勇者と魔王のステキな輪廻転生システム
――魔王は何度でも蘇り、勇者もまた何度でも現れる。
よくある話だ。どこのセカイにでも。
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「――そなたが当代の勇者か」
「ハッ」
よくある形のとある王城のどこかで見たような謁見の間で、どこの世界でもありそうなそんなやり取りが行われている。わたしはそれを王の傍らでじっと見つめていた。
「神に選ばれし勇者が現れたと言う事は、この世界のどこかで魔王が復活したという事だ……儂も剣の腕には覚えがあるが昔の話よ。心苦しいが、この国の命運はお主に託すしかない」
決して若くは無いが、王としてはまだ若いと言えない事もない、そんな齢に見える我らの王。対する勇者は当然まだまだ年若く、わたしの外見年齢とそう変わらないだろう。
「心得ております、陛下。それが神に選ばれし私の使命ならば、命に代えても成し遂げる所存です」
勇者は顔を上げて言い切った。その顔は割とムカつく位イケメンだった。それでいて育ちが良すぎる訳でもなく純朴で純真な村の青年らしいからきっとモテモテでハーレムなんか作っちゃうんだろう。魔王討伐を成し遂げた暁には、という条件付きだけど。いや、旅の途中でハーレムパーティ組んじゃう可能性もあるか。
あ、目が合った。うわ、何で頬を染めたりしてんの。わたしもハーレムに加えるつもりか。お断りだよ。王都を出てすぐドラゴンに踏み潰されろ。
「……勇者よ。少ないが餞別を渡しておこう。おい」
王が声と視線でわたしを呼ぶ。近寄り耳を向けると彼は小声で用件を言う。口が臭い。
「……500G持ってこい。あと武器庫から安物の剣と盾を」
「……かしこまりました、陛下」
ホントに少ない。王なりに何か理由があるのかもしれないが、わたしからすれば王の器の大きさがその程度の価値しかないように思えてならなかった。
ま、わたしは王の忠実な召使いですし文句は言いませんとも。勇者がはした金で放り出されようとも知ったことじゃないですし。
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明らかに余り物の剣と盾、そしてはした金を渡された勇者だったけど彼は顔色一つ変えず受け取り、城を後にした。ムカつく顔だったけどそういうところは偉いと思う。
彼はこの後ドラゴンに踏み潰されるか、そうならなかった場合は旅をしてハーレムを作るんだろう。ま、もうここにはいないのだからどんな人生を歩もうと知った事じゃない。彼の人生を記すのはわたしじゃない。
でも、もしも魔王を討ち取って帰ってきた場合は、わたしは――わたし達は逃げるけど。ハーレムもごめんだし巻き添えもごめんだ。
ま、どっちに転ぶかはまだわからない。時間を潰しつつ結果を待つとしよう。具体的には……残された王を眺めて楽しんでおけばいい。
「ハハッ……勇者、か。そして、儂は国王、か……それに、魔王は『復活した』と、そう言ったな……儂は」
勇者が旅立った後の王が何をしているのか。あまり知られていないが実は結構愉快な事をしていたりする。わたし達がここに立つ以前の王はどうだったか知らないけど、少なくともわたしが見てきた王は大抵愉快だった。ま、ちゃんとした理由があるんだけど。
「儂は――いや、俺は……何をしている? 何を口走っている? 何故俺はここに座っている? 何故……俺が勇者を送り出しているんだ!? 俺は――俺が勇者だった筈だぞ!?」
ま、普通は混乱しますよね。
王の――否、彼の意識は勇者だった頃から連続している筈。さっきまで勇者だった筈なのに気がつけば王となっていて、口が勝手に言葉を紡いでいる。そりゃあ混乱もするでしょう。でもそれが現実なのよ。
勇者の『人格』を持ったまま、王の『役割』を果たす為に身体は勝手に動く。一見イビツなようだが無理がある訳ではない。喋るのは『どこかで聞いたよくあるセリフ』だけだから人格にはさほど負担はかからない。その証拠に、当代勇者への餞別の内容を決められる程度には彼の意思には余裕があった。先代の勇者たる彼の。
言ってしまえば寝ぼけたまま朝の日課をこなしている時のような、そんなフワフワした状態にあると思ってもらえばいい。ま、実際寝起きみたいなものだしね。
そして、そういう人を眺めるのはやっぱり面白いのだ。
「……おい、お前、何を笑っている」
笑ってません。わたしの設定は『常に微笑を絶やさず王の傍らに立つ忠実な召使い』なので今が特別笑っているわけではないのですよ。内心楽しんではいるけど、少なくとも笑顔は設定のせいなのですよ。
彼も今となってはその事に気づいている筈。王という役割を演じさせられている今となっては、わたしも同様に役割を演じているだけなのだと。
ま、頭ではわかっていても心が追いつかないってのはあるだろうけどね。それもまた人間。そして、そういう人間は大体……暴れる。
「その薄ら笑いを止めろと言っているッ!!!」
彼は座ったまま王座に備え付けてあった宝剣を手に取り、傍らに立つわたしに向けて突き出し……わたしの胸のあたりを貫いた。
ま、全然痛くないんだけど。血も出ないしね。彼からしても手応えはほとんどなかっただろう。
「チッ、脇役風情が! 最初に見かけた時はいい女だと思ったが……同じ立場になってみれば何の面白みもねぇ。役目を果たす為にそこにいるだけのハリボテみてぇなもんか……クソッ」
言動がもはやチンピラだよ元勇者さん。こうやってだんだん素が出てくる王も今まで沢山居たけどね。何度見ても面白いもんだ。
「……いや、違う、同じ立場じゃねぇ。俺は人間だ、俺だけは人間だ。俺には人としての意識がある。意思がある。お前らとは違うんだ。なのにこんな椅子に縛られている。ふざけるな、認めねぇ、抜け出してやる……」
わたしにも意識はあるんですけどねー、なんて言ってはやらない。彼も一人で盛り上がってるし別にいいでしょ。
「ククッ、だが、俺は幸運だ……こういう『システム』なんだって早々に気づけたからな。俺がここにいる原因は、俺が魔王に……負けたからだ。そうだろ?」
そうです。誰に言ってるのか知らんけどその通りです。正確には魔王に限定されはしないんだけどだいたい合ってます。変に巻き込まれたくないから黙ってるけど。脇役のフリを続けますけど。
ま、要はそういう事だ。敵に負けて死んだ元勇者は王に転生する。このセカイはそういうシステムになっている。彼の察した通りだ。
かつて勇者としての自分を送り出した王と同じ事を今の自分が口走っているのだ、彼に限らず勇者なら誰でも気づくだろうけど。実際、歴代の王は大体すぐに気づいたようだったし。
そして、気づいた元勇者は何をするか。これも歴代の王は大体同じ事をしてきた。
「だから次の勇者にははした金しか持たせなかったのさ! 奴が死ねば……次にこの椅子に座るのは奴だ。その時こそ俺は解放される……自由になれる……そうだろォ!?」
誰に言ってるのか知らんけど、なんでそう自信満々に思い込めるのか。何の根拠もないじゃない、それ。
……でも、先代の王も同じ考えに至り、同じ事をした。そのせいで先代の勇者は負けた。そして今、先代の勇者は当代の王となった。経緯だけを見ればそう思い込みたくなる気持ちもわかる。正解かどうかは別として、ね。
『やれやれ、彼が先代の勇者かい。あんな馬鹿で粗暴で野蛮で矮小な男が勇者とはね、世も末だねー』
頭の中に女の声が響く。長い長い付き合いの、わたしの一番知っている声。どうやらお目覚めらしい。
(おはよう。あなたも人の事は言えないくらいお馬鹿だったと思うけど?)
『ははっ、でもそのおかげで君と出会えた。仲良くなれた。ひとつになれた。それでいいじゃない』
(それは否定しないけどね)
あ、そうそう、当代の勇者に惚れられたり先代の勇者にもいい女と言われたりしてる事からわかるように、わたしの外見はかなり良いらしい。
でもわたしからすればそれは当たり前。だってわたしはふたりぶんなのだから。
ひとりになる前のわたし達も、それぞれお互いに褒めあうくらいには顔の形は整っていた。だから、当たり前。
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ところで、彼の推論にはあと一つだけ間違いがある。
それは彼が、自分だけは人間だ、と言った事だ。
このセカイには厳密には人間なんて居やしない。脇役の人達は彼の吐き捨てた通りハリボテみたいなものだ。システムを回す為の薄っぺらい存在。脇役以外の、勇者と生まれたての王はまるで人間のようだけど……その二人でさえ人間ではない。人間らしさが中に込められた、ただ豪華なだけのハリボテだ。
このセカイは人間らしさを『寄せ集めて使いまわしている』。元々は全員がそれなりの量持っていた人間らしさを集中させて生まれた存在が勇者であり、その勇者の成れの果てである王は最初こそ人間らしさを持っているものの、それは次第に王という役割に飲まれて薄れ、セカイの住人に還元されていく。
そしてその住人達から再びランダムに少しずつ寄せ集め、集中させ――勇者の性格が毎回違うのはこのせいだ――、そして次代の勇者が生まれる。そういうシステムになっている。
そう、これもシステム。『人間らしさ』なんて曖昧な物質を、人間に似せた『何か』にブチ込む事で人っぽくしている、そんなシステム。セカイを回す為のシステム。セカイは回らないといけないから、どうにかして回そうとした結果の苦肉のシステム。
このセカイはちゃんと回っているけれど、そこに人間はいない。システムの犠牲になる人間はいない。ステキなシステムだと思う。
さて、そんなシステムだけれど、当然これだけだとまだ穴がある。
それは非常にわかりやすい部分。負けた勇者が王となる仕組みの、対となる部分。
つまり、勇者が魔王に勝ったらどうなるのか、という部分だ。ま、これも簡単な話だったりするのだけれど。
結論から言うと、どうあっても勇者は王になる。システムはそう作られているからだ。
何ら難しい事ではない。システムの存在すら知らない無知な勇者を、システムに支配された脇役全員で王へと導けば良いのだから。
民は英雄を求め、そのまま英雄が成り上がって王となる事を願っている……と、そんな風に都合よく勇者は解釈する訳だ。もちろん誤解だけどね。
結局どうあがいても、王の首のすげ替えは起こる。
もっとも、あがいた王なんて今まで一人も居なかったけど。
『おっと、どうやら今回の勇者は優秀だったみたいだよ。魔王が倒された』
「本当に? じゃあ、逃げる準備をしないとね」
呆けたように中空の一点を見つめたまま動かない王を尻目に、わたし達は謁見の間を後にする。
勇者の旅立ちからどれくらいの時間が経ったのか。正確にはわたしにもわからないけれど、あえて言うなら『勇者が魔王を倒すくらいの時間』だ。それだけ時間が経てば……王はもう、名実共にただの王になっている。わたしが声を出したところで気づきはしない。だからあがきもしないのだ。
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「国民の皆! 悪しき愚王はこの勇者が討ち取った!」
勇者が剣を掲げ、国民は歓声を挙げる。これで王の首のすげ替えは完了、だ。
勇者による現王権の打倒。有り体に言えばクーデター、反乱。システムはこのシナリオを使う事になるパターンが一番多い。
何故かって? それはもちろん、勇者を送り出す時に初期投資をケチる王が多いからだ。勇者だって馬鹿じゃない、ケチられた事には気づいている。旅の道中は必死故に思い出す事も無いかもしれないが、激しい戦いを終え、全てが終わった時には思う事だろう。ケチられなければもっと楽だったのに、と。
魔王を倒して戻ってきたそんな勇者に対し、ケチな王の取る選択肢は二つ。褒美を取らせてご機嫌を取るか、ケチを貫くか、だ。そこはランダム分岐だが、どちらにせよ反乱は起こる。
褒美として差し出せるくらいの財産があるなら最初からそれを使うべきであり、それをしなかった王は愚かと言え、国民から不信感を抱かれる。ケチを貫いた場合は『そもそも国に財産が無かった』というシナリオになり、当代の王が国庫を無駄に浪費した愚か者だという事が明かされる。
そして、反乱。そして終わり。
そして勇者は王になり、自分勝手な国民の期待に応えつつも次第に名声と権力に溺れ、勇者だった事を忘れていく……そして魔王は復活し、以下繰り返し。
ま、そういうことだ。
ちなみにわたし達はクーデターから魔王が復活するまでの間は王城に姿を見せないようにしている。最初に言った通り、ハーレムも巻き添えもごめんだからね。
こうやってシステムの枠から外れて動くことが出来るわたし達だ、システムの内にいる勇者が何をしてこようと本気を出せば抵抗出来るけど……恋愛事も荒事ももう飽きた。視界に入れたくもない。ま、一回くらいなら情けで刺されてあげてもいいけどね。
それに、魔王もわたし達のどちらかが作らないといけないし。作った方は疲れでしばらく眠ってしまうけれど、こればかりは仕方ない。
そんな感じでわたし達はシステムとつかず離れずの距離を保っている。システムが歪まない様に見守りつつ、システムを歪める事もないように役割に徹している。
楽しみは勇者と王を眺める事がメインだけど、これがなかなか楽しい。待っている間の事は大抵ダイジェストで語られるから暇でもないしね。
ま、もし楽しみの無い暇なセカイだったとしても、ふたりでいっしょにいられるならそれだけでいいんだけど。
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ずっとずっと昔。とある所にとある女勇者がいました。
彼女は歴代の男の勇者と比べても群を抜いて強く、しかし群を抜いてお馬鹿でした。
そんなお馬鹿な女勇者は、あろうことか魔王と仲良くなってしまいました。魔王も今までと違って女だったので、そうと気づかず仲良くなってしまったのです。
でも魔王も魔王で方向性は違えどお馬鹿だったようで、女が勇者だと気づきつつも受け入れてしまいました。
そうしてふたりは……ひとつになりました。
勇者は魔王として人を滅ぼしつつ。
魔王は勇者として人を救いました。
人の居なくなった世界で、ふたりは神になりました。
でもそんな事を、その世界の本来の神が赦す筈もなく……
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『……意外と長い間、神の目を誤魔化せているね。案外このまま何も起こらないんじゃないか?』
「あなたはいつだって楽観的すぎ。いつ何が起こっても悔いが残らないように生きないと」
『ははっ、そんな事今更さ。君と一緒に居られるなら、それだけで人生に悔いなんてない』
「……そうね。同時に生き、同時に死ねる。そんな人が居るだけで充分ね」
「『だって私達は』」
『ずっと一人で生き続けてきて』
「ずっと一人で待ち続けていて」
そんな同じ生の果てに、同じ人と出逢えたのだから。
寝起きに思いついたネタを二度寝してから書きました