8、少年の行方
翌日。
メリルローザはフロウの案内でローテンブルクの街を抜け、北部のクリンゲン門を出た。
城壁の中はそれなりに景観を保たないといけないと定められているため、門を出てしばらく歩いた先にある集落は、遠目に見ても雑多な印象を受けた。
ローテンブルクから北へ向かう荷馬車が、砂ぼこりをあげてメリルローザたちを追い越していく。
「んーと……あの端の家かしらね」
他の家から少し離れた場所に建つ一軒家は、古くなった煉瓦塀が崩れかかっている。家の前をうろうろとしてみるが、日の高い時刻だというのに家のなかはひっそりと静かで、人の気配を感じなかった。
「留守かしら?」
「さあな。というか、どうするつもりなんだ?」
ここまで来てみたはいいものの、メリルローザもどうするか特に考えていなかった。
少年を見つければ直接問い詰めることが出来るのだが、彼の家族に告げ口するのは気が引ける。
「あの男の子を探してみるわ。この辺りの人に聞けばわかると思うし」
ヴァンが黒髪だったと言っていたし、近所の人に聞けばわかるかもしれない。
辺りを散策することにしたメリルローザは、子供たちの声がするほうへ足を向けた。昨日見た少年と同世代らしい子供たちが、路地裏に集まっているようにも見えるが――
「あれは……」
ヴァンが目を細める。子供たちが騒いで遊んでいるのではなく、地面に倒れた一人の子供相手に暴力をふるっていた。それに気付いたメリルローザは走って子供たちの中に突っ込んでいく。
「こらーーーっ!」
「あ、おいっ……」
こちとら、母亡き後やんちゃな妹弟の面倒を見てきた「おねえちゃん」だ。
拳を振り上げてやってくるメリルローザに、少年たちは一瞬びくっとしたものの、相手が若い女――しかも、この辺りで見ない顔だからか反抗的な目を向けてきた。
「なんだよ」
「暴力はやめなさい! あんたたちの親に言いつけるわよ!」
「……はあ?」
少年たちは十二、三歳ほどだろうか。まさに生意気盛りと言った感じで、メリルローザを睨み付けてくる。女一人なんて恐くないとでも言いたげな態度だが、後からやってきたヴァンの姿を見ると舌打ちをしてぱっと逃げていった。
(……やっぱり大人の男性相手じゃ違うわね)
ヴァンが来るなりああいう反応だと、メリルローザとしては複雑だ。
気を取り直して、倒されている少年に手を差し伸べる。少年はメリルローザの手を無視して一人で立ち上がった。
「あなた……」
目深に被った帽子の下は黒髪だ。もしかして、この子が昨日の?
少年はメリルローザの驚きを悪いほうにとったらしい。「この色がそんなにおかしいかよ」とギロリと睨みつけてきた。
が、メリルローザの後ろにいるヴァンを見て足を止める。ヴァンの髪の色も黒色だったからだろう。
「ねえ、あなた、昨日マルクト広場にいなかった?」
「……いたけど。それが何」
「えっと……、私たち、昨日露店で売っていたアンバーのイヤリングを探してるの。あなた、知ってるわよね?」
少年は一瞬の空白の後、「知らない」と短く答えた。しらを切るつもりらしい。
「あんたたちの勘違いじゃないのか」
「じゃ、この辺りに他に黒髪の男の子はいる?」
そう問うと、少年は明らかにむっとした顔をしてメリルローザを睨み付けた。
その言葉は地雷だったらしい。帽子の鍔を引き下げると唇を噛んで走り去ってしまった。
「あ、ちょっと……」
小さな背中は角を曲がってすぐに見えなくなった。多分、アンバーを持っていったのはあの子で間違いないとは思うのだが。
「……怒るんじゃなかったのか?」
成り行きを見ていたヴァンが肩をすくめる。
「そのつもりだったけど……」
黒髪を指摘した時の怒ったような、悔しそうな少年の顔。同世代の子供たちにもいじめられているようだったし、何か事情があるのかもしれないと思う。
泥棒した少年をビシッと叱って終わるつもりだったが、どうしたものかとため息をついた。
「少しあの子のことを調べましょう。さっきの家があの子の家なら、遅くなる前に帰ってくるはずだし」
路地裏からアンバーのある家のほうまで引き返す。
近くの住人に訊ねると、やはり先ほどの少年の家で間違いないようだった。
皆一様に顔をしかめて「あんたたちもあの子に何か悪さされたのかい」と気の毒そうな顔をする。
少年たちは家族は移民で、父親は出稼ぎに出たきり帰らず、母親は体調を悪くして臥せっていることが多いらしい。
少年はというと日々の路銀を稼ぐために、盗人紛いのことや悪さをしているそうで、辺りの住民たちからは煙たがられているらしい。
子供たちからはこの辺りでは見かけない黒髪が「呪われたカラス頭だ」といじめのターゲットにされているようだが、普段の素行の悪さから手を差し伸べる大人はいないようだ。
そこまで話を聞いて、メリルローザもすっかり怒る気をなくしてしまった。
かといって、話を聞いただけでどうこうできる問題でもない。
いじめている子供たちを叱ったところで、少年の素行が悪ければ同じことの繰り返しだ。とにかく、メリルローザが出来るのは例のアンバーを浄化して、彼に悪いことがおきないようにするくらいしかない。
家の前で待っていると、辺りを回って時間を潰してきたらしい少年が帰ってきた。メリルローザの顔を見て苦虫を噛み潰した顔をした。
「……しつこいな」
「あなたがイヤリングを返してくれたら帰るわよ」
「……あんたたち何? あの店の関係者?」
じろじろと少年がメリルローザを見る。身なりからそれなりの身分だと判断したらしいが、露店で売っている安物のイヤリングになぜそんなにメリルローザがこだわっているのか分からないという顔をした。
「関係者じゃないけど……、とにかく、あなたが持っていることはわかっているわ。あのお店の店主さんには謝っておくから返しなさい」
「……俺が持ってるって証拠は? そっちこそ言いがかりだろ」
あくまで知らないと言い張っていた少年だが、古いドアが軋む音がするとはっと視線を向けた。
「ごめんなさい、この子が、何か……?」
少年と同じ黒髪の女性――彼の母親だろう。玄関から覗く顔色は悪く、小さく咳き込んでいる。その瞳の色はあの耳飾りと同じアンバーだ。
「母さん! なんでもないから!」
「でも……。何か、ご迷惑をおかけしてしまったんじゃないの……?」
「なんでもないってば!」
メリルローザたちに頭を下げようとする母親を少年が家の中に押し戻そうとする。そんな風にすぐペコペコ謝るから馬鹿にされるんだ、と少年の呟く声が聞こえた。
「こちらこそ、家の前で騒いでしまって申し訳ありませんでした。もう、帰ります。……お体に障りますから、休んでいてください」
帰りましょう、とヴァンを伴って少年の家に背を向けた。「いいのか?」とヴァンに訊ねられたが、何か別の方法を考えるしかないだろう。悩みながら街へと帰るメリルローザの背に、少年の呼び声がかかった。
「おい!」
走ってきた少年がメリルローザの手に何かを押し付けた。
「……これでいいんだろ。もう来るな」
言い捨ててさっさと戻っていく。押し付けられたのは例のイヤリングだった。
「良かったな」
ヴァンはそう言ってその場でイヤリングを浄化する。良かった……のだろうか。アンバーを見つめたまま、メリルローザは釈然としない思いを抱いて立ちつくした。




