俺も兄ちゃんと同じ年齢になった時こうなれたらいいんだけど。
うーん。あと6年でなれるかな……。
「あの後どうだった?」
「えーと、あ。エリアボスのとこに行ったよ」
「エリアボス? もうそんなとこまで行ってるのか」
「エリア2に行きたくて様子見しに行っただけだよ。
ぷちっとされちゃったし」
「ぷち?」
「お尻でどーんって。
それで、リベンジしたいからずっとレベル上げしてた」
「どう? 上がった?」
「うん。今レベル8だよ」
「へぇ。離されちゃったな」
そう言う兄ちゃんの顔には悲しみや悔しさ、妬みといった負の感情は一切伺えない。
兄ちゃんはゲームが上手だしすぐに追い抜かれてしまいそうだ。
「そう言えば兄ちゃんってβの頃どれくらいレベル上がってたの?」
「んーどうだったかな……95、6?
100は超えてなかったと思うけど」
「1ヶ月で?」
「ゲームの中だと5か月だからね。でもまぁ、高いほうではあったかな。
狩りばっかしてたってのもあるけど、パーティー組んでたやつらも強かったから」
「トッププレイヤーってやつ?」
「はは。さすがにそれはないよ。
試しに色々取ったせいでどれも中途半端になってたし」
「兄ちゃん魔法職だったよね?
なんの属性取ってたの?」
「んー最初の頃に取ったのは火、水、雷、風?
進化したからよく覚えてないな」
「進化かぁ……いっぱい使ってたら進化する?」
「まぁ、そうだな」
詳しく聞いてもいいけど、そのうちわかるだろうしいいか。
ちらりと置かれたままになっているバナナを見る。
「あ、今日お母さんお昼いないんだって。
女子会? って言ってたよ」
「女子会ねぇ……昼どうする?」
「食べる」
「それはそうだろうけど。
まぁ、なんか作っとくよ」
「いいの? ありがとう兄ちゃん!」
俺が作れたら良かったんだけど、俺が出来ることはご飯を炊くことくらいだ。
今度兄ちゃんに教えてもらおうかな。
「それじゃあ、そうだなぁ……少し遅いけど13時……30分頃かな?
そのくらいに戻っておいで」
「わかった! それじゃあ俺、ログインしてくるね。
あ、バナナ食べてね」
「はいはい。いってらっしゃい」
ひらひらと手を振る兄ちゃんから離れて部屋に戻る。
さて、今日もレベル上げ頑張るぞ。
◇
「おかえりなさい」
「ただいま」
椅子に座って本を読んでいるジオンを見て、暇を潰せるものを手に入れたようだと安心する。
「何の本?」
「料理の本ですね」
「え? 料理?」
「はい。ライさんがいない間の食事がとても美味しく……いえ、あれに比べたら、なんですけど。
それで、少し興味が湧きまして」
「なるほどね。できそう?」
「どうでしょうね」
テイムモンスターはスキルを覚えることができるのだろうか。
俺のSPで覚えてもらうとかはできない。
この世界の住人は努力次第でスキルを取得できると言っていたからもしかしたら覚えられるのかもしれない。
どの程度努力したら覚えられるのかはわからないけれど。
ぱたりと本を閉じたジオンが俺を見る。
「お金、返しておきますね」
「いいよ。どうせまた渡さなきゃいけなくなるし。
どれくらい残ってる?」
「7,900CZ残ってます」
あまり使ってないみたいだ。
それだけあるなら寝る前に追加で渡す必要はないかな。
鞄は買っていないようなので、ジオンの本を受け取りアイテムボックスへ入れておく。
「ジオン、もう朝ご飯食べた?」
「いえ。今日戻ると聞いていたので一緒にと思い食べてませんよ」
「それじゃあ、まずは朝ご飯かな。
それと、フィールドで食べる用のも買わなきゃ。街に行けばあるよね」
「そうですね。露店広場にもありましたよ」
「なるほど。それじゃ、露店広場……あ、武器屋にも寄ろうか」
「何か買うものが?」
「特に用はないけどね。あ、ポーション買おうかな」
ギルドで売却するようになると店主さんに会うことも少なくなるだろう。
弐ノ国に行ったらそうそう会うことはなくなるだろうし、会える時に会っておきたい。
早速武器屋に向かい、扉を開く。
「お、またきたな。売却か?」
「ううん。昨日遅くなっちゃって閉まってたから冒険者ギルドで売っちゃった」
「そんな時間まで狩りしてたのか?
強いモンスターが出ただろう?」
「ジオンがいるからね。俺一人じゃ厳しいけど。
あ、ポーション5個くださいな。あと、解毒ポーション5個」
「3,750CZだな。羽振りがいいな」
「依頼のお陰かな。それに、結構強いモンスターも倒せるようになったから」
店主さんはなるほどと呟いた後、顎に手を当てて何かを考えた後、口を開いた。
「解毒ポーションが必要ってことは、ポイズンラビットを狩ってんのか?」
「昨日からね。夜以外ではこの辺りで一番強いみたいだし、今日もポイズンラビットかな」
「ふぅむ。良かったら、ポイズンラビットの角をこっちに回しちゃくれないか?
ギルドの依頼と違って達成報酬は出せねぇけど」
「それは構わないよ。何か作るの?」
受付の女性は武器や防具に使えると言っていた。
ここは武器屋だし武器に使うんだろうか。
「いや、俺は鍛冶スキル持ってねぇからな。
弐ノ国の街で鍛冶師やってる兄貴がいるんだよ」
「へぇ! そうなんだ?」
「おう。弐ノ国ではなかなか名の知れた鍛冶師だぞ」
ぴくりとジオンが反応するのが分かる。
対抗心を燃やしているのだろうか。
それとも単純に興味があるとかかな?
「渡しに行ったほうがいい?」
「いんや、郵送するから大丈夫だぞ」
「そっか。わかった。角は持ってくるよ。
えぇと、明日になるかもしれないけどいい?」
「急ぎじゃねぇからいつでも大丈夫だ。
ありがとうな」
武器屋を出てからは食べ物を探すために露店広場に向かう。
前に来た時よりも露店の数が増えている。
香ばしい香りに誘われて、その香りの発生源である露店を覗くと、串焼きが売られていた。
「美味しそうだね」
「そうですね。こちらにしますか?」
「うん。すみません、2本ください」
相手はプレイヤーなため、緊張しながら笑顔で話しかける。
『まぁ、笑顔でいたら大体大丈夫だよ。
あんまり笑ってると馬鹿にしてるって思われるかもしれないから微笑みぐらいがいいかな』
とは昔兄ちゃんが言っていた言葉である。
「……あぁ、2本か。400CZだ」
取引ウィンドウに400CZを入力する。
「毎度あり。
料理スキルのレベルも低いし、材料もないから大したもんじゃないが……。
悪くはないと思う」
ちらりと後ろに視線を向けてみると、並んでる人もいないようなのでこの場で食べることにする。
ジオンに1本渡して、2人で同時に口に運ぶ。
なんのお肉かはわからないけれど、凄く柔らかくて噛むとじゅわりと肉汁が広がった。
ぴりっとした辛みがあるが、後に引く辛さではない。
シンプルな味付けではあるが、だからこそ何本でも食べられそうだ。
「ごちそうさま。凄く美味しかったよ」
「あ、あぁ……ありがとう」
串はどうしようかと思っていたら、エフェクトと共に消えた。
ゴミが出ないのはありがたいな。
追加で2本買っているといつの間にか後ろに人が並んでいたので、邪魔にならないように別れの挨拶をして露店から離れた。
朝ご飯……にしては、もう10時過ぎているから遅いし、お昼ご飯かな。
まぁ俺達は朝ご飯なのだけれど。
そう言えば、あの猫のお姉さんは今日も露店を開いているだろうか。
せっかく、露店広場にきたんだから挨拶くらいはしたほうがいいかな?
前回お姉さんが露店を開いていた付近へ行ってみると、お姉さんは今日も露店を開いていた。
「お、4日ぶりだね。調子はどう?」
忘れられていなかったようで安心する。
「楽しんでるよ。お姉さんはどう?
フレンドの人はログインした?」
「それがまだなんだよねぇ。
もう置いて行っちゃおうかって他のフレンドと話してるところだよ」
「そっか。忙しいのかな」
「そうだと良いんだけど。
連絡先聞いとけばよかったかなぁ」
現実の友人や家族じゃない限り、SNS等の連絡先を交換しておかないと連絡手段はない。
ゲーム用にSNSのアカウントを作ってる人も多いと聞く。俺は持っていないけど。
兄ちゃんも管理が面倒だからとゲーム用は作ってないと言っていた。
「にい……兄もβに参加してたけど、忙しくて正式オープンからはログインできてないんだよね」
「兄弟で当選したの? すごいねぇ」
「運が良かったよ」
「お兄さんはどんなプレイヤーだったの?
って、ごめん。本人に聞くならまだしも、君にそれを聞くのはマナー違反だね。
あぁ、そうだ。名乗ってなかったよね? 私はロゼだよ」
「バラ色って意味があるんだったかな?
綺麗な名前でお姉さんにぴったりな名前だね。
俺はライだよ。ロゼさん」
「ぐぅ……ありがとう……。
……うん。ライくんだね。よろしく」
そういえば、ロゼさんと兄ちゃんって知り合いだったりしないのかな。
トッププレイヤーではないとは言っていたけど、レベルは高いほうだったと言っていたし。
ロゼさんも有名人だっただろうから、顔見知りだったりするかもしれない。
「ロゼさんってβの頃、レベルどれくらいだったの?
あ、マナー違反かな?」
「大丈夫大丈夫。92だったよ」
「そうなんだ? 兄もそれくらいだって言ってたよ」
勝手に言っちゃったけど、まぁ、大丈夫だろう。
兄ちゃんはきっと気にしない。
そもそもβの頃がそうだったからって今はキャラクター作成も終わっていないわけだし。
「え、本当に? 90超えプレイヤーってそう多くなかったんだけど……」
「そうなの? それじゃあロゼさんってすごいんだね」
俺の言葉を聞いたロゼさんは、目を細めて俺の顔をじっと見つめている。
疑われているのだろうか。兄ちゃんがそんな嘘を吐くとは思えないけれど。
「ねぇ……君のお兄さん、魔法職だったって言ってた?」
「え? うん。言ってたよ。色々覚えてたって」
「……種族とか聞いてる?」
「妖精族だったかな」
俺の答えにロゼさんは盛大な溜息を吐いて頭を下げた。
「はぁ……ああいうセリフを平気で言っちゃうとことか似てるとは思ったけど……。
……何この兄弟……怖い……」
額に手をやって何事かを呟いているが小さな声だからよく聞こえない。
どうしたものかと戸惑っているとロゼさんは頭を上げた。
「ライくん、私の待ち人はお兄さんよ。
妖精族で魔法職、90超えなんて他にいなかったもの」
ぱちりと瞬きをする。
「うーん……まぁ、弟ならいいかな? そもそも気にしそうにないし。
……レンって名前だったんだけど、聞いてない?」
「聞いてないけど……でも、うん。兄だと思う」
兄ちゃんの名前は蓮斗だから、レンという名前を使っていたとしても何もおかしくはない。
寧ろ名前の一部を取ってカタカナにしている辺り、同じ血が流れていると感じる。
「無事なのね?」
「うん。無事だよ。疲れてはいるみたいだけど」
「そう……それなら良かった。
いつ頃ログインできるかわかる?」
「んー……明日か、明後日かな? 現実時間のね」
「なるほどね。ありがとう、ライくん。助かったよ」
「ううん。驚いたよ。もしかしたら顔見知りかもとは思ったけれど」
それにしても、兄ちゃんは有名人だったのか。
まぁ、兄ちゃんゲーム上手だからなぁ。
それに格好いいし、優しいし。ブラコンの自覚はある。
「世界は狭いねぇ。
あ、ごめんね。長話しちゃって。時間は大丈夫?」
「大丈夫だよ。
でも、そろそろ狩りに行こうかな」
「頑張ってね」
「ありがとう。それじゃあまたね。
兄にも可愛いお姉さんが待ってたよって伝えておくね」
「……そういうところよ……」