day61 ドロップアイテム
「えーと……この辺は沸いてた魔物のやつか。クラーケンの素材は……」
アイテムボックスを開いて、新たに追加されたアイテムを確認していく。
骨、ヒレ、げそ……ヒレとげそはカヴォロにあげたら良かったな。
鑑定する必要があるかと思ったが、必要なかったようだ。
クラーケン討伐後、カヴォロと別れた後、俺達はすぐに家に帰り、少しだけイベントの思い出話を話してからログアウトした。
普段ならその次の日も半日ログインしていたけれど、今回ばかりは凄く疲れたので現実の体を休めることにした。
たくさん寝たし、朝ご飯も食べたし、今はもう元気だ。
今日ログインしてから、そういえばドロップアイテムを確認していなかったと思い出し、早速確認しているところだ。
「ん? これランダムドロップかも」
《ティアドロップ》というアクセサリーが追加されている。
恐らく秋夜さんの召喚石と同じ枠ではないかと思う。
取り出してみると、透き通った水色の雫型の宝石が揺れるピアスだった。
『ティアドロップ☆4
水属性攻撃力:10
鋳造速度上昇
LUK+10』
「わ、これユニークだ」
「おーやったな!」
「……LUK? なんだろうこれ」
「さて……なんでしょう?」
そう言えば、兄ちゃんがβの頃はLUKがあったと言っていた。
正式版でも隠しステータスとして残っているということだろうか。
「多分、幸運とか、運が良くなるとか、だと思う」
「ふむ……運が良くなると何があるのでしょう?」
言われてみれば、何があるのだろうか。
この世界では運で生産品の質が左右されたりしてないし、戦闘でも運で左右される場面はなかった。
モンスターのスポーン率が高くなるとかは、人によっては不運になり得るし。
鉱石なんかも、採掘できる場所は決まっているし、出てくる鉱石も決まっている。
今まで運がなかっただけで、滅多に掘れない鉱石とか……リーノがいたらそれもなさそうだ。
「ドロップアイテムが増えるとか?」
「なるほど」
「あとは……ユニークモンスターに出会いやすくなるとか……?」
「それは災難じゃねぇか……?」
「うーん? なんだろう?」
それにしても、このピアス……性能を見る限り、クラーケンのドロップというより……。
ちらりとシアとレヴを見る。
「ピアスって1つずつ、2人で装備ってできるのかな?」
「指輪みたいに1個しかねぇやつは無理だけど、ピアスなら大丈夫だぜ。
性能は半分になっちまうけどな」
「そっか。シア、レヴ、これあげる」
「わー綺麗! いいのー?」
「ありがとう」
笑顔でピアスを受け取った2人は、早速両耳に付けていたピアスを外し、新たに1つずつ片耳に《ティアドロップ》を付けた。
雫型の宝石に光が反射してきらりと光った。
「前のやつはー?」
「どうする? 家に置いておく?」
「うーん……置かない」
外したピアスを受け取る。後でオークションに出品しようかな。
あとは……召喚石、か。本当は秋夜さんに返したいのだけれど、絶対に受け取ってくれなさそうだ。
俺がログアウトしている間に、《魔除けの短剣》がポストに入っていたらしい。俺も忘れていた。
あれで案外律儀な人のようだし、直接返さずにポストへ入れていたところを見るに、返すなという強い意志が伺える。
貰い物を売るわけにはいかないし、いつかは使うことにはなる。
「……使ってみようかな」
「おや、召喚石ですか?」
「うん。残しておいてももやもやするしね」
中央に置いてある大きな作業机を一旦片付けて、床に召喚石を置く。
万が一、奇跡が起きて成功した時、机の上に登場なんてことになったら申し訳ないからだ。
じっと召喚石を見る俺を、ジオン達も固唾を呑んで見守ってくれている。
確か、石を置いて契約召喚と声に出したら良いはずだ。
小さく息を吐いて、口を開く。
「契約召喚!」
その瞬間、召喚石から目も開けていられない程の眩い光が溢れ出した。
「……せ、成功だ!」
「おめでとうございますライさん!」
「おー! どんな仲間がくるかなー!」
「楽しみだねー!」
「早く早く!」
人の形を成していく光を、皆でわくわくと心を躍らせながら見守る。
少しずつ光が小さくなるにつれて、どきどきと期待に胸が膨らむ。
どんな人だろうか。仲良くできるかな。
やがて完全に光が消え、そこに現れた人物の姿に、全員が首を傾げる。
閉じられた目がゆっくりと開かれていくと共に、俺達は驚きの表情を浮かべた。
「か、確保!!!」
「はい!!」
「おう!」
「「わかった!」」
その人物が完全に目を開いたと同時に、がしりとジオンが後ろから羽交い絞めに、シアとレヴが両の足にそれぞれしがみつき、リーノが右腕、俺が左腕を掴んで拘束した。
「!? えっ? なにこれ」
召喚されたと思ったら自己紹介をする間もなく拘束されたその人物は、あまりの事態に目を見開いている。
その声には混乱と困惑だけが浮かんでいる。
「行こう!」
「はい、行きましょう」
「逃げ出さないように見張っておいて!」
「おう!」
「「はーい!」」
さすがに羽交い絞めのままでは動けないので、俺以外は拘束を解く。
俺はそのまま、左腕を引いて家から飛び出した。
「ま、待って、ちょっと……えー……俺どこ連れてかれんの……」
「俺はライだよ」
「……全然話聞いてないじゃん……俺はフェルダ……」
「フェルダ……さん? ちょっと着いてきてね!」
「フェルダで良いけど……や、どこに? 急に?」
「呼び捨て、違和感が凄いんだけど……うん、まぁ、よろしくね! フェルダさ……フェルダ!」
「よろしく……違う。待って、説明してくんない?」
どたばたとフェルダの手を引きながら、ギルドへ向かう。
俺の横にはリーノが、それからフェルダの両脇にはシアとレヴが、後ろからジオンが囲み、絶対に逃げられないように全員で囲んで走る。
「私はジオンです」
「俺はリーノだぜー」
「アタシはシア」
「ボクはレヴ」
「……そうなんだー……よろしく……」
ギルドに入り、6人分の転移陣代を払い、魔法陣の上に立つ。行先は、石工の村だ。
魔法陣の光がふわりと消えた事を確認して、辺りを見渡す。
石工の村にはギルドがないので、転移陣は中央の広場にある。
「……着いた?」
「まだ!」
「……そっかー……」
行き先を教えるわけにはいかない。
あの時エルムさんは縄で縛り付けろと言っていたが、それはつまり、知れば逃げる可能性があるということで。
色は違うが頭から生えた二股の角、鋭い爪、じゃらじゃらと顔中についたピアス。掴んだ左腕に見えるタトゥー。
髪の色は真っ黒だけど、前髪と顔にかかるサイドの髪は同じ濃い青碧色をしている。
彼は目尻の下がった穏やかな目をしていたが、フェルダは目尻の上がったキリッとした目をしていて、目の色も違う。
でも、これだけそっくりで関係ないはずがない。
「着いたよ」
「……」
目の前の扉に書かれた名前を見たフェルダは、目を見開いて、俺の手を振り払った。
「確保!!!!」
「まぁまぁ、落ち着いてください。逃がしませんよ」
「離せって……! くそ、あんた力強いな……!」
「抜けられるものなら抜けてみな!」
「っ……離せ……!」
「だめー!」
「捕まえた!」
「なっ……やめろ!」
召喚されたばかりのフェルダはレベル1だ。あっさりと拘束できた。
「あんたら……ガヴィンの知り合いか……!」
「エルムさんの知り合いでもあるよ!」
「くっそ、あの婆……! 離せって……会いたくないんだって……!」
「な……! なんでそんな事言うの!? 俺、兄ちゃんに会いたくないとか言われたら凄く嫌だ!
喧嘩してるなら仲直りしたら良いじゃん!」
「っ……喧嘩じゃねぇよ!!! あんたと一緒にすんな!」
「俺は兄ちゃんと喧嘩なんかしたことないもん!」
こんなに暴れる程、弟に会いたくないのだろうか。
無理矢理連れてくるべきではなかったのかな。
でも、縄で縛り付けて突き出してやれって、エルムさんが言ってたし。
なんでそんなことになっているのか、全然わからないけど、あの時のガヴィンさんは寂しそうだった気がする。
どれだけ離れていたのかは分からないけど、会いたいと思っているはずだ。
「……兄貴?」
聞こえてきた声にフェルダが息を呑む。
暴れていたフェルダは項垂れるように力を抜いた。
家の前であれだけ騒げば、そりゃ出てくるだろう。
穏やかな目は大きく見開かれ、はくりと小さく口が動いた。
「……こんの……! くそ兄貴!! お前そこから動くなよ!? ぶっ飛ばしてやる!!」
「うそでしょ」
あの穏やかなガヴィンさんから出てきた言葉に、絶句する。
「ライ! そいつ捕まえとけ!! 絶対に離すんじゃねぇぞ!」
「はい!」
柵を飛び越えてフェルダの前に来たガヴィンさんは、右腕を大きく振りかぶった。
「いやぁああ! 待って!! 止まって!!」
俺の叫びも虚しく、ガヴィンさんの拳はフェルダの頬に強く打ち込まれた。
ジオンに後ろから羽交い絞めにされていたフェルダは逃げる術もなく、それを綺麗に受けることになってしまった。
「っ……」
「このくそ兄貴!!! 200年もいなくなりやがって!!!」
「……ガヴィン」
「黙って消えやがって……! お前、俺の気持ち考えたことあんのか!?
一気に2人だ! 続けざまにたった2人の家族がいなくなったんだぞ!?」
「……悪かったよ……」
「悪いと思ってるわけあるかぁあああ!」
「えー……」
ガヴィンさんは意外と激情家なのかもしれない。
俺達はそっと視線を交わし、フェルダの拘束を解いて、離れた。
「親父が死んで……兄貴までいなくなって!
死んだと……兄貴は死んだんだって何回考えたと思う!?」
「でも、親父は俺が……」
「そんなことはどうでも良いんだよ!!」
「良くないだろ……」
「あれが原因で俺を置いて行ったなんて言ったら、ぶっ飛ばすだけじゃ済まねぇからな!!!」
「……」
何があったのかはわからないけど、どうやらそれが原因だったようだ。
「大体なんだその髪は!! なんで黒くなってんだよ!!
角も目も色変えやがって!!
俺は一人寂しく生きてたっていうのに、お前はお洒落して遊んでたわけか!!」
「いや、これは変異して……見てただろお前……。
お前こそ、昔はそんなピアスなんて……タトゥーまで……」
「うるせぇええ! お前の真似してんだよ!! 悪いか!!!」
ガヴィンさんの声に、街の人達が集まってきた。
それに気付いた俺達は、なんでもないと伝えて、ぐいぐいと2人をガヴィンさんの家へ押し込んだ。
場所を移動したことで多少は落ち着いたものの、今なおガヴィンさんの怒りは収まらない。
次々と飛び出す怒りの言葉……と言うよりは、暴言かな。は、止まることを知らない。
2人の言い分……いや、ガヴィンさんが一方的に怒っているけども。
言い分を纏めると、今から200年前、2人の父が亡くなった原因なのか、火山の近くにあった龍人の村が、半壊まで陥ったそうだ。
その時に何かひと悶着があったのだろうか。そのひと悶着によってフェルダは何も言わずに、たった一人の家族である弟を置いて消え、そこから音信不通になっていたらしい。
ガヴィンさんはその後、父の稼業を継ぎ、思い出が色濃く残る故郷を捨て、石工の村に窯元を構えたそうだ。
「……あのー……フェルダ……さん」
「フェルダで良いって……従魔なんだから」
「……フェルダは、これからガヴィンさんと暮らしてもらうということで……俺達は帰っても良いかな……」
「え、俺きてすぐ捨てられる?」
「俺の事も捨てたんだから自業自得」
「……捨てた覚えは……」
「捨てた! 捨てたね!! 兄貴は俺を捨てた!!」
「あー……」
ガヴィンさんの言葉が止まった隙を狙って提案してみるも、火に油を注いだだけだったようだ。
出来れば俺も、新たな仲間であるフェルダと一緒に冒険したいけど、兄弟の仲を裂いてまで連れて行きたいわけじゃない。
ガヴィンさんが怒りのままに、声を荒げて話す姿を眺める。
どれ程の時間が経っただろうか。
漸く落ち着いたガヴィンさんは、俺達の姿を見て、今度は頭を抱えて項垂れた。
「……ライ……今日の俺の事は忘れて……」
「わ、わかった。忘れる」
「……兄貴、連れて来てくれてありがと。
兄貴のこと、よろしく」
「良いの?」
「良いも何も、兄貴が選んだんだから。俺がどうこういう話じゃないよ」
召喚石で呼び出された従魔にも、家族がいたり、友人がいたりすることが分かった。
ジオンは大丈夫だとしか言ってなかったけど、実際のところはどうなのだろう。
従魔になるってどんな感じなんだろう。自分自身も、周りも。
ガヴィンさんの反応を見る限り、マイナスの印象ではなさそうだけど。
「そういうものなの?」
「召喚石で応えた亜人はそういうものだよ」
「うーん……どんな感じなんだろ」
「ライを中心とした組織に属した感じかな」
「組織……」
「大げさに言うとだけどね」
ジオンとフェルダにちらりと視線をやれば、2人は頷いた。リーノとシア、レヴも同じく頷いている。
俺がクラマスで、皆がクランメンバーみたいなものだろうか。
「ま、それがライなら俺も安心だ。
次から石工品は兄貴に頼みな」
腕は兄のほうが上だと、ガヴィンさんが前に言っていたことを思い出す。
でも、ガヴィンさんだって一流の石工職人であることは間違いない。
「また遊びに来ても良い?」
「ん、良いよ。いつでもおいで」
「ありがとう、ガヴィンさん」
「じゃ、またね。くれぐれも今日の事は忘れて」
「大丈夫だよ。俺忘れっぽいから!」
意外な一面ではあったけど、だから嫌になったとか、見方が変わるなんてことはない。
「じゃ、ガヴィン、行ってくる」
「……いってらっしゃい」
そう言って微笑んだガヴィンさんに別れを告げて、俺達は家路についた。