day3 レベル上げ
あれだけ大きな、非常に重たいお尻に踏み潰されてしまえば、俺のHPなんて一瞬で消し飛ぶ。
初めてのリスポーンだ。
噴水広場に戻ってきた俺は迫りくるお尻を思い出してげんなりしてしまう。
「ごめんね、ジオン。遠くから見るだけにしたらよかったね」
「いえ。ライさんの言う通り、見てるだけでは対策は立てられませんからね」
俺は肩を竦めてジオンの言葉に返事をする。
ジオンの氷晶魔刃斬で減ったHPは全体の1割にも満たなかった。
俺の刃斬ではほとんどダメージを与えられないだろう。
ステータスウィンドウを見れば、5,101CZあったはずの所持金が半分の2,551CZに減っていた。
なるほど、デスペナルティだろう。
他はどうだろうかと確認していくと、CoUTimeで2時間のステータス半減、それから道中で狩ったモンスターの素材がいくつかなくなっている。
経験値は確認することができないからわからないけど、恐らく減っているだろう。
当然ジオンのステータスも半減している。
2時間、か。
今は『CoUTime/day3/15:45』。
「この程度のペナルティなら狩りに行こうと思うんだけどどう思う?」
「問題ないでしょう。
制限が解除されるまではホーンラビットを、解除されたらポイズンラビットを狩りましょうか」
「そうだね。それと、戦闘スキルのレベルも上げたいかな。
ヌシを倒すには必要だと思う」
「えぇ、そうですね。どんどん使っていきましょう」
噴水広場を出て武器屋に向かい、武器屋の扉を勢いよく開けた。
「店主さん! ポーションと毒消しください!」
「うちは武器屋だって言ってんだろ。
少しは置いているが、足りねぇならうちの斜め前にある雑貨屋に行ったほうがいいぞ」
「どの道、お金がないからいっぱいは買えないかな」
「あ、お前まさか倒されたな?」
「はは。ぷちっとね」
「はぁ~……異世界の旅人は強制転移されるから死にゃしないんだろうけど、気を付けろよ?」
「うん。ありがとう」
「《初心者用ポーション》が1つ250CZ、《解毒ポーション》が1つ500CZだな」
減ってしまった素材を売ろうかと思ったけど、まだ鑑定していないのでやめておく。
量も少ないし、この後狩りが終わってから鑑定してまとめて売ってしまおう。
「それじゃあ《初心者用ポーション》を3つと《解毒ポーション》を2つ」
「1,750CZだな」
所持金は801CZ。素寒貧だ。
《解毒ポーション》は2つしかないから、ポイズンラビットと戦う時は気を付けないと。
実際に攻撃を受けてないから毒状態になるかはわかってないけど、恐らくなる。
この名前でならなかったら詐欺だ。
店主さんにお礼を告げて店から出て、早速フィールドへ向かう。
《初心者用ポーション☆1》を3つと《解毒ポーション☆1》を1つ、ジオンにも渡しておく。
「レベルを上げて、リベンジしよう!」
「はい!」
ホーンラビットが出現するポイントまで移動して、早速狩りを始める。
喜びたくはないのだけれど、STRは半減しても1のままなので攻撃力はこれまでと変わっていない。
受け流して斬って、それから、スキルを使って倒す。
プレイヤーレベルに換算して10レベル分程度ステータスが下がっているであろうジオンも、特に苦戦することなく倒せている。
倒して、倒して、2時間が経ったらポイズンラビットが出現するポイントに移動して、また倒す。
とにかく今はレベルを上げたいという思いが伝わったのか、ジオンは俺を過保護なまでに守るということはせず、俺と敵対していない他のポイズンラビットをどんどん倒している。
俺が持っている《解毒ポーション》は1つしかないので、毒状態にならないように細心の注意を払いながら、出来ると確信できる時以外は無理に受け流しをせず回避していく。
昨日よりは受け流しのタイミングを見極められるようになっていて、成長できていることに喜びを覚える。
それでも、持っていた《解毒ポーション》2個はなくなり、7個あった《初心者用ポーション》も3個へと数を減らすこととなった。
その全てが俺に使用したものだ。
レベルが上がってもステータス画面を見ることなく、夢中で狩りをしていると辺りを紅く照らす太陽の大半が水平線に隠れてしまっていた。
夜になると強いモンスターが出てくるので、これまでは夜になる前に街に戻っていたが、ここは街から離れているし、帰りの道中で暗くなってしまうだろう。
「ジオン、夜になるよ。
このまま狩りを続けてもいいけど、どうする?」
「夢中になりすぎましたね。
狩りを続けるにしても、街の近くまで戻ったほうが良いでしょう」
ジオンの言葉に頷いて、街への道を走る。
辺りが暗くなっていくと共に、ポイズンラビットやホーンラビットの姿を見かけなくなっていく。
遠くで遠吠えが聞こえたのを合図に、辺りの様子は一変した。
いつの間に現れたのか、闇に紛れて狼がうろついている。
「『ワイルドウルフ』ね。ジオン、いける?」
「ええ。初めて見る敵ですが、ヴァイオレントラビット程ではないでしょう」
「それも、そうだね。
どの道避けて進むのは難しそうだし」
「はい。倒しましょう」
俺達は顔を見合わせて頷くと、ワイルドウルフに向かって駆け出した。
先にワイルドウルフを間合いに入れたジオンの刃先がワイルドウルフを斬り裂くのを見て、俺も追撃を仕掛ける。
「【刃斬】!」
戦闘スキルもポーションと同じくクールタイムがあるので、続けざまに使用することはできない。
ワイルドウルフが牙を剥いてこちらに突進してくるのを避けると、ジオンから魔法が飛んできた。
ジオンのスキルが当たったにも関わらずHPは半分以上残っている。
さすがに夜に出現するモンスターは強い。
だけど、これなら倒せそうだとジオンと頷き合い、2人がかりで攻撃していく。
「【氷晶魔刃斬】!」
エフェクトと共に消えて行くワイルドウルフを眺めて、小さく息を吐く。
この辺りは、昼にはホーンラビットが出現する場所だ。
ここよりも街の近くに行けば、ワイルドウルフよりも弱いモンスターが出現するだろう。
これまで、ホーンラビットやポイズンラビットを倒していた時は、基本的に俺とジオンは別々のモンスターを倒していたけど、ここにきて初めて、協力して同じモンスターを倒した。
なんだかそれが嬉しくて、楽しくて、小さく笑う。
「ここで狩りをしようか?」
「はい。そうしましょう」
ジオンも俺と同じなのか、嬉しそうに笑って、俺の言葉に頷いた。
多分、ジオンは一人でもワイルドウルフを倒せるだろう。
それでも俺達は一体のワイルドウルフを一緒に倒していく。
そうして倒し続けて、空腹度が高くなった頃、狩りを辞めて街へ戻ることになった。
避けれないモンスターを倒しながら、問題なく松明の灯りに照らされた街への門へと辿り着く。
時間を確認すると20時を過ぎてしまっていたので急いで宿を取り、食堂で夕食を食べる。
食べ終わった後は一旦部屋に戻り、ステータスを確認することにした。
俺のレベルは7に、そしてジオンのレベルは5になっている。
MPは140。黒炎弾を打てるようになるにはまだまだ足りない。
ステータスウィンドウに並ぶ数字を見て、目を見開く。
「ジオン! 俺STR上がってる! 3になってる!」
「おめでとうございます。
途中から、攻撃力が上がっていらっしゃいましたからね」
「あ、あー……言われてみれば? 微々たるものだけど」
お腹や腕を触ってみるが、特に筋肉がついた感じはない。
まぁ、1が3になった程度じゃ変わらないか。
それから、刃斬のレベルとジオンの氷晶魔刃斬と氷晶弾のスキルレベルもそれぞれ2に上がっている。
これまでと比べてレベルやスキルレベルが上がっているのは、ポイズンラビットのお陰なのか、それともワイルドウルフか。
なんにせよ、多少時間はかかってもやはり強いモンスターを狩ったほうが効率が良さそうだ。
『CoUTime/day3/21:30 - RWTime/21:54』と表示された時間を見て小さく唸る。
いつもならゲーム内で21時になるとログアウトしていたが、現実時間はまだ22時前。
急いでログアウトするような時間じゃない。
どうしようかなと悩みつつ、今日の戦利品を鑑定していく。
これまでに鑑定したことのないポイズンラビットとワイルドウルフの素材があるからか、単に量が多いからか、鑑定のスキルレベルも上がった。
全ての素材の鑑定が終わったので、いつもの武器屋へ向かう。
今の所持金は301CZ。このままでは明日ジオンが宿から追い出されることになってしまう。
「あ……閉まってる」
辿り着いた武器屋の扉に下げられたプレートには『CLOSED』の文字と『OPEN 9時~19時』と書かれていた。
店主さんが雑貨屋が斜め前にあると言っていたなと周囲を見渡してみるが、どこも閉店している。
「まぁ、そうか。夜は閉まるよね。
んー困ったな。戻ってくるまでに結構間が空くんだよね」
次にログインするのは早くとも現実時間の明日の朝10時だろう。
その間の宿代がない。あと、食費も。
「野宿でも構いませんよ。それに、1日2日食べなくても死にはしません」
「さすがにそんなことさせられないよ。
んー武器屋が開くまで待つかなぁ……」
現実時間の23時にはログアウトして、軽く筋トレしてから寝る予定だったのだけれど。
「あのぉ……売却、ですか?」
俺とジオンが武器屋の扉に下げられたプレートを眺めつつ話していると、後ろから声をかけられた。
頭を後ろに向けてみると、白いローブを来た女の子が俺達を見上げていた。
その女の子が女性プレイヤーだとわかり、ぴしりと体が固まる。
気付かれないように小さく深呼吸をしてから、体を女性に向けて笑顔を作る。
「そうだよ。でも、閉まってるからどうしようかって話しててね」
「あ、あの、冒険者ギルドに行ってみては?
冒険者ギルドでも売却はできるし、24時間開いているので……」
「冒険者ギルド?」
「は、はい! この道を真っ直ぐ行って右に曲がったら大きな建物があるんです」
兄ちゃんと話している時に冒険者ギルドの話は聞いたことがない。
寧ろ、ないと言っていた覚えがある。
女性が嘘を吐いているようには見えないし、嘘を吐く理由もないだろう。
正式オープンから追加されたのかもしれない。
「ありがとう、助かったよ」
「いいいいいえ! こちらこそありがとうございます!」
女性からの御礼に疑問を返すより早く、女性は踵を返して走り去ってしまった。
「なんだったんだろう……」
「急いでいたんですかね?」
「なるほど?」