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【コミカライズ】エーデルシュタインの恋人  作者: 深見アキ
第一章 赤い宝石と薔薇の名を持つ少女
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2、レッドスピネル

「……どういう意味? あなたは誰?」


 この人がグレンが会わせたかった人なのだろうか。


 知らない場所。

 知らない男と二人きり。

 そして部屋に閉じ込められている。


 警戒心から後ずさりするメリルローザの背に、入ってきた扉が当たった。

 男は不躾にじろじろとメリルローザを眺め回す。負けじと睨み返すと、赤い瞳と目が合った。


 その真っ赤な瞳に魅入られる。

 まるで催眠術にかけられているかのように、メリルローザの瞼はとろんと半分落ちた。


「お前の名は?」

「…………。……メリルローザ……」

「いいだろう、メリルローザ。お前と契約してやる。……それでいいんだろう? グレン」


 背中にある扉の向こう側からグレンの気配がする。

 契約ってなんのこと、と問いたいのに頭に靄がかかる。赤い瞳から目が離せない。身体が――動かない。

 男の手がメリルローザの肩にかかり、首筋に顔を寄せた男の吐息がかかる。次の瞬間、メリルローザの身体は大きくビクッと跳ねた。


「き、きゃああああッ!」


 首に鋭い痛みが走る。男がメリルローザの首に歯をたてたのだ。

 犬歯がずぶりと突き刺さった痛みと恐怖に悲鳴を上げたが、なぜか身体は男に縋りつくように背中に手を回してしまう。嫌なのに、指先ひとつ言うことを聞かない。


(ど、どうして……)


 初対面の得体の知れない相手に甘えるようにしなだれかかってしまうのか。

 身体がじんと痺れ、熱に浮かされたような心地になり、永遠にこのまま彼と繋がっていたいと――……


「――い、嫌っ!」


 理性を総動員したメリルローザは男を突き飛ばした。

 途端に先ほどまで感じていた恍惚とした快楽は霧散し、恐怖が襲ってくる。

 首に噛みつくなんて、まるで――恐怖小説に出てくるドラキュラではないか。

 食事を中断させられた男の口からは血が滴っている。その目からは先ほどのような妖しい光は消えていた。


「俺の魔力に抗うとはな。まあ、それくらいの気概がないと困る」

「……あ、なた、何?」


 人ではない。

 滴る血を舌でぺろりと舐めとった男は、メリルローザの前にネックレスを掲げた。

 大粒の真紅の石が嵌め込まれたシンプルな装飾品だ。余計な飾りがない分、真っ赤な宝石は存在感を放ち、薄暗い部屋の中でも輝いているように見える。


「俺の名はヴァン。このレッドスピネルに宿る精霊だ」


 精霊?

 事態を飲み込めないメリルローザの手に、男がネックレスを載せた。


「契約に必要な乙女の血は頂いた。今日から俺の主はお前だ」


「――おめでとう、メリルローザ。ようこそキースリング家へ」


 背後の扉が開かれ、グレンがにこやかな声で二人に声をかけた。


「おや。君がヴァンかい? 声を聞いていたよりもずっと若々しい見た目だね」


 事態が飲み込めないメリルローザは後ずさる。


「叔父さま……。一体これは……どういうことなんですか?」

「ああ、悪かったね。きちんと説明させてもらうよ。食事でもとりながら話そう」


 手を差し伸べたグレンから逃れる。


 契約に必要な乙女の血、とヴァンは言った。グレンははじめからメリルローザをこの男に襲わせるつもりだったのではないか。

 養女の話をちらつかせ、部屋に閉じ込めて――。


 警戒心をあらわにしたメリルローザに、グレンは降参するとでも言いたげに両手のひらを上げた。


「養女の話は本当だよ? そのスピネルと契約出来る娘を探していたんだ。でも、僕が君を襲えと命じたわけじゃない。ヴァンが君を選んだのは彼の意志だ」

「……こんな風に閉じ込められたら、選択肢などないと思いますけれど」

「それがあるんだよ、メリルローザ。君のいとこたちは彼の姿が見えないようだったからね」

「姿が見えないって……、叔父さまは見えているんでしょう?」


 ヴァンと会話しているし、きちんと目も合わせている。ヴァンの身体も透けているわけでもないし、足も――ちゃんとある。


「僕は今までずっと声しか聞こえていなくてね。君と契約してくれたお陰で、ヴァンは力を取り戻して実体化してくれたんだ。姿を見るのは今日が初めてだよ」


 ねえ、ヴァン。とグレンが親しげに声をかけるが、ヴァンの方はどうでもいいとばかりにそっぽを向いた。


 メリルローザは手の中にあるネックレスに目を落とす。

 精霊がどうのという話も信じがたいし、二人で共謀してメリルローザを騙しているのではないか。


 疑いが晴れないメリルローザの顔を見て、グレンは「では、ひとつヴァンに仕事をしてもらおう」と手を叩いた。


 グレンは物置のようになっている中から、ジェラルミンケースを引っ張り出す。

 中を開けると、古びた黄金の十字架が鎖で固定されていた。そのまわりには黒っぽいもやのようなものが漂っている。


「……これは? この黒い煙みたいなのは一体何?」

「おや、君には視えるのかい? うらやましいな」


 何がうらやましいんだろう。このもやは、何だか不吉な感じがして気味が悪い。


「これは呪われた十字架と言われていてね。君とヴァンにやってもらいたいのは、こういった呪われた品の浄化だ。ヴァン、頼めるかい?」

「俺の主はお前じゃない」

「……だ、そうだから、メリルローザからヴァンに頼んでくれ」


 やれやれと肩をすくめるグレンに、メリルローザは戸惑った。


「頼むって? どうすればいいの?」

「彼に命じればいい。この十字架を浄化してくれとね」


 ちらりとヴァンの方を窺う。彼は無言で十字架に目を落としていた。


 グレンの話を信じているわけではないが、浄化というからには悪いことではないのだろう。……多分。


「頼むだけでいいのね?」


 グレンに頷かれる。

 詐欺師に担がれているような気持ちでメリルローザは言った。


「ヴァン、この十字架を浄化して」

「……いいだろう」


 ヴァンの瞳が赤く輝く。


 十字架に手を翳すと、いきなり十字架が炎に包まれた。メリルローザは小さく悲鳴をあげたが、グレンは動じることなく炎から目を離さない。

 揺らめく炎は自然と収まっていき、やがて消えた。ケースや十字架は溶けていない。だが、先ほど見えた黒いもやは消えていた。今のは一体、何?


「いやあ、どうもありがとう。これで売りに出せる」


 グレンはほくほく顔でジェラルミンケースを閉じた。


「…………売る?」


 呪われているとか言っていたのに?


「勿論。世の中にはこういった品を好む者は意外と多くいる。呪われた品と言うのは二種類あってね。ひとつは、それらしい話をつけることで付加価値をあげようとしている品。『なんたら王家を破滅に追いやった剣』とか、『千年前の墓から掘り起こされたペンダント』とか、オカルトマニアと美術愛好家がお金を出しちゃうんだよね。大抵は眉唾で無害な物が多いんだけど」


 もうひとつは、とグレンは十字架が入ったジェラルミンケースを撫でた。

 ヴァンの方が口を開く。


「――本当に呪われている品」


 グレンはにっこり笑った。


「そう。持ち主を殺したり、不幸を呼び寄せる。呪われていると知らずに手にしてしまい、人から人の手に渡り歩く」

「……じゃあ、その十字架は……」


 ごくりと生唾を飲んだメリルローザに、グレンの唇はニイと弧を描いた。


「聞きたいかい? この十字架がはじめて人を殺めたとされているのは、古代ギリシャの――」

「――結構ですっ!」


 オカルト話など好んで聞きたいわけがない。ただですらメリルローザは怖い話が嫌いなのだ。


「……まあ、その呪いを浄化してくれるのが、君の手にあるレッドスピネルの精霊・ヴァンだ。司る力は『炎』と『浄化』」


 僕の話を聞いてくれる気になったかな?

 グレンの問いかけに、メリルローザはしぶしぶ頷いた。


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