day62 素材を求めて
取っててよかった地図スキル。
地図に足跡が出ていなかったら確実に迷子になっていただろう。
鬱蒼と生え茂った木々を掻き分け、蔓やら岩やら、ぬかるみやらで足を取られながら、シャベルを片手にうろうろと彷徨う。
「水の音ー」
「あっちから聞こえるよ」
「良いね。行こう」
俺達は今、フォレストスラグがいる森の中にいる。
と、言っても、フォレストスラグからは遥か遠く、普通に冒険していたら絶対にこないような場所だ。
幸い、この辺りには魔物は出ないようで、視界も悪く、足場も悪いこの場所で戦うことにならなくて良かったと思う。
「わー! 川だ!」
水の音を聞きつけたシアとレヴに先導してもらいながら進めば、開けた場所に出ることができた。
自然に囲まれた川は、木々の間から差し込む光を水面に揺らめかせながら、ゆったりと流れている。
道は険しく、何度も転びそうになったけれど、初めての場所に訪れるのは心が弾む。
「ライ、この岩よろしく」
「うん!」
俺の腰ほどまでも高さのある大きな岩をアイテムボックスに入れる。
なるほど、これは嵩張る。人が寝転べるほどの大きな岩は、さすがに改築後でも置く場所がないので、今回は見送っている。
両手で抱えられるサイズ以上の岩は、つるはし等で砕かなければ、手に入れることができないようだ。
ただ、採取スキルがあれば、砕かなくても手に入れることができるそうで、昨日岩山脈に皆で採掘をしに行った時に取得した。
スキルレベルが低いと、採取できないものもあるそうだが、今のところ、採取できなかった岩はない。
アイテムボックスのないこの世界の人達は、採取スキルを持った人を集めて抱えたり、転がしたり、引っ張ったり……結構な重労働らしい。
砕くこともあれば砕かないこともあり、恐らく種類と使用用途が違う岩なんだろうと思う。
ログアウト中に、岩や砂について調べてみたが、さっぱりわからなかった。
岩は岩、土は土というフェルダの言葉が身に染みた。
「この辺りの土はどうですか?」
「ん、よろしく」
「おっしゃ! 掘るぜ!」
俺とジオン、リーノも採掘スキルを持っているので、シャベルは4本交換した。
1本は鋳型の元にするとして、3本は壊れるまで使おうと思う。
ざくざくと地面を掘っていく。
アイテムボックスに入った岩は形や大きさ関係なく、種類毎に纏まっているようだ。
石工スキルを持っていない俺では《岩》としか表示されていないので、種類毎になっているのかは、いまいちわからないけれど。
砂や土はある程度の重さで1つになるようで、端数分はアイテムの詳細で確認することはできたけど、取り出す時は端数プラス1つ分で纏めて出てきてしまうようだ。
ちなみに、砂や土はアイテムボックスから取り出すと、麻袋に入っていた。ありがたい。
昨日も岩山脈とそれからトーラス街の浜辺で、素材を集められたし、改築が終わればすぐに石工が出来るようになるだろう。
ちなみに、トーラス街側のワイバーンにも《魔除けの短剣》で対応できた。
カプリコーン街側とトーラス街側でワイバーンの強さが違うのかは、比べてみなければわからないが。
「うーん……後は出来れば銀が欲しいよね」
「そうだなぁ。カヴォロの注文も鉄で良いって言ってたけど、銀のが良いよなー」
カヴォロのお願いは、カトラリーを20セット程用意できないかということだった。
レストランのオーナーさんの伝手で、銀食器を買えたと前に言っていたので、俺達に注文する必要はないのだろうけれど、リーノに細工をしてもらったカトラリーで揃えたいとのことだ。
クラーケンのいない今、銀の洞窟と呼ばれる深海の洞窟には、水中で呼吸をする方法があれば行けるはずだ。多分。
でも、シアとレヴの故郷であろうそこに、2人を連れて行って良いものか……。
「海の洞窟行かないの?」
「みんなで泳ぐの練習しないのー?」
俺達の話を聞いていたシアとレヴが、首を傾げてそう言った。
前に話した事を覚えていたようだ。確かに、泳ぎの練習をして行こうという話はしたけれど。
「行きたい?」
「「うん!」」
にかりと笑った2人の顔に翳りは一切ない。
ならば行こうと大きく頷き、予定を組み立てながら、地面にシャベルを突き立てる。
ジオンは俺と同じくシャベルを使って穴を掘り、リーノは大きな岩をつるはしで砕き、フェルダは川の中の石を物色している。
採掘スキルを持たないシアとレヴは、採取スキルがなくても拾えるサイズの石を拾ってはフェルダに見せて、必要だと言われたら俺の元へ持ってきてくれている。
「ライー、そろそろ次の場所行こう」
「うん、わかった」
大きな穴ができてしまったが、鉱石と同じく数日経てばまた生成されるそうだ。
資源枯渇なんてことにはならないようで良かった。
川沿いを上流に向かって、時折素材を集めながら歩いて行けば、やがて滝へと繋がった。
「わー! 凄いね!」
木々や岩肌に囲まれた大きな滝を見上げる。
大きな音を立てながら、滝口から滝壺へ向かって水が勢いよく落下している。
辺りはこれまでの場所と比べてひんやりとしており、陽の光が木々に遮られている為、少しだけ薄暗い。
飛散する水しぶきが霧状になり、神秘的な雰囲気を醸し出している。
「ライ、時間大丈夫?」
フェルダの言葉に時間を確認する。
素材を集めながら移動している事と、トーラス街からずっと歩いて移動している事で、結構な時間が経っていた。
「まだ大丈夫だけど、そろそろ良い時間かも」
「ん、わかった。それじゃ、ここで最後ね」
頷いて、素材集めを始める。
シアとレヴが滝に興味深々といった様子で、滝壺へと飛び込んで行った。
暫く経って水面へ頭を出した2人は、潜って取ってきたのであろう石をフェルダに向かって掲げた。
飛び込んだ瞬間は、大丈夫なのかと凄く驚いたが、楽しそうな2人の姿に安心する。さすが海に棲む種族だ。
「持ってきたよー」
「いっぱいあったよ」
「ありがとう、2人共」
滝壺から上がってきた2人の周囲に風が舞い、濡れていた髪がふわりと風に乗って乾く。
以前考えていた、服を着たまま水の中に入って大丈夫なのかいう疑問は、そもそも濡れないということで解決した。
水浸しになってしまうと、こう……ドキドキするようなことが起きかねないので、それを起こさないための処理なのだろう。
正確には、防具を纏った部分は濡れないが、纏っていない部分は濡れるようだ。
とは言え、先程のシアとレヴのように、どこからともなく風が起こりすぐに乾くので、拭く必要はない。
「うーん……シャベル使うの初めてだから、上手いこと掘れねぇなー」
「慣れだよ。リーノならすぐ慣れると思うよ」
「おう! 頑張るぜ!」
「まぁ……スキルレベルが下がったから、俺も上手いこと掘れてないんだけど」
「それってどういう感じなの? 元々はもっとレベルが高かったんだよね?」
「んー……なんだろ。頭では分かってんのに、体が追い付いてないって感じかな」
フェルダはそう言うが、リーノよりも上手に掘っているように見える。
確かにスキルレベルは一番低いが、ここにいる誰よりも上手だ。
「一番掘れてるように見えるけど……」
「それはまぁ、知識はあるからね。
前のスキルレベルだったらもっと掘れてたよ」
「なるほど」
取得したばかりのスキルのレベル1と、テイムされた後にレベル1になったスキルでは差がありそうだ。
前にエルムさんが、知識と技能の両方を高めることでスキルレベルが上がると言っていたが、今のフェルダは知識だけがある状態なのかもしれない。
「不便だね」
「そうでもないよ。異世界の旅人の従魔なら上がりやすいから」
「あぁ、ジオンも前に言ってたね」
スキルのLv☆……尤は、1にならずにそのまま引き継がれるのは、何故だろう。
種族スキルが尤だった場合は、生まれた時から尤だって話だし、下がるも何もないのかな。
あぁでも、シアとレヴ以外は種族スキル以外で尤なのか。なんだろう。
カンストだった場合はどうなるのかな。そのまま引き継げるのかな。
尤については、聞けば答えてくれそうだけど、エルムさんが言いにくそうに口籠っていた姿を思うと、なんとなく聞きにくい。
「こっちの岩よろしく」
「了解」
アイテムボックスが結構ぱんぱんになってきた。
帰った頃には改築が終わっているだろうから、整理整頓しなければ。
前に作った《風の宝箱》の大が1つ、中が2つ残っているけど、種類毎に分けて入れるなら足りないだろう。
空さんに頼んで作ってもらおうかな。それとも、フェルダに石工で何か作ってもらおうか。
どちらにせよ、サイズのこともあるし、フェルダに相談したほうが良さそうだ。
「んー……充分集まったよ」
「うん。なくなったら、また集めにこようね」
地図を開いて現在地を確認する。
ここからなら、石工の村に行って、転移陣でトーラス街に戻ったほうが早そうだ。
地図を見ながら、行きと同じく生え茂った木々を掻き分けながら進む。
今考えると、石工の村から次の村、そしてトーラス街までは、整備されているわけではないが、わかりやすいようになんとなく道ができていたんだなと分かる。
実は奥に滝があったこの森の事を考えると、他の場所でも違う一面が見れるかもしれない。これからは寄り道しながら進んでみようかな。
「ガヴィンさんに会って行く?」
「あー……いいや。昨日会ったばっかだし」
「そう? なら良いけど」
話しながらのんびり進んでいれば、魔物が現れはじめた。ここまでくると、道もなだらかになり、遮蔽物も少ない。
プレイヤーの姿も見かけるようになってきた。邪魔をしないように避けつつ、少しだけ遠回りをしながら石工の村へ向かう。
レベル上げが目的ではないので、倒す魔物は最低限だ。
今日がフェルダが仲間になって初戦闘となったが、フェルダはとにかく強かった。さすがは☆5ユニーク。
種族特性で攻撃力が上がっていることももちろんあるだろうが、そもそもの戦闘技術が高い。
フェルダは鋭い爪に闇属性を纏わせ、抉るように魔物を切り裂いている。
格闘術と組み合わせ、踊るようにその鋭い爪を縦横無尽に振るい、時に蹴り飛ばし、時に爪を突き立て、鷲掴みにして投げ飛ばす。
本人が言っていたように、呪いの痛みはそこまで酷いものではなさそうだ。
痛みに顔を歪ませたり、腕の動きが鈍くなっているようには見えない。フェルダが我慢強いという可能性はあるけれど。
「凄いね、フェルダ」
「ありがと。けど、やっぱこっちも上手いように動けないね。
まぁ、役に立ててるみたいでよかったよ」
これで動けていないなんて、この先どうなってしまうのだろうか。
生産面だけでなく、戦闘面でも頼もしい仲間ができた。
正直、俺が何もせず眺めていたとしても、皆だけで何の問題もなく狩りできるだろう。
テイマーは後方支援が多いという言葉も頷ける。
俺の場合、そもそもテイムできる仲間が凄く強い亜人のみで、運良く仲間が増えたからではあるけれど、本来のテイマーでも、地道にテイムしてレベル上げを頑張れば、戦闘面は楽になるのではなかろうか。
手間がかかるので、最前線プレイヤーや戦闘メインでプレイをしたい人には向かないかもしれないけれど。
従魔との冒険は戦いだけではないと思う。
一緒に過ごす楽しさや、一緒に強くなる楽しさ、そして、どんな時でも傍にいてくれる安心感。
ふと、頭にスライムを乗せて過ごしていたよしぷよさんのことを思い出す。
「ね、フェルダ。緑色のスライム以外、見たことある?」
「赤いのなら」
「いるの!?」
「え、うん。火山の近くにいたよ」
「ライくん、青じゃないの?」
「うん。スライムは青だよー」
「そうなの? ジオンとリーノは?」
「私はライさんと一緒に見たのが初めてですね」
「俺は戦闘祭の時が初めてだったなー存在は知ってたけど」
シアとレヴにとってスライムは青という印象のようだ。銀の洞窟に青のスライムがいるのかな。
そういえば、鉱山の村の近くの鉱山には『ストーンスライム』がいた。スライム要素は形だけだったけど。
場所によって違う色のスライムがいるのだろうか。今度会った時に話せるスライム話ができた。
問題なく石工の村に辿り着き、広場の転移陣からトーラス街へ移動する。
時間を確認して、大工さんとの約束の時間に間に合った事にほっと息を吐く。
帰ったら改築が終わっているだろう。
歩く足が自然と弾む。楽しみだ。