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【コミカライズ】エーデルシュタインの恋人  作者: 深見アキ
第一章 赤い宝石と薔薇の名を持つ少女
12/53

12、美術展

 

 ***


 美術展の夜間営業が行われる日。

 キースリング邸では遅いランチとティータイムの後、準備に取りかかっていた。


 ドレスコードでの参加なので、メリルローザはグレンが見立てたペールピンクのドレスに着替える。初夏とはいえ、夜風に肌を晒さぬように白いケープを重ね、胸元にレッドスピネルのネックレスをつける。

 髪型もいつものハーフアップではなく、大人っぽく結い上げてもらった。


 ヴァンとグレンはブラック・タイのタキシード姿だ。グレンの方はシルクハットとステッキを携えている。


 ヒルシュベルガー家がどのタイミングでやってくるかわからないので、ほぼ一番乗りと言っていいほど早めに会場に入る。

 陽が暮れる中、会場の周りはライトアップされ、非日常感が漂う。まさにデートにはぴったりな催しだろう。


「じゃ、ユリア嬢の件は宜しく頼んだよ」


 気軽に手を上げたグレンに「叔父さまは?」と問う。別行動をとるつもりらしい。


「僕抜きのほうが動きやすいだろう? そのほうがデート中のカップルに見えるし、野暮な人間は声をかけて来ないよ」


 グレンがいると貴族が挨拶に来てしまって思うように動けなくなるだろうと言いたいらしい。シェルマン家の知り合いもいるかもしれないが、確かにデート中の若い男女にわざわざ声を掛けにはこないだろう。


「僕は主催者に挨拶に行ってくるよ。館内にいるから、帰るタイミングで声を掛けてくれ」


 気の早い来場者がぽつぽつと来はじめている。メリルローザとヴァンも館内に入り、絵を眺めるふりをしながらユリアが来るのを待った。


「あら、意外と絵の趣味はいいのね」


 淡いタッチの水彩画を見ながらそう呟く。呪われた十字架を引き取ったという人物が開いている美術展なので、もっとそちらの趣味に走ったものかと思っていた。


「一般受けするようにしないと客が入らないだろう。そういうものは、もっと奥の方に展示するのが普通だ」

「それもそうね。デートに来ているのに、いきなりそんなものがあったら台無しだわ」


 入り口の近くには繊細な風景画が並び、奥へいくに連れて宗教画や彫刻がライトに照らされて浮かびあがっている。展示物と展示物の間は適度な距離があり、来場者の密やかな会話を邪魔しないような配置のされ方だ。


 さらに奥に進むと恐ろしげな悪魔を描いた絵画があり、目立つところに置かれたショウケースの中に例の十字架が設置されていた。

 十字架が辿ってきた数奇な軌跡――と、説明が添えられているが、メリルローザはそっと目を外す。

 説明書きがなければ、ただの古い十字架にしか見えない。


「……この十字架、本当にもう呪われてないのよね?」


 黒いもやは見えないが、やっぱり不安でヴァンの袖を引く。


「もうただの十字架だ。そいつが自発的に人を呪うことはない」


 自発的に、と言ったヴァンの言葉に引っ掛かりを感じて、メリルローザは首を傾げる。ヴァンはもう少し言葉を足してくれた。


「……もしこの持ち主にたまたま不運なことが起こったら、呪いの十字架のせいだと言うんだろうな」

「ああ……。だから、自発的にって言ったのね」


 持ち主の嫌な出来事を責任転嫁されていくというのなら、何だか可哀想だ。むしろ、嫌なことをなすりつけたり、贈られた相手を嫌な気分にさせるために存在していると言ってもいいのかもしれない。

 でも、そもそもこの十字架が作られた時、はじめから呪われていたのだろうか。


「ねえ、ヴァン。どうして呪われた品なんて存在するの?」


 グレンが言っていた通り、人がつけた付加価値というのはわかる。商品を高く売るための物語だ。

 けれど、そうではなく、本当に呪われている品は、いつ、どこであらわれるのか。


「それもまた、人間が作り出したものだ。呪い、恨み、悪魔的な儀式、祈祷……。呪術師を名乗る人間はどの時代にもいる」


 人によって、美術品が汚される。

 ショウケースを撫でたヴァンの顔は痛ましい。


「大叔母さまや、叔父さまはそういう負の連鎖を止めるために呪いを解いているのね」

「ナターリエはそうだった。グレンは……わからない」

「わからない?」

「判断できるほど一緒に過ごしていないからな」

「…………」


 わたしは? とは聞けなかった。

 メリルローザも同じだ。ヴァンに対して、信頼するに至る何かを見せたわけではない。


 おい、とヴァンが小さく顎をしゃくる。ヒルシュベルガー夫妻とユリアがこちらに向かって歩いて来るところだった。


 奇しくも場所は呪われた十字架の前。

 ユリアのほうはすぐにメリルローザに気づいたようで、母親の後ろで顔をひきつらせる。

 ヒルシュベルガー士爵は、娘とは対象的ににこやかだった。


「こんばんは、メリルローザ嬢。今日はキースリング男爵は一緒ではないのかな?」

「義父は今、主催者の方へ挨拶に行くといって席を外していまして」

「そうか……。せっかくだからご挨拶したかったんだが……。貴重なチケットを譲って頂いたお礼を、男爵に伝えていただけるかい?」

「もちろんですわ」


 それでは、と去って行きかけたヒルシュベルガー夫妻に、ユリアもついていこうとする。


「ユリア、少し、いいかしら?」


 引き留めると怪訝な顔をされた。ユリアが口を開く前に、「士爵、少しユリアさんをお借りしても? 友人同士、お話したいことがありますの」と可愛らしく微笑む。


「もちろんだとも。ユリア、私たちはゆっくり見て回っているからね」


 父親から快くOKを頂けた。ユリアは内心は不満そうだが、父親の手前、大人しくメリルローザの元に残ってくれた。


「……何かしら?」


 メリルローザではなく、ちらりとヴァンに視線を送る。


「今日はお二人でデートかしら? シェルマン士爵が心配されるのではなくて?」


 その一言で余計なことを思い出す。人の父に変なことを吹き込まないで、と言いたいところをぐっと堪えた。


「デートじゃないわ。義父も一緒よ。……それより、あなたに聞きたいことがあるの」

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