day63 魔力の制御
「出来た!」
フェルダに作ってもらった大きな水瓶を見て、にんまりと笑って頷く。
あとはシアとレヴの水弾をここに溜めておけば良いだけだけれど、これまでに一度も挑戦したことがないので、まだ完成はさせていない。
この魔道具はこの中に入った水属性の魔法、今回で言うなら水弾を消さずに留めておくことができるものだけど、普段の戦闘の時と同じ水弾をこの中に入れることはできない……と、言うより、入れたら水瓶が壊れてしまう。
魔力を調整して殺傷能力のない水弾を出す必要があるようだ。
そんなこと出来るのだろうかと思うけど、龍人の村では実際にそうやって水を溜めていたようだし出来るのだろう。
魔法弾は攻撃以外でも使えることは、魔操している時の魔法弾が殺傷能力がないことからも知ってはいたけれど、それは魔操があるからであって、魔法弾自体がそうできるとは思っていなかった。
「うーん?」
「お婆ちゃんどう?」
「ふぅむ……多分だめだろうな」
「浮かせてからのほうが調整しやすいですが、一度出してしまっては駄目なんですかね」
「んー……どうだったかな」
「こうか!? あー! 消えた!」
シアとレヴだけでなく、皆も一緒にあれこれ言いながら、殺傷能力のない魔法弾を出す練習をしている姿を眺めた後、目の前に置かれた色とりどりの大きな飴玉が入った瓶へ視線を移す。
この街に売っていた水中呼吸の魔道具は、飴玉大の鉄を口の中にいれて使うものだったそうだけど、間違って飲み込んでしまったら困るので、飴玉にしてみた。
飴玉も大きなまま飲み込んだら危ないけれど、鉄を飲み込んでしまうよりはましだろう。
正確には飴玉ではなくこの瓶が魔道具で、飴玉を瓶の中に入れて暫く待てば、水中呼吸の効果がある飴玉が完成するという魔道具だ。
飴玉が溶けきってしまうと呼吸できなくなってしまうので、残量に気を付けておかないとリスポーンまっしぐらだ。
瓶と飴玉は、買い物の時に買っておいた。中身がなくなっても、同じお店で買ってまたこの瓶に入れておけば大丈夫だ。
「俺もやる」
「気を付けるんだぞ。君の黒炎弾はどうとも出来んからな」
「うん、気を付けるよ」
街の中ではプレイヤーやNPCにはプロテクトが掛かるものの、それ以外の家や家具等といったオブジェクトにはプロテクトはない。
頑丈ではあるらしいけど、直撃したら普通に燃えるし、崩れるそうだ。
これまでに魔法が原因で騒ぎになっているところを俺は見た事ないけど、家が爆発したなんて話も稀にあるらしい。
浮かせることも出来るし、自分の意志で消すこともできるので、そういう事が起きたら余程魔法に慣れていない人か、故意にそうした人だけなのだそうだ。
ちなみに、後者の場合は当然捕まる。前者でも被害によっては捕まってしまうので、街中で魔法を使うのは例え自分の家だろうと気を付けなければならない。
「お? こうか?」
「まだ殺傷能力がありそうだな」
「どうやったのー?」
「削る感じかなーよくわかんねぇや!」
「削る……あ、消してしまいましたね」
これまでの皆の話を聞くに、魔法弾を浮かせる時のように攻撃させないと思うだけでは駄目なようだ。
クラーケンの時のように、少しずつ薄く出してみてはどうだろうか。
だけど、あれも結局、薄く長くじわじわ攻撃しているだけで、総攻撃力が変わっているわけではないし、殺傷能力がなくなっているわけでもない。
試しにゆっくりと、じわじわ少しずつ掌の上に黒炎弾を出してみるが、いつもよりゆっくりと弾になっただけで特に変化は感じない。
掌の上で浮かぶ大きな黒炎の塊をじっと見ながら、まずはリーノが言っていたように、黒炎の端を削るようなイメージで魔力を調整してみる。
ジオンと同じく消えそうになったので、慌ててそのイメージをやめた。一度消えたら次に試すまでに30分かかってしまうので気を付けなければ。
「あぁ、消えた。うぅむ……私は攻撃系の魔力の制御はそこまで得意ではないんだ。
生産や封印の魔力なら得意だがね」
「封印の時とは違うの?」
「基本は一緒だがね。魔法弾やら他の……魔法柱なんかを制御するのは骨が折れる」
魔法柱はスキルレベルが上がることで使えるようになる魔法スキルだ。どうやら範囲攻撃ができるらしい。
ちなみに俺達の中で覚えている人はいない。ジオンはそろそろ使えるようになりそうだとは言っていたけど。
「殺傷能力が全然ない状態との差がわかんねぇなー」
「ライ、魔操してみて。俺のやつ」
「うん。【魔操】」
どろりと溶けたフェルダの闇弾を皆で眺める。
「何が違うんだろう?」
「うーむ……魔力はあるが……」
「痛くなさそうだねー」
「ふわふわしてる」
レヴの言ったふわふわしてるというのは分からないけど、魔力の質というのだろうか。何かが違うということは分かる。
溶けた闇弾と掌の上の黒炎弾を見比べる。
「でしたら……こうでしょうか?」
そう言ってジオンは掌の上に、再度氷晶弾をゆっくりと浮かべた。
見た目での変化はほとんどない。強いて言うならきらきらした氷の霧が増えたような気がする。
「お、かなり近い気がするなー。そこから削れるか?」
「はい、やってみます」
皆でジオンの掌の上に注目する。
少しずつ、何かが変化しているのが分かる。恐らくその何かが魔力なのだろう。
集中して魔力感知をしながら氷晶弾を見てみれば、2種類の魔力がもやとして見えた。
ぐるぐると渦巻く魔力と氷晶弾全体を覆う魔力の2つだ。殺傷能力のある魔力と氷晶弾自体の魔力だろうか。
渦巻く魔力が少しずつ減って行っていることが分かる。
と言うことは、渦巻いているほうが殺傷能力のある魔力かな?
「氷晶纏を使う時の感覚に近いですね」
「あーあれ攻撃するわけじゃないもんなー。
つっても、魔力なんて考えながら使ったことねぇな」
「水纏と一緒?」
「うーん? やってみよー」
リーノと同じく、俺も考えながら黒炎纏を使ったことはない。
黒炎弾を浮かせたまま黒炎纏を使ってみる。
黒炎弾全体を覆う魔力と良く似た魔力が俺を包んでいることがわかる。
渦巻く魔力をなくすことができれば良いということだろうか。それとも、渦巻く魔力を全て、全体を覆う魔力に変換できたら良いのか。
まずは渦巻く魔力を消してみようと試してみれば、減ったり増えたりして、かなり繊細な制御が必要なことが分かる。
じゃあ次は変換してみようと試してみるも、ぐちゃぐちゃに混ざり合っただけで、それも水と油のように分離してしまっている。
「難しい……」
「待て、君。今の状態はなんだ?」
「全体を覆う魔力と攻撃する魔力がぐちゃぐちゃに混ざり合ってるね」
「そこまで見えるのかい? 私には魔力が妙な事になっていることしかわからないな」
「エルムさんには見えないの?」
「私は魔力感知を取得していないからな。魔力感知を取得する者は少ない。
しかし、そこまで詳細に見るには……鍛錬が必要だと思うぞ」
「そうなの? 鍛錬も特には……あ、百鬼夜行の効果なのかな?」
魔力感知・百鬼夜行の効果だろうか。
普通の魔力感知との差で、今までで分かっているのは、もやが見えること。それと、堕ちた元亜人の声が聞こえることだ。
普通の魔力感知では赤い点が見えるだけだと兄ちゃんが言っていた。
それももしかしたら、練習やスキルレベルで変わるのかもしれないけれど。
百鬼夜行という種族特性はテイム関連の特性だと思う。
秋夜さんに生命力や弱点が見えるように、テイムが出来るかどうか判断するために、強さや魔力が他の人、種族より見えているのではないだろうか。
詳しく聞いたわけではないが、秋夜さんにも何か、俺の魔力感知・百鬼夜行のようなスキルがあるのかもしれない。
「ライは魔力の制御の前に、魔力感知を鍛えたほうが良さそうだな」
「これからは意識して魔力感知するようにするよ」
「あぁ、そうしなさい。それで、ジオンの氷晶弾はどうなってる?」
「えぇと……今、攻撃の魔力はほとんどないね。全体を覆う魔力に変化してるわけじゃなくて、なくなっていってる感じ」
「んー……変化出来たら、美味しい水になるのかもね」
「なるほど……難しいですね。生産で使う時もそちらのほうが良いのですよね?」
「料理なら変わるんじゃない? 物作りでは変わんなかったよ。
水道水と水属性の水との差はあるけど、水属性の水の質での差はなかったね」
今回は、飲むための水ではないし、全て消してしまう方法で問題ないだろう。
制御の上手い人が出した水のほうが美味しいというだけで、それ以外の水が特別まずいというわけではなく、水道水よりは美味しいようだし。
「ライくん見ててー」
「消えてる?」
「うん、消えて行ってる……あ、そっちじゃない……そう、そっち」
俺も消そうと頑張ってみるが、魔力がぐにゃぐにゃして難しい。
とりあえず今回は諦めて、魔操して玉鋼と融合してしまおう。
「あ! ジオン、出来てるよ!」
「おー! やるなージオン!」
「ありがとうございます。……どうしましょうかこれ」
「えぇと……んー……魔操してみようかな」
溶解した鉄に殺傷能力が一切なくなった氷晶弾を魔操して融合すると、いつもと変わらない氷晶鉄が出来た。
殺傷能力の有無は融合には関係しないようだ。
「シア、レヴ! あとちょっとだよ! 頑張って!」
「「頑張る!」」
ぐるぐると渦巻く魔力が少しずつ霧のように消えて行く。
「ライ、もう完成させてしまえ。なに、問題はないさ」
「そう? うん、わかった」
完成させずに置いておいた水瓶の中に描かれた魔法陣に、《聖魔石》を翳して力を籠める。
魔力を意識すると、じわりと魔力が《聖魔石》から伝わって魔法陣へ流れて行くのが分かった。
完成した水瓶を鑑定すると《聖水の水瓶》と表示された。
水中呼吸の飴のように、入れておいたら聖水に……は、ならないと思うけど。単純に《聖魔石》で作ったからかな。
「ライくん、どうー?」
「んー……うん! 消えてるよ!」
「入れていい?」
「うん。こっちも完成してるから、入れてみて」
頷いた2人が、水瓶の中に水弾を入れると、ぽちゃんと音を立てて水瓶の中に溜まった。
3人で中を覗き込んで、顔を見合わせる。
「どう? フェルダ」
「うん。龍人の街で見てたやつだね」
フェルダの言葉に俺達はにこりと笑う。
「やったね! 成功だよ!」
「やったー!」
「もっと溜める!」
シアとレヴが嬉しそうに飛び跳ねた。
試しに掌に掬って飲んでみる。水だ。水道水と比べると若干まろやかな気がする。
「き、君なぁ~! 大丈夫だろうとは思うが、何の前触れもなく飲むんじゃない!
何かあったらどうするんだ!」
「ご、ごめん。何も考えてなかったよ」
龍人の街にあるものと同じってことは飲めるんだろうと思って、何も考えずに飲んでしまった。
水瓶が壊れていないことからも、殺傷能力のある魔力は消えていることはわかるけど、万が一、少しでも残っていたら、体内からじわじわ攻撃されるようなことになったのだろうか。毒のように。
「まぁ、何事もなくて良かったよ。大成功だ」
皆の掌の上の魔法弾を魔操して、鉄に融合しておく。
俺も時間が空いた時にまた練習しておこう。
殺傷能力のない黒炎弾をこの先使うことがあるかはわからないけど……魔力の制御の練習にはなるだろう。
クールタイムが回復したシアとレヴが、水弾の調整をしている姿を横目で見ながら、この後のことを考える。
今の時間は『CoUTime/day63/16:23』だ。買い物もスムーズに終わって、予定していた魔道具も出来たのですることがない。
狩りに行っても良いけど、シアとレヴはあの水瓶がいっぱいになるまで水弾を溜めたいようだし。
「さて、私はそろそろカプリコーン街に帰ろうかね。
この街にいては職人連中がうるさいからな」
「そっかぁ。寂しくなるね」
「また遊びにくるさ。それに、君もこい。まだまだ教えることがたくさんあるからな」
「うん! よろしくお願いします!」
ギルドまで一緒に行こうとしたけど、断られてしまったので、扉から出て行くエルムさんの後姿を皆で見送った。
また近いうちにカプリコーン街に行こう。
「生産しようか。たくさんお金使っちゃったし」
「そうですね。そうしましょう」
「カヴォロの鋳造品はどうすんだ?」
「うーん……洞窟に行ってからにしよう!
明日は……昼までしかいれないから、泳ぎの練習して、次にこっちに来た時に行こうよ」
「おう! そうしようぜ!」
買い物に512,500CZ使ったし、ここ数日でたくさんのお金を使ってしまった。
現在の手持ちが1,223,311CZ。銀行には10,422,861CZ。次の家が見つかるまで、またのんびり貯めなければ。
後でフェルダにもお金を渡しておこう。
シアとレヴはクラーケン戦の時に渡しておいたお金を、ジオンとリーノに渡したようだ。
お金を持つのが好きではないのだろうか。本人達は使わないし、よくわからないからと言っていたけれど。
「それじゃあ俺は、《帰還石》を作ろうかな!
んー……フェルダ、闇弾のレベル上げたいね」
「じゃ、クールタイムが回復する度に出すよ」
「うん、融合するね」
「ん。それと、冷蔵庫の解体もしとく」
「では私は、ライさんの次の刀を打ちますね。
終わり次第、いくつか武器を打ちたいと思います」
「わー! 楽しみにしてるね!」
「んじゃ、俺はフェルダのアクセだなぁ。じゃらじゃら付いてるけど、装備はどうなってんだ?」
「装備は3つ。指輪1つとネックレス、それからピアスは耳についてる2個で1つ分」
どうやら、3つ以上のアクセサリーを付けることは可能だけど、3つ分の数値しか装備として反映されないようだ。
付けたら付けただけパワーアップとはいかないらしい。
実際にフェルダのステータス画面でもピアス、指輪、ネックレスだけが表示されている。
例えば指輪なら、両手の指に5個付けているけど、その中の1個だけが装備として反映されているようだ。
「アタシ達はお水ー! 終わったら、カヴォロくんの型作るねー」
「この前のちょうだい?」
鋳型用に1個ずつ貰ったカトラリー類をシアとレヴに渡しておく。
「よし! それじゃあ生産しよう!」