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【コミカライズ】エーデルシュタインの恋人  作者: 深見アキ
第二章 青い宝石と大叔母の部屋
32/53

*レッドスピネルの独白


 ***


 メリルローザと共にやってきた貴族のパーティー。

 芍薬が咲き誇る庭園は広く立派なものだった。だが、ヴァンにとっては馴染みのある薔薇園のほうが落ち着く。


 フロウは「素敵なお庭ねー」だの、「あの子、なかなか可愛い顔してるわねー」だのと、姿が見えないのをいいことにちょろちょろと動き回っていた。


 人間たちが酒を飲んだり話をしているのを遠目に見ながら、ヴァンは姿を消してベンチに座る。視線は勿論メリルローザだ。


 昔、こういうパーティーにナターリエも参加していた。お節介なナターリエが面倒事をほいほい引き受けないか、目を光らせていたものだ。

 今も、メリルローザが変なことに巻き込まれないか心配で――いや、側にグレンがいるのだ。自分が心配すべきことはないのかもしれないと思いつつも、視線はメリルローザを追ったままだった。


 そのうち、弦楽器の演奏が始まるとメリルローザに声をかける男がいた。親しげな様子に、遠巻きにメリルローザを見ていたらしい数人の男たちががっかりしたように肩をすくめている。


 メリルローザは若い金髪の男を適当にあしらっているように見えたが、なんのつもりか二人でそっとパーティー会場を離れた。

 いわゆる逢い引きというやつだと、精霊のヴァンでも分かる。若い男女が、物陰に潜んでこそこそとやるやつだ。だが、メリルローザがそういった類の誘いにほいほいついていくとは意外で驚く。


(グレンは気が付いていないのか?)


 離れた場所にいるグレンは、会場を離れる二人の背中をしっかり捉えていた。それなのに、特に咎めたり追いかけたりしない。


 グレンは、ヴァンのいる方を見てほんの少し口角をあげた。ヴァンの姿は見えていないはずなのに――まるで見えているかのように片手をあげる。よろしく、と唇が動いたような気がした。


(……なんのつもりだ?)


 ヴァンが後を追うだろうとでも言いたげな――まさにその通り、後を追いかけてしまっているのだが――そんな態度だ。


 東屋のベンチに座ったふたりは真面目そうな顔で何事かを話している。男の方がメリルローザの手を握るのを見て、無性に腹が立った。普段、ヴァンのことを破廉恥精霊だなんだと言うくせに、人間に対しては怒らないのかと――だが、メリルローザの顔がくしゃりと歪んだのを見て、気付いたら男の肩に手をかけていた。


「俺の女だ」


 男が気安くメリルローザの肩に手をかけていることも、こんなわけのわからない奴に泣かされそうになっているメリルローザも気に入らない。


 ……姿を隠す術は解けていた。


 怪訝な顔をする男の前で、メリルローザが体当たりをするかの如くヴァンの腕を掴むと走り出す。

 引っ張られるがまま、他人の家の庭を走ったメリルローザが、木々の茂みと外壁の間に隠すようにヴァンを押し込む。そんなことをしなくてもヴァンは姿を消せるのだが、されるがままに肩で息をするメリルローザを見ていた。


「なんで……出てきたのよ……」


 荒い息のまま、メリルローザが呟く。

 勝手に姿を表したことに怒っているのか。それとも、覗いていたとでも思っているのか。


「……なんでって、お前が、あの男に泣かされそうになってたから……」


 普段、泣きもしないくせに。

 フロウとの契約の時だって、素直に泣くものかと意地になっていたやつが、何か言われたくらいで泣くなんてよっぽどのことだろうが。


 それを言うと、余計なお世話だと言われる気がして、「お前は俺の主だろ」と続けると、何故だかメリルローザは余計に傷付いたような顔をした。だが、すぐにその表情は見えなくなった。ヴァンの胸に顔を押し付けるようにして肩を震わせている。


「……そんなに嫌だったのか?」


 あの男に迫られたことが?

 それとも、俺が出ていったことが?


 わからない。

 メリルローザは何も言わないし、ヴァンに助けを求めてはいないのかもしれない。

 それでも、ヴァンのシャツをくしゃくしゃに握りしめている姿は、すがられているようにも感じる。嗚咽を噛み殺すように、静かに泣くメリルローザの身体は妙に頼りなく思えた。その身体を――抱き締めてやりたい、なんて思った自分の思考にぎょっとした。


 弱った獲物を囲い込むように。抱き締めて、白い喉に噛みついて、すべてを暴きたい。自分だけのものにしたい。食欲にも似た感情は、吸血衝動と似て非なるものだ。血が欲しいわけではない。


 馬鹿なことを考えるなと、メリルローザに気付かれぬように息を吐く。

 ぎこちなく背に手を添え、人間がするようにとんとんと背を叩く。落ち込んでいたナターリエをこうして慰めたこともあった。だから多分、これでいいはず。……なのに、どこか物足りないような気がした。

 物足りないのは自分が、だ。


 しばらくヴァンの胸の中にいたメリルローザは、顔を上げると「戻らなくちゃ」と言った。目元が赤い。泣いていたのだと一目でわかる気がした。そんな顔で戻るのかと思ったが、その心配は杞憂だった。メリルローザたちがいた東屋にグレンが座っているのが見える。ヴァンとメリルローザが一緒にいるのを見て片手をあげた。


「ありがと、ヴァン。……もう平気だから」


 そう言ってヴァンの方を振り返らず、グレンの元へ戻っていく。それすら妙に悔しく感じた。自分は主に対してこんなに独占欲が強かっただろうか。それでも引き止めることは出来ず、その背を見送る。

 先程まで泣いていたとは思えない毅然とした背筋は、棘を纏わせて気高く咲く、薔薇の花を思わせた。

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