day67 取引完了
「ごちそうさま~! カヴォロ、凄く美味しかったよ!」
「そうか」
兄ちゃんと別れて、カヴォロの店へ来た俺達は、夕食に海鮮パスタをご馳走になった。
来てすぐに、先日送り付けた海産物について苦情を貰ったが、他の素材を集めるついでに取っただけのものだからと言えば、渋々納得してもらえた。
クラーケンの食材については、有耶無耶にしたけれど。
「あ、水属性の水を貯めること出来たよ」
先日、皆で魔法弾の調整をした時の話を話す。
調整が大変だったこと。結局できたのは、シアとレヴ、それとジオンだけだったこと。
それから、調整中に殺傷能力を消し去るのではなく変化させたほうが美味しいお水になるのではないかと話す。
変化させる方法は、まだ成功できていないのでわからないということも。
「魔力感知を取ったところで分かる気がしないんだが」
「あー……でも、エルムさんも魔力感知ないみたいだけど、なんとなく分かるって言ってたから、オーラ的なものがあるんじゃない?」
「……魔法弾も調整しながら打てるんだったか。時間が空いた時に練習してみる。
一度、見せてくれるか?」
「もちろん。シア、レヴ、お願い」
「「うん! 【水弾】」」
ぷかりと浮いた水弾を2人は真剣な目で見ながら、ゆっくりと渦巻く魔力を消して行く。
やがて全ての渦巻く魔力が消え去ると、にこりと笑ってカヴォロへ顔を向けた。
「……なるほど。わからん」
「やさしくなーれって思ってやってるよー」
「出来たお水もやさしいよ」
「そうか……」
シアとレヴが浮かせた水弾を、じっと見たカヴォロは、蛇口を捻り、溢れ出てきた水道水と見比べて、頷いた。
「その水弾、鑑定して良いか?」
「「うん!」」
「……なるほど。鑑定で分かるな」
「鑑定したことなかったな」
シアとレヴの掌の上にある水弾を鑑定してみれば、そこには『水』としか表示されておらず、試しに未だ流れ続ける水道水を鑑定してみたら、そこにも『水』と表示されていた。
「ただの水……あ、料理系スキルがないとわからないのかも。
フェルダも石工と鑑定があるから岩の種類が分かるって言ってたし」
「そんなことがあるのか。俺には《魔水》と表示されている。☆4だな」
「☆4……料理の品質って装備の品質とは違いそうだよね?」
これまでに料理を鑑定したことは数回しかないので詳しくはわからないけど、はじまりの街の宿屋で食べた夕食は☆3だった。
装備で☆3だと、ユニークの1つ前の上質な装備品だ。
「食べ物や飲み物は10まであるな」
「なるほど。あ、シア、レヴ、消しちゃって大丈夫だよ」
俺の言葉に頷いた2人の掌の上から、霧散するように水弾が消えた。
今は貯めておく容器もないし、鉱石も持ってきていないので消すしかない。
一度魔道具の容器に入れた後でなければ、グラスに注ぐことも、生産で使えないことも実践済だ。
「まずは浮かせる練習からしないとな」
「浮かせるのは、結構簡単だよ。浮け~って思ったら浮く」
「……【水弾】……浮いたな」
「でしょでしょ」
今は試してみるつもりはないようで、カヴォロはすぐに水弾を消した。
「……それで、頼んでいたカトラリーが出来たと言っていたが」
「あー……うん、出来たよ。あ、その前に、石窯の値段の話、して良い?」
小さく頷いた事を確認して、エルムさんに聞いた計算方法を話す。
エルムさんやガヴィンさんのようなオーダーメイド専門の職人さんであれば、最初に話していた方法で取引をするそうだが、街にいる一般家庭向けの魔道具職人さんなんかは違う事を話せば、少しだけ不満げな声を漏らしたものの、カヴォロは頷いてくれた。
「それが一般的な取引方法だと言うなら、それで良い」
「うん。えっと……材料費と技術量……を、5倍で、480,000CZなんだけど」
「……貰った《大焼石窯》の売却額の5倍は1,482,000CZだ。
石窯の値段の300,000CZを引いても100万CZ以上するんだが」
「まぁ、そうなんだけど。そこはほら、石窯自体の値段も、魔道具補正で高くなってるはずだからね」
「聞いてる限りはそうなんだろうが……まぁ、分かった。安く済むなら、助かる」
「うん、うん。だよね!」
問題は冷蔵庫、冷凍庫である。こちらは材料も元になる生産品も全てこちらなので、誤魔化しようがない。
元となった生産品に技術料を足すだけでなんとかならないだろうか。
「で……えぇと、冷蔵庫と冷凍庫、それとカトラリーも完成してるんだけど」
「あぁ、冷蔵庫と冷凍庫も完成してたのか。ありがたいな」
「うん……ウィンドウ開くね」
《青蓮庫》、《紅蓮庫》、それから銀菜の名が付くカトラリー類を並べる程に、カヴォロから鋭い視線が突き刺さっていくのが分かる。
うろうろと視線を彷徨わせた後、覚悟を決めて顔を上げた俺は、カヴォロに満面の笑みを向けた。
「最高のものを作ってきたよ!」
「……そうだな……」
「カヴォロくんのだからアタシ達いっぱい頑張ったよー」
「そっ……そうか。ありがとう。
ありがたい……ありがたい、が、こんなにほいほい出来るものか……!?」
「あのね、ボク達、こういうのはじめて作れたんだよ」
「シアとレヴと俺、それからライの4人で頑張ったからなー!」
「4人がかりでそれぞれのスキルを使ってるからね! 強化料理と同じだよ!」
ユニーク料理というものは、これまでに聞いたことがない。
つまり、強化料理がユニーク料理なのではないだろうか。
「……そう言われると……そんな気がしてくるな……。
だが……フォークをユニークにする必要あるのか……? 何か効果があるわけでもなし……」
「それは、俺もそう思う」
「まぁ、不二……ユニークだから良いってわけじゃないし、生産品のユニークなんて単なる名前だよ。多少高くはなるけど」
フェルダの言葉に、思考を巡らす。
本来のユニークの意味は、独特だったり、特異だったりの意味だが、言われてみれば使いどころで意味が変わる気がする。
魔物の場合は特殊だったり、突然変異等の使い方をするが、ユニークスキルなんかは、特別とか固有とか、そういう意味で使う事が多い。
生産品のユニークは、ネームドのようなものだろうか。
「……良い物を作ってくれることは、本当にありがたいと思ってる。
毎回驚かされるだけで、嫌と言うわけではない。金の心配はあるが……まぁ、問題はない。
……これからも、頼む。出来れば、加減して欲しいが」
「加減は出来ますが、親交の深い相手となると、どうしても、熱心になってしまうんですよね」
「だなー! 出品用に作る装備だと、誰に渡るかもわかんねぇし、手を抜いてるわけじゃねぇけど、思い入れは違うよなー」
「……デスサイズは知らない相手だったと思うけど……?」
「それは、ライさんのお願いでしたので」
「格好良いデスサイズが見たいって言われたからなー!」
デスサイズのことはともかく、仲の良い相手や知っている相手だと、それだけ気合が入ってしまうのは分かる。
カヴォロからのお願いだと張り切ってしまう。
「こっちは、先程の取引方法はしないぞ。売却額の5倍だ」
「カトラリーは3倍で良いよ。何か効果があるわけでもないし、リーノの細工があるとは言え、街で売ってるのとほとんど変わらないんだから」
「……そうか。わかった」
「冷蔵庫と冷凍庫は5倍だと……冷蔵庫が1,521,000CZで、冷凍庫が1,578,500Zなんてことになるけど、良い?」
「良い。買い替える必要がないからな。ずっと使えるだろう?」
「装備条件もないし、氷晶属性と氷晶魔石を使って作るなら、これ以上の性能の物は……作れてもそんなに差はないと思う」
この先魔道具製造スキルのレベルが上がっても、調理等の数値があるわけじゃないので、これ以上の性能の物は作れない。
これ以上冷やす必要もないので、氷晶属性の《氷晶鉄》を増やす意味もなさそうだ。
鮮度的な何かが、隠れステータスでありそうだから、使う《氷晶魔石》や《氷晶鉄》の品質が上がったら、多少変わるかもしれない。変わらないかもしれない。
目に見えないので判断ができない。使用者にはわかるのかもしれないけど。
「カトラリーはスプーン、フォーク、ナイフが3倍で9,300CZ、小さいスプーンとフォークが7,200CZだよ。
1セット、42,300CZで……20セットで846,000CZだね」
冷蔵庫と冷凍庫、それから石窯の値段を足して……。
「合計4,425,500CZ……高っ」
「……量があるからな」
カヴォロ側の金額窓に、4,425,500CZの文字が並ぶ。
「凄い。即金だ」
「預けてないだけだ。狩りに行く時は預けるがほとんど行かないからな」
取引を完了して、ほっと息を吐く。
対面しての取引は値段のことを話さなきゃいけないので、どきどきする。
相手の言う通りにしていたら揉めることもないのかもしれないけど、高過ぎても俺が嫌だし、安過ぎるのはジオン達に申し訳ない。
一律、この値段だって決まっていたら楽なのだけど、3倍とか5倍とか7倍とか……大変だ。
「それにしても、銀があったのか?」
「うん。海の中の洞窟にあったよ。ネーレーイスの棲み処らしいけど……」
銀の洞窟の話と道中について話す。
「なるほど……息が出来るようになる魔道具か」
「うん。飴だから、なくなっちゃうんだけどね」
「俺も材料調達で海に潜ろうかと思っていたが、その飴があれば便利だな」
「俺、作るよ。瓶があれば、どんな飴でも水中呼吸ができる飴になるから便利だよ」
「瓶か……」
そう言って、カヴォロはアイテムボックスから、瓶を2つ取り出した。
片方は俺が持っている飴の入った瓶と同じ程度の大きさの空の瓶で、片方は様々な色の大きな飴がたくさん詰まった大きな瓶だ。
窓から差した光がビー玉のように透き通った飴玉の色を映して机の上に落ちている。
「店に置いておこうと作った飴だ。この飴でも大丈夫か?」
「大丈夫だと思うよ。ね、カヴォロの作った飴、食べても良い?」
「構わない」
「ありがとう!」
大きな飴を、1個ずつ受け取った俺達は、早速口の中で転がせば、苺の風味が広がった。
苺そのものを食べているようなジューシーさだ。だからと言って、酸っぱさが残るわけでもなく、甘過ぎない程よい甘さが口の中に広がる。
「美味しい!」
「そうか。それは良かった。果汁を使ってみたんだ。
牛乳を使った飴もあるぞ」
「へぇ~! 料理スキルって飴も作れるんだね。あ、製菓スキルもあるんだっけ?」
「作るなら、製菓スキルだろうな」
「? この飴は製菓スキルじゃないの?」
「それは【飴細工】だな」
「前に聞いた時も、料理系スキルは色々あって大変そうだなって思ったけど、そこまで細かくスキルがあるの?」
「いや……料理スキルのレベルが上がったからか、料理系の生産依頼を受けているからかわからないが、料理系スキルが増えた。
なくても、作れはするんだが、それに沿ったスキルのほうが品質が上がるらしい」
「なるほど。製菓スキルでも飴は作れるけど、飴細工スキルで作った飴のほうが良いんだね」
言われてみれば、お菓子職人だからって、どんなお菓子でも作れるというわけでははないのかもしれない。
人それぞれ専門がありそうだ。洋菓子と和菓子でも違いそうだし。
「スキルポイントがいくらあっても足りない……取らなくても作れるが、出てきてしまったなら取るしかない」
「あー……わかる気がする……」
俺も、例えば、魔法陣スキルなんかが新たに出てきたら、もっと良い魔道具が作れそうだからと取るだろう。
「この瓶、借りて行っていい?」
「構わない。金額は……」
「あ、じゃあこれ、いっぱいにしてほしい」
そう言って、アイテムボックスから飴の入った瓶を取り出して、机の上に置く。
先日の練習と銀の洞窟の道中で6割程減ってしまっているので、追加しなきゃと思っていたのだ。
「それで良いのか?」
「《水魔石》だけで出来るから、そんな高くならないよ。
多分……売却額が1万CZくらいかな? 3倍なら3万CZだね」
「ライが良いなら良いが……先に渡しておく」
「ありがとう。あ、ちょっと待って、元の飴が上に来るようにしたいから」
きょろきょろと、残りの飴を出して置く場所を探していると、カヴォロが木製のお皿を貸してくれた。
お皿の上に飴を取り出し、新たにカヴォロの飴を追加してもらい、最後にお皿の上の飴を入れる。
「へへ。カヴォロの飴、楽しみ。これからも、なくなったら買いにくるね。
瓶は道具さえあればすぐ出来るから……この後持ってくる?」
「いや……そんな急がなくても良い。明日以降の予定は?」
「明日は釣りに行こうと思ってるよ」
「良いな。俺も一緒に行って良いか?」
「もちろん! 行こう行こう!
明日完成させて持ってくるね!」
明日はカヴォロと釣り……それから、海の中にも行くのかな?
クラーケン戦は別として、カヴォロとお出掛けするのは、トーラス街に来た時以来だから楽しみだ。