day71 お披露目会
たくさんの美味しい料理や飲み物を楽しんで、お腹がいっぱいになった頃、キッチンで忙しそうにしていたカヴォロが漸く皆の元へやってきた。
皆から料理の賞賛を受けたカヴォロは照れくさそうにしながら、けれど、ほっとしたように、小さく笑った。
「カヴォロ、お疲れ様。凄く美味しかったよ。
どれも美味しかったけど、俺が一番好きだったのは、ローストビーフ丼!」
「米を貰ったから、急遽丼も用意してみたんだ。美味かったなら良かった」
「明日から、通常営業なんだよね?」
「そうだな。まぁ、特に宣伝をしてるわけでもないから、暇だろうが。
のんびり出来て良い。その内、人を雇うつもりだが、暫くはいらないだろうな」
「確か、いない間でも営業できるんだっけ?」
「そうだな。金は掛かるが、ずっとレストランにいるわけにはいかないしな」
「俺がお手伝いとかも、出来るの?」
「出来るが……しなくて良い。やめてくれ」
「う、うん。わかった」
プレイヤーに手伝って貰う場合は、無償でも有償でも、本人同士の申し合せで良いが、この世界の住人……NPCを雇う場合、ギルドで募集の依頼を出すのに依頼金、それから契約金と日給が必要になるらしい。
雇えるNPCは、大まかに言うと店員さんと職人さんの2種類で、前者はあらかじめ商品を用意しておく必要があり、全て売り切れてしまったらそこで営業は終了。
後者は、例えばレストランであれば、料理スキルのある料理人を雇えば、食材がある限りメニューにある料理を作ってくれるそうだ。
ちなみに、どちらも24時間働かせるなんてことは無理とのこと。
従魔もテイマーが所有するお店で働くことが出来るそうだけど、テイマーがログアウトして3日以上経つと魔領域に行ってしまうので、お店は営業終了する。
これまで皆が魔領域とやらに行ってしまったことがないのでいまいちわからない。
「へぇ~! いいね。俺もいつか、お店開こうかな」
「オークションでも良いと思うが」
「楽だしね。接客も……しなくて良いし。だけど、皆が作った物を全部並べたお店ってわくわくすると思うんだよね」
「ああ……それは、確かに。魔道具、武器、アクセサリー、鋳造品、石工品が並ぶ店か。壮観だろうな」
「だよね。まぁ、いずれね。まだ暫くは良いかな。先に家見つけたいし」
「トーラス街の家は?」
「いずれ別荘にする予定だよ」
そう言えば、オークションの入札期間が終わっているはずだ。
とは言え、せっかくのパーティーなのだから、また後で確認しよう。
「ああ、そうだ。聞いたIDは後でメッセージで送っておく」
「ありがとう。俺も聞いてきたよ。後で送っておくね」
「全員来ているからこの場で聞いても良いんだがな」
「あはは、確かに」
「そう言えば、ライは次のイベントどうするんだ?」
「クラン作るつもりだよ。あ……ねぇ、カヴォロ。俺のクラン、入らない?」
「……俺、クラン入ってるんだよな」
「そうだったの!?」
「ああ……生産職が集まったクラン……と、言っても、5人しかいないが」
「そうだったんだ……知らなかったよ」
聞けば、盾のお姉さん……シルトさんが設立したクランに入っているらしい。
クランメンバーはログイン状況が分かるのはもちろん、メンバー内でメッセージのやり取り……メンバーチャットが出来るそうで、クラーケン戦時の生産状況等の連絡をするために設立したクランなのだそうだ。
クラーケン戦後、抜ける理由も解散する理由もないし、メンバーチャットのやり取りも特になかった為、気楽で良いとそのままにしていたとか。
さすがに、イベントがクラン戦だと分かって、久しぶりにメンバーチャットが動き始めたそうだけれど。
「別に抜けても良いが」
「いや、それは、申し訳ないから良いよ。カヴォロも参加するんだよね?」
「今のところは、そういう方向になってるな。
まぁ、生産職しかいないから、戦闘だと厳しいだろうが」
残念ながら、次回のイベントは、兄ちゃんもカヴォロも敵になりそうだ。
「クランって抜けることもできるんだね」
「ああ。抜けてから2週間、クランの設立も加入もできなくなるが」
「なるほど」
いざイベントと言う時にクランに入れない可能性があるということだ。
イベントの為に入ったクランが肌に合わないなんてこともあるかもしれないし、クラン選びは慎重に……まぁ、俺は自分で作るのだから、大丈夫だけれど。
ちらりと視線を動かせば、カヴォロの向こうでそわそわとしているレストランのオーナーさんの姿が見えた。
オーナーさんはクリントさんのお父さん、それから、カヴォロの知人と一緒にいるようだ。
お披露目会開始時の紹介によると、食器屋を経営しているとか。恐らく彼が銀食器を売ってくれた人なのだろう。
本日の主役を独り占めするわけにはいかないので、カヴォロとのお話は一旦、ここまでにしよう。
「カヴォロ、オーナーさん達が話したいみたいだよ」
「ああ……それじゃ、また後で」
オーナーさんの元へ向かうカヴォロを見届けた後、店内を見渡す。
カウンター席ではフェルダと兄ちゃん、それからエルムさん、ガヴィンさんが何やら話している姿が見える。
アルダガさん、グラーダさん、アイゼンさんは3人で昔話に花を咲かせているようだ。
クリントさんのお母さんは、シアとレヴ、それからロゼさんと一緒に、デザートの並ぶテーブルの傍で、デザートを楽しんでいる。
クリントさんはどこにいるのだろうと辺りを見渡せば、リーノと朝陽さんの3人で話している姿を見つけた。
少し迷った後、近付いて、クリントさんに話しかける。
「こんにちは、クリントさん」
「久しぶりだな、ライ。あ、そうだ。ID教えて貰ったぜ。今度牛乳送るから楽しみにしとけよ」
「本当? ありがとう! 楽しみにしてるね!
俺も何か送りたいけど……街で買えるものは、クリントさん達も買えるよね」
今はまだトーラス街にいる予定だけど、いつ参ノ国に行くかわからない。
夜は転移陣がある場所なら、トーラス街の家に戻ってくるつもりだし、長い間手紙に気付かないなんてこともないだろう。
「ははは! 気にしなくて良いって!
けど、そうだなぁ。気になるなら、珍しいもんでも見つけた時に、送ってくれたら良いからさ」
「うん、わかった! 何か面白いものがあったら、送るね」
「おー楽しそうだな! 俺も、そのIDってやつ教えてくれよ」
「良いぞ。朝陽のは?」
「あー……ま、一方的に送るわ!」
「えぇ……まぁ、異世界の旅人だからなぁ。家買わないやつも多いんだっけ」
「納屋ならあるけど、ID知らねぇや。IDあんのかね」
「あるはずだけど。朝陽が買ったんじゃないのか?」
「契約者は空なんだよ。おぉい、空!」
辺りを見渡した朝陽さんが、空さんを呼ぶ。
空さんは魔道具職人のお爺さんと一緒にいたようで、朝陽さんの声に振り向いて2人でこちらに歩いてきてくれた。
早速空さんに納屋のIDを教えて貰った朝陽さんは、それをクリントさんに伝えている。
「俺、作業場にはあんまいねぇんだけど、空が気付くだろうから、安心してくれ」
「文通……私もお母さんと文通しようかな」
空さんの言うお母さんは、クリントさんのお母さんの事だ。
俺も名前を知らないわけではないけど、クリントさんのお父さん、お母さんと呼んでしまう。
「魔道具は作っておるかね?」
「うん、少しずつ……最近作ったのは、これだよ」
お爺さんの問いに、《可変瓶:水中呼吸》を取り出して見せる。
空さんと一緒に、そこに描かれた魔法陣を底から見て、ふむふむと頷き、口角を上げた。
「エルムの描く魔法陣と、よう似とるの。
ずれも少ない。さすがはエルムの一番弟子よ」
「魔法陣に差がある?」
「そうじゃよ空。癖が出るとも言うな。
例えば儂なら、このシンボルをここではなくここに描くだろう。
そこまで大きな差があるわけじゃないがの……ライ君、エルムの描いた魔法陣はあるかね?」
「うーん……一応その瓶もエルムさんに見て貰いながら描いたけど……」
家にある魔道具は、エルムさんに教えて貰ったものもあるけれど、俺が描いているのでエルムさんが描く魔法陣とは違うだろう。
それに、その時使う魔石や魔法鉱石、魔法宝石で魔法陣が変わるので、その都度魔法陣を変えて描いている。
純粋にエルムさんだけが描いた魔法陣は、先日鋳造用の冷蔵庫の時に貰った羊皮紙にしか描かれていない。それも、家に置いてある。
「あ、帰還石なら、どうかな? ほとんどエルムさんが考えた魔法陣だよ。
俺の癖は出てるだろうけど……」
クイックスロットに登録している帰還石を取り出し、2人に手渡す。
「ほう……なるほどのぉ。君達にしか扱えぬ魔道具じゃな。ほほ、儂では思いもつかん。
見てみよ空。この魔法陣を見て何を思う?」
「……綺麗」
「そうじゃ。使うシンボルの種類や置く場所、それから、大きさや形……個々は小さなずれでも、合わされば大きなずれとなる。
ずれの少ない魔法陣は美しい。ずれの大きい魔法陣は質も悪く、乱雑に見えるものじゃ」
エルムさんの前で魔法陣を考えている時、大きいとか、小さいとか、場所が悪いとか……そういった忠告を貰う事がある。
小さな事だけれど、大事な事だと教えてくれた。
「儂もまだまだ精進せねばな。空、よく見ておけ。エルムの魔法陣を見る機会なぞ、あまりない。
ライ君は、魔法陣を描く時、魔力を意識しながら描いておるのかね?」
「最近は、意識するようになったけど……どうしても、偏るというか……均一にしたほうが良いんだろうけど」
「ほう。この短期間でそこまで成長しておったか。
エルムが弟子にとるわけだ。空、お前さんも頑張らねばな」
お爺さんの言葉に、帰還石の魔法陣から目を離した空さんが小さく頷いた。
「お前さんも、エルムに教えを乞えたら良かったのじゃが」
「ううん。私の師匠は貴方が良い」
「そう言ってくれると、ありがたい。
エルムは……尤を継ぐ者は、弟子を取りたがらんからのう……」
そう言いながら、お爺さんはちらりと俺の隣にいるジオンに視線を向けた。
「おいおい、爺。大人しく聞いていれば……」
「ほ、これはいかん。聞かれてしもうた。すまんすまん。
逃げるが勝ちじゃ。おっと、ライ君、ありがとうな」
呆れ顔をしたエルムさんが、お爺さんの肩をとんと小突けば、《帰還石》を俺に返して、空さんと共にエルムさんから離れて行った。
受け取った《帰還石》はアイテムボックスの中に入れておく。
「ジオンくーん!」
「どうしました? シア、レヴ」
「あのね、鍛冶屋のおじちゃんが、ジオンくんと話したいって言ってたよー」
きらきらと笑顔を輝かせながら、シアとレヴが駆けてくる。
シアの言葉を聞いたジオンが俺へ視線を向けるので、笑顔で返す。
「では、行って参りますね、ライさん」
「うん! いってらっしゃい!」
シアとレヴに連れられて、グラーダさん達の元へ向かうジオンの後姿を見送る。
「ライ、こっちに来い。カウンター席に果物があるぞ」
「食べる!」
カウンター席に向かい、そこにあるフルーツが盛られたお皿を見て、感嘆の息が漏れる。
「わー……! 凄く綺麗! 手を付けるのが勿体ないね」
兄ちゃんの隣の椅子に腰かけながら、フルーツのお皿を眺める。
様々なフルーツが飾り切りされて盛りつけられていて、瑞々しいフルーツがきらきらと輝いて見える。
「器用だよね。本人は、切って盛りつけただけだなんて言ってたけど」
「うん、凄い。船も操縦できて、釣りも、潜るのも上手で……凄い」
それにしても、料理は関係なさそうだけれど、船、釣り、泳ぐのが上手……海の街に住んでたりするのだろうか。
トーラス街の話ではなく、現実世界の話だ。いつか聞けたら良いな。
「全く……お喋りな爺だよ」
「エルムさんも尤なんだね。魔道具製造スキル?」
「ああ、まぁ、そうだな……」
「継ぐ者ってことは……種族スキルじゃないってことだよね?」
「そういうことになるな」
ジオンやリーノ、それからフェルダと同じだ。
「ガヴィンさんも、フェルダと同じで尤なの?」
「違うよ。ま、極致ではあるけどね」
「極致! 凄いね。最高の職人さんと出会えたなんて奇跡だよ」
「長生きなだけ。それに、兄貴は俺より先に極致になってたからね」
「へぇ、そうなんだ? 2人共凄いんだね」
確かに、長く生きていればそれだけスキルレベルも上がっていくのだろうが、結局本人次第だろう。
ましてや、俺達と違いスキルレベルの上がりにくいこの世界の住人である彼等の努力は、計り知れない。
何レベルでカンストなのかは分からないけど、先は長そうだ。辿り着けるかな。
目の前にあるフルーツの盛り合わせから、真っ赤な苺を手に取り、口に入れる。
瑞々しい苺だ。甘酸っぱい。
「おぉい、ライ! こっちこいよ!」
名前を呼ばれて振り向けば、アルダガさんが手招きしている姿が見えた。
もう1つ苺を口の中に放り込んで、席を立つ。
「また後で話そうね!」
久しぶりに皆と会えたのだ。今日は皆とたくさん話をしよう。