day69 お誘い行脚②
「あー……やっぱりまだ開いてないね」
早起きしてやってきた鉱山の村の鍛冶場の前で、看板を眺める。
開店時間は9時、今の時間は8時前。
朝の鉱山の村は静かで、小鳥のさえずりだけが聞こえてきている。
他のお店も開いていないし、時間を潰せる場所もない。
1時間ばかし近場で狩りをしても良いかもしれない……と、考えていれば、かちゃりと言う音と共に、扉が開いた。
「ぅお!? なん……!? ライ!?
こんな朝早くに何してんだ!?」
「わっ……驚かせちゃってごめんなさい。
アイゼンさんに用があってきたんだ」
「俺に? どうした? ……と、まぁ、入れよ。
まだ火入れてねぇから、肌寒いけど」
促されて中に入れば、火が燃える音や槌の音が聞こえない静かな鍛冶場が広がっていた。
動いていない鍛冶場だなんて、滅多に見れるものでもないから、少しだけわくわくしてしまう。
「カヴォロが、トーラス街でレストランを2日後に開店するんだ。
それで、初日のお披露目会にアイゼンさんを誘ってきてほしいって言われて」
「ほー。カヴォロの料理美味かったもんなぁ。
そうか、トーラス街か……うーむ……まぁ、大丈夫だろ」
「難しそう?」
「役場で馬車の予約しなきゃなんねぇんだが、まだ開いてねぇからな。
ま、予約がいっぱいなんてことは滅多にねぇから、安心して良いぜ」
「予約が取れたら、これる? 仕事は大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。親方に言っとくわ」
親方……この鍛冶場の責任者だろう。
ここに来た時はいつもアイゼンさんが作業場の案内をしてくれていたから、他の職人さんは姿を見かけただけで話したことはない。
「今回はね、グラーダさんもくるよ」
「おお、あいつに会ったのか。でかかったろ?」
「うん、筋肉が凄かったよ。いいなぁ。俺もああなりたいよ」
「……ライにあそこまでの筋肉は似合わないんじゃないか……?」
「そうかなぁ……目指せむきむきなんだけど」
「そんなもん目指してんのか……ま、まぁ……程々にな……。
あー……んで、そっちの龍人の兄ちゃんと双子は?」
「俺の新しい仲間のシアとレヴ、それからフェルダだよ」
「ども。話は聞いてる。よろしく」
「シアだよー」
「レヴだよ。よろしくね」
フェルダはグラーダさんのところでもそうだったけれど、黒龍人であると訂正する様子はない。
龍人だということに代わりはないし、元々龍人だからなのだろうか。
「アルダガはもう誘ったのか?」
「ううん。この後誘いに行こうと思ってるとこだよ」
「こんな辺鄙なとこまで来てもらって申し訳ねぇなぁ」
「皆で話しながら移動してたらあっと言う間だよ。
あ、でも、住居ID教えて欲しいんだけど、良いかな?
カヴォロも聞いてきてほしいって言ってたよ」
「おう。構わないぜ。今教えとくわ。ライとカヴォロのIDも教えてくれるか?」
頷いて、俺の住居IDとカヴォロの店舗IDを伝えて、グラーダさんの住居IDは羊皮紙にメモしておく。
アリーズ街から鉱山の村までの魔物は苦戦することもないだろうしと、アリーズ街の宿屋を出た時から、鞄は肩から提げている。
俺が戦う間もなく、ジオンとフェルダが倒してしまっていたので、狩りの邪魔になるのかどうかはわからなかったけれど。
「んじゃ、そろそろ営業準備に戻んなきゃいけねぇから、またな」
「うん。お邪魔しました。またね!」
鍛冶場から出て、アリーズ街への道を進む。
開いていないというアクシデントはあったけれど、すぐに会うことができたし、ここまでは順調だ。
あとははじまりの街に行ってアルダガさんを誘って、その後石工の村に行ってガヴィンさんを誘えば良いだけだ。
兄ちゃんはログアウトした後……は、多分まだ、兄ちゃんはログアウトしてないだろうし、明日の朝に起きてきた兄ちゃんに伝えておこう。
聞き飽きる程聞いた羽音を鳴らしながら、キラービーが近付いてくる。
攻撃を仕掛けてくるより先に、フェルダの鋭い爪で地面へ叩き落され、その後に飛んできた水弾によって倒された。
見事な連携だ。刀を抜く暇すらなかった。
腕の呪紋による影響は、今のところなさそうだ。
狩りをせずに過ごしていた期間も、あまり空いていないからか、呪紋に苦しんでいる姿はこれまでに見た事がない。
発動条件が曖昧でいまいちわからないけれど、この先もフェルダが苦しむことがないならそれで良い。
「盾があると余裕だなー」
「あ、そっか。前、大量発生した時は盾装備できてなかったもんね」
大量発生したキラービーの話や、その後の牧場での話をしながら進んでいれば、いつの間にかアリーズ街に辿り着いていた。
ギルドに向かって、転移陣ではじまりの街へ向かう。
久しぶりの始まりの街の景色を楽しみながら、武器屋までの道のりを歩く。
辿り着いた武器屋の扉を開くと、暇そうにカウンターで新聞を読んでいたアルダガさんがこちらに視線を向け、目を見開いた後ニカリと笑った。
「よう、ライ! 久しぶりだな!」
「うん! アルダガさんも元気そうで良かったよ」
「おう、元気元気。まぁ、最近は異世界の旅人達が少なくなって、暇してるがな。
兄貴に聞いたぜ。トーラス街で色々あったみてぇだな」
「辿り着いてから怒涛の日々だったよ。
あ、俺の新しい仲間のシアとレヴ、それからフェルダだよ」
「アタシがシアだよー」
「ボクがレヴ」
「お、よろしくな! 俺はアルダガだ。
シアとレヴの事は手紙に書いてあったが、龍人か……初めて見たな」
「この辺りじゃそうかもね。肆ノ国には結構いるんだけど」
「肆ノ国は遠いからなぁ。行ったことねぇや」
転移陣でひとっ飛びとは言え、遠くなれば遠くなる程値段が高くなるようなので、ほいほい行けるわけではないのだろう。
海外に旅行に行く感覚と同じなのだろうか。
「今日はカヴォロのお披露目会の事できたんだ」
カヴォロのお披露目会の事とグラーダさんの言伝も伝えれば、アルダガさんは豪快に笑った後、一つ返事で頷いてくれた。
「金の心配しなくて良いみたいだし行くしかねぇな。
ま、兄貴に出して貰わんでも、そのくらいの蓄えはあるさ。
異世界の旅人のお陰で稼がせてもらったしな」
「当日、楽しみにしてるね。それと住居IDを教えてほしいんだけど」
「おう、良いぜ。ライのも教えてくれよ」
「もちろん。それと、カヴォロも教えて欲しいって」
それにも快く頷いてくれたアルダガさんとIDの交換をする。
アルダガさんの住居IDも羊皮紙にメモをして、そこに並ぶ名前とIDを見てにんまりと口角を上げる。
「これまでもライの事は心配してたんだが、連絡手段もないし、会いに行くにもどこにいんのかわかんなかったからなぁ。
兄貴からの手紙で無事は確認できたが……これでいつでも連絡が取れるってわけだ」
「いつでも来れるって思ってたけど、なかなか来れなくてごめんね」
「まぁ、異世界の旅人……いや、これはこの世界の冒険者も同じだな。
冒険者ってのはそんなもんだろ。無事ならそれで良い」
「俺達の場合、冒険よりも生産してるほうが多いけどね」
「あぁ、鍛冶と細工……あと、魔道具製造か」
「それから、シアとレヴが鋳造で、フェルダが石工だよ。
みんな凄い腕前の持ち主だから、助かってるよ」
「そりゃすげーな。そんだけ揃ってりゃ困ることもなさそうだな。
後は防具とポーションが作れりゃ、冒険者やるのになんの不自由もねぇな」
「確かに。覚えてみようかなぁ……ああ、でも、素材集め以外で家から出なくなっちゃいそう」
そうでなくとも、最近は素材集めと生産の日々だったわけだし、調薬と裁縫、もしくは甲匠スキルを覚えた日にはますます拍車がかかりそうだ。
素材集めも生産も楽しいから構わないけれど、根っからの生産プレイヤーというわけでもないので、やはり冒険もしたい。
「そんだけ生産スキルを持った仲間が増えてんだ。
この先、防具作れる仲間も増えるんじゃねぇか?」
「たまたま運が良かっただけ……って、言って良いのかわからなくなってきたな。
生産が得意な人を呼び寄せるような何かが出てるのかな……」
「そんな話は聞いたことねぇが……そもそも、亜人が従魔になること自体珍しいしな。
召喚石……つっても、ライは違うみてぇだが。召喚石自体が珍しいし、そっから亜人がってのは、ないわけじゃないが……稀だわな」
従魔だけでなく、知り合いも生産が得意な人が多い気がする。
生産者同士仲良くなることはあるだろうけど、それはあくまでプレイヤー間の話のような気もするし。
「んー……まぁ、いっか。
それじゃあ、アルダガさん。バタバタしてて申し訳ないけど、そろそろ行くね。
また2日後、たくさん話そうね」
「おう! またな! 楽しみにしてるぜ」
さて、最後はガヴィンさんだ。
予定のログアウト時間を超えることもなさそうだし、お昼ご飯を食べてからログアウトできそうだ。
ガヴィンさんは家にいるかな? いなくても、手紙をポストに入れておけば良いだろう。
最悪、俺がログアウトしている間にフェルダに誘いに行って貰うこともできる。
そんな心配をしていたが、石工の村のガヴィンさんの窯元へ辿り着いてみると、庭で作業をしているガヴィンさんの姿を見つけることが出来た。
頼まれていた人全員と会えて良かった。置手紙でも良いだろうけど、やっぱり本人に会えるのが一番良い。
「ガヴィンさん!」
「ん? ああ、ライ。遊びにきたの?」
「今日は、カヴォロのレストランのお披露目会の招待に来たよ」
これまでにも話してきた内容を、ガヴィンさんにも話す。
俺の話を聞いていたガヴィンさんは、俺の話が終わると考える素振りを見せた後、頷いた。
「ん、わかった。カヴォロの料理にも興味あるし、行くよ」
「やった! ガヴィンさんも参加だ!」
「聞いた限り、結構参加者多そうだね」
「うん、俺が誘いに行った人は全員参加するって言ってたよ。
エルムさんの知り合いのお爺さんは、まだわからないけど」
「婆さんの知り合いの爺さん?」
「家庭用魔道具専門の魔道具職人さんだって言ってたよ」
「ああ、あの爺さんか。俺も取引があるよ」
「そうなんだ? 世間は狭いねぇ」
「まぁ、それもあるけど、婆さんの知り合い連中は面識がある相手のが多いよ。
婆さんの注文で他の生産職人と協力することもあるからね」
なるほど。一流の職人さん達のネットワークだ。凄いな。
「開店祝いは何がいいかね」
「うーん? お花とか?」
「花ぁ? 俺が? 冗談でしょ」
開店祝いというと……何をあげるものなのだろう。お花とかじゃないのかな。
さすがに開店祝いを贈った経験もなければ、調べたこともないので、さっぱりわからない。
俺達からも何か開店祝いを用意したいな。
「エルムさんはお米を渡すって言ってたよ」
「へぇ。ま、食材が良いか。
米なら土鍋もありだけど、持ってたら邪魔になりそうだし」
「んー……多分持ってないと思う」
お米がないって言ってたし、カヴォロの料理で鍋料理は出たことがない。和食しかり洋食しかり。
串焼きは……多分、和食なんだろうけど、カヴォロの串焼きが和食なのかは謎だ。
「じゃ、土鍋にしようかな」
「俺も何か用意したいなー……あ、じゃあ、俺は石臼にする! フェルダお願いね!」
「石臼……? いいけど、料理人に必要?」
「カヴォロは自分で用意できるものなら、自分で用意するんじゃないかなって思う」
釣りもだし、海に潜ったのもだし、プレイヤーと取引することも多いみたいだけど、自分自身で集めることも多そうだ。
大量発生は予想外の出来事だったけど、大量発生前も蜂蜜の為にキラービーを狩っていた。
他にも、食材調達の時くらいしか狩りをしないと言っていたこともある。
「あー……石臼を俺が作って良い?」
「うん? 俺達が土鍋でガヴィンさんが石臼ってこと?」
「そういうこと」
「それは構わないけど……」
「陶芸はあんまやんないんだよね、俺。出来ないわけじゃないけど」
「なるほど。うん、わかった。それじゃあ俺達が土鍋ね」
開店祝いも決まったし、頼まれていた人達全員を誘うこともできた。後は当日を待つだけだ。
「あ、そうだ。住居ID教えてくれないかな」
「いいよ」
カヴォロの事も話して、教えて貰ったIDをしっかりとメモしておく。
これからは皆と手紙のやり取りが出来ると思うと心が躍る。
「一番は顔見せにきてくれることだけどね。
ま、たまには兄貴連れてきてよ」
「もちろん! ……って思ってるんだけど、なかなかこれなくなるんだろうなぁ」
「だろうね。ま、200年なら待つよ」
「……さすがにそんなに間を開けるつもりはないよ……」
というか、200年待たせたら激怒されそうだ。
「じゃ、また2日後ね」
「うん! またね!」
ガヴィンさんと別れた後は、少し早めのお昼ご飯を食べてトーラス街の家に帰る。
土鍋は俺がいない間に作っておいてくれるというので、お言葉に甘えてログアウトした。
次にログインした時はお披露目会だ。