day71 イベント告知
「兄ちゃん、この後暇?」
「ん? うん。特に予定はないね」
「カヴォロのお店が今日オープンするんだけど、初日は招待客のみのお披露目会にするんだって。
それで、兄ちゃん達も呼びたいって言ってたんだけど」
「なるほど。俺は大丈夫だよ。朝陽達も大丈夫だと思う」
「やった! お店の場所わかる?」
「行ったことないね。来李の家から一緒に行って良い?」
「もちろん。時間は12時からだって」
「りょーかい。それじゃ、11時過ぎに来李の家に行くよ」
兄ちゃんは眠そうな顔でコーヒーを飲むと、俺が話を始めると同時に机に置いていたタブレットを手に取り、画面へと視線を移した。
「あ、イベントくるみたいだよ」
「そうなの?」
タブレットの画面を覗き込めば、『Chronicle of Universe』の公式サイトが表示されていた。
アップデートのお知らせと第二次出荷に関するお知らせ、それから、イベントのお知らせについて書かれている。
「新しい人達もくるんだね」
「そうみたいだね。序盤の街に人が少なくなってきてるからかな。
ま、イベントの後みたいだし、まだ先だね」
「イベントは……6日後か」
「んー……なるほど。クラン対抗イベントだって」
「クラン……」
『クラン対抗イベント』の文字に小さく唸る。つまり、クラン対クランの戦いということだ。
詳しい内容については後日ということなので、PvPの戦闘なのか、それとも別の何か……例えばモンスター討伐数とか釣果とか、そういった戦いなのかは謎だけど、どちらにせよクランに入っていない俺は参加できない。
クランに入るなり、クランを作るなりしたら良いだけだけれど、前者はクランを運営している知り合いが秋夜さんしかいない事、後者は作ったところで誘う知り合いがいない事が問題だ。
こういうイベントでは、人数も大切になってくるだろう。
秋夜さんの誘いに乗れば、優勝間違いなし……とまではいかなくても、上位には入れるだろう。
だからってラセットブラウンに入るのは……面白い人達だとは思うけど、仲良くなれるかと言われると閉口せざるを得ない。
まぁ、どこのクランに入っても、緊張して上手く話せそうにないのだけれど。
「兄ちゃん達、クラン作るって言ってたよね?」
「そうだね。まだ作る予定じゃなかったけど、こうなったら作るしかないね。
うちに入る? 来李達なら大歓迎だよ」
「うーん……クランって、従魔はどうなるの?」
「パーティーと一緒みたいだね。クランメンバーの1人として扱われる」
「クランメンバーの人数に上限はある?」
「あるよ。クランレベルが上がれば、上限も増えるみたいだけど、作ったばかりだと10人だったかな」
「俺達だけで6枠埋めちゃうのは申し訳ないなぁ」
「気にしなくて良いよ。クランレベルなんてそのうち上がるし、イベントだって来李達がいるなら百人力だからね」
兄ちゃん達4人と俺達6人で合わせて10人だ。
気にしなくて良いと言ってくれたが、クランレベルが上がるまで他に誰も誘えなくなってしまうので、やっぱり気にしてしまう。
「クランレベルってどうやって上がるの?」
「メンバーの獲得経験値だよ。クランに参加してからのね。
確か……ラセットブラウンがクランレベル6とかじゃなかったかな」
「秋夜さん達って、結構狩りしてるイメージだし、クランも割と序盤のほうから作ってたっぽいのに、それでも6なんだね。
上限いっぱいの状態でテイムしたらどうなるの?」
「どうだったかな。テイムは出来たはずだけど。
テイムモンスターとの契約を解除しなきゃいけないんじゃなかったかな」
と言うことは、兄ちゃんがいくらいつも狩りをしているからって、今クランを設立してもすぐに上限が増えるわけではなさそうだ。
この先……1週間以内に仲間が増える可能性は限りなく低いけど、万が一機会があった時に誰かと契約解除なんてことはしたくない。
「あ、でも、今回はジオン達と一緒に参加できるってことだよね?」
「そうなるね」
「それは是非参加しなきゃ。んー……俺、自分でクラン作るよ!」
「そっか。来李ならそうするんじゃないかって思ってたよ」
「今回は、兄ちゃんの敵だね! 負けないよ、兄ちゃん」
「はは、困ったな。強敵だ」
「ジオンのリベンジもかかっているからね」
とは言え、詳細が分からないことには、準備のしようがない。
詳細が出るまではこれまで通り、のんびり過ごすことにしよう。
「あ、もうこんな時間。それじゃあ兄ちゃん、また後でね」
「うん。ログインしたら朝陽達誘ってすぐ向かうよ」
◇
「皆、揃ってるね。おはよう」
「おはよ、ライ! 祭りのこと、知ってるか?」
「うん、クラン戦だよね」
「あのね、アタシ達、クランのこと聞いたよー」
「ボク達も参加する?」
「参加するつもりだよ」
どうやら、前回のイベントの時同様、街でも開催のお知らせが貼りだされているようだ。
「クランを設立しようと思ってるんだけど、どうかな?」
「身内だけなら気楽で良いね」
「そうだね。それに、この先仲間が増えることもあるだろうから、自分で作ったほうが良いと思って」
確か、クラン設立には50万CZだったかな。ギルドで設立できたはずだ。
クランについての詳しい事はギルドで教えてくれるだろう。
お披露目会が終わったら、ギルドに行かなくては。
「クランかー……! クラン名、何にするんだ?」
「あー……そうだよね。考えなきゃね。何か案ある?」
「「ライくんのクラン!」」
「まんまだな!? もっと格好良いのにしようぜー!」
「分かりやすい名前が良いですよね」
「うーん……鉄! 銀でも良いぜ!」
「シンプル過ぎるでしょ。それ格好良いの?」
「格好良くはねぇな……」
「バナナジュースはー?」
「プリン!」
「お腹空いてるんですか?」
ああでもない、こうでもないと言い合って、時間だけが過ぎていく。
こういう時、ぽんっと思いつけば良いんだけど。
「これからずっと付き合っていく名前ですからね……ふぅむ……。
ライさんの種族特性……百鬼夜行はどうでしょう?」
「百鬼夜行か。良いんじゃない?」
「おーそれ良いな! 格好良い!」
「うん、百鬼夜行にしよう!」
「「けってーい!」」
ちょっと格好つけ過ぎな気もするが、俺の種族特性をそのまま使っただけだと言い訳できる。
誰に向けて言い訳するつもりなのかは、謎だけれど。
「クラン名も決まったところで……ライ、土鍋できてるよ」
「ありがとう、フェルダ。あ、細工もしてあるね。リーノもありがとう」
「おう! いつものキャベツだぜ!」
いつものキャベツモチーフが彫られている他に、フェルダによって絵付けもされている。
絵具は宝石等から作れるそうで、筆は先日買い物をしたときに買っておいたものだ。
土鍋を眺めていると、ノックの音が鳴った後、扉ががちゃりと開いた。
この家の扉を開くことが出来るのは、俺達と兄ちゃんだけだ。
「いらっしゃい、兄ちゃん。
ロゼさん、朝陽さん、空さん、おはよう」
「おはよう、ライ君。お招きありがとう……って、これはカヴォロ君に言うことよね」
「よう! 元気そうだな!」
「うん、朝陽さんも元気そうで良かったよ。……えっと、何持ってるの?」
大きな箱を両手で抱えている朝陽さんに首を傾げる。
「カヴォロへのお祝い。急だったから俺らが持ってる食材詰め込んだだけになっちまったけどな」
「一応、冷蔵機能つきの箱。これもお祝い」
「なるほど。お祝いだったんだ」
俺達も土鍋のままでなく、何か箱に入れておいたほうが良かっただろうか。
今からでは用意できそうにないので、諦めて土鍋をそのままアイテムボックスへ入れる。
「それじゃ、行こうか」
家から出て、カヴォロのお店へと向かう。
カヴォロのお店までは、そんなに遠くはない。
この辺りは異世界の旅人向けの物件だと言っていたし、プレイヤー向けの店舗も近くに用意されているのだろう。
のんびり道を進んでいると、見覚えのあるプレイヤーの姿を見つけた。
俺に気付いたそのプレイヤーは、あっと口を開いた後、俺達を見て少しだけ悩んでいたようだけど、声を掛けてくれた。
「ライさん、こんにちは!」
「こんにちは、よしぷよさん。クラーケンの時以来だね」
「そっすね! さっきトーラス街着いたばっかで、ライさんに会えるとは思ってなかったな。
これから狩りですか?」
「ううん。これから皆で開店祝いに行くんだ」
「開店祝い……あ! カヴォロさんですか? 最近、露店広場にいないって聞いたんすけど」
「うん、そうだよ。トーラス街でレストランを開店するんだ」
「そうなんすね! 楽しみだなぁ。
……あのー……それで……聞きたい事があるんだけど……」
「うん? どうしたの?」
「クランって、入ってたり……します?
入ってなかったら……俺達のクランどうかなーって……」
「有難いお誘いだけど、ごめんね。この後クラン作ろうと思ってて」
「あー……そっすよねぇ……!」
「弟君、こないの?」
「うん。兄ちゃんも誘ってくれたんだけど、自分で作ることにしたんだ」
「そう……残念」
空さんも俺達が入る事を歓迎してくれていたようで、申し訳なさが募る。
今からでも、兄ちゃん達のクランに入れてもらおうか……いや、でも、俺達のクランを作りたい。クラン名だって決めたし。
「レンさん達と別なんすか?」
「うん、別だよ。俺達、6人いるからね」
「そっか、テイムモンスターで埋まるから」
「そうそう。よしぷよさんも、スライム……あ! スライムの色違いの話なんだけど」
「知ってるのか!? あ、鉱山のスライムっすか?」
「ああ、うん。名前はスライムだよね。あれは……スライムなの?」
「いやー……あれをスライムだとは認めてない……」
「あはは、形だけだもんね。
そうじゃなくて、海の中の洞窟に青色のスライムがいるみたいだよ」
「青色!? よっしゃ! あ、でも……海の洞窟?」
「そう。海の中に洞窟があって……」
先日は見かけなかったが、シアとレヴの話によると、銀の洞窟とは別の、海中にある洞窟の中にいるそうだ。
黄色の珊瑚を探せば、その近くにぽっかりと穴が開いているそうで、そこから辿り着けるらしい。
「なるほど……黄色の珊瑚っすか。行ってみます!
ちょうど、水中呼吸のアクセがクラーケンから出たんで」
「へぇ。そういうのも出てたんだね」
「ライさんは、召喚石っすよね?」
「ああ……あれは貰った物だよ。俺は、ピアス。
あ、それと、肆ノ国には、赤いスライムがいるみたい」
「肆ノ国……まだまだ先になりそうだなぁ……」
「ライ、時間が迫ってるよ」
「あ、本当だ。ごめんね、よしぷよさん。そろそろ行かなきゃ」
「いやいや、俺が引き止めたから……スライムの話、教えてくれてありがとう」
「また話そうね。おもちさんにもよろしくお伝えください」
よしぷよさんと別れて、カヴォロのお店へ向かう。
「なるほど、スライムが頭に乗ってたわね」
「なるほど? 知ってるの?」
「まぁ……そうね。話したことはないけど、スライム大好きで有名よ、彼」
「そ、そうなんだ……」
スライムが大好きで有名になることがあるのか。
常に頭の上にスライムを乗せていたら目を引くし、確かに有名になるのかもしれない。
カヴォロのお店の扉を開くと、カランと落ち着いたベルの音が鳴った。
中を見渡せば、見覚えのある人達の姿が見える。
どうやら、イベントの時のメンバー全員が集まることができたようだ。
「ライ。来てくれてありがとう。
それから、レン達も。皆揃ってるぞ」
「お招きありがとう、カヴォロ君」
「これ、開店祝い! 食材詰め合わせ……つっても、ドロップの肉のみになっちまったけど。悪いな」
「いや……こちらこそ、急に誘って悪かった。ありがとう」
「俺もあるよ! はい!」
アイテムボックスから土鍋を取り出して、カヴォロに手渡す。
「ああ……ありがとう、ライ。土鍋、使わせてもらう。
まさか、米を貰うなんて思ってなくて、どうしたものかと思っていたんだ」
「エルムさんだよね」
「ああ……三俵」
「三俵!? 嘘でしょ!?」
カヴォロが視線を動かしたので、視線を追ってみると、そこには米俵が三俵積まれているのが見えて、思わず噴き出してしまった。
「あはは、凄い」
「加減を知らないのか、あんたの師匠は……いや、エルムだけじゃない。
おっさん……クリントの親父も、麦を二袋も渡してきた。石臼が貰えたから良かったが」
二袋……米俵の隣に積んである麻袋の中身は麦だったのか。
他にもガヴィンさんが渡したのであろう石臼や、他の誰かが贈ったのであろう花束等、様々なお祝いがあちこちに置かれているのが見える。
「これじゃあ俺が、開店祝い目的で招待したみたいじゃないか」
「そんなこと思わないよ。それに、こんなにたくさんのお祝いを貰えるのは、カヴォロの人徳だよ」
「……そうだな。良い人達に恵まれた。
さて、全員揃ったことだし、始めるとするか。楽しんで行ってくれ」