day66 銀の洞窟
「ライくん、もう少しだよー」
「見えてきたよ」
鋭い歯をもつ魚、いかにも毒を持っているという見た目をした魚等、様々な魔物達の間をすり抜け、時に魔法で応戦しながら、泳ぎ続けること2時間と少し。
ようやく洞窟の入り口が見えてきた。ぽっかりと開いた洞窟の入り口を目掛けて泳ぐ。
海の中での戦闘は、やはり魔法頼りとなり、特にシアとレヴの呪言、呪痺は大活躍だった。
俺の黒炎弾と違って、皆の魔法弾のクールタイムは長くはない。5分から10分といったところだ。
ジオンの氷晶弾のクールタイムは他の皆と比べて長いので、進化する毎にクールタイムが長くなるのだろう。その分、威力も上がるけれど。
「「【呪痺】」」
刺々しい大きな背びれを持つ魔物が痺れて動けなくなっている内に、傍を通り抜け、洞窟の入り口を潜り抜ける。
銀の洞窟に行く準備は万端に整えてきた。お昼ご飯の準備もばっちりだ。
それから、クラーケン戦の時のドロップアイテムは、クラーケンの素材以外は全部売っておいたので、アイテムスロットの空きもある。
クラーケンの骨はこの先手に入るかわからないので、一応売らずに家に置いてある。
ヒレとげそについては先日集めた魚や貝、わかめ等の海産物と纏めてクール便でカヴォロのレストランに送っておいた。
店舗IDが分かればこちらのものだ。押し付けたとも言う。
カトラリー類を渡す時に、石窯のお金も一緒に貰う事になっているので、その際石窯の値段も含めてひと悶着はあるかもしれないけど、一度で済むならそれに越したことはない。
『見つけた! 銀!』
『わ、やったね、リーノ』
「あれかな?」
「待っててねー」
そう言ったシアが、リーノの指差す場所へ向かい岩壁を撫でると、ふわりと岩壁の一部が剥がれた。
「はい! リーノくん!」
『え!? 採れるの!?』
「洞窟の中ならボク達採れるよ」
どうやら海の中の洞窟内にある鉱石や宝石は、つるはしや採掘スキルがなくても、ネーレーイスなら採取することができるらしい。
海の中でつるはしが使えるかもしれないからと、一応皆のつるはしは持ってきているけれど、使えなくてもシアとレヴがいたら大丈夫そうだ。
先に進むシアとレヴの後を追い続けると、やがて大きな空洞へと辿り着いた。
どこからか陽が差し込んでいるのか、綺麗な青色が広がっている。
『綺麗だね。真っ青だよ』
『こんな場所が、海中にあったんですね』
「ここから上だよ」
「海じゃなくなるよー」
海じゃなくなるとはどういうことだろうかと不思議に思いながら、促されるまま上に向かって泳げば、海面へと顔を出すことが出来た。
大きく深呼吸をして、辺りへ視線を向ける。
海面から続く階段の先に広がる光景に、眉を顰めて目を細めた。
大きな瓦礫が所々に転がり、ぼきりと折れてしまっている柱やアーチ、今にも崩れそうな建造物が見える。
ネーレーイス自体が珍しいという話だったので、数軒の建造物がぽつりぽつりと並ぶ、今までに訪れた村よりも小さな集落だけど、銀を使った繊細な装飾が施された柱やアーチ、建造物が立ち並ぶ神秘的な場所だったのだろう。
今では退廃し、物悲しさだけが残る場所となってしまっている。
階段を登った先の広場では、大きな水晶が淡く光り、辺りを照らしていた。
大きな水晶の傍の地面に、ギルドで見かける転移陣と同じ魔法陣が描かれているのを見つける。
起動はされているようだ。帰りは転移陣で帰れるだろう。お金は……支払えそうにないけれど。
またここに来ることがあるなら、街から転移陣で来ることも可能だろう。
ひび割れた道を進み、入口が大きく崩れた家屋の中をちらりと覗いてみると、瓦礫と共に朽ち果てた家具やシアとレヴが使っているような生産道具が埋もれているのが見えた。
「ライくん」
「こっち」
迷うことなく瓦礫を超えて、亀裂の入った道を進む2人の後を、俺達は言葉を発することなく追う。
水の音と、俺達の足音だけが響いている。
2人が行きたいと言ったからって、本当に来てよかったのだろうか。
やがてシアとレヴは、一軒の建物の前で立ち止まった。
「……シア、レヴ」
廃墟と化した建物を静かに見上げるシアとレヴに声を掛ける。
一拍置いて振り向いたシアとレヴの表情からは何も伺うことができなかった。
「この先に、銀があるよ」
「金と宝石もあるよー」
そう言ったシアとレヴは、もう一度建物を見上げて、くるりと方向を変えて歩き出した。
2人が見上げた建物をちらりと見上げ、頭に過る答えに気付かないふりをして、通り過ぎる。
ぽつんぽつんと等間隔に置かれた水晶の淡い光が辺りを照らす中、歩く。
シアとレヴはいつも通りだけど、俺達の表情は硬い。
昔、龍人の街が半壊したと言っていたフェルダは、何か思うところがあるのだろう。眉を顰めて、周囲の様子を見ていた。
「リーノくん、見えるー?」
「……お、おう! 見えてきたぜ! たくさんあるな!」
「うん! つるはし使えるかな?」
「使えなくてもアタシ達なら採れるよー」
変わらないシアとレヴの声や姿に、俺達の表情は和らぐ。
2人が変わらないなら、何も言わないなら、俺達もいつも通りでいるべきなのだろう。
「綺麗だなー」
「うん、凄く綺麗。シアとレヴのお陰だね」
「存在は知ってても、そう簡単に辿り着ける場所ではありませんからね」
「俺も、ネーレーイスの洞窟を見れる日が来るとは思わなかったな」
これまでに訪れた洞窟や鉱山の岩肌とは違い、つるりとした岩肌はきらきらと光って見える。
銀や金があるからなのだろうか。青白く辺りを優しく照らす水晶の光が、きらきらと光る岩肌で揺らめいている。
「リーノくん、つるはし使えそう?」
「やってみるぜー!」
採掘スキルなしでシアとレヴが集められたところを見るに、洞窟内ではネーレーイスだけが鉱石や宝石を集められる可能性もある。
ベルトポーチに入ったつるはしを組み立てて、きょろきょろと辺りを見渡したリーノは、ゆっくりとつるはしを岩肌に突き立てた。
ころりと落ちてきた緑色の宝石を見て、つるはしを使って採掘できることが分かった俺達は顔を見合わせて頷き合う。
「今日はアタシ達も頑張るよー!」
「うん! ボク達も手伝う!」
「シアとレヴはいつも助けてくれてるよ」
2人は岩山脈でも、俺達がつるはしを振るって出てきた鉱石や宝石を《風の宝箱》に集めてくれていたし、採取や採掘がなくても集めることが出来る素材を探してくれていた。
「今度、2人も採掘をしてみましょうか。
私もライさんの従魔になってから取得できたんですよ」
「そうなのー?」
「ボク、頑張る!」
「おう! 今度は俺が教えてやるぜー!」
リーノに教えて貰えば間違いないだろう。
ジオンも、それから俺もリーノに教えて貰ったようなものだ。
あの時は、まだ俺達の仲間ではなく、姿も知らない声だけの存在だったけど、鉱石の場所やつるはしの使い方を教えてくれた。
その言葉をジオンに伝えながら、俺自身もなるほどと一緒に学んだものだ。
「銀、金……それから緑色、黄色、紫色の宝石があるな!」
「ほう。これまでは赤と青でしたよね?」
「洞窟や鉱山にあるのは基本的に青と赤だからなー。
弐ノ国なら運が良ければ、たまーに緑色の宝石も見つけられるけど」
「なるほど。緑は珍しいんだね」
「参ノ国なら弐ノ国より緑色の宝石も見かけるようになるし、黄色も極稀にあるけど、こんなにたくさん、当たり前みたいにあんのは初めて見たぜ!」
「へぇ~参ノ国の洞窟事情にも詳しいんだね」
「俺、参ノ国出身だからなー」
「えっ、そうなの!?」
「おう。まぁ、肆ノ国の洞窟のこともわかるぜ。肆ノ国なら紫色が偶に見つかるな!
弐ノ国から肆ノ国の鉱山、洞窟を探し……旅してたから、ここみたいな知らなきゃこれねぇとことか、岩山脈みたいなとこ以外なら詳しいと思うぜ!」
鉱石や宝石を求めてあちこちに行っていたのだろうか。
これからもリーノがいたら、鉱石や宝石に困ることはなさそうだ。
「リーノ、鉱石と宝石がないとこ教えて」
「んー……あの辺りだな。不自然なくらいなんもない」
「ありがと。俺は岩集めるよ」
「では私もフェルダを手伝いますね」
「それじゃあ、リーノとシアとレヴ、俺は鉱石と宝石ね。リーノ、よろしく!」
「おう! 任せとけ!」
「ボク達にも教えてね」
「いっぱい集めよー!」
集めた鉱石や宝石、岩を入れておくための《風の宝箱》を取り出して、地面に置いておく。入りきれない分は近くに置いておいてもらおう。
採れる度にアイテムボックスに入れていくより、最後に纏めて一気にアイテムボックスに入れたほうが楽だ。
なんでもかんでも宝箱に入れてしまうことになるので、家で整理整頓する必要はあるけれど。
転移陣で帰れることが分かったし、帰りの時間の心配をする必要はなくなった。
シアとレヴも楽しそうだし、のんびりして行こう。
「おっしゃ! まずはあの辺りだな!」
「「はーい」」
念願の銀と金を手に入れることが出来るとあって、リーノが張り切って採掘をしている姿を眺めながら、つるはしを振るう。
シアとレヴはリーノの後ろを追いながら、楽しそうに鉱石と宝石を集めている。
つるはしいらずでどんどん集めるものだから、宝箱はすぐにいっぱいになってしまった。
宝箱がいっぱいになった後も、途中で昼ご飯を一度挟んだ以外はずっと採掘をしていた。
長い間誰もいなかった洞窟内には、たくさんの鉱石が溢れていたようだ。
リーノに場所を聞かずとも、適当にその辺をつるはしで突いたら、ぼろぼろと鉱石や宝石が落ちてくるのが楽しくなってきて、あちこちうろうろしてはつるはしを突き立てた。
シアとレヴは俺達が採掘することができない海中の鉱石や宝石も集めに行っていたし、充分な岩を集め終わったフェルダとジオンも鉱石と宝石集めに合流した結果、宝箱の横には鉱石、宝石、岩が山のように積み上がっていた。
「採りすぎたかな……」
「……まぁ、あって困るものでもありませんし……」
「すぐなくなっちゃうよ」
「また集めにこようねー」
「うん、またこようね」
戦利品をアイテムボックスに入れながら、笑顔で答える。
2人が気にしていないことを俺が気にする必要はない……と、いうことにしておこう。
暫く銀と金、それから宝石に困ることはなさそうだけれど。
ここ数日の素材集めで、たくさんの素材を集めることが出来た。
これから皆で色んなものが作れると思うとわくわくする。
俺も何か、新しい魔道具を作りたい……と、思ったけど、魔石の在庫があまりない。
これはいよいよ岩山脈でワイバーンを倒す必要があるかもしれない。
とは言え、明日はカヴォロのカトラリー類を完成させて、渡そうと思っているし、その次の日は釣りをする予定だ。
アルダガさんのお兄さん、グラーダさんにも会いに行きたい。
急ぎ欲しい魔道具があるわけでもないし、やりたい事が終わってからでも大丈夫だろう。
全ての素材をアイテムボックスに入れて、転移陣への道を歩く。
途中、行きと同じ建物の前でシアとレヴがまた立ち止まった。
「……入る?」
「ううん、入らない」
「家に帰ろー?」
「うん、そうだね。帰ろう」
崩れた壁から見える中の様子は、他の家と同じように、人が住めるような状態じゃないことが分かる。
瓦礫の中に、小さなぬいぐるみが2つ、寄りそうように埋もれているのが見えた。
小さく眉を寄せた後、視線を外して、転移陣への道を歩き始めた2人の背中を追う。
「まずはカヴォロのカトラリーだなー!」
「フォークとナイフ、スプーン、それから小さいフォークとスプーンだっけ?」
「5種類を20セットだと結構使いそうですね」
「宝石は使わねぇほうが良さそうだなー。
ごちゃごちゃしてると使い難いし」
「リーノの細工綺麗だから楽しみだよ」
「いつものカヴォロモチーフにするつもりだぜ!」
お店の名前もキャベツ関連なのだろうか。
まぁ、店主はカヴォロだし、包丁や石窯、コンロにも同じモチーフの細工がされているのだから、問題はないだろう。多分。
「カヴォロの冷蔵庫も作らなきゃ。それからうちにも冷蔵庫作ろう。鋳造用じゃないやつ」
「いいね。飲み物入れておいてよ」
「あ、そうだね。今、水しか家にないもんね」
「「ジュース!」」
「うん、ジュースも買おう。あ、急須欲しい」
「この辺お茶っ葉あったっけ?」
「紅茶なら見かけましたが……」
「じゃあティーポット! ティーカップも!」
「ん、わかった」
転移陣の上に立つ。
もう一度ぐるりと周囲を見渡してから、開いたウィンドウから転移先を選んだ。
「シア、レヴ、連れてきてくれてありがとう」
「楽しかったねー!」
「またこようね!」