光の使者(2)
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目を閉じてからもなかなか寝付けなかった。まったく眠気がわかない。
エルノは窓があけっぱなしにしたままなのを思い出した。虫の鳴き声が好きで、ふだんからそうしているのだが、急に寒気におそわれたのだ。いつもは心地よく思える鳴き声も、このときばかりは気分が悪くなった。
光や音を遮断したいと思い、窓を閉めようと起き上がる。
そのとき、彼は突然感じたまばゆい光に、思わず目をつむった。
まぶたを閉じているというのに、太陽を直視したときのような光にやられる。手をかざすだけでは事足らず、倒れこむようにしてベッドに伏せた。
光はそのあとも弱まる気配はなく、とてつもない明るさを発している。さらに何分かたったが、まだ光はおさまっていない。じきに目が慣れてきた。エルノはじりじりと顔をあげ、謎の光の正体を確かめようとした。
「決してこちらを見てはならない」
突然、そう声がきこえた。
はじめエルノはベルベットが明かりを手に、いたずらをしてきたのかと思った。昔ベルベットが彼に『聖石伝説』を語り聞かせるとき、よく変装をして現れた。
幼かったエルノの心をつかむには十分な出来で、ベルベットではなく、『聖石伝説』から飛び出してきた人物なのかかと思ったこともあった。
「ベルベット?」
彼は考え直した。
――まさか、そんなことは。ベルベットはまだ鉄を打っているはずだ。それに、屋根裏部屋にあがってきたらしい音もきこえなかったのに。
なら、この声は?
男とも女ともつかない、あいまいな調子だった。そもそも声なのかも怪しい。むしろ、すらりと頭の中に入り込んできているかのような感覚。それほど、生身の声を聞いているという気がしなかった。
考えようににも、何も思い浮かばない。光が発する熱のせいか、それとも冷や汗か、首筋に一筋の汗が垂れた。どうやら危害を加える気はなさそうだ。もしそうならとっくに焼き殺されているだろう。分からないながらも、適当に自分を納得させた。
エルノは話しかけてみることにした。
「あなたは?」
まずは正体を確かめたい。振り向けばすぐにわかることだが、振り向いてはいけないと言われればそれまでだ。
エルノは、必死に好奇心と戦っていた。一度でもいいから顔を向けたい。そもそもこの人物はなんのつもりでやってきたのか、それにこの光はいったい何なのか。突然の出来事に、まだ頭が混乱していた。
しばらく経ったが、声の主は、いまだに何かを言ってくる様子をみせない。
「誰なんですか? あの、ここはぼくの部屋なんです」
返事は無い。
だったら、こっちもこのままでいてやる。エルノは口をつぐみ、その場から動かないことにした。
――それにしても、この光はなんて暖かいんだろう!
部屋を満たしている光は、先ほどと違って和らいできているように思えた。温もりがある。むんむん蒸し暑いというのではなく、心の温もりだ。
いつのまにか、彼が感じていた不安は安らぎへと変わり、ここにいることが心地よいほどに思えてきた。
が、光は強烈で、消えていなかった。まだ目を開けることはできない。エルノは辛抱強く待った。
やがて、先ほどの声がきこえてきた。
「少年よ、顔をあげなさい。お前はここまで言いつけを破らなかった」とたんに白い光が和らいだ。「さあ、顔をあげなさい」
そう言われ、エルノはおそるおそる、後ろを振り向いた。
すると突然、また先ほどの光がエルノの目を襲う。彼は悲鳴をあげて、とっさに手で目をおおった。
「恐れることはない。わたしを見なさい」
エルノ自身もいつまでこうしていいか分からなかったので、おそるおそる手をはなした。
すると、どうだろう。部屋をおおっていた強烈な白い光は消え、もとのような薄暗さに戻っていた。よく目を凝らしてみると、なにか人のような形が見える。なかなかに背が高い。
が、それ以外はよく分からない。形はぼやぼやと見えるのだが、その一点に集中するとたちまち全体像がぼやけ、何も見えなくなる。そんな不思議な感じだ。
エルノは我にかえった。
――やっぱり、後ろに立っているような気がしたのは、ベルベットだったんだろうか? さっきまでの光も夢だったに違いない。
「そうではない、少年よ」
謎の声は少し間を置き、続けた。
「エルノよ、そなたはわたしの姿をみることができる。そうだな」
「はい」エルノは答えた。
「わたしのことは、アゼルと呼ぶがいい。そなたに用があってきたのだ」
「アゼル、ですね」
エルノは聞きなれない言葉を声にだし、何度か繰り返して覚えようとした。
「でも、いったい誰なんです?」
「ハ=ゼノーの使いだ」
アゼルはまるでそれが当たり前であるかのようにそう言う。エルノは目を丸くした。――ハ=ゼノーの使いだって!?
とたんに、あの不明瞭な声が、男のものだと分かるようになった。落ち着いた、優しげのある声だ。
姿はいまだにはっきりとしないが、それで十分。そんなことよりも聞きたいことが山ほどあった。
どう返そうか迷っているうちに、はっと思い当った。
何故自分の名前を知っているのか? アゼルは、彼のそんな心を読んだかのように言った。
「驚くのも無理はない。だが、わたしはハ=ゼノーに仕える者だ。この地のことはそなたやベルベットより昔から知っている。そなたのこともよく知っている」
「ハ=ゼノーの使い……。ぼく、まったく知らなくて。すみませんでした」
エルノは戸惑った。一体なぜ、神の使者が現れたのか。今日のことと何か関係があるのだろうか。ともかく、言っていることが本当なら彼は『聖石伝説』に登場するような伝説上の人物ということになる。
そうこうしているうちに、アゼルが切り出した。
「さて、あまり時間がない。まもなくベルベットがやってくる。わたしはそなたに用があるのであって、彼は無関係の人間だ。わたしの姿を見ると、彼は燃え上がって死ぬ」アゼルは続けた。「主ハ=ゼノーはそなたを導くために、わたしを送り出された」
その言葉に、エルノは首をかしげる。
「導く? ぼくを、ですか?」
「今日、一人の男が一度死に、よみがえった。彼もまたわたしと同じ、主に仕える者だ。だがまもなく彼は死ぬ。傷は完全に完治するが、彼は、日が昇り切った時点で死ぬ。明日の朝早く、そなたはベルベットを連れてミラの家を訪ねなさい。何が起こったのか、何が起きようとしているのか。すべては彼が話す」
エルノは「でも」と話をさえぎり、失礼を詫びて続けた。
「でも、ミラはぼくを通してくれませんでした。もし今度も彼女がこばめば?」
「案ずるな。彼女はそなたのみを中に入れ、他の者はことごとく追い出す。ともかく男と話しなさい。兄弟よ、心配はいらない。主ハ=ゼノーはそなたを祝福された。主はそなたを守って下さる。ただ、わたしの言うとおりにしなさい。ベルベットにもこのことを伝え、明日の朝一番にミラの家をたずねなさい」
エルノはうなずいたが、すでにアゼルの姿は消えていた。
なんだか訳の分からないことになったぞ。どうしてハ=ゼノーの使いがぼくのもとに現れたのか、全く分からない。
足音を聞き、ひとまず考えるのをやめた。今度は間違いなくベルベットだ。
彼はとても疲れていた。今起こったことを話す間もなく、深い眠りにおちた。