day64 海中散歩
真っ白な鞘から真っ黒な鞘に変わった刀へちらちらと視線を向けながら、浜辺を歩く。
全てを『黒炎属性+5』の《黒炎玉鋼》を使って作って貰った新たな刀だ。
『昏天黒地☆4 攻撃力:64
装備条件
Lv35/STR8/INT49
効果付与
黒炎属性+65
火傷+9』
『刀の装備条件じゃない』とはフェルダの言葉だ。確かに、INT49は杖の装備条件ではなかろうか。
当然刀なので、この刀で魔法が打てたりはしない。
杖を使ったほうが魔法攻撃力が上がるらしいけど、杖も武器もと両方持つことは少ないらしい。
戦いの最中に持ち替えるのは大変だろうから、俺は今のところ杖を持つ予定はないけど、シアとレヴには用意しても良いかもしれない。
フェルダ曰く、ここまで属性の数値が高いと最早魔刀術と変わらないそうだ。寧ろ魔法で殴ってるようなものだとも言っていた。
ジオンに聞いたところ、魔刀術を覚えるには刀術と属性魔法のスキルレベルを一定以上上げる必要があるらしい。
つまり、俺がいつか魔刀術を覚えた時、俺の攻撃力は更に跳ね上がるのではないだろうか。楽しみだ。
黒炎属性のスキルレベルは上がりにくいけど、未来の楽しみが増えた。
「ライー、俺の盾持っといてくれねぇ?」
「うん、もちろん。俺も刀しまっておこうかな」
「私の刀もお願いします」
俺とジオンの刀、それからリーノの盾をアイテムボックスに入れておく。
エルムさんの話では、近場の魔物はこちらがちょっかいを掛けなければ、襲ってくることはないそうだし、戦うことにはならないだろう。
そもそも、海の中で刀を振るうことができるのだろうか。
「潜るわけじゃないし、水中呼吸はまだいらないかな。
皆大丈夫そうなら、飴食べながら潜ってみよう」
「ジオンくんはアタシが教えるー」
「リーノくんはボクね」
ジオンとリーノは、シアとレヴに付いて、恐る恐る海の中へと入って行った。
残された俺とフェルダは顔を見合わせた後、前の4人に続いて海の中へ入る。
服が水分を吸収して重く……なんてことにはならず、水の抵抗はあるものの、服による抵抗はない。
これなら問題なく泳げそうだ。刀を振るのは難しいかもしれないけど、刺すだけなら出来るかもしれない。
「海の中の砂、見てきて良い?」
「良いよ。飴食べる?」
「ん、そんな深いとこ行かないから大丈夫」
「そっか。俺も行く」
プールで潜る程度ならしたことはあるけど、海で潜ったことはない。
大丈夫だとは思うけど、効果を確かめるためにも飴を食べておこう。
アイテムボックスから瓶を取り出し、飴を1つ口に放り込むと、口の中にしゅわしゅわと甘い味が広がった。
瓶を魔道具にする前は普通の飴だったはずだけど、水中呼吸の効果でしゅわしゅわになったのだろうか。
HPバーの下に雫型のアイコンが増えていることを確認してから、先に潜って行ったフェルダの後に続く。
試しに深呼吸してみると、不思議なことに口や鼻の中に海水が入ってくることもなく、深呼吸をすることが出来た。
エラが出来たのかもしれない。魔道具凄い。
フェルダ、と、声を掛けようと口を開くも、俺の言葉はぼこぼこと泡となり消えて行ってしまった。
さすがに海の中で会話することは叶わないようだ。
フェルダが指差す砂を、両手で掬って集めながら、周囲を見渡してみる。
離れた場所で小さな魚が泳いでいる。そのすぐ傍で、おどろおどろしい見た目の魚が泳いでいるのが見えた。
小さな魚にはアイコンがないのに対して、おどろおどろしい魚には敵を示すアイコンが表示されている。
共存できるものなのだろうかと思っていると、ぱくりと数匹小さな魚が食べられてしまった。
数匹食べて満足したのか、ゆらゆらとどこかに行く姿を眺めながら、弱肉強食なんだなと思う。
きっとあの魔物も、鮫なんかに会えば魔物とは言え食べられてしまうんだろう。
ある程度集めてから、ざぱりと海面に顔を出し、他の皆の様子を眺める。
シアとレヴは言わずもがな、ジオンとリーノも問題なく泳げているようだ。
これなら、皆で銀の洞窟に行けるだろう。
「海の砂も石工で使えるの?」
「陶器作るのに使えるよ」
「砂で? 粘土じゃなくて?」
「粘土が楽だけどね」
聞けば、砂や土にも水を混ぜて粘土のようにすることが出来るらしい。
砂や土の種類や、それらを混ぜ合わせることで、様々な色合いの陶器ができるとのことだ。
「あとは釉薬とか」
「釉薬?」
「陶器に色付けるやつだね」
「へぇ~! 青とか出来る?」
「そういう鮮やかなのは宝石がいるね。鉱石とかも使えるよ」
「宝石も鉱石もたくさん集められるから大丈夫だね。
魔法宝石と魔法鉱石もあるし」
「陶器に付与つける必要ないと思うけどね。
耐火とか耐寒なら、まぁ、わかるけど」
実際に現実世界で同じことが出来るのかは分からないけど、フェルダが出来ると言うのならこの世界では出来る。
鍛冶にしても細工にしても、それから鋳造だって、現実世界と全く同じの本格志向なんてことはないのだろう。
惜しむらくは、料理スキルを誰も持っていないので、フェルダの作る陶器を使う機会があまりないことだ。
「ライくんー! 飴ちょうだい!」
「2個。ジオンくんとリーノくんの分!」
「2個で良いの?」
「アタシたちいらないよー」
「うん。ボクたち平気だよ」
そう言えばシアとレヴは水中でも呼吸できるんだったと思い出し、言われた通りジオンとリーノに飴の入った瓶を渡した。
「お? しゅわしゅわするなこれ!
これで呼吸できるようになんのか?」
「ライさんの作ったものなら大丈夫でしょう」
「試してみたけど大丈夫だったよ。
遠くまで潜るの?」
「少しだけ!」
「ライくんとフェルダくんもいこー!」
頷いて、フェルダにも1個飴を渡す。
全員が口の中で飴を転がしていることを確認したシアとレヴがにこりと笑って、海に潜った。
俺達もそれに続いて海の中へ潜り、シアとレヴの後を追う。
すいすいと泳ぎながら、ぐんぐん深いほうへ進む2人は凄く楽しそうで、良かったと心から思う。
「こっちだよー」
「あのね、珊瑚が目印なんだよ」
海中で2人の声が聞こえてきたことに目を見開く。
返事をしようと声を出すも、やはり俺の声はぼこぼこと泡になって消えて行ってしまった。
「あ、そっかー」
「陸の人は話せないんだった!」
「ついてきてー」
楽しそうに笑う2人に俺達は頷いて応える。
目印だと言う珊瑚をいくつか通り抜けて、どんどん潜って行く。
「この先はね、危ないよー」
「珊瑚が緑色になったら気を付けなきゃだめだよ」
「でも、ここからいっぱい泳いだら、洞窟があるよー」
「ボクたちのおうちなのかな?」
「どうかなー? わからないねー」
「わからないね。でも、楽しみだね」
思い出したわけではないらしい。それでも、珊瑚の事や敵が出てくる場所なんかは覚えているようだ。
忘れてしまっても体に染みついた記憶があるのだろう。
「戦わなくても逃げられるよー」
「みんな泳ぐの上手だから、大丈夫だよ」
「見ててー!」
「待っててね」
2人はそう言って、すいすいと泳いで緑色の珊瑚の先へと泳いで行ってしまう。
グロテスクな見た目をした魔物の周りをくるりと泳ぎ、襲い掛かってくる魔物をひらりと避けて戻ってきた。
緑色の珊瑚からこちらには来ないようで、魔物は途中で諦めて戻って行った。
正直、ハラハラしたけど、2人が楽しそうに笑っているのを見て、無事なら良いかと、戻ってきた2人を笑顔で迎える。
ここから洞窟までどれだけ時間が掛かるのかわからないけど、行けるのなら行ってあげたい。
ウィンドウを開いて時間を確かめてみる。『CoUTime/day64/8:23』だ。
今日は昼にはログアウトするので、皆で早起きして朝ご飯を食べて、泳ぎの練習にきたのでまだ時間はある。
聞こうにも会話が出来ないので、どうしたものかと考えて、スキル一覧から何かスキルがないかと探す。
【従魔念話】というぴったりなスキルを見つけて、SP15を使って早速覚える。……が、使い方が分からない。
スキルはスキル名を口に出さなきゃ使えないというわけではなく、頭の中で考えるだけでも使える。
魔力感知や生産スキル等の場合は、頭の中で考えることなく使えているから、必ずしも思い浮かべる必要はない。
口に出したほうが使いやすいので、ほとんどの人は口に出して使うようだ。
俺やジオン達も口に出してスキルを使っている。
頭の中で【従魔念話】と思い浮かべながら、シアとレヴに話しかけるように言葉を思い浮かべる。
『シアーレヴー』
「なぁにー?」
「わ、ライくん! すごーい!」
出来たと安堵の息を吐いて、皆にも聞こえるように意識しながら、言葉を思い浮かべる。
皆も話せたら良いんだけど。
『従魔念話ってスキル覚えてみたよ』
『……聞こえますか?』
『聞こえる! 皆も話せるんだね!』
『んーー……おーいおーい』
『聞こえてるよ、リーノ』
『へー便利だね』
離れていても使えるのだろうか。どの程度の距離まで話せるのか、今度試してみよう。
『洞窟まで、ここからどれくらいの時間がかかる?』
「うーんと……大きな針が2つ進むくらい!」
2時間も泳ぎ続けなきゃいけないのか。
そうなると行って戻ってくるだけで終わってしまう。
やっぱり、次にログインした時になりそうだ。
『この先は次に戻ってきた時……明後日だね』
「うん!」
「貝探しに行こー?」
『いいね。カヴォロのお土産にしよう』
「魚も捕まえる!」
「任せてー」
シアとレヴは、きょろきょろと辺りを見渡した後、こっちだよと俺達に伝えて、緑色の珊瑚より手前の場所へと進んで行く。
近くにいた魚を難なく両手でしっかりと掴み、俺へ見せてくれた。
『凄いね!?』
「えへへ」
「おっきいのは無理だよー」
2人が両手で掴んでいる魚に、渡されても逃がす自信しかないので指でそっと触れて、アイテムボックスに入れておく。
次々と貝を見つけ、魚を捕まえる2人の姿を見ながら、先日交換した釣り竿は無駄だったかもしれないと考える。
いや、素潜りと釣りは別だ。2人も釣りを楽しみにしていたし。
ちなみに、人数分の釣り竿を交換した後、残りは魔石、封印魔石と交換しておいた。
その内3個は《闇魔石》で、元々残っていた7個の《闇魔石》と合わせて10個の《帰還石》を昨日作っておいた。
いくつかはオークションに出品してみても良さそうだ。
先日オークションに出品しようとしていた、シアとレヴがつけていたピアスは、今はフェルダの耳で揺れている。
ピアス以外のフェルダのアクセサリーは俺達と変わらない性能だ。
装備条件のあるアクセサリーは、洞窟に行った後に新調しようということになった。
『貝見つけたぜ!』
『わかめは……私じゃ採れませんね』
『採ってくるね』
貝は誰でも手に取ることが出来たが、わかめは採取がなければ採れないようだ。
線引きがよくわからないけど、この世界のルールに倣うしかない。
『ライ、この岩持って帰りたいんだけど』
『了解!』
採取スキルを取得して良かったなと思う。
一番最初、初日に採ることができなかった植物の事を思い出す。
あの時は使わないだろうと取らなかったスキルだけど、今は大活躍だ。
この先も、ふとした時に必要になるスキルが出てくるかもしれない。
今はまだ70もSPが残っているけど、種族特性の付いたスキルがこの先出る可能性も考えると、これまで通り必要になってから取得したら良いだろう。
「ライくん、珊瑚はいらないの?」
『いるのかな?』
『アクセサリーで使えるぜ! けど、触ったことねぇなー』
『なるほど、アクセサリーか。
でも……目印なんだよね?』
「また生えてくるから大丈夫だよー」
「全部なくなっちゃったら困るけど大丈夫」
『そっか。じゃあ、少しだけ集めていこう』
『おー楽しみだな!』
海の宝石と呼ばれる珊瑚だけど、どうやらリーノの宝眼は反応しないようだ。
リーノの宝眼は鉱山や洞窟等の岩の中にある宝石や鉱石に反応するもののようだし、見たらわかる珊瑚は別なのだろう。
海中を散歩した俺達は、カヴォロへのお土産や素材を集めて、浜辺へと戻った。
ふわりと風が吹いて、髪を撫でていく。
「ふぅー……海で泳ぐのって疲れるんだなー!」
「そうですね。少し疲れました」
「久々に泳ぐときついな」
「シアとレヴは大丈夫そうだね」
「うん!」
「大丈夫だよー!」
帰り道にお昼ご飯を食べて、家についたら集めた素材を整理しておく。
皆にまたねと告げて、ごろりとベッドに寝転がってログアウト。
次にログインした時は銀の洞窟だ。
少し不安はあるけど、2人が楽しみにしているのだから、きっと大丈夫だ。