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【コミカライズ】エーデルシュタインの恋人  作者: 深見アキ
第一章 赤い宝石と薔薇の名を持つ少女
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10、父の訪問


「父さま、一体どうしたの?」


 玄関ホールに降りたメリルローザは、何か急ぎの用かと尋ねる。だが、父は歯切れ悪く「用事はないんだが、近くまで来たものでね」 と言い訳がましいようなことを口にする。


「こんにちは、義兄さん。よかったら上がっていって下さい」


 メリルローザの後をゆったりと降りてきたグレンが声をかける。父がぺこぺこと頭を下げた。


「男爵、先日の園遊会の件はお世話になりました」

「いえいえ。こちらこそ用事が出来てしまったもので、代わりに行って頂けて助かりました」


 玄関先ではなんですからとグレンが促すと、父は迷ったようだが、結局お茶を飲んでいくことにしたらしい。グレンの後に続き、その後をメリルローザも追う。


「……父さま、急にどうしたのよ」

「いや、なに。娘の顔が見たくなってね」

「ははは。突然離れて暮らすことになったから、お父さんは君を心配しているんだろう」


 ……メリルローザの知るかぎり、父はそんなに感傷的な人間ではない。


 グレンの養女になると決まった時も、「男爵が許してくれるからといって、シェルマン家に入り浸ってはいけない。お前は男爵の娘になるのだからね」ともっともらしいことを言っていたが、要はグレンの機嫌を損ねるようなことをするなと言っているのである。


 今も、娘の顔を見に来たというよりはやたらとキョロキョロと屋敷の中を見ていた。

 出された紅茶にも手をつけず、娘の様子はどうですかとグレンを伺う。


「メリルローザはよくやってくれていますよ。姉さんや義兄さんの育て方が良かったんでしょう。とてもしっかりしていて助かっています」

「そ、そうですか。ご迷惑をかけていないなら何よりです」


 娘を褒められた父がちょっぴり相好を崩す。グレンの隣で、そんな父の様子を見ながら、本当に何しにきたのかしらとメリルローザは訝しげに思いながらティーカップに口をつけた。


「それでですね、そのう……。男爵の助手の方と、メリルローザが、その……恋仲だと聞きまして」


 ぶっとお茶を吹いて、慌ててナプキンで口を押さえる。


「なっ……」


 なんでそんなことになっているのよ!

 ぱくぱくと口を動かすメリルローザに代わり、グレンが冷静に尋ねた。


「おや……。一体どなたがそんなことを?」

「いや、その、たまたまメリルの友人の、ヒルシュベルガー士爵のお嬢さんに会いましてな」


(ユリア、父さまに余計なことをっ)


 養女になってすぐに恋仲の男性が出来たなどと言われ、心配して様子を見にきたんだろう。やたらとキョロキョロしていたのも、そのメリルローザの『お相手』を探していたに違いない。


「父さま、誤解よ! 恋人でもなんでもないから!」

「そ、そうなのか。しかし、お前が何とも思っていなくともだな、お相手の方は……」

「お相手でも何でもないからっ」


 怒るメリルローザに、父はおろおろとメリルローザとグレンの顔を見比べる。

 グレンはどちらの味方をするつもりなのか、「メリルローザ、ヴァンを呼んでおいで」と口にした。


「えっ、どうして……」

「変な男が娘と一緒にいないか、心配されているんだろう。ヴァンにもきちんと挨拶してもらえば安心してくださるんじゃないかな」

「いやその、男爵の助手の方にケチをつけるようなつもりでは……」


 父はしどろもどろだが、顔にははっきりどんな男か確認したいと書かれている。


「それに、街中で君とヴァンを見かける度に驚かれてしまっていては、義兄さんの心臓に悪い」

「……わかったわ」


 たしかに、いずれヴァンと一緒にいるところを父が見かけたら、また早とちりして飛んでくるかもしれない。

 メリルローザはしぶしぶヴァンを呼んでくることにする。


 彼は大抵、自室か薔薇園にいる。薔薇園の方に足を向けてみると、ちょうどあまい匂いを漂わせたヴァンが裏口から入ってくるところだった。


「……何か用か?」

「ええ。その……、今、わたしの父が来ていて、あなたに会いたがっているの」

「は? 俺に?」


 何故? という顔をされる。


「あなた、叔父さまの助手ってことになってるから。これからわたしと一緒にいても驚かれないように、……挨拶だけでいいから、してもらえないかしら」


 父がメリルローザと恋仲だと勘違いしているという説明は割愛した。言ったら余計にヴァンが嫌がるだろうと思ったのだ。


「俺はあの男の助手になったつもりはないぞ」

「そういうことにしておいてちょうだい。その方が不自然じゃないのよ」

「…………」


 もっとごねられるかと思ったが、意外にもヴァンは黙ってメリルローザの後をついてくる。内心ほっとしながら、どう父に説明すべきか考えを巡らせる。まさか精霊だと言うわけにもいくまい。


「……叔父さま、ヴァンを連れてきたわ」


 応接間に戻ると、グレンは「彼が僕の助手のヴァンです」と紹介した。


「……ヴァン・エーデルシュタインです」


 ヴァンは――優雅な仕草で一礼する。彼の美貌と洗練された立ち居振舞いに、父がほうっとため息をつく。いつものつっけんどんな態度との違いに、メリルローザも一瞬見惚れてしまった。


「き、君が――あ、いや、メリルローザが世話になっているそうで……」


 圧倒されてしまった父が、慌てて自分の名を名乗る。ヴァンの佇まいから、自分より格上の身分ではないかと推測したのだろう。


 ――エーデルシュタイン(宝石)、ね。

 家名にするにはそのまますぎる気もするが。父が何かを突っ込む前に、グレンが助け船を出した。


「彼は大叔母の代から世話になっている家系の子息で、訳あって僕が預かっているんです」

「そ、そうでしたか。義叔母上の……」

「ユリア嬢は、二人が仲良くやってくれているので勘違いしたのではありませんか? 年頃の娘さんですと、色恋に結びつけたくなる気持ちも分かります」


 さらに畳み掛けるグレンに、一応メリルローザも反論した。


「別に、仲がいいというわけではありません」

「まあまあ、喧嘩するほどなんとやらと言うじゃないか」


 ヴァンは特に口を挟まず、大人しくしてくれている。

 父は、早とちりだったと分かり、照れ笑いを浮かべた。


「いやあ、慌てて来てしまって……お騒がせして申し訳ない。ヴァン君、と言ったね。これからも娘を宜しくお願いします」

「あ、ああ……」

「……ヴァン君さえ良ければ、メリルローザはどうだね? 気が強いが、奥方にするのにはこれくらいしっかりしているほうが……」

「父さま!」


 メリルローザがたしなめても、いいじゃないかと父はどこ吹く風だ。

 大叔母の知り合いということやヴァンの態度から、それなりの身分の人間で、メリルローザの嫁ぎ先にいいかもしれないなどと考えているのだろうが。


「……ヴァンとはそういう関係じゃないし、わたしは……嫁ぎ先がなくても気にしないわ」

「そんなこというものじゃない。お前の傷ごと愛してくれる人だって――」


 口にした父がはっとした顔をする。口を滑らせた、と思ったのだろう。

 だが、グレンは特に問いただしたりもせず、「まあまあ、いずれ良い相手が見つかれば」と無難にまとめ、父もその言葉にほっとしたようだった。


「お見苦しいところをお見せして申し訳ない。娘のことは勘違いだったとわかりましたし、私はこれで帰ります」

「こちらこそ、足を運んで頂いてありがとうございました。門までお送りしましょう。ね、メリルローザ」

「……ええ」


 父とグレンの後に、メリルローザとヴァンが続く。そのメリルローザの横顔を、ヴァンが物言いたげに見つめていた。

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