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【コミカライズ】エーデルシュタインの恋人  作者: 深見アキ
第一章 赤い宝石と薔薇の名を持つ少女
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1、父の打算と叔父の思惑

 叔父であるグレン男爵が養女を探しているらしい。

 独身で子どものいないグレンは跡取り娘を迎えたいと考えているそうだ。


 ◇


「……養女なの? 養子ではなく?」


 父の書斎に呼び出されたメリルローザは、聞かされた話に首を傾けた。

 グレン男爵というのは母方の叔父のことだ。母とは一つしか変わらなかったはずだから、確か今年で三十四歳になる。小さい頃に会ったきりなので、もうどんな顔だったかも忘れてしまったが……。


 普通、跡取りにと望むのならば子息を迎えるものではないのか。そして、こんな話を娘であるメリルローザにわざわざ聞かせるということは。


(嫌な予感がする)


 父はわざとらしくオホンと咳をした。


「もしかしたら男爵は、別の高位の貴族との縁談を望んでいるのかもしれんな。そこでだ。……頼むメル! どうか我が家を救うと思って行ってくれないか!」


 ほらやっぱり!

 身構えていたメリルローザは「無理よ!」と即答した。


 ――我が家・シェルマン家は金で爵位を買った、いわゆる成り上がり貴族だ。


 貴族と言っても準貴族と言って、あくまで貴族に準じる扱いは受けられるものの、生まれながらにして高貴な身分の人々とは線引きされている。貿易商として成功し、一代で財を築いた父は士爵位を授かり、伯爵家の令嬢だった母を娶った。母の方が身分は上だったが、没落していく名家も多い近今、別段珍しい話でもない。


 シェルマン家は三人の子供に恵まれたが、母はメリルローザが幼い時に病気で他界。

 伯爵家は母の兄が継ぎ、以降、母の実家との関係は希薄になりつつあった。放蕩者らしいグレンと顔を突き合わせる機会なんてないに等しく、父もメリルローザもグレンのことはよく知らない。


「どうせ養女を取るなら、伯爵家から取ったらいいのに。ちょうど良い年頃の子なんて何人もいるはずでしょ」

「もちろん、伯爵家にもこの話は行っているそうだが、グレン男爵の目に叶う娘はいなかったそうだ」

「叔父様が選り好みしてるってこと? じゃ、成金の娘のわたしなんかが気に入られるなんてこと無いんじゃない?」

「ああ、だから駄目元ということで……」


 駄目元!

 別に選ばれたくないが、娘に対してひどい評価である。


「頼むよメル~。お前は母さまに似て美人だし教養もある。黙っていれば可憐な令嬢に見えるよ」

「黙っていればは余計です」

「男爵家と繋がりが持てればうちの商売もしやすくなるし、下の子たちのためにもなる。お前だって男爵家の娘という肩書きがあった方が良い家に嫁げるだろうし……」


 母譲りのブロンドと青い瞳を父は褒めてくれるが、早くに母を亡くし、忙しい父に代わって弟妹の面倒を見てきたメリルローザは、気の強いしっかり者に育ってしまった。

 見た目だけは可憐だが、はっきりと物申す性格のため、十六歳になった今でもまだ良縁には恵まれていない。


「なっ? ちょっとお試しで会ってきてくれないか」


 父がメリルローザの手に手紙を握らせる。そこには、流麗な文字で「大きくなった姪っ子に会えるのを楽しみに待っているよ」と書かれてあった。


「呆れた。父さまったら、わたしに頼むより前に叔父様に話を通してたのね」

「そりゃあ、アポイントメントは必要だろう? というわけで、週末にでも遊びに行ってくるといい」


 ほぼ強制的に決められてしまって不満ではあったが、既に手紙まで出してしまっているのだから仕方がない。


(……まあいいか。いとこたちですら断られるんだから、わたしが選ばれるわけなんてないわよね)


 観光気分で会いに行ってくればいいか、とこの時のメリルローザは楽観的に受け入れた。



 ◇



 週末。

 メリルローザは馬車に二時間ほど揺られ、ローテンブルクにある叔父の屋敷に来ていた。


(わっ、立派なお屋敷……)


 レンガ色の壁には蔦が絡み、風格を感じる。好き勝手に蔓延っているわけではなく、庭先はきちんと手入れが施されているようだ。


(うう、緊張してきた)


 今日のメリルローザの髪型は、生前の母がよくしていたハーフアップだ。形見のバレッタにそっと触れる。

 御者に礼を言っていると、門の向こう側からすらりとした男性が歩いてくるのが見えた。


 グレン・キースリング男爵。

 母やメリルローザと同じブロンドの髪を後ろに撫で付け、フロックコートを着こなす姿は、身内の欲目を差し引いてもなかなかに格好良かった。若々しい笑顔で迎えてくれる。


「メリルローザだね、いらっしゃい」

「お久しぶりです、叔父様。今日はお招きありがとうございます」

「最後に会ったのは……姉さんの葬式の時か。すっかり大人になって、見違えたよ」


 スカートをつまんで挨拶をするメリルローザを、グレンは眩しそうに見つめる。


「立ち話もなんだから入って。街で評判のケーキを買ってあるんだ、お茶にしよう」

「お邪魔します」


 先導する叔父からはふわりと甘い香りがした。香水でもつけているのだろうか。


 屋敷の中に入ると、これまた高そうな骨董品の類がさりげなく置かれている。

 玄関ホールの階段を上がったダイニングルームには暖炉があり、その上にはゴブラン織のタペストリーがかけられていた。屋敷の外観に相応しく、古めかしくて落ち着きのある調度品だ。


 我が家の父は成金らしく、流行りものや新しいもの、わかりやすい光りモノを取り入れたがるので対称的だ。

 つい、きょろきょろと視線を動かしてしまうメリルローザをグレンは可笑しそうに見ていた。


「ここは僕の叔母――君からしたら大叔母さんにあたるのかな。大叔母が亡くなった時に、僕が引き継いだんだ。伯爵家は兄が継いでいるし、僕は名ばかり男爵なんだ。本業は宝石商 兼 美術収集家」

「宝石商……」

「僕はどちらかというといわくつきの美術品であれば宝石には拘らないんだけどね。叔母の仕事を継いだから、一応肩書きは宝石商ってことになっちゃうのかなぁ」


 世間話をするようにグレンは語る。

 それで仕事の助手を探していたんだよね、と笑顔のまま続けた。


(ん? 助手?)


 話が行き違ってやしないだろうか。


「ええと、叔父さまはお仕事の助手を探していらしたのですか? 父からは養女を探していると聞いたのですが……」

「養女で間違っていないよ。助手というと大げさだけど、単に僕の仕事を手伝ってくれないかなぁと思っているだけだから」

「差し出がましいですが……お仕事を手伝うのなら、養子の方がよろしいのでは?」

「それが困ったことに、女性でないといけないわけがあるんだ」


 こっちへ来てくれるかい、と言われて階段を上がる。前を歩くグレンの背中を見ながら、メリルローザは頭の中で状況を整理した。


(つまり、叔父さまが欲しいのは商売事に知識がある娘……?)


 伯爵家のいとこたちはお嬢さまばかりだろうし、そういうことならメリルローザが養女に迎え入れられる確率はぐんと上がる。

 あるいは父の言った通り縁談がらみ――例えば、仕事を継がせたい男がいて、メリルローザの婿養子としてこの家に迎え入れようとしているとか……。


「メリルローザ、君に会ってもらいたい人がいるんだ」


 そう言って足を止めたグレンに、やっぱり縁談かと身構えた。


「分かりましたわ。どなたです?」

「会えばわかる。この部屋にいるんだ。入ってもらってもいいかな?」


(え? 今?)


 いきなりすぎる展開に戸惑う。

 せめて叔父が先に入り仲介してくれるのかと思いきや、「さあどうぞ」とメリルローザを促すだけ。一人で行けと言いたいらしい。


「あの……」

「僕はここで待っているからね」


 にこにこ笑っていても譲る気はないらしい。

 事前情報も何もなし。

 戸惑ったが、わかりました、と覚悟を決めてドアをノックした。


「失礼します……?」


 中は倉庫のようだった。

 絵画や美術品の類らしきものが壁際に並び、布で覆われている。作り付けの大きな戸棚には頑丈そうな鍵がかかり、磨りガラスの向こうに箱がたくさん詰め込まれているのが見えた。


 部屋の中には誰もいない。


「あの、叔父さ」


 言い終わる前に背後でバタンと扉がしまる。

 そして鍵のかかる音――。

 えっ、とメリルローザは息を飲む。叔父さま! と扉を叩いても返事はない。


「開けてください! 何のつもりですか!」


 どうして閉じ込められないといけないのか、訳がわからない。

 拳でドンドンと扉を叩き、開けてくれと訴えていると――


「あの男も懲りないな」


 背後から突然男の声が聞こえ、メリルローザはぎょっと振り向いた。


(どうして? 誰もいなかったはず)


 そこにいたのは若い男だ。メリルローザよりは年上だろう。漆黒の髪に、彫刻のように整った端整な顔立ち。その瞳の色は燃えるような深紅――。

 音もなく現れた男は、メリルローザが振り返ったのを見て意外そうな顔をした。


「へー。お前、俺が見えるのか」


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